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イフガオ族の暮らし by 海外青年協力隊の木村さん

 前回のブログで紹介した、イフガオ州国立大学で活動中の海外青年協力隊(JOCV)木村暁代さんが、イフガオ民族の暮らしについてJOCV機関誌「Tarabaho」に寄稿している文章もとても興味深かったので転載します。協力隊の人って、やはり腰を据えて滞在するだけあって、深くフィリピンを知る機会に恵まれているのだなあと実感です。青年協力隊の人だけにお知らせするにはもったいない貴重な情報&体験です!


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私の任地にいらっしゃ~い♪
★第16回★コーディリエラ自治区イフガオ州ラムット町


今回の案内人
青少年活動 木村暁代(144B)
配属先:イフガオ州立大学
日本語クラスのサポート、環境問題・日本文化紹介など中心に学生とアクティビティを企画・実施しています。
「いつも学校をウロウロしてるヘンなガイジン」?!
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マニラから北東に約380キロ。ルソン島北部を南北に延びる山岳地帯の東斜面とその裾野に私の任地、イフガオ州はあります。イフガオの各地にある棚田群は「天国への階段」と呼ばれ、ユネスコ世界遺産に指定されています。ここに暮らすのは約二千年前からの水田稲作の伝統を持つ山岳少数民族イフガオ族の人々。なかなか本心を表さない慎み深さと内に秘めた情熱。赴任から10カ月、ときにほろ苦くも複雑な味わいを持つイフガオ文化の魅力に、私もすっかりはまってしまったようです。


★多言語社会
「ねえ、一体いくつの言葉を話せるの?」
友人に尋ねてみたこの質問、返事を聞いてびっくり。
「タガログ、イロカノ、英語。それにイフガオの方言を3種類トゥワリ、アヤガン、マユヤオ。他の方言は話せないけど、相手が言っていることは分かるよ。」
これが、イフガオ人のスタンダード。超マルチリンガル!イフガオは大まかに分けて3つの民族グループに分かれ、少なくとも7種類の方言があり、それぞれ文法も語彙もかなりの差異があるらしいです。
そもそも「イフガオ族」「イフガオ州」とひとくくりにされだしたのは、アメリカ支配下になってからの100年ほどのこと。私の住むラムット町など一部地域を除き、低地民(イロカノ)との交流がほとんどなかった上に、常に部族間での対立、戦いを繰り返してきた山岳民族の人々は、それぞれの共同体で独自の多様な文化を育んできたのです。ちなみにスペイン文化の影響を受けずダイレクトにアメリカの教育政策を受けたため、年配の人にはタガログ語は話せないけど英語は流暢、という人も多いようです。
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     ↑イフガオの伝統的高床式住居 

★イフガオと日本
第二次大戦末期。マッカーサーのレイテ島再上陸後、追いつめられた日本軍はバギオ市の軍司令部を撤退し北ルソン山岳地に潜伏、最後の戦いを繰り広げました。そして1945年9月2日、山下奉文大将はイフガオ州キアンガン町で降伏。この日はフィリピンの戦勝記念日として祝日になっていて、イフガオ州では学校も休みです。1974年、マルコス政権下に建てられた Kiangan War Memorial Shrineは、こんな山奥にこんな立派な建物が? と驚いてしまうほど巨大なアメリカとフィリピンの戦勝記念塔です。
余談ですが、山下大将は旧日本軍の資金を黄金に換えてイフガオのどこかに埋め隠したという「山下財宝伝説」があり、日本人だと言うと「山下の財宝を探しに来たのか?」とからかわれること多数。今だ色濃く残る戦争の記憶からの反日感情ゆえか、それともイフガオの人のちょっと皮肉屋な気質ゆえか…。
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     ↑稲の刈り取り方も独特。このまま住居の中で保存する

★MOMA
仰天! イフガオ人は血を吐くッッッ!! 
…嘘です。その辺のおじさんやお兄さんが道端に吐いている赤い液体は血ではないのでご心配なく。ヤシ科の赤い木の実を石灰と一緒に噛むMOMA(いわゆるビンロウ)と呼ばれる嗜好品で、軽い覚醒作用があるようです。イフガオの人びとの唇や歯茎が妙に鮮やかな赤い色なのはそのためです。そしてイフガオを舞台に私の恋が始まらないのもきっとそのためです…。イフガオ文化に詳しいMrs.Castroいわく、「イフガオには、こんにちは、お元気ですか、ありがとう、ごめんなさいの言葉はない。ただ一緒に座ってMOMAを噛むのだ」そう。
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    ↑脱穀は機械ではなく臼と杵で稲を搗く 

★ムンバキ
 さて、仮にイフガオ・ヒルズで私の恋が花開いたとしましょう。三十路の身としてはショートカットで進めたいところですが、ここはワンダーランド。そう簡単には行きません。婚約のことをimbangoと言いますが、結婚の許可を下すのはイフガオの階層社会において強い権力を持つ「ムンバキ」と呼ばれる呪術師です。語学教師のEsterいわく、恋人たちは一年間の婚約期間後、ムンバキの元に行き鶏を殺します。その内臓をムンバキが見て、「いい内臓」だったら結婚できますが、もし「悪い内臓」だったらもう1年待たなければなりません。3回までトライできますが、3年目も「悪い内臓」だったら残念ながらその結婚はあきらめざるをえません。もちろん、どんな内臓が「いい」のかはムンバキだけが知っています。貴方も気になるあの子と一緒にイフガオに来てみませんか。レッツ ・チェック・ザ・チキンレバー!

★洗骨
イフガオの人は遺体を焼いたり埋めたりせず、遺体を家の近くに安置して、何年もかけて腐った肉を丁寧に取り除く「洗骨」という風習を行います。洗骨のあと、死者の遺骨は伝統柄の織物にきれいに包まれ、高床式住居の軒下などに置かれます。そして庭で豚や水牛を供犠し料理し、近親者や村中に振舞います。
私はこの儀礼をバナウェ近郊のバガアアン村で2010年8月に見ることが出来たのですが、そのときに、出会った遺族のおばさんが、このように説明してくれました。
「このお祭りは、うちの亡くなった家族のためのお祭りで、ここにあるのがうちの家族の骨。この小さいのが祖父、20年前に死んだ。これはおじ、10年前に死んだ。これは私の夫。まだ3年前だからね、遺体もこんなに大きいの。外国には遺体を焼いて骨を取り出す人たちもいるらしいね。でも焼くと骨は小さく弱くなってしまう。私たちはそれが悲しいから焼かないのよ。こうやって、家族の骨を大切に保存してそばに置いていれば、いつも彼らのことを思い出せる。だから私たちは幸せなの。」
洗骨儀礼について本で読んだときは「気持ち悪い」と感じた私も、おばさんの優しい表情と語り口にすとん、と納得しました。
亡くなった後も、大切な人たちがずっとそばにいる。家族の中に、村の中にいる。いつでも会える。それは生きている側にとっても死んでいる側にとっても、自然で安心なことなのだと、素直に思えたのです
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      ↑伝統織布に包まれて軒下におかれた先祖の遺体

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      ↑水牛を屠り、大鍋で茹でて村中に振舞う

●参考文献:「イフガオ ルソン島山地民の呪詛と変容」 合田濤 弘文堂/「地球の歩き方 フィリピン ’09~’10」 ダイアモンド社
・写真は木村暁代さんからのご提供です。
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by cordillera-green | 2011-09-13 21:17 | 山岳民族の暮らし