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スタディツアーで学んだこと

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 昨年8か月間CGN&TALAのインターンをしてくれた友美さん。帰国後何をしているのかしら? と思っていたら、一時帰国時にたまたま目にした雑誌「ソトコト」の「移住特集ー日本の地方に住んでる」に登場していました。「美の条例」という日本では珍しい景観条例のある漁師町・神奈川県の真鶴町に移住して、夢のゲストハウス・オープンに向けて着々と準備を進めているようです。
 ていねいにていねいに仕事をし、人と付き合い、ちょっとゆっくりだけど、確実に一歩ずつ歩みを進める友美さんには、田舎暮らしがきっとしっくりきているに違いありません。

 そんな友美さんが、バギオ滞在中に立教大学の後輩たちのスタディツアーをアテンドした時のことを、フェイスブックにアップしてくれていましたので転載します。時間がたっても、フィリピンでの経験をその後の考え方や生き方に活かしてくれていて、とてもうれしいです。
 がんばれ友美! 応援していますよ~。

以下転載です。

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English below
最近のニュースや戦争の話を聞くたびに、フィリピンでの出来事を思い出します。

去年、フィリピンのNGOでインターンをしていた時のこと。
大学生のスタディーツアーに同行する機会がありました。

そのスタディーツアーの訪問先に入っていたのが、第二次世界大戦の時に日本人が進駐したというある村。
なんでもその村で日本兵は多くの村民を殺したらしい。

聞くだけで恐ろしくて自分だけだったら絶対いかないのに、
なんとそのプログラムの中には、戦争体験者の方々との懇親会が入っていました。

今こうして書いていると、ほんとよく行けたなーと思います。

懇親会の場へ行くと、戦争体験者の方々、そしてその子孫だと言われる方々がわたしたちを待っていてくれました。

懇親会は穏やかに進みました。戦争の時に日本軍から習ったという日本語の挨拶や、軍歌を歌ってくれたり。

ああ、和やかにもうこのまま終わればいいな…と思っていたら、日本の学生が
「日本人の子孫がこうしてカバヤンに来ることをどう思いますか?」
と、超ストレートに質問しました。

すると、来てくれた中でも高齢の女性が静かに話し始めました。

「あなたたちが来てくれてとてもうれしく思っています。
日本はJICAが病院を作ってくれたり、こうしてNGOがフィリピンのために活動してくれたりと、たくさんのサポートをしてくれていることに、大変感謝しています。
戦争はもう過去のことです。
わたしたちはあなたたちの祖先のことを、もう許しています。
だから、あなたたちも自分の祖先のことを許してあげてください。
嫌悪というのは何もよいものを生み出しません。
わたしたちは過去のためにではなく、今、そして未来のために生きるべきです」

彼女の話をきいて、二つのことを強く感じました。

一つは、人間は許すことができるということ。

家族や大切な人を殺されるというのは、もしかしたらこの世の中で最も許しがたい行為かもしれません。
それを許すことができる人間がいること。
その事実だけでとても救われた気分になりました。

そしてもう一つは、私たちも先祖を許してもいいのだということ。

フィリピンでも「あなたたちの祖先が昔どんなことしたか知ってるの?」「昔日本兵は、生まれたばかりの赤ちゃんを放りなげてやりに刺して遊んだりしてね…」と、日本兵がしたといういろんな話を聞きましたし、東南アジアの人たちからは必ずと言っていいほど戦争のときの話をされます。

その度になんと答えたらいいのかわからなくて、苦しくて、いつしか戦争をした当時の日本人たちに対して嫌悪感を抱くようになっていました。

でも、このフィリピンでの体験でそうした考えは改めようと思いました。
憎しみや恨みからいいものは生まれない。

もう戦争は起こってしまった。

そしてわたしが戦争に関わった日本人の子孫として生きていかなければいけないことにこれからずっと変わりはない。

だからそれを受け入れて、生きていこうと決めました。

過去からは学び、よりよい今と未来のことを考えて、選択していきたいとおもいます。

と、言っても日々のことに追われて忘れてしまうことも多いので、自分への覚書に。

※写真は訪問したフィリピン、カバヤン。飢餓や病気で亡くなった日本兵の骨が山々に今でもそのまま埋まっているといわれています。



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Recently, I often see and hear news about Japanese security-related bills and war. Every time I saw them, it reminds me some memory in the Phillippines.

I was in the Philippines last year as intern of NGO and had a chance to attend the Japanese university student tour.

One of their visiting places was a municipal called "Kabayan" where Japanese imperial army had been during the WWⅡ. And I heard that they killed many people.

Even just going there sounded very scary for me, but father more, there was a program meeting with people experienced the war.

Now, I cannot believe how I could have decided to go there.

When we entered the meeting room, people experienced the war and their decedents were waiting and welcomed us.
When the meeting was started, they showed how to greet in Japanese and sang the songs what Japanese imperal army taught them for entertaining us.

The meeting had gone very peaceful, so I was just praying "Please just finish in this good mood…"
But, one of Japanese students suddenly asked them how they think about that meeting.
Because the descendants of those who killed their family and friends came and asked them to talk, they could have gotten mad or refused that meeting but they didn't and even very welcomed us.

One of old lady started to answer in a calm way.

“ We are so happy that you came here to visit us in Kabayan. You Japanese try to help us a lot. Like JICA, they built the hospital for us and some NGO like CGN are also working for the Phillippines. We are appriciate for them.
It was past. We forgave your ancestors already, so please forgive your ancestors as well. Hatred cannot produce anything good. We should live for present and future, not the past.”

Her words impressed me a lot and made me realized two things.

First, it is possible for human to forgive.

Losing our family members or precious people by killed must be one of the unforgiven things.

But they said they forgave already.
I was so impressed that there are people like them.

And another one is I should also forgive our ancester.

I realized that I hated our ancestors. I had a strong anger toward them. Wherever I go to abroad especially south east Asia, I hear about our ancestors cruel story. So I hated our ancestors a lot and ashamed that I am their descendent. But I noticed if I keep it, it will not produce anything good.

It was happned already.

And it will never change that I am their decedents whose anseceter was in the war.

Since then, I decided to forgive our ancestors and accept that I am their decedents.

But forgiving doesn't mean forgetting about the past. We should know about the past and learned from it. And live for better present and future.

I am so thankful to the Philippines because If I'm not going to the Phillippines I could have never had a opportunity to know about the war and think how I should live as Japanese.

I miss the Pillippines always.



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by cordillera-green | 2015-09-11 14:21 | スタディツアー