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カテゴリ:山岳民族の暮らし( 10 )

ライオンの頭とマルコスの頭 Trees on the rocks!

バギオにケノンロードを通ってやって来る人にとって、マニラから延々6時間の長旅を終えて
「もうすぐバギオに到着!」
の目印がライオンズ・クラブが作ったライオン・ヘッド。たくさんの観光客が写真を撮っているのがおなじみの光景です。私がバギオに住み始めたときは、あんなふうに黄色のたてがみじゃなくてまだ真っ黒なライオンさんでした。
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ライオンズ・クラブが鉱山の採掘者やイフガオ族の木彫り名人に依頼して1968年に作り始め、中断しながら1972年に完成した経緯は、ライオンズ・クラブのサイトにありました。
http://bchostph.lionwap.org/

せっかく、ライオンズヘッドで記念写真パチリの際に忘れてはいけないのが、派手派手のライオンの隣でひっそりたたずむナチュラル・ロックのライオンズ・ヘッドです。このライオンの頭にそっくりな岩があったので、ライオンズ・クラブはこの場所にこのモニュメントを作ったわけね。そこんとこ忘れないでね。
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岩の上にこんな風に樹が生えるというのは珍しく、CGN副代表のベンゲット州国立大学森林学部教授のジャン先生は「Trees on the Rocks」(仮題)という本を執筆中です(もうできたかも)。もちろん表紙の写真はコーディリエラ一有名なこのライオンの頭の形の岩と樹の予定。

 先日、事業地調査で訪ねたトゥバのつり橋の脇のでっかい岩にも巨木が生えていて目を奪われました。岩の上をものともせず成長し続ける巨木にはすごい生命力を感じますね。
てなわけで、ライオンズヘッドに行った際には、お隣の地味なほうでの記念写真も忘れずに。
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 一方、マルコス・ハイウエイでバギオに入るときにもでっかい顔の像があるのをご存知ですか?道路沿いではないので、見逃しそうですが、マルコス・ハイウエイを登り始めたあたりで見えるはずです。
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そう、マルコスが大統領だった時代に作った大きな胸像です。マルコス失脚後、何度も反マルコス派に爆破され、今はこんな無残な姿。こちらも私が昔訪ねたとき(90年代後半です)はまだ顔もちゃんと残っていて鎌倉の大仏さんみたいに顔の中に階段で入れたものでした。
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マルコスの胸像について
http://upibalonbicol.blogspot.com/2008/12/marcos-bust-of-tuba-crumbled-statue.html

 それにしても、このマルコスの胸像のある場所からの眺めは絶景です。「この土地は俺のもんだ~!」と、マルコス大統領はこの地を選んだのでしょうか?近くには以前はマルコスが接収した土地にゴルフ場がありました。いまもそのクラブハウスが残っています。

いまは、見捨てられてかのようなマルコスの胸像ですが、フィリピンの負の歴史を知ることのできるスポットでもあります。マルコス・ハイウエイを通る際は見逃しなく!
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by cordillera-green | 2013-05-02 11:15 | 山岳民族の暮らし

先住民族会議KAPWA3バギオで開催

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フィリピン各地の先住民族と、先住民族を研究する世界中の学者、そしてそのほかの地域からの先住民特別ゲストを招いて行われるKAPWA先住民族会議が来週6月26-7月1日までバギオ市にて開催されます。
 会場はバギオ博物館、フィリピン大学バギオ校Juan Luna Hall、セッションロードのLa Azoteaビル5階のアートスペースVOCASなど。KAPWA開催に関連したアート展覧会やイベントもベンカブ美術館、ギャラリー&レストランKatipunan、Mt.Cloud Book Shopで開催。

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詳細は以下のHPで。
http://www.kapwahan.wix.com/kapwahan#!home/mainPage

日本からはアイヌ民族のリーダー萱野志朗氏が特別ゲストとして27日VOCASでのプログラムでスピーチを行うほか、大阪のアイヌの方々のグループ、ミナミナの会がパフォーマンスとワークショップを行います。また、世界の先住民族の身体表現方法を研究し、独自のダンス「Kabuku-mai」を生み出したコンテンポラリーダンサーのJun Amantoが先住民族の若者たちを対象にワークショップを開催。
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CGNからは、先月サガダで行った環境教育ワークショップで日本からいらしてくださった花崎攝さんのファシリテイトで制作された演劇作品「ABOT」を公演予定(28日6PM VOCAS)です。
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↑サガダでのパフォーマンス。14人のコーディリエラ各地からの若者によるAanak di Kabiliganです


フィリピン政府は、先住民族の伝統を継承するための教育プログラムを実施中でNCCA(National Commission of Culture and Arts)が推し進めるSchool of Living Tradition(SLT)という伝統文化の学校の指導者と生徒たちが全国25民族約150人ほど集うそうな。伝説のネイティブ・アメリカンのリーダー、デニス・バンクス氏もゲスト参加。すごい。楽しみです。

フィリピン大学バギオ校でのセミナーシリーズは一般公開なので、フィリピンの先住民族に関心のある方はぜひ参加を!
参加費は1日一般P100,学生P80(連日参加の場合は割引があります。HPでご確認ください)

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by cordillera-green | 2012-06-22 13:46 | 山岳民族の暮らし

伝説のSalinas Salt Spring

 ベンゲットからカリンガ州やイフガオ州に行くときに通るヌエバ・ビスカヤ州に、バナウエの棚田に匹敵するような奇観を誇る観光スポット・サリナス・ソルト・スプリングあるとずいぶん前に聞いたことがありました。
今回カリンガ州の帰り、珍しく日のあるうちにヌエバビスカヤを通過することになり、念願のソルト・スプリングに立ち寄ってみました。

以前はこんな景観で奇妙な形の岩から噴き出る泉が塩分を多量に含んでいて、岩は塩で真っ白におおわれていたそうです。
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Googleで検索すれば今も、「フィリピンで最もユニークな泉10選」なんて言うのに入っているのですが、この辺りと思しきあたりに来ても看板ひとつなし。地元に人に聞いても浮かない顔で
「あっちだよ。でも今はねえ~~」

さんざんに人に聞いてたどり着いた奇岩の泉は、完全に干上がって、黒い岩と化していました。
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やはり、森林破壊の影響でしょうか?
地元の人の話では1990年のバギオ大地震のあたりから泉が枯れたということです。
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周囲の山は見事なはげ山。真新しい山火事の跡がもあって、まだ火入れし続けているのがうかがえます。
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自然は永遠ではありません。
やはり、面倒を見ないと失われてしまうものなのです。

でも、景色は抜群に良かったです。
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レナート君も大はしゃぎ。
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近くのフルーツスタンドのココナツジュースもハロハロも抜群においしかった。しかもただみたいに安いしね。
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by cordillera-green | 2012-03-23 11:03 | 山岳民族の暮らし

イフガオ州の棚田巡り、急ぎ足の旅

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 イフガオ国立大学でのピースキャラバンに山本公成さんたちと参加したああと、イフガオの棚田でビデオ&写真撮影をしながらバギオに向かいました。
 今回の棚田撮影は、公成さんが昨年発売したCD「月ゆめⅡーあしたへ」の中に収録した「森の精」という曲のミュージックビデオのための撮影でした。この曲は、過去2回の公成さんのコーディリエラ地方の旅からインスピレーションを得て生まれた曲です。
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ご注文はこちらに。


われらが棚田キャラバンは、もちろんこのCGNジープで。
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いつもでどこでも踊りだすジェロ、ジェリカ、デルフィンのCGNボランティアも同行して愉快な旅!
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t景色のいいポイントで浅田さんがビデオ撮影。
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こちらが有名なバナウエの棚田。
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こちらは知る人ぞ知るマウンテン州バイヨ(Bayyo)の棚田
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by cordillera-green | 2012-03-18 10:27 | 山岳民族の暮らし

カダクランの暮らし

 まだまだ深い森の残るマウンテン州バーリグ町のカダクラン。携帯電話の電波も届きにくく、まだゆったりとした昔の暮らしが残っています。今回の旅でも、まだまだ不思議がいっぱい残っていて、あたたかなカダクランの暮らしに触れる機会がありました。インターンの亀井遥海君の写真をお借りして、その一部を紹介。

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↑棚田の中の急な畦道

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   ↑Lunas 村の人が埋葬される洞窟のお墓。

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   ↑お棺が朽ちて白骨が見えているものもあります

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   ↑遺体と一緒に埋葬するものはあるのですか?と聞いたら、開けてみたら?
    とお棺の一つをにっこり笑ってあけてくれました。唖然。。。
    毛布を巻いて埋葬するそうです。

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   ↑最近、亡くなった方の棺はコンクリート作りで格子戸のある建物に入れられています。
    盗掘を避けるためとのこと。ガイドしてくれたアシュレイさんは、満面の笑みですが、
    お墓であまりにうれしそうな顔したら不謹慎な気がするのは日本人的感覚?
    彼らの死生観はたぶん私たちとは違うのでしょう。

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    ↑洞窟にはこの滝を渡っていきます。

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    ↑ものすごく急なこの階段の一番下に川戸多紀があり、その向こうにお墓の洞窟があるのです。
     この階段の両側は事業の植樹地。サトウキビも生えていました。アシュレイさん
     「サトウキビとってあげたいけど、おまじないがかかっていおるかもしれないからやめておこう」
     土地の主が、植えた作物を盗まれないようにおまじないをしていることがよくあって、
     そういう場所で勝手に作物を採ると、たたりがあっていろいろなところが腫れたりするのだそうです。

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    ↑田んぼの中に材木が浮かんでいて「なんでこんなところに?」
     アシュレイさんいわく
     「これは底がない田んぼのしるし」
     つまり、底なし田んぼ。いったん足を踏み入れると、絶対に抜けずに、沈んでいくしかないのだそうです。おそろしや。。

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     ↑グアバの実を獲る子供たち

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     ↑今回の旅でずっとガイドを務めてくれた、元バランガイ・キャプテンのシンプルおじさん(あだ名)。
      喜怒哀楽がいっぺんに顔に現れる素晴らしいキャラクターの持ち主です。

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     ↑ジープの特待席はなんといってもここです

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     ↑子供たちをまねて、インターンの亀井君も自分の名前を
      張り付く草の実でTシャツにつけてみました。
      おもちゃなんてなくても、子供たちは自然の中から遊び道具を見事に探し当てます。

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      ↑イフガオ族の嗜好品として知られるビンロウの実ですが、
       カダクランのおじさんたちの好きみたいでした。

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      ↑朝焼け

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      ↑OGO-OG村の家

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      ↑山の村の必携生活用具。ボロ(山刀)、鳥打ち銃、ほうき。

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      ↑棚田。この田んぼで収穫される紫米は、アメリカにも輸出されるようになり
       村人の貴重な収入源になっています。
       放棄されていた棚田を再び耕し始める人も出てきたとのことです。

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      ↑ひ弱な日本人と本物のイゴロット・カダクラン人

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      ↑同行の中島君の誕生日で、タポイと山のおいしいご飯をごちそうになりました

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木酢セミナーに講師として来てくれた中島くんはかなりの写真好き。
素敵カダクランのな山と村の写真がfacebookにアップされています。
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.2396751998832.2140267.1251948417
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by cordillera-green | 2011-09-27 16:04 | 山岳民族の暮らし

イフガオ族の暮らし by 海外青年協力隊の木村さん

 前回のブログで紹介した、イフガオ州国立大学で活動中の海外青年協力隊(JOCV)木村暁代さんが、イフガオ民族の暮らしについてJOCV機関誌「Tarabaho」に寄稿している文章もとても興味深かったので転載します。協力隊の人って、やはり腰を据えて滞在するだけあって、深くフィリピンを知る機会に恵まれているのだなあと実感です。青年協力隊の人だけにお知らせするにはもったいない貴重な情報&体験です!


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私の任地にいらっしゃ~い♪
★第16回★コーディリエラ自治区イフガオ州ラムット町


今回の案内人
青少年活動 木村暁代(144B)
配属先:イフガオ州立大学
日本語クラスのサポート、環境問題・日本文化紹介など中心に学生とアクティビティを企画・実施しています。
「いつも学校をウロウロしてるヘンなガイジン」?!
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マニラから北東に約380キロ。ルソン島北部を南北に延びる山岳地帯の東斜面とその裾野に私の任地、イフガオ州はあります。イフガオの各地にある棚田群は「天国への階段」と呼ばれ、ユネスコ世界遺産に指定されています。ここに暮らすのは約二千年前からの水田稲作の伝統を持つ山岳少数民族イフガオ族の人々。なかなか本心を表さない慎み深さと内に秘めた情熱。赴任から10カ月、ときにほろ苦くも複雑な味わいを持つイフガオ文化の魅力に、私もすっかりはまってしまったようです。


★多言語社会
「ねえ、一体いくつの言葉を話せるの?」
友人に尋ねてみたこの質問、返事を聞いてびっくり。
「タガログ、イロカノ、英語。それにイフガオの方言を3種類トゥワリ、アヤガン、マユヤオ。他の方言は話せないけど、相手が言っていることは分かるよ。」
これが、イフガオ人のスタンダード。超マルチリンガル!イフガオは大まかに分けて3つの民族グループに分かれ、少なくとも7種類の方言があり、それぞれ文法も語彙もかなりの差異があるらしいです。
そもそも「イフガオ族」「イフガオ州」とひとくくりにされだしたのは、アメリカ支配下になってからの100年ほどのこと。私の住むラムット町など一部地域を除き、低地民(イロカノ)との交流がほとんどなかった上に、常に部族間での対立、戦いを繰り返してきた山岳民族の人々は、それぞれの共同体で独自の多様な文化を育んできたのです。ちなみにスペイン文化の影響を受けずダイレクトにアメリカの教育政策を受けたため、年配の人にはタガログ語は話せないけど英語は流暢、という人も多いようです。
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     ↑イフガオの伝統的高床式住居 

★イフガオと日本
第二次大戦末期。マッカーサーのレイテ島再上陸後、追いつめられた日本軍はバギオ市の軍司令部を撤退し北ルソン山岳地に潜伏、最後の戦いを繰り広げました。そして1945年9月2日、山下奉文大将はイフガオ州キアンガン町で降伏。この日はフィリピンの戦勝記念日として祝日になっていて、イフガオ州では学校も休みです。1974年、マルコス政権下に建てられた Kiangan War Memorial Shrineは、こんな山奥にこんな立派な建物が? と驚いてしまうほど巨大なアメリカとフィリピンの戦勝記念塔です。
余談ですが、山下大将は旧日本軍の資金を黄金に換えてイフガオのどこかに埋め隠したという「山下財宝伝説」があり、日本人だと言うと「山下の財宝を探しに来たのか?」とからかわれること多数。今だ色濃く残る戦争の記憶からの反日感情ゆえか、それともイフガオの人のちょっと皮肉屋な気質ゆえか…。
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     ↑稲の刈り取り方も独特。このまま住居の中で保存する

★MOMA
仰天! イフガオ人は血を吐くッッッ!! 
…嘘です。その辺のおじさんやお兄さんが道端に吐いている赤い液体は血ではないのでご心配なく。ヤシ科の赤い木の実を石灰と一緒に噛むMOMA(いわゆるビンロウ)と呼ばれる嗜好品で、軽い覚醒作用があるようです。イフガオの人びとの唇や歯茎が妙に鮮やかな赤い色なのはそのためです。そしてイフガオを舞台に私の恋が始まらないのもきっとそのためです…。イフガオ文化に詳しいMrs.Castroいわく、「イフガオには、こんにちは、お元気ですか、ありがとう、ごめんなさいの言葉はない。ただ一緒に座ってMOMAを噛むのだ」そう。
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    ↑脱穀は機械ではなく臼と杵で稲を搗く 

★ムンバキ
 さて、仮にイフガオ・ヒルズで私の恋が花開いたとしましょう。三十路の身としてはショートカットで進めたいところですが、ここはワンダーランド。そう簡単には行きません。婚約のことをimbangoと言いますが、結婚の許可を下すのはイフガオの階層社会において強い権力を持つ「ムンバキ」と呼ばれる呪術師です。語学教師のEsterいわく、恋人たちは一年間の婚約期間後、ムンバキの元に行き鶏を殺します。その内臓をムンバキが見て、「いい内臓」だったら結婚できますが、もし「悪い内臓」だったらもう1年待たなければなりません。3回までトライできますが、3年目も「悪い内臓」だったら残念ながらその結婚はあきらめざるをえません。もちろん、どんな内臓が「いい」のかはムンバキだけが知っています。貴方も気になるあの子と一緒にイフガオに来てみませんか。レッツ ・チェック・ザ・チキンレバー!

★洗骨
イフガオの人は遺体を焼いたり埋めたりせず、遺体を家の近くに安置して、何年もかけて腐った肉を丁寧に取り除く「洗骨」という風習を行います。洗骨のあと、死者の遺骨は伝統柄の織物にきれいに包まれ、高床式住居の軒下などに置かれます。そして庭で豚や水牛を供犠し料理し、近親者や村中に振舞います。
私はこの儀礼をバナウェ近郊のバガアアン村で2010年8月に見ることが出来たのですが、そのときに、出会った遺族のおばさんが、このように説明してくれました。
「このお祭りは、うちの亡くなった家族のためのお祭りで、ここにあるのがうちの家族の骨。この小さいのが祖父、20年前に死んだ。これはおじ、10年前に死んだ。これは私の夫。まだ3年前だからね、遺体もこんなに大きいの。外国には遺体を焼いて骨を取り出す人たちもいるらしいね。でも焼くと骨は小さく弱くなってしまう。私たちはそれが悲しいから焼かないのよ。こうやって、家族の骨を大切に保存してそばに置いていれば、いつも彼らのことを思い出せる。だから私たちは幸せなの。」
洗骨儀礼について本で読んだときは「気持ち悪い」と感じた私も、おばさんの優しい表情と語り口にすとん、と納得しました。
亡くなった後も、大切な人たちがずっとそばにいる。家族の中に、村の中にいる。いつでも会える。それは生きている側にとっても死んでいる側にとっても、自然で安心なことなのだと、素直に思えたのです
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      ↑伝統織布に包まれて軒下におかれた先祖の遺体

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      ↑水牛を屠り、大鍋で茹でて村中に振舞う

●参考文献:「イフガオ ルソン島山地民の呪詛と変容」 合田濤 弘文堂/「地球の歩き方 フィリピン ’09~’10」 ダイアモンド社
・写真は木村暁代さんからのご提供です。
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by cordillera-green | 2011-09-13 21:17 | 山岳民族の暮らし

電気が村にもたらすもの

 2007年7月から、キープ協会とともに実施してきたカリンガ州パシルでの自然エネルギー普及と環境保全のための農村開発モデル事業が6月で終了しました。この事業は三井物産環境基金の助成をいただいて実現したもの。山岳民族が直面しているエネルギー問題を、身近に豊富にある自然を生かしたエネルギーによって解決するための方法を提案しようというものでした。

 事業のコンポーネントのひとつが、マイクロ水力発電モデル事業。
 バリンシアガオ・ノルテ村にて、森の中を流れる川に、出力15キロワットの小さな水力発電システムを作りました。2007年10月に着工し、村の人たちのボランティア労働に助けられて2009年3月に運転開始。何回か故障がありましたが、現在は無事に稼働中で、村の家々に灯りがやってきました。
 これはもう村の歴史にとっては画期的なことです。
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          ↑村にはじめてついた電球!

 どこもかしこも過剰に照らされ、暗闇を探すのがたいへんな日本では、明かりのない暮らしは想像するのさえ困難です。日本人である私にとって、灯りがともって村の暮らしが便利になったと実感するのは、
・夕食のために調理しているナベの中身が確認できる。
・日が暮れてからでも、本や新聞が読める。
・夜間、トイレに行くのに手探りで行く必要がない。
という感じでしょうでしょうか?
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       ↑マイクロ水力発電の発電所とパイプ

 暗闇に慣れている山の村の人の目のよさは、ニッポンの町育ちの上、近眼、さらに老眼さえもちょっと加わっている私とは勝負にならない動物的なもので、私にはただただ真っ暗闇にしか思えない夜間でも、ものすごいスピードで山道を歩いていきます。それでも、月のない夜には、松から作った松明を灯すか、お金があれば町で買ってきた灯油を入れた空き瓶と古Tシャツの芯で作った手作り灯油ランプで灯りをとるかしなくてはなりませんでした。灯油代は、ほとんど現金収入のない村人にはなかなか手に入れることのできないものでしたし、手作り灯油ランプの煙は真っ黒でどこから見ても健康に悪いのは明らか。電気が引かれたことでこれらの問題が解消されました。
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       ↑土木作業は村の人たちのボランティアで行われました。

 もうひとつ、電気がもたらした大きなメリットは、携帯電話の充電ができるようになったことかもしれません。
そう、先住民族の暮らす山奥深い電気のない村でも、たくさんの人が携帯電話を持っている時代なのです! 携帯電話の充電は、今までは、村で唯一小さな発電機を持っているよろずや(サリサリストア)に行ってお金を払って充電してもらうか、町に行く人に携帯電話を預けて、町に滞在している間に充電してもらって持って帰ってきてもらうしかありませんでした。
 電気のない山の村では、「携帯電話を持っている」のと「携帯電話が通じる」というのはまったく一致しないこと。携帯電話を持っていてもそれが充電された状態にあるということはまれなことだったりするわけです。だから、電気のない村の人に連絡をとりたい場合は、あらかじめその村の携帯電話を持っている人の番号をいくつも調べておいて、伝えたいことのあるAさんの電話が充電していなくて通じなければ、Bさんの電話、それでもだめならCさんの電話とかけ続けなければなりません。Cさんの電話が通じたら、Aさんのうちまで行ってもらって、電話がかかってくるから充電してまっているように伝えてもらうというわけです。
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     ↑棚田の中での電柱設置作業です

 ちなみに、山岳地方に限らずフィリピンでは携帯電話を通話のために使っている人はまれで、ほとんどの人がショートメッセージ(SMS)を送るためにしか携帯を使いません。通話代はこちらの物価を考えるとものすごく高いうえに、会話している間にいくら使ってしまったかわからないというわけです。SASなら1回1ペソ(2円)などで、わかりやすい。20ペソ(40円)で24時間以内なら110回までSMS送り放題などなどお得なシステムもいろいろあって、もっぱら携帯電話はSMS専門です。実のところ、山の村では携帯電話で通話ができるということを知らない人もいるのではないかと疑っています。

 ついでに言うと、村の人の携帯電話になんとかSMSを送れたとしてもけっして返信を期待してはいけません。こちらの電話はほとんどすべてプリペイド式なのですが、電話を持っていてもプリペイドの電話代を払えない人が多く、1ペソ(2円)でできるはずの返信もで返ってこないというわけです。つまり、携帯電話はひたすらSMSの受け専門というわけです。(そういう国だからこそ、便利なシステムがあって、返信がほしいときは電話代をSMSでプレゼントすることができます。YESかNOかの返事だけほしいときは、SMSを送ると同時に1ペソ分プレゼントすればいいわけ)。

 携帯電話といえば、5月にマウンテン州バーリグのリアス村に行ったときも、村のたくさんの人が携帯電話を持っていたのに驚きました。なぜならこの村は電気はあっても電波が届かないのですから。
「携帯電話が持っているのは、電話としての機能だけじゃないんだよ。わしにとってケータイは便利な目覚まし時計とラジオなんだ」と村のおじさん。なるほど。
「たまに町に行ったときには電話としても使えるしな」
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   ↑バーリグの中心。携帯電話の電波は届きません。

 このバーリグは、役場のある郡の中心も携帯電話の電波が届きません。役場で話した郡議会議員のおじさんによると、
「そのうち、“ケータイの電波の届かないバーリグ!”を売りにして、観光宣伝するよ。“あなたをケータイ電波から解き放つ村!”ってキャッチフレーズで」
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   ↑ケータイの電波なくとも、すばらしい森は残っています。
    ここがイサベラ州に流れるシフ川の水源です。

「それにケータイ持っていないのもいいよお。用事があったらまず歩いて会いに行くって習慣が今もあるからねえ。ピッピッピと親指で簡単に用事を済ませない。会って噂話しながら用事を済ます。実際にはその歩くってのも、時には片道5時間なんだけどねえ」
1日ひとつの用事を済ませばそれで満足という村の暮らしです。
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     ↑ケータイの電波なんてなくても、リアス村の子供たちには
     自然という遊び相手があります。    

 郡議会議員のおじさんは続けます。
「それに、ケータイがないと、大きな声を出す訓練にもなるよお。用事のある相手がわりと近所だったら、叫べばいいんだからねえ。だから、バーリグの人は今でも大きな声をだせるよお」
 そういえば、いろいろな山岳民族の子供たちに演劇指導をしてくれた吉田智久さんも言っていました。
「ステージでとおる大きな声が出せるのは、考えてみたら山奥の子供たちばかりなんですよね」って。
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     ↑バーリグの山の中でも携帯電話会社がタワーの工事をしていました。
      電波の届く日は間近かもしれませんね。

 電気がやってきたバリンシアガオ・ノルテ村。灯りとともに、いつでも充電可能になった携帯電話で村の暮らしは様変わりするかもしれません。山歩きをやめ、大声で叫ぶことがなくなり、うつむきながらひたすら親指を動かす。うううむ、なんだかカリンガ族には似合わないなあ。
 灯りによって、子供たちは夜も本を読めるようになったし、週末や夜間は、テレビとビデオを買った人の家に集まってビデオ鑑賞会(テレビの電波も届きませんから、テレビはもっぱらビデオのため)。少しは、外の世界で起こっていることの情報が入ってきて、悪癖であるトライバル・ワーも減っていくのではないかと期待しています。

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    ↑マイクロ水力発電のための水を取っている美しい川。
     もちろん、発電に使ったあと、水は元の川に返されます。
     電気が来て、村の暮らしが便利になっても、この美しい自然が保たれていくことを
     心より祈ります。
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by cordillera-green | 2010-08-03 11:25 | 山岳民族の暮らし

山の村の火事。わかちあう心。

 我が家に居候している、日系建設会社で運転手として働くタラナイ君が、「この間、ブギアスを建築資材を運んで通ったら火事に遭遇した」と言っていました。燃えている道路脇の家の中から、いろいろなものが投げ出されてきて、あわや運転しているトラックに当たるかと思ってヒヤッとしたと言うのです。先週土曜に参加したHCRCIのクリスマス会でも、参加した地元の人たちは前日にあったその火事のことをみんな知っていました。
 
 何人来るかがはっきり分からないクリスマス会、参加者のみなさんに配るクリスマス・ギフトとしての古着は、行きわたらない人がないように、少し多めに用意されていました。ですから、みんなに均等に一袋ずつ行き渡ったあと、ダンボール二箱分くらいが残っていました。
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     ↑古着は公平に分けられるように、一人分ずつ袋に入れて分けられました。

 HCRCI代表のアイリーンは、「この残りの古着を、昨日火事で焼きだされたタバガワン・スール村の人たちにさしあげたらどうでしょう?」と提案しました。参加者のみんなも、それに賛成。みんなの同意を得て、車で行っていた私たちが、火事のあった村のバランガイ・ホールに届けに行くことになりました。

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 これがその火事の跡です。 
 焼けた家は全焼が11軒、部分的に焼けたのが2軒、計13軒だそうです。火元の家は、大人はみんな出かけていて4歳の子供しかいなかったそうで、火事の原因は不明とのこと。
 焼け跡の向かいにあるバランガイ・ホールでは、役員の人たちが寄付の受付をしていました。私たちがもっていった古着だけでなく、すでに他からの寄付の古着もありました。
 
 山の村には日本のように火災保険に入っている家なんてありません。また、山の村には銀行もなくて、わずかでも銀行に貯蓄をしている人もたぶんほとんどいません。もちろん、勤めがあって定期収入がある人など、役場の職員と学校の先生くらいで、ローンが組めるわけもなく、家は少し余裕があったときにブロックをすこしずつ買い足し、何十年もかけて作り上げてきたものです。火事で家を失うということは、いままで生きてきて、なんとか形にしてきたものすべてを失ってしまうことに他なりません。焼け出された人々のショックはどんなにか大きなものでしょう。
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  幸いにもこの火事では、ケガをした人も、亡くなった人もいなかったそう。日中の火事で、大人はみな畑仕事に、小学生や高校生の子供が学校に行っていた間に起こった出来事だったということです。それだけに、消火にも時間がかかり、家にあったほとんどのものが燃え尽きてしまったのだそうです。

 わずかに残っていた大人が、とにかく持ち出せるものは何で持ち出そうと、燃え盛る火の粉のなか、放り投げていたものが、タラナイ君運転のトラックをかすめたというわけです。
 誰もが楽しみにしているクリスマス前のこの火事。焼け出された人々の頼みの綱は、村の住人や、親戚の方たちからの寄付しかありません。障害のあるお子さんをもつHCRCIのメンバーたちでさえ、自分たちよりももっと苦しい立場にあるに人と分かち合おうとする心。それが、山岳民族の村で昔から伝えられてきた伝統なのだろうと思いました。
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        ↑古着をもらって感激する火事にあった人たち
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by cordillera-green | 2008-12-17 15:11 | 山岳民族の暮らし

山岳民族とクツ

 バギオ市内にあるアートスペースVOCASで「SAKA SAKA」と題した現代美術の展覧会を開催中です(12月20日まで)。ドイツ人の作家がイフガオ民族の木彫り職人とのコラボレーションした展覧会で、たくさんの木彫りのクツを展示しています。イフガオ民族の素晴らしい伝統の技にはため息が出ます。
 なぜ木彫りのクツの展覧会かというと、ドイツで最も知られているフィリピンは「イメルダ夫人の大量のクツのコレクション」だからだということ。また同時に、イフガオ民族を含む山岳少数民族とってはクツがとても特別な存在だからだそうです。
 展覧会のオープニングで上映されていた自主制作ビデオは、バタバタしていてしっかり見られませんでしたが、バタッドというイフガオ族の棚田の村の若者がせっかく手に入れたクツを落としてしまう話だそうです。
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 そう、山岳民族にとって「クツ」は憧れの対象です。カリンガ族の山の村の小学校を訪問すると、クツを履いている子供は一人もいません。「スリッパ」と呼んでいるいわゆるゴムぞうりを履いている子がほとんど。残りは裸足です。履いているゴムぞうりも、すり減ってすり減ってそこに穴が開いているようなの、鼻緒の部分がなくてビニールの梱包用のビニールのひもなどで修理してあるもの、右と左と違うサイズ、違うデザインなど、まちまちです。中には、ゴムぞうりだけでなく、Tシャツさえ着ていない子もいますから、ぞうりが不ぞろいなんて何でもありません。
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    ↑カリンガ州の小学校。

 山の村で育った夫のアーネルにとっても「クツ」は子供のころから「どうしても履いてみたい」憧れのものでした。山の村の小学校を卒業したアーネルは、なにがなんでも高校(フィリピンでは中学と高校が分かれておらず、小学校を出ると4年制の高校となります)に行きたかったのですが、山の村には高校がありません。親戚に頼み込んだら「家事や畑仕事の手伝いをすれば行かせてやる」と言われ、ジプニーで2時間ほどの田舎町・タブックの高校に働きながら通うことになりました(アーネルは当時まだ12歳です)。
 しかし、さすがに田舎といえども、車やトライシクル(三輪タクシー)の通る町では、クツがないと恥ずかしい。そこで、父親がなけなしのお金をはたいて高校に行くことになった息子のためにはじめてクツを買ってくれたそうです。ところが、クツなんて買ったことのない父親が、買って来てくれたクツは、両方とも「右側」。家族みんなでお笑いしたそう。
 値切りに値切って買った市場のクツ屋でようやく交換してもらって、右と左にそろったクツ。アーネルは、はじめて履いてうれしくてウキウキと学校に行ったそうですが、履いたことがないものだから足の痛いこと、痛いこと。帰りは校門を出たとたんに脱いで裸足で帰ってきたそう。
「タブックは日差しが強くて、午後、学校が終わる時間の、コンクリートで固めた道路はカンカンに熱かったけれど、なんでもなかったんだよね」
 裸足で育った少年の足の裏はクツ底のように頑丈で、多少の熱さやデコボコにはびくともしないのでした。
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 初めてアーネルが日本に来た時、「家族や親戚におみやげを買わなきゃ」と言って向かったのはクツの安売り店でした。クツを履いたことのない家族や親戚一人ひとりの裸足の足を思い浮かべながら、「こんな大きさだよなあ」と持っている限りのお金を使って、たくさんの安売りのクツをおみやげに買っていました。
 
 一度もクツを履いたことのないような山岳民族の人たちの裸足の足は、その顔と同じくらいにさまざまな表情を持っています。生まれてからずっと大地を踏みしめ続けてきた足。雨の冷たさも、日差しの熱さも、じかに感じてきた足。それは、「SAKA SAKA」展に並んでいた木彫りのいろいろなデザインのクツに匹敵するなあと思いました。
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  ↑ 山の村の子供たちの放課後の遊びはもちろん裸足で木登りです!

 なんとなく「SAKA SAKA」はイフガオ語かなんかでクツのことだろうなあと思っていて聞きそびれていたのですが、昨日、改めて聞いたみたら実はイロカノ語で「裸足」のことだそうです!
(今回の山の子供たちの写真は、CGNインターンの松野下さんの撮影です)
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by cordillera-green | 2008-12-04 11:49 | 山岳民族の暮らし

ホワイト・リボン・キャンペーン

b0128901_1017668.jpg バギオにある「Save Our Women Inc」というNGOが、ドメステッィク・バイオレンス(domestic violence=DV 同居関係にある配偶者や内縁関係や両親・子・兄弟・親戚などの家族から受ける家庭内暴力のこと)に反対する「ホワイト・リボン・キャンペーン」をやっています。こんな一見平和なバギオでドメステッィク・バイオレンスなんてあるの?と思いますが、あまり知られていないからこそ「The Violence is Real(暴力は本当にあるのです!)」をスローガンを掲げて、「おもに男性から女性に対して頻発している暴力に反対しよう」「近親者や近隣者がその事実に気がついたら周囲から注意を促そう」「場合によっては保護を求めよう」、そして、「フィリピンの法律はDV対策に十分でないので改正を求めて行こう」とキャンペーンを行っています。
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 ご存知のようにフィリピンの大統領は女性のアロヨ大統領。上院議員にも下院議員にも女性はたくさんいますし、女性の知事や市長も珍しくありません。そういう意味では日本より女性の地位は高いかも。でも一方で、フィリピンのニュースでは、目を覆いたくなるような女性や子供に対する虐待のニュースもしょっちゅう目にします。 

 閉鎖的な山岳民族のコミュニティではそんなことありえないかと思いとそうでもなく、CGNがせかい未来予想図プロジェクトで手を組んでいるHCRCIのアイリーンによると(CGN=HCRCI=未来予想図プロジェクトについては、このページをごらんください)、心身障害者に混じって、家族から虐待を受けたという女性が駆け込んでくることも多いといいます。伝統的に部族間戦争があった山岳部では、男性の役割は「戦い」、女性の役割は「家を守る」ことでした。部族間戦争がほとんどなくなった今でも「男尊女卑」的な風習は残っていて、女性が家事から育児から畑仕事までほとんどすべての仕事をこなしているような家庭もよく見ます。男性陣は昼間からグウタラ飲んだくれているというとわけです。
 アイリーンの話では、HCRCIに逃げ込んできたある若い女性は、母親の再婚相手に性的虐待を受けたばかりでなく、近所の男性の相手をするように強要され、父親は近所の人からわずかな金さえとっていたそう。母親はもちろんやコミュニティの住人たちも気づいていながら、暴力を恐れて誰も声を上げることができなかったということです。小さいコミュニティだからこそ、声を上げることができず、外に助けを求められないこともあるのです。 
 障害のある子供たちの扱いについてもそう。アイリーンによれば、檻に入れ、ロープでつなぎ、水浴びもさせず、残飯だけを与えるような動物同然の扱いをしているような例もあったといいます。
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 女性や子供、障害者にも人間としての「権利」があるという当たり前のことが、閉鎖的な小さな村の中では通用しないこともあるのです。HCRCIが社会福祉省も手が届かない山の村々に足を延ばしているのは、なかなか表に出てこないそんな事例を知り、被害にあっている人たちを救うためです。閉鎖的な社会では、一度行っただけではなかなか本当の姿は見えてきませんから、何度も足を運びます。基本的には、HCRCIがうたっているように「Community based rehabilitation program(地域社会をベースとしたリハビリテーション・プログラム)であるべきで、辛抱強く、地域や家族への指導を続けていくのですが、どうにも手に負えない場合は、保護を行っています。といっても、HCRCIはシェルター施設を持っているわけでないので、アイリーンの実家に預かっているのだそうです(シェルターをいつの日か持つことがアイリーンの夢です)。むしろ、山岳部の閉鎖的な小さなコミュニティのほうが、外に情報が出て行く可能性がないがゆえに、ひどい状況が多いそうです。

b0128901_10253752.jpg このホワイト・リボン・キャンペーンは、ただいまセッション・ロードのベーカリー「Goldilocks」や「St.Joseph」ドラッグストアのあたりで、展示をしながら署名を集めています(12月10日まで)。署名をしてくれた方はドメステッィク・バイオレンスに反対する意思表示として小さな白いリボンを胸に最低1週間はつけることになります。



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 なお、関連企画として「Save our Women」をテーマとしたポスター・コンテストも行われ、受賞作を含む応募作品の77点が、マインズビューの近くのGibraltar rd.にあるHotel ElizabethのBliss Caféに展示されています(12月12日まで)。ぜひ足を伸ばしてみてください。

バギオにお住まいでない方には、高校生部門の作品はここ,大学生部門の作品はここでも見られます。

SAVE OUR WOMENの連絡先は
C-101 Lopez Building, Session & Assumption rd., Baguio City
Tel.446-6617
CP 0905-2947828/0920-5767707
http://saveourwomen.multiply.com/

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 ↑チラシを分ける「SAVE OUR WOMEN」のメンバーのジム。Bliss Cafeのオーナーでもあります。アートに、人権問題に、環境問題にと幅広く活動するCGNのよき理解者&友人です!
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by cordillera-green | 2008-12-02 10:31 | 山岳民族の暮らし