映画「クロスロード」撮影コーディネイト日記②―鉱山開発編

 当初、「クロスロード」のフィリピンでのロケは、前回のブログで紹介したマヨヤオの撮影以外の部分をマニラのスラム街で行う予定だった。私とコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)がコーディネイトを担当する予定だったのはコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)の事業地であったイフガオ州のマヨヤオ町での撮影のみ。
 ところが、撮影日程が限られている中で、治安に対する不安や、渋滞による遅延などが問題となり、急きょマニラで撮影予定だった箇所もバギオ周辺地に移せないかという相談があった。バギオとマニラとは町の規模が違い、抱えている社会問題は違う。当初の台本のままでロケ地を探すのは難しいと話した。

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↑バギオの市場での撮影(写真はフェイスブック「クロスロード」ページより)

 監督と助監督が2月のマヨヤオでのロケハン時に帰国の予定を変更してバギオで撮影が可能かどうかを確認するために、バギオでロケハンを行うことになった。マニラのゴミ捨て場のようなスラム街はないかと聞かれて、庶民の暮らしの中心である市場を訪ねた。ストリートでレジ袋を売る子供たちに声をかけ、うちに連れて行ってくれないか聞いた。「いいよ!」と明るく答えた子供たちは、バギオや山岳民族の出身でなくミンダナオ島の出身。仕事を探して家族と一緒にバギオにたどり着き、母親は市場の路上で野菜を売っている。子供たちも母親を助けるためにわずかでも金を稼ごうと、市場の買い物客の荷物もち、タクシー探しなどをする。悪びれることなく「たまにはスリもするよ」という。学校には行っていない。
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↑バギオの市場での撮影(写真はフェイスブック「クロスロード」ページより)

 連れて行ってもらった彼らの家があるエリアは、路地が入り組み雑然としていたが、マニラのスラム街のような危険や荒んだ感じはない。子供の家族が借りているというアパートも、最低限だろうが家賃を払って貧しくともなんとか暮らしを成り立たせている気配があった。台本にある悲壮感は感じられない。 
 すずき監督に貧困問題がそれほど深刻でないとしたらバギオの社会問題は何か? と聞かれた。都市化が進むバギオでは、マニラにある社会問題のすべてがあるだろうが、そのスケールはマニラには及ばない。映像に捉えた時のインパクトもマニラでの撮影にはどう頑張っても追いつかない。
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 マニラから車で6-8時間の山頂にある人口30万人の中都市・バギオ、2000メートル級の山々が連なるさまざまな先住民族が暮らすコーディリエラ山岳地方ならではの、今直面するもっとも深刻な社会問題、そして環境問題は鉱山開発問題だ。
 コーディリエラ山岳地方には金、銀、銅など豊かな鉱物資源が眠っている。先住民族は古来、金を少量掘り出し、装飾品などにしてきたといわれるが、400余年にわたりフィリピンを植民地としてきたスペインがこの金に目を付けて、金鉱探しの旅をした道が今も山岳地方の山奥深くに残っている。100年以上前には、商業的採掘を目的に米国資本でフィリピン初といわれる大会社による鉱山会社がバギオのお隣のイトゴンにできた。バギオは、高地にある避暑地としてアメリカ占領時代に開発されたといわれているが、同時に近隣の鉱山開発によって経済的な発展を支えられてきたのである。戦前から続く3つの大鉱山会社が今もバギオ周辺で採掘を続けている。 
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↑閉山となった鉱山跡

 中小の鉱山採掘会社は80年代の頭に金の暴落で多くが閉山を余儀なくされた。環境問題など話題に上ることがなかった当時、鉱山会社は露天掘りによって切り崩した山や土砂、劇薬を使った精錬所の排水がたまった池、金を取り出した後の汚染された土壌をそのままに去った。山岳地方には、コメはもちろん野菜を育てることさえできない汚染された土地だけが残され、今もその復旧ができずにいるコミュニティがいくつもある。

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↑サント・ニーニョ鉱山の精錬所施設あと

 以前は棚田での稲作を中心とした自給自足に近い暮らしを営んできた先住民族たちだったが、近年、現金なしには暮らしていけない生活形態に変わりつつある。鉱山開発会社が去って廃墟と化していた地域で、会社が使っていた坑道や新たに自ら手で掘った小さな坑道で手作業で金を掘る仕事は、まともに教育を受けていない先住民族の若い男たちにも体一つでできる仕事だ。さまざまな民族の男たちがグループで廃坑となった鉱山開発地域にやってきて簡易なバラックのような家を建て、毎日ヘッドライトとペットボトルの水を腰に真っ暗な坑道に入っていく。金が入った岩に当たるかどうかはまさに運次第。掘り当てたという男が豪華な新車や大きな家を建て、そのうわさが広がり、廃坑にやってくる先住民の男たちは後を絶たない。
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↑手間に転がるのは金の精錬に使うシアン化ナトリウムの入っていた缶(日本製)

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 掘り当てた金を含んだ岩を精錬し金を取り出すために、簡易な精錬所も次々とできた。どこで手に入れるのか、そこで金精錬のために使用しているのは水銀やシアン化ナトリウムなどの劇薬だ。もちろん排水は垂れ流し。雨期が始まる最初の雨の日には下流の川や池で一斉に魚が浮くと聞いた。坑夫たちが飲用している水が安全であるはずがない。水浴びの水にも不足する。坑道での作業は大雨による鉄砲水や感電などで危険と隣り合わせ。死者が出ることもあるが、うわさで伝わるだけで表立たったニュースになることもほとんどない。
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↑小さな精錬所

 働く坑夫たちも、危険を承知の上である。劇薬使用による環境汚染などかまっている場合ではない。もちろん自身の健康もあとまわし。とりあえず田舎にいる家族に渡す金がほしい、あるいは、田舎の家族・親戚に自慢できる金で買った「もの」がほしい。

「盗むよりいい」と坑夫の一人が言った。
「少なくともここで俺らは自分の体を使って金(カネ)を稼いでいる」

「ポケットマイナー」と呼ばれる鉱山開発地域に住まう個人採掘に携わる抗夫達の暮らしにはマニラのスラム街とはまた違う、哀しい暮らしがあった。
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↑Gold Panningと呼ばれる鉱山地域の川などで行われる砂金採り。
坑道には女性が入ることは禁じられていて、女性は坑道には入らず、砂金採りに従事する。

 映画「クロスロード」に私たち環境NGOが関わるのであれば、撮影関係の制作プロダクションがでいない環境NGOだからこそできる関わり方をしたいと思っていた。ここルソン島北部で青年海外協力隊員の若者たちにたくさん会ってきた。映画「クロスロード」に登場する3人の隊員同様に、コミュニティの発展に大きな功績を残すには力不足な人も確かにいたが、会ったすべての若者たちの「気持ち」は全員とても熱いものだった。多くの隊員が地域の人に温かく受け入れられ、第二次大戦中の「残虐極まりない日本人像」とは違う新しい日本人の印象を確実にフィリピンの人の間に残していっている。この50年にどれだけの協力隊員が世界の国々で汗と涙を流し、その「想い」をその地に刻んできただろう。協力隊50周年記念の映画だからこそ、「50周年。やったね。よかった。頑張った。おめでとう」だけの映画ではなく、協力隊員たちの想いそのままに、より良き世界のために、現実社会でのリアルな問題提起があってもいいかもしれないと思った。すずき監督を鉱山開発地域に案内したのはそんな思いからだ。
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↑Tailing Pondと呼ばれる、金を取り出した後の廃棄物を流してできた池。
異様なエメラルド・グリーンをしている。

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↑撮影に使わせてっもらった坑道の入り口

 数週間後にロケハンを反映して書き直された台本では、主人公のカメラマン澤田がようやく見つけ出した「撮りたい」対象として鉱山開発地域の先住民族の人と暮らしがあった。
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ベンゲット州の鉱山開発についての記事(英語)と写真

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by cordillera-green | 2015-11-25 09:37 | 映画「クロスロード」

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