20年ぶりの大型台風襲来

 今年は台風が来なくて穏やかな日々。。。。。と思っていたのですが、今世紀最大とも、20年ぶりともいわれるスーパー台風(13号・フィリピン名JUAN=フアン)が北ルソンを襲い、恐ろしい被害を残していきました。

台風13号、国立情報学研究所の「デシタル台風」のWEBサイトの10月18日付け情報によると、

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台風13号(MEGI)はついに「最強クラス」の台風にまで発達しました。中心気圧は890hPaにまで低下しましたが、中心気圧が890hPa以下の台風を検索によると、台風199019号(FLO)以来、ほぼ20年ぶりの強い台風ということになります。また、今年と同じく台風が少なかった1998年にも、ちょうど同じような時期に猛烈に発達した台風199810号(ZEB)がありましたが、それと似たような展開とも言えます。
昨日に台風の眼が衛星画像上で見えるようになったとき、その小さなピンホール状の眼に戦慄を覚えました。その後も台風は発達を続けて、下の衛星画像が示すように中心付近の雨雲もぶ厚く広がっています。フィリピン・ルソン島北東岸は暴風域に入りましたが、ルソン島北部では台風が島を抜ける明日の朝まで、想像を絶するような風雨になると考えられます。
このクラスの台風になると、事前の避難や対策は政府をあげて最大限におこなわれるでしょうから、それによって被害が少なくなることを願います。そしてもう一つ懸念されるのが自然への影響です。おそらく今回の台風による強風で、ルソン島北部の森林は壊滅的な打撃を受けるものと予想されます。その倒木が流木となって2次的な災害を引き起こすこともありますし、再生には長い時間を要するかもしれません。
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すでに、バギオ市内は18日から停電で、当のバギオ住民は情報がほとんどなく、そんなとんでもない台風とは知りませんでした。

ようやくバギオ市内の一部に電気が通った昨日、オフィスにもネットがあるとの情報を受けて、メールをチェックしたら、たくさんの「無事かああ?」のお問い合わせのメール。状況を知らせてほしいという問い合わせに、日本の友人たちに送ったメールをここに転載します。

10月20日付

オフィス周辺は電気が復帰したので、オフィスに来てパソコンや携帯の充電をしています。

昨年のペペンあまりにひどかったので、それに比べれば今回の被害は小さく見えますが、
強風により、バギオの町中でもたくさん木が倒れています。
道路はマルコスハイウエイが開通しているので、マニラ行きのバスは走っています。
山に向かうハルセマ道は、昨年の台風で大きな土砂崩れがあり、まだ工事の終わっていない19KM地点が再び崩れ、通行止めとのこと。
ベンゲット州の19km以北、Tublay、Atok,Buguias,Mankayan,Bakunそしてマウンテン州のontocまでの交通手段がなくなっています。東側の幹線道路・アンブクラオ・ロードも閉鎖で、同じくベンゲット州のKabayan, Bokodも交通手段なし。Tublyaから西に入るKapangan道も入ってまもなくのSUYOC橋が壊れて、その先のKapangan,Kibunganにも交通手段がありません。

電気はトリニダードの街中までが復旧していますが、そこから奥は停電中です。ラジオでのインタビューではあと数日のうちに復旧の見込みとのこと。

ハルセマロードは何しろ野菜農家のいのち綱なので、全力を挙げてとにかく通るようにする事になると思いますが、気の毒なのは、ハルセマからはずれているコミュニティ。ODAで作っていたサラコット橋が台風ぺペンで落ちて、そのままになっていて、臨時の仮橋で不便を強いられているキブガンの町長に問い合わせたところ、
今のところわかっている倒壊家屋は7軒。SUYOC橋が壊れて、電柱や修理のための資材が運べないため、電気の復旧に時間がかかる見通し。、Badeo,Legleg, Palina,Lubo,POblacion, Tacadangのバランガイに、一つずつジェンレ-ターが、懐中電灯の充電、携帯電話の充電などに必要とのこと。
Tublay町長の話では、とにかくほとんどの畑が壊滅的なダメージを受けていて、農業復興のためのサポートが必要とのこと。種、肥料など。
Tublayは昨年の台風後、全てのバランガイに連絡のためにジェネレーターを設置済み。
カバヤンにはまだジェネレーターは一つもないそうで、すでに連絡を取るのが大変な状態です。今日で停電は3日目なのでほとんどの携帯はバッテリー切れです。

バギオ市議によると、まだバギオの被害についてはレポートをまとめている最中。どこもまだはっきりした被害の状況は出ていません。

10月21日付け

昨日の深夜に我が家も電気復帰。
「いやああ水があるってありがたいねえ。」
(電気がないとポンプが動かないため、水もないのです)
と3日間の停電・断水のあと、感慨深げにつぶやき、我が家のキッズは、シャワーを浴びて、自分で湿り気味の制服に電気アイロンをかけ、電気炊飯器で炊いたご飯を詰めたお弁当をもち、電気オーブントースターで焼いたパンをかじりながら、元気に学校に行きました。

バギオは一見ほぼ正常。今朝のテレビのローカルニュースでは、
毎度水没するバギオ市内のCity Camp地区の洪水映像、水田化した隣町トリニダードのイチゴ畑、2倍に跳ね上がった野菜の価格、例のツブライのハルセマ道土砂崩れ現場などなどが報道されています。
街中は木の枝などが散らばっていますが、今日は風もなく穏やかで、一見、何事もなかったかのよう。

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            ↑10月21日付Sun Star Baguioの1面。
             またまた水没するCity Camp

報道では大穀倉地域のイサベラ州、毎度アグノ川が氾濫するパンガシナンなどがまだ洪水の水が引いていない様子が流されており、多くの家が屋根を吹き飛ばされ、壁さえなくなっちゃった家、転がるトライシクルなどが映し出されていました。

例のごとく、ベンゲットより奥の山岳地方に関する報道はなし。
キカちゃんによれば、私がトイレにはいている間にアナウンサーが
「カリンガでもたくさん土砂崩れがありましたっていってた」
ということですが、
もともと、電気がなく、道路がなく、商業用の畑を持っていない
先住民族の人たちには、被害の度合いを計る物差しってものがないのだなあと思いました。
被害額ってものが出ないですもんね。
あとは、被害の大きさを測るのは、死者とけが人の数、土砂崩れの箇所数ということになるのでしょうか。

すでに電気がある地域が停電だから、町長から
「ジェネレーターが必要」というりクエストとなり、
生活の糧の野菜畑が壊滅的な被害を受けてから
「種や肥料のサポートがほしい」となるのですが、
もともと何も持っていない人は、何のサポートを誰にお願いしていいかわからない。

かくて、先住民の人々は、「毎度のこと」と、人力で村の人々だけの力で、せっせと埋まった道路を掘り起こし、
(開通に平気で1ヶ月かかったりするのでした。橋が落ちている場合は年単位で復旧に時間がかかります)
お隣近所に「余ってる種ないかい? 」と尋ねてかき集めた種で、黙々と畑や田の土砂を掻き分けて植え、
亡くなった方がいても、もともと出生さえ届けていなかったりしていることもあり、
役所に届けでることもせず(どこかの国のようですねえ。目的が違いますが)、
山の神「カブニャン」のお怒りかと、シャーマンを呼んで祈りをささげ、弔いをすまし、
抗うことの出来ない自然の力と山の神の力を思い知り、今後二度とこのようなことが起きないよう祈りながら、日々たんたんと暮らしていくしかないのでした。

先進国の人々の贅沢な暮らしが今の地球の環境破壊や気候変動を引き起こしてきたともいわれますが、
そのしわ寄せが、中央政府や外国のNGO、メディアに届く言葉を持たない、昔ながらの暮らしを営む先住民族の人たちに来ているとしたら、私たち先進国に暮らすものが出来ることは何なのかと、改めて考えてしまいます。

ベンゲットより奥の山岳地方の被害については、まだ情報が入ってきていません。
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by cordillera-green | 2010-10-21 16:36 | 緊急支援

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