水牛と山岳民族の”循環する暮らし”ツアー旅日記

2016年2月に加藤大吾さん率いる都留環境フォーラムと協同で企画・催行した「水牛と山岳民族の”循環する暮らし”~フィリピン山岳地方でホームステイの旅~」は、思わぬハプニングが続出しましたが、タフで心優しい19歳から74歳までの素敵な参加者の方々のおかげで無事楽しい旅を終えました。

参加者の一人で、町の大学で教鞭をとりながら、都留市で農業を始めたという山田浩子さんが、旅の一部始終をご自身のブログ「農天気な暮らしはじめました!」にアップしてくださりました。すばらしい観察力と考察力で、あの小さな村での1週間を11の章に分けてまとめてくださいました。

浩子さん、ありがとうございます!


。。。。。。。。。。。



①精霊の村

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-133.html

②伝える

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-134.html

③田しごと

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-135.html

④法事

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-142.html

⑤夜の宴

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-139.html

⑥脱穀

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-138.html

⑦助け合い

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-140.html

⑧Money is...

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-141.html

⑨Home

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-143.html

⑩旅の仲間

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-144.html

⑪変える人

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-145.html

番外編

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-146.html


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# by cordillera-green | 2016-04-14 19:36 | スタディツアー

環境教育インストラクター・光橋翠さんからの活動報告

 

 コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)が地球環境基金の助成を受けて実施してきた「フィリピン・ルソン島山岳地方マウンテン州縫置ける教育職員を対象とした環境教育指導者養成講座」。3年間の最後のプログラムは、日本でスウェーデンの環境教育プログラムをモデルとした幼児向けの自然教育プログラムの普及活動をしているサステナブル・アカデミー・ジャパン(SAJ)のお二人を講師にお招きました。

 SAJ2012年にJICAフィリピン事務所と協働で2回にわたり「子ども向け環境教育ワークショップ~野外環境教育の理論と実践スキル~」と題した環境教育ファシリテイタ―養成講座をマニラにて開催しました。CGNからも環境教育プログラムを担当するスタッフが参加させていただき、その後、その講座で学んだ手法をベースに山岳地方の自然環境や文化に即した内容にアレンジして、特に小さな子ども向けの環境教育ワークショップを山岳地方の村々で数多く行ってきました。

http://www.susaca.jp/wp/wp-content/uploads/2012/11/PhilippineWSReport1.pdf

http://www.susaca.jp/wp/wp-content/uploads/2012/11/PhilippineWSReport3.pdf

 今回は3年間の事業の締めくくりとして、会場のバウコ町の幼稚園、保育園、小学校低学年の教員を対象としたワークショップを実施していただき、また、継続してきたCGNの幼環境教育プログラムに対するアドバイスをいただきました。

 今回、ファシリテイタ―として参加下さった光橋翠さんが、日本野鳥の会筑豊支部の機関誌に寄稿した活動報告を転載させていただきます。

******************************

 2016314日(月)、NGOコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)代表の反町眞理子さんの招待を受け、フィリピン・マウンテン州バウコ町にて、小学校・幼稚園の教諭を対象とする、自然教育指導者養成講座に講師(サステナブル・アカデミー・ジャパンの下重喜代と光橋翠の二名)として派遣される運びとなり、野外教育の手法を学ぶ研修を行いました。


【研修会場までの道のりにて】

研修前日にCGNが拠点を置くフィリピン北部ルソン島のコルディリェラ地域に位置する都市であるバギオから、会場のあるマウンテン州バウコ町へと移動しました。ジプニーというフィリピン特有の乗用車に乗り込み、5時間あまりの山道をひたすら北上しました。

 同地域は世界遺産にも登録されている棚田の景色でも知られており、どんなものかと楽しみにしながら出発したものの、バウコ町へ向かう道のりで車窓から目にした景色はなんとも衝撃的なものでした。山岳地帯の山道をくねくねと上がっていくと、やがて段々畑にすっかり覆われた山々が見え始めたのです。頂上まで畑で埋め尽くされ、そこには樹木と言えるものはほとんど生えていないのです。いわゆる共有林や水源林であろうと思われる、まとまりのある森林がほとんど見当たらないのです。

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もともとこの地域には山岳民族が先祖代々から住んでおり、棚田のある里山生活が中心であり、山地にはベンゲット松という本地に特有の松が自生していたそうです。しかし、ここ20年ほどで森林は切り開かれ、自給用のコメを作っていた棚田が姿を消す代わりに、換金作物の野菜(キャベツ、ニンジン、白菜、ビーマン、トウモロコシなど)が植えられるようになったそうです。

フィリピンでは本来このような外来の野菜を食べる習慣はなかったそうですが、マニラの大都市圏で、西洋料理の情報が入り込んだことで近年、需要が急増したとのことです。一方、この山岳に住む住民たちも教育費や燃料費などの現金収入は生活向上のために欠かせないものとなっていました。つまり、グローバル化と近代化の波がフィリピンの山奥にも押し寄せていたのです。

 マニラに4年間在住していたことのある私は、生鮮市場でまさにこの地から運ばれてくる、このような野菜を買い求めていたわけですが、バギオやバギオのあるベンゲット州と言えば、標高の高い涼しい避暑地で、新鮮でおいしい高原野菜の産地などといった良いイメージしかありませんでした。特にイチゴの名産地でもあり、イチゴ好きの日本人としては憧れの地ですらあったのです。

しかし、実際にこの地を訪れ、丸裸にされた山々の頂上まで輸送トラックが入り込んで野菜を次々に運び出しては、代わりに肥料となる鶏糞を運び込んでくるトラックが行き交うという光景を見て、これが野菜の一大産地の本当の姿だったのかと驚くと同時に、不気味で不穏な印象を受けたのです。

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 案の定、山のところどころで大規模ながけ崩れが起きていることに気付きました。また残された松林も、適切な間伐などの管理が行き届いている様子はなく、地面に日光が届かないせいか、樹木の多様性は非常に乏しく、表土が露出もしくは浸食されている箇所がいくつも見られました。

フィリピンには雨季(5月〰12月)と乾季(12月〰4月)があり、四季のある日本に比べて極端な気候なのですが、それがゆえに当地では雨季には森林の保水力がないために土壌の流出が深刻化し、逆に乾季には干ばつに見舞われるのではないかと心配になりました。さらには、近年の気候変動で台風の頻度が増え、大型化していることを考えれば、この開発の方向性がいかにこの地を自然災害に対して脆弱なものにしているかを考えずにはいられませんでした。

そのような光景を2時間ほど眺めながら走っていたでしょうか。驚きと憂鬱な気持ちに浸っていると、突如として青々とした美しい棚田と里山の風景が目に飛び込んできたのです。いよいよバウコの町に入ったのです。バウコには、なみなみと水をたたえた水田、豊かで美しい自然、水の湧き出る森林が残っていました。そして、研修会場となる小学校に到着すると、現地の先生方が笑顔と温かいコーヒーで出迎えてくれました。長旅の疲れもすっかり吹き飛んだのです。

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【バウコでの研修】

 会場となる小学校には、バウコの校区から先生方が集まりました。フィリピンの国歌斉唱と校長先生の温かい出迎えの挨拶で研修がスタートしました。「バウコの自然と子どもたちは、私たちの共通の宝であること、それらを守るために、環境教育を行うことは私たちの責任であること」を確認して、いよいよ野外へ出発です。

 野外研修の会場となったのは、美しい棚田の風景が一望できる「パリワク」と呼ばれている高原でした。そこで、子どもたちに伝えるべきエコロジーの基礎をどのように教えるかのメソッドを実技によって教授しました。なかでも、この土地で特に重要であると感じた、森林の機能(保水力、土壌流出防止、生物多様性など)と水循環(特に水源林の重要性)を中心的なテーマとしました。

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 野外でのピクニック・ランチを終えた後は、野外教育の概要を説明するレクチャーに続き、「生態系ピラミッドづくり」のグループワークを行いました。この活動は、日本野鳥の会筑豊支部長の梶原剛二氏と光橋が共同で開発したもので(本誌20159号「子どもと野鳥その2」で紹介)、身近な生き物を紙に描いて切り抜き、画用紙を円錐形にしたものに、「食べる―食べられる」の関係を考えながら貼り付けていくというものです。この活動は、地域の生き物に目を向け、命のつながりの発見を促すことを目的としていますが、その一環として、日本野鳥の会が行っているシマフクロウを呼び戻すための森林復元プロジェクト「シマフクロウの森を育てよう!」のコンセプトも紹介し、森林の生物多様性の概念を説明しました。

 バウコの先生方が制作する生態系ピラミッドも、頂点から「地元のタカ→小鳥・野ネズミ・ヘビ→昆虫やカエル→ベンゲット松などの植物→ミミズなどの土壌生物」といった生き物の構成となり、基本構造は日本の生態系と類似するものの、その土地ならではのピラミッドが完成しました。

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 その後、「ミニ地球づくり」、地球の生命誌をたどる活動、「宇宙船地球号」のグループワークといった活動を行い、地球の生態系がいかに貴重かつ有限であるかを確認したうえで、持続可能な社会をつくるためにはどのような条件が必要かを話し合いました。

 受講生の先生方は、終始とてもリラックスして楽しんでいるようでした。特にルーペを使った自然観察に興味を持ち、日本から持参したルーペの入手方法についての質問を多く受けました。最後に行ったアンケートでは、今回の研修内容を各校で実施したいという回答を多くいただきました。

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【さいごに】

 バウコにもまた、農地開発の波がすぐそこまで来ており、棚田の水田のいくつかが、すでにキャベツ畑に換えられていました。バウコの村は活気があふれているものの、人々は決して経済的に豊かな生活をしている状況とは言えません。生活水は村にある水汲み場まで子どもたちがタンクをもって汲みに来ます。もちろん宿泊先のホテルにもお湯などは出ず、水道はあるもののトイレにはペーパーもなく、電気は辛うじて裸電球がぶらさがっていただけでした。自給自足には不自由がなくとも、もし子どもにしっかりとした教育を受けさせたいと思うのなら、学校に行かせるために現金収入が欲しいと思うのは当然のことでしょう。彼らが、すぐ隣の地域のような野菜の一大産になることを夢見るのも無理のないことなのです。

現に、この山岳地帯には金脈が眠っており、土地の疲弊や後継者不足から農業を捨てて、現金収入を求めて鉱山開発へと乗り換える人々も増えていることを知りました。そして、金の精製プロセスで排出される汚染物質が地域で水質や土壌の汚染を引き起こすという新たな環境問題が起きているというのです。

水田を畑に転換するのか、伝統的な農業を維持するのか、はたまた第三の道を模索するのか。地域の行く末を選択するのは、住民自身でなくてはなりません。しかし、生活の基盤であり、農業の基盤ですらある生態系を壊してしまっては、住民の生命すら危険にさらすことになるのです。彼ら自身が地域の未来を選択する際に、基本的なエコロジーの知識を十分に持ち、自然のもたらす価値を理解することができれば、より持続可能な地域発展への道を選択する可能性が開けるかもしれません。そんな希望を抱きながら、美しい棚田の広がるバウコの地を去りました。

 しかし、当地での活動は始まったばかりです。一回の研修だけでは、まだまだ不十分なことは言うまでもありません。そして、子どもたちだけに環境教育をしたのでは、開発のスピードには追いつかないというのが正直な実感でありました。さらには、東南アジアをはじめとする多くの発展途上国では同じような問題に直面している地域が少なからずあるはずです。

日本の経験の反省を踏まえ、さらにバウコのような伝統的な棚田文化を受け継いできた人々から私たち自身もまた学び合うことで、互いに刺激しあい、地球市民として共に成長してゆけたらという思いを強くしました。


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# by cordillera-green | 2016-04-14 16:58 | 環境教育

2016年春の水牛と山岳民族の”循環する暮らし”スタディツアーのチラシ配布中です!

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水牛と山岳民族の”循環する暮らし”

~フィリピン山岳地方でホームステイの旅~
(マニラ集合・解散)


旅行日程:2016 年2月23日(火)~3月1日(火)7泊8日
訪問&滞在先:フィリピン バギオ市/マウンテン州マリコン村&マイニット村
ツアー料金:68,000円(マニラ集合&解散のため、航空運賃は含まれていません) 

※バギオ市での滞在を延長しての英語学校「ストーリーシェア」での留学も特別料金で受け付けています。詳細はお問い合わせください。
募集対象:学生、社会人、お子様連れ、どんな方でも歓迎です!
最少催行人数:6名 
※都留環境フォーラム代表・加藤大吾が同行します。
※バギオ市滞在の方のバギオからの参加も受け付けています。
主催:都留環境フォーラム 
http://www.teforum.org/
 Cordillera Green Network(フィリピンの環境NGO)
http://cordigreen.jimdo.com/
協力:ストーリーシェア バギオ校
http://baguio.storyshare.jp

お問い合わせ先:
NPO法人都留環境フォーラム 
TEL:0554-46-0039
402-0046 山梨県都留市十日市場1531-2
daihyo@teforum.org

日程詳細は以下をご覧ください。


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# by cordillera-green | 2016-01-16 18:56 | スタディツアー

水牛と山岳民族の”循環する暮らし” ツアー 日程の詳細です

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水牛と山岳民族の循環する暮らし

~フィリピン山岳地方でホームステイの旅~

(マニラ集合・解散)

旅行日程:2016 223日(火)~31日(火)78

訪問&滞在先:フィリピン バギオ市/マウンテン州マリコン村&マイニット村

ツアー料金:68,000円(マニラ集合&解散のため、航空運賃は含まれていません) 

※バギオ市での滞在を延長しての英語学校「ストーリーシェア」での留学も特別料金で受け付けています。詳細はお問い合わせください。

募集対象:学生、社会人、お子様連れ、どんな方でも歓迎です!

最少催行人数:6名 

※都留環境フォーラム代表・加藤大吾が同行します。

※バギオ市滞在の方のバギオからの参加も受け付けています。

主催:都留環境フォーラム 

http://www.teforum.org/

 Cordillera Green Network(フィリピンの環境NGO

http://cordigreen.jimdo.com/

協力:ストーリーシェア バギオ校

http://baguio.storyshare.jp


お問い合わせ先:

NPO法人都留環境フォーラム 

TEL:0554-46-0039

402-0046 山梨県都留市十日市場1531-2

daihyo@teforum.org
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訪問&滞在地の紹介

●バギオBaguio

北ルソンの代表的な町です。標高1500メートルの高地にあって年間を通してたいへん涼しいため、アメリカ軍人の避暑地として開発されました。政治家や芸能人などのお金持ちが避暑のための別荘をもち、フィリピンの人にとってはあこがれの観光地です。最近は、英語を学ぶ日本人留学生も増えています。たくさんの大学があり、山岳民族を含むほかの地域からの学生も多く、若く活気にあふれる街です。先住民の暮らすコーディリエラ山岳地方への入口でもあります。

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●マリコン村Maligcong

バギオからバスで6時間ほど山岳地方に入ったマウンテン州の州都ボントクから1時間ほど山を登ったところにある棚田の村です。観光客でにぎわうバナウエの棚田の壁が土でできているのに対して、マリコンの棚田の壁は石で造られています。棚田の美しさはバナウエ以上といわれています。ボントク族と呼ばれる先住民族が暮らし、今でも棚田の農耕サイクルに合わせたたくさんの儀礼が継承されています。


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●マイニット村Mainit

マイニットとはフィリピン語で「熱い!」という意味。その名の通り、村のいたるところから温泉が湧きだしています。古くから村人は朝、田んぼ仕事に行く前と、帰ってきてからの1日2回温泉に入る習慣があり、村のあちこちに浴場がありました。地獄谷のように村のあちこちから湧き出す温泉は山岳地方でも珍しく、わざわざやってくるツーリストのためにゲストハウスも数軒あります。最近、住民による小規模金採掘がはじまり、問題になっています。


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フィリピン側ツアー受け入れ団体:


環境NGO「コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(Cordillera Green Network =CGN

2001年にルソン島北部のバギオ市に設立されたフィリピンの環境NGO。代表は日本人の反町真理子。山岳地方の環境保全活動を行いながら、環境に負荷を与えない方法で先住民族の暮らしの改善のために活動しています。植林、有機農業指導、大学生のための奨学金サポート、環境教育とともに、先住民族の自立のためのコーヒーの森林農法(アグロフォレストリー)による栽培指導とフェアトレードのサポートを行っています。

ホームページ http://cordigreen.jimdo.com/

ブログ http://cordillera.exblog.jp/


協力団体:

ストーリーシェア バギオ校

自然に囲まれた環境の中で、集中して学べるのがフィリピンの英語学校の草分け的な存在の「ストーリーシェアのバギオ校」です。メソッドのこだわったカリキュラムと、質の高い講師陣が評判です。 バギオには英語しか話せない校舎と、日本語も使える校舎の2校があり、生徒さんの希望で選ぶことができます。今回のツアー参加者の方は、授業料を2週間まで5%。それ以上は10%の割引としてくれることになりました。ツアー後に英語留学をご希望の方は最終日の翌日、火曜日からの授業をスタートできます。ツアー前の留学も可能ですので、お問い合わせください。

ストーリーシェア バギオ校 http://baguio.storyshare.jp

料金表 http://baguio.storyshare.jp/price/





企画意図:

 電気、水、エネルギー(ガス)などが当たり前にあり、インターネットで即時に世界中のあらゆる情報が入手でき、24時間コンビニに行けば暮らしに必要なたいていのものが手に入る日本は、世界一、便利で清潔で安全な国でしょう。一方で、日本では、人間が本来持ち合わせているはずの「生きる力」「生き抜く意思」「生き残るため知恵」が失われつつあるといえるかもしれません。

 フィリピンのルソン島北部の先住民族が暮らす山岳地方(コーディリエラ地方と呼ばれています)は、道路や電気などのインフラ整備がいまだ行き届いていないところも多く、いまも先住民族である多くの住民が稲作を中心とした自給自足に近い生活を営んでいます。自分たちの食べるものは自分たちで育て、あるいは採取し、家は自分たちで作り、家族で頼り合い、ときには迷惑をかけあい、祭りや冠婚葬祭の際にはコミュニティで協力し合って行うことで成り立っている山岳民族の「村社会」は、“お金”という基準で考えれば間違いなく“貧しい暮らし”ですが、日本の今の暮らしにはない「工夫」と「シェア(共有)」に満ち、「笑い」にあふれ、一人一人が「幸福感」を実感できる社会であるともいえます。

しかし当の先住民族たちは、日本のような便利な暮らしにあこがれ、身近にある自然やコミュニティのつながりを犠牲として“お金”という基準における“豊かさ”を目指しています。豊かな森を焼いて商業野菜栽培のための畑地に転換したり、危険な薬品を使う小規模鉱山開発や水資源開発に「イエス」をいうコミュニティも増え続けています。

 このツアーでは、参加者が山岳民族の自然とコミュニティに根差したシンプルな暮らしを体験し、人間が本来もっている「力」を見つめ直すきっかけとするとともに、日本人として地球レベルの環境破壊に対してできる小さな行動の「種」を探します。




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# by cordillera-green | 2016-01-07 20:38 | スタディツアー

水牛と山岳民族の ”循環する暮らし~フィリピン山岳地方でホームステイの旅~


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水牛と山岳民族の ”循環する暮らし”     
~フィリピン山岳地方でホームステイの旅~ 

電気や石油は必要最低限で家畜や伝統的な知恵を存分に使う暮らし。
今や最先端と呼べる自然の仕組みに寄り添ったシンプルな先住民族の暮らし。
私たちにとって、何を大切にすべきか?を感じさせてくれるでしょう。

日程:2016 年2月23日(火)~3月1日(火)7泊8日
滞在先:フィリピン バギオ市、マリコン村&マイニット村    
※温泉と棚田の村。農耕サイクルに合わせた儀礼が継承されています。
ツアー料金:68,000円(マニラ集合解散、航空運賃等別)     
※滞在延長して英語留学も特別料金で受付
内容:先住民族の家にホームステイ、棚田を水牛で耕して田植え、小学校訪問、伝統的な暮らしぶり、電気を必要としないで暮らす。
募集対象:学生、社会人、親子
最少催行人数:6名募集締切:20016年2月19日(火)
主催:都留環境フォーラム ※代表・加藤大吾が同行   
Cordillera Green Network(フィリピンの環境NGO)
協力:英語学校ストーリーシェア、マリコン村教会

参照:はたらく馬協会 http://working-horse-as-jp.jimdo.com   
CGN http://cordigreen.jimdo.com/

申込先:NPO法人都留環境フォーラム    
402-0046 山梨県都留市十日市場1531-2    
TEL:0554-46-0039  
daihyo@teforum.org


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# by cordillera-green | 2015-12-30 00:29 | スタディツアー

アルマ・キントのワークショップに登場した3つの民話

アルマ・キントの布を使った環境教育アートワークショップでは、題材として参加した先生たちに地域に伝わる民話を教えてもらいました。それをベースに布絵本を作り、ぬいぐるみを使ったジオラマづくりをしました。

ワークショップの詳細はこちら


民話がとても面白かったのでここにそのうちの3つのストーリーを紹介します。


Han Hin-agi ay Ulila(孤児の兄弟 ヒナギとウリラ)

 どうやって生きて行っていいか途方に暮れている孤児の兄弟がいた。二人は、食料のために山で動物を狩り、木を切って暮らしていた。

ある日、山に行った二人は野生動物を見つけられなかった。空腹のあまり、二人は大きな木の下で休んだ。しばらくして、ヒキウル(Hikwil)鳥を見かけ、のどが渇いていた二人は、その鳥の後を追ってみることにした。おどろいたことに、山の中腹に泉を見つけ、その水でのどを潤すことができた。鳥は飛びあがって、稲穂をついばんだ。そこにルマウイン(Lumawig=山の神様)が突然現れ、おなかをすかせた兄弟を憐れんだ。そして二人に土を耕し、稲を植えれば、食べるものができると教えた。そうすれば、森の動物を狩りつくし、森の中に生える植物をとり尽くすことがないと伝えたのだ。「山と森を守りなさい」と言い残してルマウィンは姿を消した。

二人はとても喜んで村に帰り家を作った。土地を耕し米の種もみを植えた。数日後、稲は育ち穂が実った。二人はとても喜んで、村人たちと米を分かち合った。


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Palpal-ama ya Palpal-iking(親指とちぢれ髪)

昔々ニネティングレ(Ninetingle)山の村にパルパルーアマ(Palpal-ama)と弟のパルパルーイキン(Palpal-Iking)の兄弟が住んでいた。両親は亡くなり、二人は両親が残した1枚の焼き畑だけを頼りに暮らしていた。

あるとき、不思議なことが起こった。二人は畑仕事に疲れて家に帰った。あくる日、畑に戻ったふたりは、刈ったばかりのはずなのに背の高い雑草がぼうぼうと畑の中に生い茂っていて驚いた。それでも二人はもう一度草刈りをした。しかし、同じことが来る日も来る日も起こった。二人は、悪霊(アニート)の仕業かもしれないと思った。二人は畑を見張るために畑に泊まることにし、いたずらな何かを捕まえようとした。パルパルーアマが最初の夜に泊まったが寝込んでしまって犯人を捕まえられなかった。

二日目の夜は弟のパルパルーイキンも兄と一緒に泊まることにした。犯人を捕まえようと猟犬も連れて行った。

二人が畑を見張っていると、小さな歌声が聞こえてきた。

Kipkip-paas tumubo ka ay aas

Kipkip-pao pao tumubo ka ay pao

Kipkip-piit tumbo ka ay sibit

二人が声のする方にそっと近づくとネズミがいた。二人はすぐさまその小さなネズミを捕まえた。

ネズミは命乞いをした。

「どうか助けておくれ。必ず恩返しをするから」

兄弟は聞き入れて、ネズミのあとを犬と一緒について行った。

ネズミの家に着いた。家の柱は蛇、梯子はムカデ、ドアは蜘蛛の巣でできていて、二人はおびえた。

ネズミは「怖がらないで」と言い、二人に食事の用意をした。

パルパル―イキンはネズミが魔法のひしゃくを使って食べ物を用意するのを盗み見した。

食事のあと、ネズミは二人に「この家の中にあるものでほしいものをもっていっていいよ」と言った。

パルパルーアマは家の中を見回し、一角にあった銅鑼(祭りごとに使う楽器)をつかみ帰路に就いた。パルパルーイキンは食べ物を生むひしゃくを持ち帰った。


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Din Nam-ay ay Nanbalin si Ligat (安楽な暮らしが厳しいものに変わったわけ)

パナンの涼しい丘にブクカン(Bukukan)が娘のジンジンダロック(Gingindalok)と一緒に幸せに平和に暮らしていた。家の近くには泉があって二人はその泉の水を飲み水にし、少し離れたところには川があって、水浴びや洗濯に使っていた。

母親はいつもジンジンダロックに泉の近くで洗濯や水浴びをすると悪いことが起こるから決してしないようにと言っていた。

ある日、ジンジンダロックは川まで行くのが面倒で泉で洗濯をした。数日後、母親がジンジンダロックに水を汲んでくるように言った。泉に行ったジンジンダロックは泉が枯れているのを目にした。ジンジンダロックは「ああ、なんてこと。私が洗濯したからだわ」と叫んで家に帰った。ジンジンダロックは畏れ、母親のいうことを守らねばと心に決めた。それ以降、二人は川を渡り、山の近くの泉にまで水を汲みにいかなくてはならなくなったとさ。

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以下はそのほかの民話のタペストリーです。

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# by cordillera-green | 2015-12-08 18:19 | 環境教育

アルマ・キントの布を使った環境教育アート・ワークショップ

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 コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)の「教育職員を対象とした環境教育指導者養成講座」(地球環境基金助成)は、今年度(2015年度)最終年を迎えます。保育園から高校までの子供・生徒たちが、楽しみながら身近な自然の豊かさを再発見し、伝統文化の中に先祖伝来の自然と共生する叡智を見出し、経済優先でおざなりにされつつある環境破壊が日常生活に及ぼす恐ろしい影響を学べる手法を先生たちに伝えようというプログラムです。マウンテン州というバギオ市のあるベンゲット州の隣のマウンテン州を対象地域としています。年間を通して、美術、音楽、演劇、ダンス、ゲーム、紙芝居、ストーリーテリングなど、アートを用いる体験型の環境教育ワークシップを日比の専門家の指導で行っています。

 1年目はサバンガン町、2年目はバーリグ町、そして最終年の今年はバウコ町を中心にマウンテン州の他の地域も活動地域に加えています。

 マウンテン州は山の中にあり、雨期(5-10月)には大雨や台風で土砂崩れが起き、陸の孤島と化すこともしばしば。今年のプログラムも9月に入り、雨が少なくなってから本格的に開始されました。


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 9月にはアルマ・キントさんを講師にお呼びし小学校教員を対象としたワークショップを開催しました。アルマさんは、災害の被災者、ミンダナオ島の内戦の被害を受けた子供たち、性犯罪の被害者の女性たち、貧困地帯にすむ女性たちなどを対象に数多くの心のケアのためのアートワークショップを行ってきたフィリピンを代表する女性のアーティストです。最近では東日本大震災後に立ち上げられた防災をテーマとしたアートプロジェクト「Earth Manual Project」でも、ファシリテイタ―として活躍しています。

kiito.jp/member/2013/09/02/1097/

 アルマさんは心に傷を負った人たちのケアを目的としたワークショップでは、柔らかい布をカラフルな糸でチクチクと集中して縫い合わせる手法を使っています。社会で傷ついた立場にある女性たちを対象にすることが多いのも、彼女が布を使った作品作りのワークショップを行う理由でしょう。

http://www.artmovement.jp/%E5%B1%95%E8%A6%A7%E4%BC%9A%E8%A9%95/%E5%B8%83%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A7%E5%BF%83%E3%82%92%E3%82%80%E3%81%99%E3%81%B6/


 CGNの環境教育ワークショップでも今や欠かせない存在のアルマ。小さい体に似合わない大きな口でおおらかに笑いながらポンポンとテンポよく進行するワークショップに、参加者はあっというまに引き込まれていきます。いろいろな社会問題の現場で、傷ついてきた人と同じ目線でアートを通じて心を通わせ、少しでもやすらかな気持ちになるようにと心を砕きながらワークショップを行ってきたアルマだから、コミュニティとの対し方も一流です。決して押し付けず、コミュニティの人や文化を理解しようとし、尊敬の念をもってワークショップを進行します。二度と同じものがない11回のワークショップでの参加者との出会いを心から楽しみ、参加者が自由な気持ちで作り出すカラフルな作品たちを心から喜んで見つめています。そんなアルマの魔法にかかって、参加者は皆、知らず知らずにアートの世界に没頭し始めます。自由な創造力が頭の中を駆け巡っているのがはたで見ていても感じられます。

 今回は社会福祉省でインターンをしながら、アルマと同じく布を使ったアート作品を作っているバギオ・べースの若手女性アーティスト、ロシェル・アパリンにもファシリテイタ―として参加しもらい、3日間のワークショップを開催しました。


「環境」をテーマとした今回のワークショップ開催に際して、ファシリテイタ―の二人には以下のような3つのお願いをしました。


1.貧しいコミュニティの学校で先生が実施できるように、いらなくなったもの、安価なものを素材としてください。

2.環境問題解決や環境保全に関して、話し合い、記録をとり、評価し、調査し、そしてアートを用いて表現する方法を伝えてください。

3.人と環境とのかかわりを考えるうえで、先住民族の知恵と文化を深め、その伝統に対する尊重とアートのコラボレーションを工夫して下さい。


ワークショップ開催に当たり、参加の19の学校の61名の先生たちに「このワークショップに期待すること」を聞きました。

・環境保護のために子供たちに教えるための教材を作りたい

・リサイクルのための技術や方法を学びたい

・環境教育の手法を学びたい

・環境教育のためのビジュアル教材の作り方を学びたい。

・自然への愛情を子供たちに育む方法を知りたい。

・ゴミを利用して環境保全の意識を高める方法を知りたい。


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 3日のワークショップで行われた主なアクティビティは以下です。

1. 名札づくり

自分の好きな花、蝶、鳥、木、魚、葉っぱなど自然の中の生き物を選んで名札にする。


2. 自分を自然にたとえると…

参加それぞれリサイクル・ペーパー(裏紙)に、自分自身を表す自然の中にあるオブジェを描き、その機能と環境の中での役割を書く。グループに分かれてシェアリングののち、黒板にその絵を張り付けて代表が発表する。なぜ、そのオブジェを選んだか、それは教師としての自分の仕事とどのように関係しているかを説明した。また、グループ内のそれぞれの絵に描かれたオブジェの関係を考え、ストーリーを作った。

「先生は川のようなものです。私たちは知識を子供たちに水を流すように伝えます。そしてそれは終わりのないものです」

「先生は太陽のようなものです。生徒たちを照らし明るい未来に導きます」

など。

発表を終えてのアルマさんのコメントは

「私たちはこの宇宙においてはただ点であるだけではなく、お互い結びつき影響を及ぼしあう存在なのです」



3.私の村の今と昔

参加者の教員は村ごとにグループを作り、厚紙でできているホルダーの半分に「過去の村」、残りの半分に「今の村」を、古雑誌を切り抜いて描く。グループ内から二人の代表を選び発表した。


《ギンサダン村》

昔:

・トイレがなかった。ティッシュペーパーもなかった。

・道路はぬかるんでいて、岩がむき出しだった

1本しかバスがなかった

・山は木でいっぱいだった。

・川はとてもきれいで、魚がたくさんいた。

・子供たちは歩いて学校に通っていた。

・学校には建物はひとつしかなかった。

・村には教会は二つしかなかった。

今:

・道路沿いにはたくさん花が植えられている。

・道路は舗装された。

・川は投げ捨てられたゴミで汚れてしまった。

・様々な乗り物が走るようになり、人々はそんなに長い距離を歩く必要がなくなった。

・ハイスクールの校庭にはたった1本しか木がなくなってしまった。

・電気が来た。


《バグネン村》

昔:

・家はコゴンの草ぶき屋根で木で作られていた。

・川の水はきれいだった。

・道路は舗装されていなかった。

・田んぼがたくさんあった。

・野菜作りは家族に必要な分だけしかやっていなかった。

・学校は小さかった。

今:

・道路は舗装された。

・川の水は今でもきれい。

・田んぼもまだたくさんある。

・まだビルは少なくインフラはあまり整備されていない。

・学校と教会はたくさんできた。

・石造りの古い教会もまだ残っていて観光スポットになっている。

・電気が来た。

・コンクリート造りの家ができた。


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《ラガワ村》

昔:

・野菜作りが収入源だった。

・家は木で作られ、屋根はコゴン草で葺かれていた。

・稲穂は杵臼で脱穀した。

・豚は放し飼いで子供たちの遊び友達だった。

今:

・野菜畑を拡張して発展した。

・電気が来た。

・豚は豚小屋で飼われるようになった。


《バウコ・セントラル村》

昔:

・山は木と草で覆われていた。

・村の環境はきれいだった。

・道路はぬかるんでいた。

今:

・大きな家を建てるためにたくさんの木が切られた。

・道路は舗装され、街灯もついた。


《オトカン・ノルテ村》

昔:

・松林の中の山の斜面に位置していた。

今:

・山火事が頻繁に起き、森林伐採も進んだ。

・水不足となった。


《オトカン・スール村》

昔:

・バウコ町の商業の中心だった。

・野菜と果物がふんだんにあった。

今:

・商業の中心はアバタン町に移った。

・地盤沈下が起こり、住人はカラフルに塗られた再定住地の家に引っ越した。広い敷地はなくなった。


《ビラ村》

昔:

・素焼きの鍋作りが行われていて、コメと物々交換していた。

今:

・陶器づくりの技術も進歩した。

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4.ストーリーテリング(読み聞かせ)

CGNが出版したカリンガ州の民話本「Lupulupa Villagers and the River Creatures」(ルプルパ村人と川の生き物たち)を使って、子供たちへの読み聞かせのサンプルを見せた。この本の挿絵は子供たちが描いた泥絵の具の絵である。

また、参加者の教員の一人が小学2年生が作った「Si-Gay」というお話の本をサンプルとして発表した。イラストはサツマイモの葉っぱで描いたもの。授業で生徒たちと物語りを作り、本を作ることを先生たちに推奨した。


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5.布の絵本作り

参加者の村で伝承されている民話のうち、環境保全の知恵、自然と共生の方法などがテーマに含まれているものを選び、タペストリーによる本づくりをした。まず、グループでお話を書き出し、タペストリーづくりに必要な端切れや糸を選んで制作を始めた。一つの場面は8インチ四方とした。

出来上がったタペストリーを参加者に見せて発表した。2グループは絵本スタイルのタペストリーを作り、1グループはタペストリーでドレスと祭りの時に使う旗として仕上げた。

アルマさんは、すべてのグループの発表はとてもクリエイティブでユニークだったと感想を述べた。あえて、タペストリーのサンプルを見せなかったのは、そうすることで想像力をより使わねばならず、創造的な作品作りにつながるということ。

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6. ぬいぐるみのジオラマ

タペストリーづくりに使った民話の登場人物のキャラクターについて話し合い、それをぬいぐるみで作り、民話の一場面をジオラマで表現した。段ボールの箱を利用し、小さな劇場の中に、民話の一シーンを表現した。


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ワークショップのその他の写真は以下のWEBアルバムにあります。

https://goo.gl/photos/uv3sTwX9EmCRb9Rw7

https://goo.gl/photos/iN9GgJnfwDJMLkCr7


タピストリーやジオラマのテーマに使った民話についてはこちら。

アルマ・キントのワークショップに登場した3つの民話



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# by cordillera-green | 2015-12-08 17:07 | 環境教育

映画「クロスロード」撮影コーディネイト日記④―番外編 脚本家・福間正浩さん



映画「クロスロード」の脚本を担当した福間正浩さんは、青年海外協力隊でセネガルに赴任経験がある。だからこそ、赴任地での隊員の葛藤をリアルに描けたのだろう。公開を前にフェイスブックにポストした福間さんのボランティアについての記事をご本人の許可を得て転載。

福間さんの「クロスロード」についてのインタビューはこちらで。

http://www.joca.or.jp/eiga/news/20151110_02.html


~~~~~~~~~~~~~~~~~


明日28日から、脚本を担当した映画「クロスロード」が公開されます。

―――バックパックを背負い、世界を渡り歩いていた若い頃…。
20歳の私は、ナイロビの安宿で、沈没していました。

ある日、ケニア北部のトゥルカナという難民キャンプを通過して来た旅人が、ドミトリーに来て、開口一番言いました。
「酷いモノを見て来た」と。

難民キャンプには、白人のNGO医療ボランティアが入っていたのですが、週末になると、空腹と病気に苦しむ難民を横目に、ビール片手にディスコ大会をしていた、と言うのです。

「ボランティアの実態なんて、結局、そんなもんなんだよなあ!」
義憤に満ちた彼は、吐き捨てるように言いました。

世間知らずだった20歳の私も、同じように「結局、そんなもんなんだ」と、世の中の裏側を「見た気」になったものでした。

―――時は流れ、私の考えは、変わって行きました。

「ボランティア」と「ぶりっ子」は、似ていると思います。

合コンで、皆の靴を揃えたり、料理を取り分けたりする子は、女子仲間の目の敵になります。
「あの子、女同士だと何もしない癖に、男の前だと、イイ子ぶって! それを見抜けない男も、バッカじゃないの!」

でも、男にとっちゃ、その子が普段どうしてるかとか、どういう意図があるのかなんて、全く関係ありません。

ただただ、彼女の行動が助かるし、「私は男の前でも、ありのまま」と、何もしない子より、遥かに有り難いのです。

また、例えば、自分が足が不自由な老人で、電車に乗ったら、席が空いてなくて、目の前に若い男が座っていたとします。

その男は、普段は、「わざわざ、あてつけがましく、俺の前に立ってンじゃねーよ! マジ、ムカつく!」などと内心思いながら、スマホをいじって、老人に気が付かないフリをするような男です。

でも、たまたま隣に彼女がいて、「イイ人」に思われたいが為だけに、席を譲ったとします。
それでも、体がキツイ自分にとっては、とても有り難く、感謝すると思うんです。

―――要するに、人は必ずしも「善意」や「優しさ」という気持ちによってのみ救われる訳ではない。 「偽善」に救われる事もある。

が、一方には、異様に「気持ち」を重視する人もいます。
「善意原理主義」と言うか…。

そういう人達にとっては、前述のボランティアなんて、「悲惨な境遇にいる難民の気持ちを考えない」とんでもない奴ら、という事になります。

でも、彼ら(彼女ら)は、何不自由ない先進国の生活から、志願してアフリカの僻地に来ていて、それだけで、相当なストレスな訳です。

そのストレスを抱えた上で、飢餓と病気に悩む人と「同じ目線」になろうと、ロクな物も食べず、フラフラになって活動する事が、正解なのか?

しっかり栄養と休養をとり、時には酒を飲んでバカ騒ぎして、心身共に万全の状態で活動するのと、どちらが難民にとって、望ましいか?

少なくとも、私が難民だったら、「気持ちはいらないから、しっかりした状態で、俺や俺の家族を助けてくれ」と思います。

―――ナイロビから10年後。 
自分が青年海外協力隊に、ボランティアとして参加していました。

協力隊も、よく「税金の無駄遣い」とか、批判に晒される組織です。

隊員に対しても、「結局」「協力隊に行く奴なんか」「現実逃避して来た奴と、偽善者と、新興宗教みたいに世界平和を唱える、ちょっとズレてる奴らの集まり」みたいな偏見を持ってる人が、少なくありません。

ただ、思うんです。 
仮に、ホントにそうだとしたら、何が問題なんだろうって。

私は、東京の一部上場企業から、ニューヨークではウェイター、イスラエルのキブツ(集団農場)でのオレンジ狩りまで、様々な場所で働いて来ました。

その中で、唯一言える事は、どんな組織にも、表沙汰に出来ない暗部があるし、どんな人にも、墓場まで持って行きたい秘密がある、という事です。

だから、例え汚い部分があったとしても、それは「結局、〇〇じゃないか!」と決めつける「結論」ではなく、「前提条件」
―――つまり、それを受け入れた上でのスタートラインに過ぎないんじゃないのだろうか?

私なんかデジタルな人間なんで、協力隊に参加した人の、動機や気持ちの問題なんか、どーでもいいと思っています。

どーせ、人は本当は何を考えてるかなんて、誰にも見えないのだから。 
でも、行動は、目に見える。

偽善だろうが、邪悪な欲望があろうが、誰かが、その行動によって助かれば、結果オーライで、いいんじゃないだろうか?
少なくとも、何もしないよりは。

―――「これは、『蜘蛛の糸』なんだ」などと、スーパー身の程知らずな事を考えながら、脚本を書いていました。

『蜘蛛の糸』の主人公は、強盗・殺人と悪行の限りを尽くし、地獄に堕ちる。

でも、たった一度だけ、蜘蛛の命を助けた事があって、釈迦が、天界に続く蜘蛛の糸を垂らしてやる、という御存知の話です。

芥川龍之介はデフォルメしてるけど、我々は皆、多かれ少なかれ罪を背負っている訳で、主人公は、我々自身なのです。

例え偽善だとしても、自分の行動で誰かが救われれば、いつかは目の前に蜘蛛の糸が降りて来て、自分も救われるかもしれない。

その糸は、突然切れて、苦い終わりを迎えるかもしれないけれど……

そういう映画になればいいなあ、って思ってたけど、自分で書いてて、ハードル上げ過ぎました…。
芥川の足元にも及ばないけど、「そんな感じ」ってコトで(笑)

―――テレビで、この映画の予告編、殆ど観た事ないでしょ?
そう、予算無いんです。


皆さんだけが、頼りです。御覧になって頂ければ、嬉しいです。
宣伝して頂けると、尚、嬉しいです m(__)m
http://crossroads.toeiad.co.jp/


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# by cordillera-green | 2015-11-27 15:07 | 映画「クロスロード」

映画「クロスロード」撮影コーディネイト日記③―バギオ俳優編

 映画のロケ地がマヨヤオに加えバギオとその周辺になると決まり、主演のアローディア(コスプレ界の大スター)以外のフィリピン人出演俳優もおもにバギオをベースにしている俳優にしようという話になった(7000の島からなるフィリピンでは地域によって人の顔が違う)。避暑地であるバギオは多くの有名俳優が別荘を持っているし、マニラで活躍していた俳優でバギオの生活環境の良さに惹かれて引っ越してきた人もいる。有名な美術家を輩出してきたことで知られる文化の町・バギオであるが、知られざる名優たちがひそかに暮らしているというのもまたバギオの知られざる顔だ。

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↑バギオいちの観光名所ザ・マンションでの撮影


 コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)は、10年以上前から先住民族の村々で演劇を使った環境教育ワークショップを行ってきた。ファシリテイタ―として、そういった俳優たちにも協力を仰いできた。今回の「クロスロード」に出演の俳優選びには、そういった活動で培ってきたネットワークが大きく役立った。

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↑長田勇市氏のFBページより

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↑右から3人目がフェルディ(写真はフェイスブック「クロスロード」ページより)


 渡辺大が演じる世界遺産の棚田に赴任した農村開発隊員のカウンターパートの農政課職員・マニー役には、フェルディ・バラナグ。フィリピン大学バギオ校で演劇を専攻し、卒業後も主に舞台で俳優や演出家として活躍してきた。フィリピン大学創立100周年記念の演劇制作でも演出を担当するなどの実力派。最近はドキュメンタリー映像作家としても活動し、国内外で数多くの賞を受賞している。2009年にCGNが演劇ワークショップをマヨヤオの高校で行ったときに、ファシリテイターとしてお願いしたのがフェルディだった。そして、そのとき彼が滞在させてもらっていたタパイさんの家が、今回の映画でも農政課職員の家として登場した。


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↑一番右がハンジョン

 黒木啓司(EXILE)が演じるカメラマン沢田が赴任する観光省の同僚を演じたのはハンジョン・カプーノ。5歳の時に今泉光司監督の「アボン―小さな家」で初映画出演。父親が舞台俳優・演出家であったこともあり、小学校卒業後はバギオ市立ハイスクールでパフォーマンス芸術を専攻し、俳優としての英才教育を受けた。大学はバギオの名門カソリック大学、セント・ルイス大学(SLU)で心理学を専攻。フィリピン国内でもトップクラスの劇団といわれる「Tanghalan SLU」に所属し、中心的俳優として舞台に立った。本映画出演後、6月に大学を卒業。将来は映画監督にも挑戦したいというハンジョン。今後の活躍が楽しみな若手俳優だ。



 黒木啓司が演じるカメラマン沢田の上司を演じたのはカルロ・アルトモンテ。ハリウッドで知られていた某有名女優の血を引く舞台俳優。俳優一家で育ったため、オーディションでは「子供のころから演技とともに育った」「僕は学校にいっていない。大事なことは皆ステージで学んだ」と堂々と話したカルロ。拠点としていたマニラから子供たちの教育のために治安のいいバギオに引っ越し、「Open Space」という市民劇団を主宰している。イタリア人の血の混じったハンサムな風貌、堂々とした体格、さすがの血筋か放つオーラもただものではない。撮影ではまったく危なげのない演技でスタッフをうならせた。


 台本を読ませてもらった時から、この役を演じられる女優をバギオで探すのは難しいかもしれないと思ったのが、アローディア演ずるアンジェラの友人・シンディ役。鉱山での作業シーン、出産シーンなどがあり、かなりの演技力が必要と思われた。考えていたマニラ・ベースの女優さんのスケジュールが合わず、フィリピン大学在学中に劇団に所属して演劇を志し、卒業後はCGNの演劇を使った環境教育ワークショップ事業のスタッフをして働いていたカルラに声をかけた。2011年にCGNが主催した先住民族青少年による劇団「アナク・ディ・カビリガンAanak diKabilingna」の日本公演を行ったときも、スタッフと連れて行ったはずのカルラは、リハーサルを見ているといてもたってもいられなかったようで演出家に頼みこんで舞台に立った。いまでこそ女優を仕事にはしていないが、心から「演技」愛するカルラである。

オーディションでのカルラに、すずき監督は「貧しい女性の役柄だが、彼女に清潔感があって、観客の共感を呼ぶだろう」と見事にこの難しい役を射止めた。

 TAO演ずる助産婦にサポートされながら不正出産をするシーンでのカルラの演技は圧巻だった。「現役の女優でないなんて信じられない」と演出スタッフ。演技が終わって宿に戻っての夕食で、スタッフに味噌汁をよそう謙虚な姿勢も好感をもたれた。映画や舞台産業のないバギオだが、大好きな演技の機会が増えていくことを願う。


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↑笑顔のかわいいケリー君(写真はフェイスブック「クロスロード」ページより)

 もっとも人選に苦労したのが、黒木演ずるカメラマン沢田が市場で出会った貧しい少年・ノエル。バギオでオーディションを行い20名以上のかわいい子供たちが集まったが、今一つ決め手に欠けた。CGNが昨年、マウンテン州カヤン村での劇団ア・ラ・プラスの演出家&俳優である杉山剛志氏の演劇ワークショップ開催のお手伝いをしたときに、才能を発揮した参加者の少年のことを思い出した。今年2月に同じ村で現代美術家・梅田哲也氏のパフォーマンス作品の制作をした時も少年は参加者リストには入っていなかったが、会場の小学校講堂の窓から興味深げに覗き込んでいて、特別に参加してもらうことにしたら実に楽しそうにパフォーマンスの輪に加わっていた。

 カヤン村はオーディションをしていたバギオ市から車で5時間の穏やかな棚田の村だ。ロケハンとオーディションのために来比していた監督とスタッフの滞在期間はあと1日だったが、カヤン村の知り合いに頼んでテストが終わったばかりという少年を5時間かけて連れてきてもらった。ほかの子供たちへのオーディションでは一言も口を挟まなった撮影監督の長田勇市氏が

「この子にしよう。全然違うよ。顔が。表情が」

とコメントして、あっという間にノエル役は彼に決まった。

 少年=ケリー君の家は、映画の中の少年そのままに貧しい。両親は別居していてお金を稼ぎために母親は町で英語の家庭教師の仕事をし、父親は鉱山で抗夫として働いている。14歳のケリー君は二人の弟と一人の妹をみて子供たちだけで暮らしていた。栄養が足りていないせいかちょうど役柄の11歳くらいにしか見えない。両親からの仕送りがないこともあり、ケリー君は弟妹を食べさせ、学校で必要なものを買うために村で力仕事を手伝って学校にいけない日もある。映画の中のノエルに自分を重ねることも彼には容易だった

 映画が大好きというケリー君。渡された台本を繰り返し読みこんで、役柄のイメージを明確に描いて撮影現場に現れた。ときにすずき監督に「僕はこういうふうに演技したい」と意見さえ述べた。すずき監督もていねいに彼の意見に耳を傾けてくれた。

 ケリー君にとってこの映画出演の経験は決して忘れられない経験となっただろう。撮影終了後、「映画できたらDVDちょうだいね」と、無邪気に笑ってまたまた5時間かけて弟妹たちの待つ村に帰ったケリー君。手にした出演料から、ずっとほしかった携帯電話を買ってとてもうれしそうにしていた。

「残ったお金はとっておいて兄弟の学校に必要なものと食べ物にするよ」

そんなケリー君のことを「クロスロード」プロデューサーの香月氏に話したところ、CGNがやっている奨学金プログラムを通してケリー君の学費をサポートしてくれると申し出てくれた。新学期が始まり、ケリー君から香月氏あてにイラスト入りのかわいいお礼の手紙が届いた。

「僕は学校を出たら軍隊の特殊部隊に入るのが夢です。でも、アーティストとしていつでも僕が必要だったら、声をかけてね。いつでも行くよ」

アクション映画が大好きなケリー君らしい夢。軍や警察は山奥の村では男子にとってはほとんど唯一の安定収入を得られる仕事でもある。彼の夢に新しい選択肢が加わった。

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 ケリー君演ずるノエルの8年後の青年役には、カリンガ州バルバラン出身のカート・フェルナンデスを推薦した。CGNが主催してきた演劇を活用した環境教育ワークショップにほぼ皆勤賞で、ワークショップ参加者による劇団「アナク・ディ・カビリガン」でおいつも素晴らしい集中力で中心的な役を演じてきた。なによりも同じ役柄の子供時代を演じる役のケリー君と同じく山岳地方の山奥深い村の出身の先住民(カリンガ族)でどこか似た雰囲気があった。

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↑長田勇市のFBページより

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↑カートが主役の「犬」を演じたアナク・ディ・カビリガンの舞台
(2014年マニラTIUシアター)


 CGNの環境ワークショップへの参加をきっかけに演技の面白さに目覚めた俳優たちはほかにも何人か小さな役で出演した。スタッフとしても大活躍してくれたロジャー・フェデリコ。マヨヤオの食堂の定員を演じたベントール・ガナド。マヨヤオでの隊員の歓迎会と結婚式のシーンでイフガオの民族衣装でダンスと歌を披露してくれたのはイフガオ州国立大学(IFSU)でのワークショップに参加したヘイゾン・プマール、レスター・バロットなどの本場のイフガオの踊り手たち。

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 映像では見られないが、撮影を陰で支えたのは撮影現場でコミュニティとの交渉を辛抱強く行ってくれたフィリピン人コーディネイターたちだ。山岳地方の隅々まで自然と文化を知り尽くし撮影コーディネイト、文化人類学者の調査、ツアーガイドなどとして世界中の来訪者から引っ張りだこのルエル・ビムヤッグ。金庫番のジェネビブ・ゴメス、ドキュメンタリー撮影経験から鉱山開発地域での難しいコーディネイトを担当してくれたジックス・ゲレロ。本物の坑夫エキストラ探しに奔走してくれたCGNの運転手・フレディ・ドンガン。病院シーンでのコーディネイトを担当したCGNスタッフ、リリー・ハミアス。結婚式シーンのコーディネイト担当のCGNスタッフ、レナート・ギリンゲン。

 マヨヤオでのドジョウ養殖シーンの撮影に使う、本物のドジョウ準備・運搬を協力隊員の渡辺樹里さんとともにしてくれたジェイソン・タグユングン。英語の通じない日本人美術スタッフと悪戦苦闘しながらきめ細かいアシストをしてくれたマレン・ロシート。バギオを代表する映画監督でもありフィリピンならではの生活をセットにフルに表現した美術マーティン・マサダオ。マニラベースでありながらコーディリエラ山岳地方の文化をこよなく愛し、山岳地方での映画撮影に多く参加している衣装担当のマルタ・ラヴィーナ。マヨヤオで撮影隊のために料理の腕を振るった平嶋美和。臨機応変に日本人撮影隊とフィリピン人俳優・スタッフとの通訳とアローディアのアテンドをこなした加藤将広。誰一人一度も遅刻しせずエキストラとしても快く撮影に参加してくれたドライバー陣。。。。すべての人の名前を上げきれないが、青年協力隊員たちの世界各国での活動そのままに、日本人とフィリピン人の俳優・スタッフが手に手を携えてこそ、フィリピンでの撮影を成し遂げることができた。すべての関わってくれた人に感謝!


映画「クロスロード」予告編映像はこちら。

https://www.youtube.com/watch?v=0z8YyrxgGtk


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↑フィリピン側美術スタッフ マーティンとマルタ

(長田勇市氏のFBページより)

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↑シェア&ゲストハウスTALAでも撮影された。

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↑協力隊員・渡辺樹里、ルエル・ビムヤッグ、
プロデューサー・香月秀之、助監督・出射均

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↑ほとんど1ヶ月間、家をあけっぱなしだったが
不平一つ言わず協力してくれたキッズたちよ。ありがとう~


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# by cordillera-green | 2015-11-27 12:00 | 映画「クロスロード」

映画「クロスロード」撮影コーディネイト日記②―鉱山開発編

 当初、「クロスロード」のフィリピンでのロケは、前回のブログで紹介したマヨヤオの撮影以外の部分をマニラのスラム街で行う予定だった。私とコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)がコーディネイトを担当する予定だったのはコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)の事業地であったイフガオ州のマヨヤオ町での撮影のみ。
 ところが、撮影日程が限られている中で、治安に対する不安や、渋滞による遅延などが問題となり、急きょマニラで撮影予定だった箇所もバギオ周辺地に移せないかという相談があった。バギオとマニラとは町の規模が違い、抱えている社会問題は違う。当初の台本のままでロケ地を探すのは難しいと話した。

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↑バギオの市場での撮影(写真はフェイスブック「クロスロード」ページより)

 監督と助監督が2月のマヨヤオでのロケハン時に帰国の予定を変更してバギオで撮影が可能かどうかを確認するために、バギオでロケハンを行うことになった。マニラのゴミ捨て場のようなスラム街はないかと聞かれて、庶民の暮らしの中心である市場を訪ねた。ストリートでレジ袋を売る子供たちに声をかけ、うちに連れて行ってくれないか聞いた。「いいよ!」と明るく答えた子供たちは、バギオや山岳民族の出身でなくミンダナオ島の出身。仕事を探して家族と一緒にバギオにたどり着き、母親は市場の路上で野菜を売っている。子供たちも母親を助けるためにわずかでも金を稼ごうと、市場の買い物客の荷物もち、タクシー探しなどをする。悪びれることなく「たまにはスリもするよ」という。学校には行っていない。
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↑バギオの市場での撮影(写真はフェイスブック「クロスロード」ページより)

 連れて行ってもらった彼らの家があるエリアは、路地が入り組み雑然としていたが、マニラのスラム街のような危険や荒んだ感じはない。子供の家族が借りているというアパートも、最低限だろうが家賃を払って貧しくともなんとか暮らしを成り立たせている気配があった。台本にある悲壮感は感じられない。 
 すずき監督に貧困問題がそれほど深刻でないとしたらバギオの社会問題は何か? と聞かれた。都市化が進むバギオでは、マニラにある社会問題のすべてがあるだろうが、そのスケールはマニラには及ばない。映像に捉えた時のインパクトもマニラでの撮影にはどう頑張っても追いつかない。
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 マニラから車で6-8時間の山頂にある人口30万人の中都市・バギオ、2000メートル級の山々が連なるさまざまな先住民族が暮らすコーディリエラ山岳地方ならではの、今直面するもっとも深刻な社会問題、そして環境問題は鉱山開発問題だ。
 コーディリエラ山岳地方には金、銀、銅など豊かな鉱物資源が眠っている。先住民族は古来、金を少量掘り出し、装飾品などにしてきたといわれるが、400余年にわたりフィリピンを植民地としてきたスペインがこの金に目を付けて、金鉱探しの旅をした道が今も山岳地方の山奥深くに残っている。100年以上前には、商業的採掘を目的に米国資本でフィリピン初といわれる大会社による鉱山会社がバギオのお隣のイトゴンにできた。バギオは、高地にある避暑地としてアメリカ占領時代に開発されたといわれているが、同時に近隣の鉱山開発によって経済的な発展を支えられてきたのである。戦前から続く3つの大鉱山会社が今もバギオ周辺で採掘を続けている。 
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↑閉山となった鉱山跡

 中小の鉱山採掘会社は80年代の頭に金の暴落で多くが閉山を余儀なくされた。環境問題など話題に上ることがなかった当時、鉱山会社は露天掘りによって切り崩した山や土砂、劇薬を使った精錬所の排水がたまった池、金を取り出した後の汚染された土壌をそのままに去った。山岳地方には、コメはもちろん野菜を育てることさえできない汚染された土地だけが残され、今もその復旧ができずにいるコミュニティがいくつもある。

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↑サント・ニーニョ鉱山の精錬所施設あと

 以前は棚田での稲作を中心とした自給自足に近い暮らしを営んできた先住民族たちだったが、近年、現金なしには暮らしていけない生活形態に変わりつつある。鉱山開発会社が去って廃墟と化していた地域で、会社が使っていた坑道や新たに自ら手で掘った小さな坑道で手作業で金を掘る仕事は、まともに教育を受けていない先住民族の若い男たちにも体一つでできる仕事だ。さまざまな民族の男たちがグループで廃坑となった鉱山開発地域にやってきて簡易なバラックのような家を建て、毎日ヘッドライトとペットボトルの水を腰に真っ暗な坑道に入っていく。金が入った岩に当たるかどうかはまさに運次第。掘り当てたという男が豪華な新車や大きな家を建て、そのうわさが広がり、廃坑にやってくる先住民の男たちは後を絶たない。
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↑手間に転がるのは金の精錬に使うシアン化ナトリウムの入っていた缶(日本製)

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 掘り当てた金を含んだ岩を精錬し金を取り出すために、簡易な精錬所も次々とできた。どこで手に入れるのか、そこで金精錬のために使用しているのは水銀やシアン化ナトリウムなどの劇薬だ。もちろん排水は垂れ流し。雨期が始まる最初の雨の日には下流の川や池で一斉に魚が浮くと聞いた。坑夫たちが飲用している水が安全であるはずがない。水浴びの水にも不足する。坑道での作業は大雨による鉄砲水や感電などで危険と隣り合わせ。死者が出ることもあるが、うわさで伝わるだけで表立たったニュースになることもほとんどない。
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↑小さな精錬所

 働く坑夫たちも、危険を承知の上である。劇薬使用による環境汚染などかまっている場合ではない。もちろん自身の健康もあとまわし。とりあえず田舎にいる家族に渡す金がほしい、あるいは、田舎の家族・親戚に自慢できる金で買った「もの」がほしい。

「盗むよりいい」と坑夫の一人が言った。
「少なくともここで俺らは自分の体を使って金(カネ)を稼いでいる」

「ポケットマイナー」と呼ばれる鉱山開発地域に住まう個人採掘に携わる抗夫達の暮らしにはマニラのスラム街とはまた違う、哀しい暮らしがあった。
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↑Gold Panningと呼ばれる鉱山地域の川などで行われる砂金採り。
坑道には女性が入ることは禁じられていて、女性は坑道には入らず、砂金採りに従事する。

 映画「クロスロード」に私たち環境NGOが関わるのであれば、撮影関係の制作プロダクションがでいない環境NGOだからこそできる関わり方をしたいと思っていた。ここルソン島北部で青年海外協力隊員の若者たちにたくさん会ってきた。映画「クロスロード」に登場する3人の隊員同様に、コミュニティの発展に大きな功績を残すには力不足な人も確かにいたが、会ったすべての若者たちの「気持ち」は全員とても熱いものだった。多くの隊員が地域の人に温かく受け入れられ、第二次大戦中の「残虐極まりない日本人像」とは違う新しい日本人の印象を確実にフィリピンの人の間に残していっている。この50年にどれだけの協力隊員が世界の国々で汗と涙を流し、その「想い」をその地に刻んできただろう。協力隊50周年記念の映画だからこそ、「50周年。やったね。よかった。頑張った。おめでとう」だけの映画ではなく、協力隊員たちの想いそのままに、より良き世界のために、現実社会でのリアルな問題提起があってもいいかもしれないと思った。すずき監督を鉱山開発地域に案内したのはそんな思いからだ。
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↑Tailing Pondと呼ばれる、金を取り出した後の廃棄物を流してできた池。
異様なエメラルド・グリーンをしている。

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↑撮影に使わせてっもらった坑道の入り口

 数週間後にロケハンを反映して書き直された台本では、主人公のカメラマン澤田がようやく見つけ出した「撮りたい」対象として鉱山開発地域の先住民族の人と暮らしがあった。
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ベンゲット州の鉱山開発についての記事(英語)と写真

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# by cordillera-green | 2015-11-25 09:37 | 映画「クロスロード」