「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:持続可能な農業( 3 )

農業女子の有機農家ホームステイ体験記ーBig Cosmic Farm


 東京は飯田橋のユースホステルのドミトリーでたまたま泊まり合わせた農業女子,水野さんが、その後、カナダの酪農農家での農業研修を経て、はるばるフィリピンはバギオまでCGNを訪ねてきてくれました。なが~~い憂鬱な雨季の真っ最中のなか、イフガオの棚田訪問、CGNのアラビカコーヒーのアグロフォレストリー事業地などを訪問。しかし、残念ながらCGNは現在進行中の有機農業事業がなく、水野さんの「ここで農業体験したい」のご要望にお応えして、ベンゲット州の有機農業を引っ張るリーダーの一人コスミック・ファームCosmic Farmのマルサンさんをご紹介、有機農業ホームステイできることになりました。

「大丈夫かな。日本女子一人で」

と不安げなマルサンさんでしたが、とても楽しい時間を一緒に過ごしたようです。帰国した水野さんからの滞在記です。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


728日から82日まで、有機農業体験をさせてもらいました。

ここでは、有機認証を取得し、伝統的な野菜や、珍しい種類の野菜などを積極的に取り入れて販売しています。

また、ベジタリアンの方向けのランチのデリバリーや、お茶やサプリメントなど、加工品の販売、研修生の受け入れやセミナーの開催など多彩な経営を展開しているのが特徴的です。

オーナーは、とても勉強熱心で、様々な農法を積極的に学び、取り入れています。

常に畑を見回り、野菜の生育具合を見ながら、病害虫の発生の様子や肥料の効果などを確認し、農薬や化学肥料を使わなくてもよい経営ができるよう、最大限の努力をしている姿が印象的でした。

日本の固定種を始め、外国の伝統野菜の栽培にも取り組んでいます。

例えば、日本ではよく山野で見かけるアシタバは、農家さんの地域の山野にはないらしいのですが、健康への効果に着目し、種から育て上げ、お茶やサプリメントにして販売しています。

家族経営で、オーナー夫婦と、子ども達が一緒に働いています。

最初はちょっとシャイな子どもたちでしたが、日本語とイロカノ語の交換学習()を通して、少しずつ打ち解けていきました。

みんなとても働き者で、私たちビジターにもよく気を遣ってくれて、笑顔のすてきな優しい子たちです。大学や専門学校でも、家業に役立つ分野を学んだりと、正に家族一丸となって取り組んでいるんだなあと感じました。

b0128901_13573759.jpg


オーナーは、若い頃はかなり冒険家だったようですが、生まれ育った大地と歴史と、しっかり向き合いながら生きてきた様子が、話していると伝わってくるような人です。

一緒に山を歩きながら、食べられる山野草や、薬草を教えてくれたり、ちょっとミステリアスなその土地に伝わる習慣などを教えてくれました。

また、オーナーの奧さんが作ってくれるごはんは、畑の野菜や山のものが中心で、食事を通して、学ぶようなこともいろいろありました。

例えば、お米をターメリックを使って黄色く染めて食べるのは日本でも見かけますが、こちらでは、ターナティーという豆の青い花を使って、青く染めたお米を食べさせてくれました。ストレスを感じた時に食べると良いらしいです。

最終日は、子どもたちの誕生日パーティーでした。大勢の人を集めて、盛大にお祝いしました。

お母さんは夜も明けない時間から、グラハムケーキという、クラッカーとクリームをサンドした、フィリピンでは一般的なケーキを作ってくれました。子どもたちは、男の子も女の子も皆で協力して、朝早くからたくさんのご馳走を作っていました。

グラハムケーキに、お姉さんが誕生日の子達(78月生まれの合同パーティーだったで)の名前を色付きのクリームで書いていたのですが、その一つに、なんと私たちビジターの名前も入れてくれました。胸がきゅんとする、嬉しいサプライズでした。


b0128901_13572028.jpg

今回の滞在を通して、有機農業に関すること、この地に根差した農法、経営方法など、様々な視点から学ぶ事がたくさんありました。

それだけでなく、この場所で、純粋に一生懸命生きる家族と共に過ごしたことで、何だか言葉には変えられないような、不思議な、素敵な宝物のような気持ちを得た気がします。

それは、私にはちょっと思いがけない宝物で、一体なんなのか、よくわかりませんでした。

日本とは違う文化、環境の国で、少しの時間ですが共に生活させて頂いたことで、生きることの不思議さとか、普遍さとか、違いとか、そういうたくさんの小さな気付きが、かけがえのないものに思えたからかなあ、と、今は思っています。

CosmicFarm の皆さま、本当にお世話になりました。心から感謝と、益々のご清栄を、お祈り申し上げます。

また、今回引き合わせてくれたCGN の皆さま、共に参加してくれたMayさんに、心から御礼申し上げます。



b0128901_13594517.jpg
↑アシタバ


[PR]

by cordillera-green | 2015-08-25 15:50 | 持続可能な農業

アジア学院の大柳由紀子さん来比。一緒にダータ山国立公園の最後の原生林を視察。

 コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)のローデスとレナートが研修生としてお世話になったアジア学院から大柳由紀子さんが、フィリピンを訪れました。アジア学院は、アジアやアフリカから研修生を受入れ、持続可能な農業と農村リーダーの育成を行っている学校です。

 アジア学院がいままでフィリピンから受け入れてきた研修生の数は119名(アジア学院のHPから。2007年のデータ)。国別ではもっとも多い数になっています。今回は、アジア学院を卒業したフィリピン人元研修生の同窓会がイフガオ州のバナウエで行われるということで、大柳さんも参加。せっかくフィリピンに来るのならと、卒業生の活動現場をあちこち回っているとのことで、お忙しい中、CGNの事務所にもお立ち寄り下さいました。

 大柳さんは、歯に衣を着せず思ったことはずばっと言う直球投手型。体格もよくってビシッって殴られたら吹っ飛びそう(もちろん殴るわけないですが。。笑)。
「まず外国に行って覚えるのは”私は女です!”というフレーズなのよ。トイレで“こっちじゃないよ”って言われるからね。失礼しちゃう。ガハハハハ」
というおおらかさ。しかも肩書きは「教務主任」となにやらいかつく怖そうな感じで、普段からおとなしいレナート(アジア学院でのニックネームはレネ)は、大柳さん訪問中もオフィスの隅で小さくなりっぱなしでした。怖かったんだろうね、研修でアジア学院在学中も。。

 CGNでは、実施中の植林、アグロフォレストリー事業などで、持続可能な農業のあり方の指導と堆肥作りなどをコンポーネントして必ず加えており、レナートはアジア学院で学んだことをさまざまなコミュニティでシェアしてくれています。また、レナートは、カリンガ州のパシルやマララオ村、タジャンのカヤン村でのバイオガスのモデル装置作りで大活躍してくれましたが、そういった適正技術に関する知識もアジア学院で学んできてくれたものです。なによりも、レナートが担当する事業での、コミュニティの人たちの彼に対する信用はとても深く、そのコミュニティ・オーガナイズのありかたこそが、アジア学院で彼が学んできてくれたもっとも大きな成果だと思っています。

b0128901_18515485.jpg

      ↑ダータ山バランガイのキャプテン&役員たちと大柳さんと。

 大柳さんにもレナートの現在の事業地をぜひ訪問していただきたかったのですが、なにしろ事業地はバギオ市から10時間。ほかにも訪問せねばならない卒業生の事業地がいろいろあるということで、
「タジャン出身の卒業生を訪ねる通り道だから一緒に行きましょう」
と、ダータ山国立公園の原生林と水源の視察にお誘いしました。

b0128901_18544925.jpg

   ↑この道の右側が最後の原生林。左側が野菜畑です。
    水源のある原生林はマウンテン州のダータ山バランガイに位置し、
    野菜畑はベンゲット州マンカヤンです。
    この道路が州境なわけです。

b0128901_1902127.jpg

b0128901_1927040.jpg

   ↑こんな野菜畑が地平線のかなたまで続いています。
    でも、ここ、国立公園のど真ん中なのです。

 ダータ山国立公園は、コーディリエラ地方に4つある国立公園の一つ(ほかはカバヤンのミイラ洞窟、イフガオ州とカバヤンにまたがったプラグ山、そしてアッパー・カリンガ州のバルバラサンです)。ダータ山は1936年に国立公園に指定されていますから、ルソン島で最も古い国立公園のひとつで、そのエリアは5,512ヘクタールと広大です。ルソン島北部のチコ川、アブラ川、アグノ川の三つの川の水源がこの国立公園内にあります。

b0128901_19295488.jpg

   ↑バランガイ・キャプテンの案内で水源地に向かいます。

 国立公園といえば、豊かな緑の森に覆われ、きれいな川や小川がせせらぎ、野生の鳥や動物が棲むところというイメージですが、ダータ山国立公園のほとんどは農地に転換され、残った原生林はわずか85ヘクタールとのこと(一節には93ヘクタール)。 昨年5月の地方選挙で新しくダータ山バランガイ(村)のバランガイ・キャプテンになったEddie Awasenさんは、このままではダータ村の住民の生活水はもちろんのこと、低地の穀倉地域に水を供給する川さえ干上がりかねないと、CGN副代表のジャン・タクロイBSU教授のもとを訪れ、ダータ山の最後の原生林を壁で囲むという事業計画への協力を求めてきました。原生林消失の大きな原因が、野菜畑への転換ということで、土の専門家・大柳さんに、山岳地方の典型的な野菜栽培とそれに伴う自然破壊の現状を見ていただくよい機会と思い、一緒に現地視察に行くことにしたわけです。

 ダータ山バランガイは、バギオからボントクに向かう山岳道「ハルセマ道」を4時間ほど北上し、ベンゲット州からマウンテン州に入った最初のムニシパリティ・バウコ町の22あるバランガイのひとつです。ベンゲット州のマンカヤン町と接しています。実は、広大なダータ山国立公園は、ベンゲット州のトゥブライをも含んでいるそうで、あのブギアスの一大段々畑も実は国立公園の一部なのだそうです。信じられない・・・。
 
 この原生林に侵入して、野菜畑のための肥沃な土を採取したり、薪などのための木を不法伐採したり、ゴミを廃棄したりする人があとを断たないそうです。
b0128901_19322740.jpg

   ↑水源地にはほとんど水はなく、ゴミが捨てられていました。

  
b0128901_19341261.jpg

 ↑水を引こうと周辺住民がホースを設置していましたが、水がないのでホースもこんな状態です。

b0128901_20571433.jpg


 「ダータ山バランガイの水道水の貯水池も見に行きたい」
と、バランガイ・キャプテンにお願いしました。バランガイ・キャンプテンは、
「かなり遠い」
「君たちには歩けないのでは!?」
「ほんとうに行きたいのか」
を連発。できたら案内したくない風です。
そして、最後には
「きっと見たら君たちはもうダータ村で水を飲めなくなるよ・・・」

b0128901_19381064.jpg

  ↑こんな畑の中を歩いて貯水池に向かいます。ジャガイモ畑の向こうが原生林。

b0128901_1945058.jpg

  ↑キャプテンが脅すものだから覚悟していきましたが、貯水池は畑から森に入ってわずか15分ほどです。

貯水池は、水源からの水の供給がなく、緑色によどんでいました。
b0128901_19503961.jpg

b0128901_19531992.jpg

b0128901_19595447.jpg

  ↑このパイプからダータ山バランガイの水道に水か引かれています。

 水源はお隣ベンゲット州のマンカヤンに近いわけで、その水源が農薬などで汚染されれば、ダータ山バランガイの住民の健康にも影響が及びかねないということになります。これはもう村だけの問題ではなく、州を越えた地域全体の問題に発展していきます。バランガイの行政では手に負えないのでは?とも感じました。

 ダータ山バランガイからのリクエストは、壊された原生林を囲む壁をもっと高く頑丈なものにしたいというもの。85ヘクタール(あるいは93へクタール)を囲むための壁の建設総費予算は、31,299,928ペソ。日本円で6000万円。そんなにお金をかけて壁を作るしか、残された原生林を守る方法がないのでしょうか? 森を壊しているのは人間で、人の心を変える方法はないのでしょうか? 

b0128901_20135216.jpg

b0128901_20255733.jpg

  ↑1980年代に天然資源省によって作られたという壁は
   あちらこちらが住民によって壊されています。
   「薪を取りに行くのに邪魔だ!」というわけですね。
   壁は作っても人の気持ちが変わらなければ、再び壊される運命が待っているでしょう。

b0128901_212324.jpg

  ↑原生林の中の水源近くのこの野原、何度も苗木が植えられたそうですが、
   住民によって引っこぬかれたそうです。

 大柳さんは原生林に隣接する畑を目にしたとたんに、
「畑に入っていいですか?」
とバランガイ・キャプテンに聞いて、畑の土を観察し、バランガイ・キャプテンに化学肥料の使いすぎや農薬使用の土への悪影響を熱心に話し始めました。バランガイ・キャプテンは大柳さんのあまりの勢いに気おされ気味でしたが、その熱意は充分伝わったと思います。
b0128901_20341228.jpg

b0128901_2042562.jpg

b0128901_20454756.jpg


大柳さんからは帰国後、こんなメールをいただきました。

「正直言って、あのときの私のとった行動はアジア学院職員として間違っていたと恥じています。
その土地をわずか数時間訪ねただけ、フィリピンに根付いているわけでもない私が、土地利用にしろ農業の技術的なことにしろ言うべきではないと自戒していたはずでした。自分が言われる立場であれば、表面的には礼儀正しく接しても、内面的にはむしろ反発を覚えるでしょう。相手が正しいことを言っているか否かよりも前に、実際にともに農作業をしているわけではない人々に(それがたとえ、いかに優れた人であっても)いわれること事体、農民はなかなか受け入れがたいものです。ある韓国の卒業生で農業をやっている方に
「農民に指導者はいらない、いるのはともに働く仲間だ。その人から言われたことであれば受け入れる。」
と言われたことがあります。
反町さんが言っておられた
「ある地域で、非常に優れたファシリテーターの方が指導しても有機農業が根付いたのは数人だけだった」
のは、ある意味当然の結末であったのかもしれません。だからこそコミュニティから私たちは学生を呼ぼうとするのですし、その人たちはおそらくコミュニティの外ではまったく知られていない存在として埋もれていくことでしょう。それをよしとするのが私たちの姿勢であるべきでした。にもかかわらず、自覚をもちながらも土をみて思わず飛び込んでしまい、自戒をもちながらも黙っていられなかったのも、農業者としての私のいつわりない気持ちであったことも事実です。」

 大柳さんがこのメールでおっしゃっているように、ダータ山の原生林をほんとうの意味で守るには、やはり、コミュニティの中から、この森を守り、人々の健康を守り、次世代の子供たちを守りたいという、本気のリーダーが生まれ、コミュニティの中から動かしていくことしかないと思います。
[PR]

by cordillera-green | 2011-03-03 18:00 | 持続可能な農業

フィリピンでも安全な野菜を食べたい!作りたい!

 うちにはケーブルテレビが入っていて、いちおう「NHKインターナショナル」というチャンネルは見られます。何とか基本的な日本のニュースはキャッチできるわけ。このところ、中国ギョーザ事件についで、またまた、汚染米と粉ミルクで「食の安全」が大きくクローズアップされているようですね。いったい中国の農業や食品加工の現場はどうなっているのかと背筋が寒くなります。

 今、私たちが山岳地方で行っている環境教育セミナーでは、いろいろなビデオも参加者に見てもらっていますが、日本の農薬による環境汚染を取材した「Japanese Experience in Environmental Pollution: The Light and Shadow of Pesticides(TVE Japan 2006)」というビデオもそのひとつ。シラミ対策で真っ白になるまで振りかけられるDDTの粉の時代から、最近の農薬使用状況まで、戦後の日本農業の農薬使用の歴史が収められています。、「知らないことは恐ろしい」と実感する事実の数々。ビデオでは、日本では、消費者側の「食の安全」に対する関心の高まりから、安全な野菜や米を作る農家と消費者のネットワークが生まれ、農業の現場が変わり始めたといいます。
 b0128901_10251036.jpg
 先週末に訪れた棚田の村・マヨヤオで村の人が言っていました。「昔はみんな100歳まで生きたのに、このごろは60歳が寿命だよ」。誰もがうすうす、農薬をはじめとする生活の中に入り込んできた食品添加物や化学製品の恐ろしさを感じ始めています。一大野菜の産地ブギアスの農家では、販売用の野菜を作る畑と、家族用の畑を使い分けているという話も聞きました。消費者以上に野役の被害を直接受けるのは農民たちです。でも、今の野菜栽培で生活が成り立っている限りはやめられない。農家に対する有機農法の指導と同時に、消費者に食の安全性を伝えていく活動も地道に続けていくことが必要です。

 b0128901_10174381.jpg
 昨日、フィリピン好きラジオ番組のプロデューサー&ディレクターの今泉氏からメールが来ました。東京池袋のど真ん中で生まれ、小学校から立教という生粋のシティボーイの今泉さん。なのに最近は、八ヶ岳に別宅を構え、野菜作りを楽しんでいるんだそう。シティボーイの気配のカケラも感じられない添付されてきた写真に笑っちゃいました。キャプションは
「食の安全・食糧危機が叫ばれる今、やはり自分の食べる分くらいは自給しないとね」。
 ああ、食の安全を求める消費者のカガミです!
b0128901_10185212.jpg

「3-4日に一度、このくらいの収穫です。でも、一人じゃ消費し切れなくて・・・」
 本当においしそうな野菜!日本にいたら、八ヶ岳に車飛ばしてでも食べに行くのに! 


 
[PR]

by cordillera-green | 2008-09-18 10:30 | 持続可能な農業