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台風ペペン被害の最新データ

日本の支援者の方から、台風ペペンの被害の最新データをというリクエストがありましたので、今朝発表の、国家災害調整委員会National Disaster Coordinationg Councilからのデータの一部を転載します。

1.影響を受けた人
    954,087家族、
    4,478,284人
    5,486バランガイ(村)
    27州の3,564町&36市

2. 死傷者
    死亡 465人
    ケガ人 207人
    行方不明 47人

3.損害
    全倒壊家屋 6,253軒
    部分倒壊  48,120軒
    インフラストラクチャーの損害金額 6億40,800,000ペソ
    農作物における損害 20億48,300,000ペソ
    428,034ヘクタールの農地 1,052.993トン分の農作物
    被害のあった学校1,372校 528,857,961.25ペソ相当

4.政府、地方政府、NGOからの救済金:151、939,499ペソ
  国家災害調整委員会からの米の供給:23,200袋

5.道路状況: 9つの道路と9つの橋がいまだ閉鎖中。
    閉鎖中の橋は、アブラ州Baay橋、ベンゲット州サラコップ橋、ラ・ウニオン州サン・ビセンテ橋、パンガシナン州Bued橋、Carayungan橋など。





災害対策に当てられた費用・物資については、
1.食糧:
   福祉省 49,780,000ペソ相当の米、缶フーズ、ビスケットなどを支給
   国連(Food Cluster)が4000トン相当の食糧を配布
   など  

2.健康・栄養・心のケア: 12,154,969.29ペソ
3.教育: ユニセフが9,500のスクール・パック、1,500の先生用パック、約57の教育教材を配布
4.避難&移動
 ロータリークラブが150の避難用テントを支給
 国連が避難キットを配布
 フィリピン・ミリタリー・アカデミーがイトゴンに25針のテントを運ぶために2台のトラックを供与


といったところです。
さらに詳しい公式情報は、国家災害調整委員会のWEBサイトをご覧ください。

なお、CGNでは、二人のスタッフがマウンテン州タジャンに28日から救援物資を届けに行っています。

   
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by cordillera-green | 2009-10-30 13:50 | 緊急支援

田んぼ国際環境教育会議2009

 CGNのコーディリエラ地方のおける環境教育&環境保全活動の力強いパートナー、山梨県清里のキープ協会で、田んぼ国際環境教育会議が開かれます。
 日本を含むモンスーンアジアでは「米」は命の糧。米なしには人々の暮らしはありえません。
その田んぼを環境教育の場としてどう生かしてしているか。どう生かしていくべきかを、6つの国からの専門家を招待して意見交換するというのがこの「田んぼ国際環境教育会議」です。
 韓国、中国雲南省、タイ、インドネシア、ラオスと多彩なアジアの国々からの代表者に加えて、コーディリエラ地方からもCGNの推薦で、世界遺産の棚田を擁するイフガオ州から州議会議員のアルドリン・ギンガーエンがポスター・セッションで参加し、イフガオ州の棚田の伝統文化、その危機的状況、保全のための活動などを発表します。

 また、CGNボランティアの写真家・ルエル・ビムヤッグの棚田写真展も同時開催予定です。

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 会場は今年4月にオープンしたばかりの清泉寮の新館。私もまだ帰国していないのでお邪魔していませんが、「人と自然の調和」をテーマに作られた素敵な建物。今後、キープ協会が国際協力にさらに力を入れ、教育と研究の意見交換の場として作られた国際研修センターです。

会期が迫っていますが、「田んぼ」と「環境教育」に興味のある方、ぜひぜひ、足をお運びください!


・日時 2009年10月31日(土)13:00~11月1日(日)16:30 
  
・会場 山梨県清里高原 清泉寮 新館
    〒407-0301 山梨県北杜市高根町清里3545
    ※東京・名古屋から電車・車で3時間 最寄駅 
     最寄り駅 JR中央線 小淵沢駅経由小海線清里駅

・主催 日本環境教育学会
・共催 (社)農村環境整備センター、(財)キープ協会、NPO法人田んぼ
・後援 (申請中) 環境省、農林水産省、(社)日本経済団体連合会自然保護協議会、
     世界銀行(財)世界自然保護基金ジャパン、(社)日本環境教育フォーラム、
    (財)日本自然保護協会、(社)農山漁村文化協会、北杜市
   生物多様性農業支援センター
・実行委員長 湊 秋作(財団法人キープ協会 キープやまねミュージアム)

・参加費 1泊3食・保険等込
    スタンダード相部屋     25,000円(清泉寮 新館での宿泊)
    エコノミーシングル     23,500円(清泉寮 本館での宿泊)
    エコノミー相部屋      22,000円(清泉寮 本館での宿泊)

・定員 150名

◆お問い合わせ

財団法人キープ協会 キープやまねミュージアム
〒407-0311 山梨県北杜市高根町清里3545
TEL/FAX  0551-48-3577
事務局 鳥屋尾(とやお)、饗場(あいば)


詳細のわかる ちらしはこちら です。

会場で海外初めてのアルドリンにあったら声をかけてくださいね。
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by cordillera-green | 2009-10-29 09:03 | 環境教育

パンガシナンに救援物資を届けに行ってきました


北ルソンの台風被害者のために、マニラのNGOSalt Payatas Foundationから、洪水被害地できれいで安全な水が手に入らず下痢症状を訴える住民のための経口補水薬ORS(オリゾール)の寄付をいただきました。また、在マニラのスピリチュアル・グループから、新品のズボン250本と現金のご寄付をいただきました。
 バギオ市では、City Camp地区などが洪水でほとんど水没し、市の真ん中のバーンハム公園の観光用の白鳥の頭のついたボートが救援ボートとして使われたりしましたが、被災者に対する救援物資の支給は十分とのことで、サンロケ・ダムの放水によりアグノ川が氾濫して30の町が洪水被害にあったパンガシナン州の被災者に、二つの団体からの救援物資を届けに行きました(パンガシナンの洪水についてはこの新聞記事の翻訳ををご覧ください)。

 私たちが行ったのは、パンガシナン州バヤンバン町マイクパ・バランガイ(村)のピナルパ集落。洪水の期間、集落でたった1軒の2階建てのコンクリートの家をもつTさん宅には、17家族が避難していたそうです。


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「くるぶしまで水が来たと思ったらあれよあれよという間に水量が増え、10分後にはひざまでになった。最終的には胸まで水につかった。水が引いたのは3日後。みんな、豚もヤギも鶏も、うちの2階に持ってきたけど、まにあわなかった家畜もたくさんいて死んでしまったよ。」

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「米は収穫期で、うちの田んぼもやられた。いつもは60袋が収穫できるが、14袋のみになってしまった。収穫が終わった米もたいていが水に浸かってだめになった」
とのこと。町の農業省は、被害にあった収穫を取り戻すために2期作を行いたい農民に種籾を無料で支給するとして、申し込みを受け付け始めたそうです。

 「ここの町長はOKよ」と村人たち。「少なくとも1家族に米4キロと、イワシの缶詰2缶、インスタント・ヌードル2袋の救援物資の支給があった」ということ。「でも、ここはバヤンバンの町の中心からはかなり遠いから、支給は1回だけ。近いところの人は3回と4回支給があったと聞いている」

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         ↑「毎日毎日、カンコン(青菜)のおかず。いっぱいあるよ、カンコン。
          もっていっていいよ」

 私たちが救援物資を持ってきたと聞いて、次々と村の人が集まってきました。
カラフルな明るい色のズボンには、
「11月1日のオール・セインツ・デイ(万聖節)の教会とお墓参りに着ていくわ。この村の人、みんながきっとこの新しいズボンをはいていくから制服みたいね」と、どこまでも明るい村人たち。

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経口補水薬については、「ここの水はポンプでくみ上げる井戸水。下痢する人がしょっちゅう出ます。とくに子供たちね。洪水の後だから特に多いよ。今は。病院は遠いし、症状がひどくて連れて行っても、お金がないと診てくれないし、薬も買えない。だから、たいへんありがたいです」と村人たちは感謝の意を表していました。

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      ↑「いいですか。1回に全部飲んじゃだめよ。1日1回1袋ですよ」
      とていねいに村人に説明する、ボランティアで同行してくれた
      セント・ルイス大学の学生・クリシアンさん。


T家の人たちが、
「いいですか? この物資は、決して政治関係のものではありませんよ~~~。正真正銘のヘルプ! だから遠慮なくもらってくださいね」と、村人に説明。来年に選挙を控えたフィリピンならではのコメントです。
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「被害甚大。どうしていいかわからないよ。」と言いながら、
「うちのティラピア魚の養殖池も洪水で魚がみんな逃げてっちゃった。でも、養殖池をもっていない人はラッキー。庭先でティラピア魚、獲れちゃうから、喜んで毎日、魚料理してたよ。バグース魚は何10キロも離れたタグパン市のあたりでしか養殖していないはずけど、バグースまで獲れちゃってさ」
という明るさが、パンガシナンのおばちゃんたちの救いです。

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寄付をいただいたSalt とShumeiのみなさま、ありがとうございました。

ところで、パンガシナンからの行き帰りは、ケノンロードを通って行きました。
こちらもハルセマ・ロードと同じく、大きな被害があり、まだまだ、もう一度雨が降ったら危険と思われる箇所がいくつもありました。

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日本のお客さんが来てくれたときに、「お風呂が恋しくなったでしょ?」といって、いつもお連れするクロンダイクの大好きな温泉プールも土砂に流され、元の姿が想像できないまでのこんな姿になっていました。

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この温泉のオーナーご夫妻は、9月のバギオ市制100周年記念で北ルソン日本人会が制作した演劇「Kennon」のモデルとなったスミス夫妻。ご夫妻は無事とのことでしたが、この無残な楽園の姿にどんな大きなショックを受けているかと思うと心が痛みます。
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by cordillera-green | 2009-10-28 13:51 | 緊急支援

タジャン・カヤン村への緊急支援

台風ペペンの影響であちらこちら地盤がゆるくなっているところに、台風20号が近づいてきて冷や汗をかきましたが、信じられないような急旋回で北ルソン上陸直前にて、北に進路を変更し、北ルソンへの被害は免れました。しかし、日本に向かっているとのことで、日本の皆様に大きな影響がないことを祈るばかりです。

マウンテン州タジャン、カヤン東村の土砂崩れ現場への視察を踏まえて、現地のバランガイ(村)役員などと相談し、CGNでは緊急援助として以下の支援をタジャンに対して行うことにしました。

●土砂崩れ現場の二次災害を防ぐための応急処置として、以下の作業のための道具・資材・現場で働く人の労賃を提供することとしました。
1.今後の雨などで再度土砂崩れが起こり、被害が拡大しないように、大きな岩を崩し、小さくした破片を溝に移動させ、落石が起こらないようにする。
2.雨水が土砂崩れ現場のやわらかくなった土砂をさらに押し流すことがないように、水の逃げ道を作る。

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●壊れた水道システム修理のための資材を提供する。

CGNのスタッフが、準備が整い次第、タジャンに向かう予定でいます。

また、土砂崩れ現場から救出され、病院で治療を受けている二人のケガ人のサポートも始めています。
メロデス・ラモスさんは、タジャンのお隣のバウコ町アバタンのルイス・ホラ病院に入院中。もう一人のアーリナ・トリニダードさんはタジャン・カヤン東村のホーリー・ロサリー高校の4年生。土砂崩れで両親とまだ赤ん坊の妹を土砂崩れで亡くしました。小学校の6年生の弟もケガをしましたが軽傷だったそう。アーリナさんは重傷でアバタンの病院からバギオ・ジェネラル病院に移送されました。すでに片足はひざから下を切断。腰の骨も折れており、今週中に再手術が予定されています。手術費用と入院費用は、保健省が負担。CGNではそれ以外の治療に必要な経費を負担する予定でいます。
バギオ・ジェネラル病院でインタビューしたスタッフによると、アーリナさんは高校への一刻も早い復帰を望んでおり、CGNでは彼女の後期分の学費を負担することとしました。高校卒業後エリンダさんが大学進学を希望する場合は、CGNのグリーン奨学金プログラムでのサポートも考慮していきたいと思っています。

たいへん厳しい状況にあるアーリナさんで、ベッドの上でも、痛みと家族を亡くした悲しみで泣き続けているということですが、「学校に戻りたい」という前向きの気持ちが出てきたことがせめてもの救いです。両親を亡くした痛手はすぐには癒えるものでなく、バギオからタジャンに戻ったときにあらたな精神的な試練が待ち受けているでしょうが、山岳民族のコミュニティならではの助け合いの精神と、親戚がまるで家族のように近しいという文化の中で、少しずつ立ち直って行ってほしいと思います。CGNでもタジャン出身のスタッフを中心に今後の経過を見守っていきたいと思っています。

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パスドン村の行方不明だった最後の犠牲者は先週、アンブラヤン川の下流・カパンガンで発見されました。
最後の犠牲者は、村の役員で台風の中でみなを避難させてくれた人だったそうです。

CGNでは、台風ペペンの被災者のための義捐金を募集しています。詳しくはこちらのページをごらんください。
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by cordillera-green | 2009-10-26 16:51 | 緊急支援

それぞれができること 2

 ゆっくりゆっくり動いている台風20号はますますスピードを緩めて、北ルソンに接近中です。バギオでも前回の台風ペペンで洪水や土砂崩れなどの被害が出た地域の住民は、新たな台風に備えて、早くから避難所生活をしています。竹で避難用のボートを手作りしている人の姿もありました。ここは標高1500mの山の中なのにです!

しかし、ほとんどまったく動いていないようなスピード。幸いなことに少し北にルートが移ったようで、北ルソン直撃は避けられるかも。
ここバギオでは、雨が昨夜から降り始めましたが、前回に比べれば強くなく、風もそれほどでもありません。台風の影響はもっと北のほうで強いはずで、前回の台風で収穫直前の田んぼがたいへんな被害を受けた穀倉地帯、イサベラ、カガヤン、カリンガのタブックなどは、ますます米の被害が広がっているのではないでしょうか。ニュースでは、台風前に、この間の台風をなんとか乗り切った田んぼでは、早めに収穫する農民の姿が映し出されていました。ハルセマ・ロードもきっと通行止めのはず。野菜栽培農家の人たちも、空模様を祈るような気持ちでうかがっていることでしょう。
 とにかく、だれもが、台風17号ペペンのような被害が二度と起こらないよう、できるだけのことをしたうえで、神様に祈っています。

 このブログで、義捐金募集のお知らせをしてから、たくさんの方から被災者のための寄付の申し出を受けました。もと、青年海外協力隊で北ルソンでボランティアをしていた方、南国暮らしの会でバギオを訪れたことのある方、研究で北ルソンをフィールドとしていた大学の先生、バギオの語学学校の元生徒さん、在マニラの宗教グループ、CGN日本人スタッフの友人の方々からも義捐金をいただいております。

 とくに、2007年7月に新潟で起きた中越沖地震の震災後、被災者の心のケアと世界の子供たちの未来のために活動をしている「未来予想図実行委員会」の下條茂先生とメンバーや関係者の方などから、「同じ被災経験者としてできることをしたい」というあたたかい励ましの言葉と一緒に義捐金をいただいております。ありがとうございます。
 
 CGNは未来予想図実行委員会が主催している「世界未来予想図プロジェクト」のパートナーとして、昨年から山岳民族の子供たちに未来予想図を描いてもらってきました。未来予想図実行委員会は、山岳民族の子供たちの絵を含めた「世界未来予想図展」を全国各地で巡回中です。会場で集まった寄付などをCGN経由で、ベンゲット州ブギアスとバギオ市で障害者のためのリハビリテーション・プログラムを行っているNGO「HCRCI」にお渡ししています(そのHCRCIの事業地・ブギアスでも大きな土砂崩れで30人近くが亡くなっています。友人のキリスト教の宣教師りけるけさんが、先週末にブギアス・アバタンの土砂崩れ現場に行っています。りけるけさんのブログに状況が詳しいです)。

 その昨年のコーディリエラ地方における「世界未来予想図」プロジェクトを担当してくれたのが、CGNにインターンとして8ヶ月滞在してくれていた静岡県立大学の松野下琴美さんです。今年2月に帰国後、各地で世界未来予想図展&ワークショップを企画してくれています。

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          ↑藤枝市でのワークショップ

 彼女は今回も北ルソンでの台風被害の一方を受けて、すばやく行動開始。静岡市国際交流フェスティバル、静岡パルコ前のイベント「静岡から世界へ」、そして毎日、大学のフィリピン語、ゼミ、企画・イベントサークルの後輩学生たちと昼休みに食堂で募金活動をしてくれたそうで、集まった寄付金を送ってくれました。どうもありがとう!!

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        ↑松野下琴美さんと静岡県立大学の生徒さんたちの募金活動


 松野下さんの世界未来予想図プロジェクトと台風被災者に対する募金活動などなどについては、彼女の「世界未来予想図プロジェクト」ブログをのぞいてくださいね。

 通過中のこの台風が、何の被害も残さずにおとなしく通り過ぎてくれることを祈るばかりです。これ以上の悲しい話は、この緑豊かな山岳地方には似合いません。皆さんもぜひ一緒に祈ってください。

 CGNでは台風ペペンの被災者のための義捐金を募集中です。詳しくはこちらのページをご覧ください。

 また、北ルソンを舞台とした日比合作映画「アボン小さな家」の今泉光司監督の呼びかけで、CGNも医療費の支援しているパスドン村のケガ人救援のためのブログが立ち上がりました。
台風17号の北ルソン山岳地帯における被害に対する義援金のお願い

また、今年1月のエコサミットに参加してくれた写真家の直井保彦君と名古屋の環境NGO「環音(わをん)」も現在各地で開催中の写真展「雲の上の大地」の会場で義捐金を募集してくれています。写真展「雲の上の大地」のスケジュールはこちら。いま、台風で大被害を受けているコーディリエラ山岳地方の人々の精霊とともに生きる暮らしを捉えた力強い写真たちです。
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by cordillera-green | 2009-10-23 18:43 | 緊急支援

それぞれができること

 今日、写真家で環境活動家、そしてエコツアーのガイドでもある、CGNボランティアのJPアリピオ君からメールが来ていました。CGNが今年1月からコーディリエラ各地を巡回している環境写真展「Green Shadows」はJP君の写真約50点によるものです。
 台風ペペンでもっとも大きな被害が出たベンゲット州のトリニダード出身のJP君。UPバギオ校登山部時代のネットワークなどを生かして、自分たちのできることを考え、持ち前の体力と行動力で活動しているようです。情報がたやすく手に入り、救援物資も届きやすい町部ではなく、忘れ去られがちな山間部に思いをはせているのは、CGNと同じスタンスで、うれしくなりました。仲間がいる。

 
 
以下、JP君からのメールの翻訳です。You Tubeのビデオ映像もぜひ。


友人の皆様へ

みなさまからの台風被害復興支援のご支援に、心からお礼を申し上げたいと思います。
先日の台風によって、ここコーディリエラ地域が受けた被害は、甚大なものです。何百もの尊い命が奪われ、数え切れないほど多くの家が壊れ、生活の糧もなくなり、インフラストラクチャーと作物の損害は何十億ペソにも上るとされています。

さて、みなさまからのお力添えにより、私たちはベンゲット州の孤立した村々に緊急支援として、食料を供給できています。先週はヘリコプターの使用と人力で、30トンの食糧をベンゲット州の中でも特に孤立している地域、たとえばトゥブライのペロイからタカダンに至る地域、キブガンのダリペイ、バクンのシナグパットなどに届けることができました。また、多くの救援活動は町々の中心地に集中していますが、私たちは前述の地域を含め、ベンゲット州の中で最も大きな被害のでているアトック、トゥブライ、バクン、キブガン、ボコッド、カパンガン、ブギアスといった、町から遠く離れた場所での活動に取り組んでいます。そのような土地に向かう道は寸断されているため、私たちのような登山に慣れているハイカーが背負っていくか、空軍と国連のヘリコプターを使用して荷物を運ぶ以外に方法はありません。

今回の台風の被害者たちは、ただ漠然と食糧支援を受け続けるということは願っていませんし、仕事を再開し新しい生活をスタートさせたいという考えを持っています。私たちは今後、彼らの家と暮らしの再建に取り組むつもりです。

現在、我々と同じように食糧の荷揚げを行っているカフェ・バイ・ザ・ルーインズのチームと一緒に活動しています。カフェのチームはすでにトゥブライとイトゴンの被災者の元に、簡易台所のセットの供給を始めており、また、電力源と通信のために太陽電池とソーラーパネルの配給も計画しています。

私たちは今後とも、救援活動の実施状況についてご報告していくつもりです。
先週から始まった救援活動の様子は、以下でご覧になることができます。

http://www.youtube.com/watch?v=E1XtmhXoftw
http://www.youtube.com/watch?v=XzFNPhx2Mv8
http://www.youtube.com/watch?v=Muxq_MFokCA

心をこめて。

JPアリピオ



パスドン村からのケガ人は3人がいまも入院中。明日、一人があごの手術を受けるそうです。イヤマンの代表クリスティーとスタッフが、手術の際の輸血のための血液の不足や、薬代についての相談のためにオフィスを訪れました。セント・ルイス大学の神学部で教鞭をとるクリスティー、その人脈を生かして、1日中、キリスト教関係を中心に、町の中を駆けずり回って救援の物資と資金援助を頼んでまわっているようで、前回訪問してくれたとき以来、ずっと興奮状態のよう。
「あなたが倒れちゃダメよ」と、心の中で思いました。

心ある人が、それぞれ自分のできること真剣に考え動いています。
みんなが小さくてもできることからはじめることが大事、大きな力につながります。

CGNでは台風ペペンの被災者の救援と被災地の復旧のために義捐金を募集しています。詳しくはこのページをご覧ください。
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by cordillera-green | 2009-10-22 23:23 | 緊急支援

変わり果てたハルセマ・ロードの姿

マウンテン州タジャンへ救援物資を持っていくには、ハルセマ・ロードを通っていきました。

ハルセマ・ロードは、バギオ市の隣町、ベンゲット州の州都ラ・トリニダード町から、マウンテン州のボントクをつなぐ幹線道路です。バギオから山岳部に入る唯一の道で、ボントクからはイフガオ州バナウエ、カリンガ州ルブアガン、その先はタブックにも道がつながっていて、いわば、バギオと山岳部の村々をつなぐ生命線です。険しい山の中を切り開いて作られたジグザグ道は、数年前まではかなりデコボコで、いつになったら全部が舗装されるやらと思っていましたが、ここ数年、とくにベンゲット州側は目覚しい整備具合で、四駆や車体の高いジプニー、バス以外の、一般のワゴン車も通れるようになり、旅の時間もずいぶん短縮されてきていました。

トリニダードを出てから、マウンテン州の境までには、ツブライ、アトック、ブギアスの3つの町を通っていきますが、このあたりがいわば「バギオ野菜」の一大産地、道の両側の山の斜面は見事に段々畑に姿を変え、ジャガイモやニンジン、白菜、セロリ、キャベツに大根といった日本でもおなじみの野菜を作っています。野菜はトリニダードの卸し市場を経由して、おもにマニラに出荷されていて、ハルセマ・ロード沿いの野菜農家は山岳民族の中では群を抜いて経済的に潤っています。同時に、農薬と化学肥料の使用過多で、農民の健康に被害が出たり、土壌が疲弊して作物に病気が出たりと、健康&環境問題が常に問題になっているところ。CGNもこれ以上、農薬と化学肥料にに頼った農業を拡張しないようにと、アグロフォレストリー事業や有機農業の指導を行ってきました。

今回の台風でもっとも大きな被害が起きたのは、このハルセマ・ロード沿いでした。ツブライ、アトック、ブギアスとそのお隣の金鉱山の町・マンカヤン町の境で、大規模な土砂崩れが起こってたくさんの人命が失われました。

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バギオに暮らして13年、山岳民の村に行くために何度となくハルセマ・ロードを通ってきました。台風や大雨のたびに土砂崩れで道が閉鎖されるのにも、多少慣れっこになっていました。しかし、今回ハルセマ沿いで見た風景は今までにないものでした。土砂崩れで、あちこちの山肌が削り取られ、森の木が倒れ、茶色い土が露呈しています。何千年もその姿を保ってきたであろう山の形はすっかり変わり、緑豊かな山岳地方に向かう雲の上のハイウエイは、赤茶色の泥土のあやうい壁に覆われたデス・ロードに姿を変えていました。

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1週間以上、ハルセマ・ロードが閉鎖されていたため、野菜農家は台風の直接の被害を免れた野菜を市場にもって行き、少しでも収入を得ようと必死です。まだ道が危険なので、小型車両のみ通行許可と聞いていたのに、数日間、晴天が続いていたこともあって、この日を逃したらもうチャンスはないとばかりに、野菜満載の大型トラックがすごい勢いで走っていきます。土砂で崩れた道の代わりに即席で作られた道路はあくまでも臨時のもので、一歩、間違えれば、谷の底です。

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     ↑小型車量だけと聞いていたのに、山からはバスもどんどん来ます。
      大きな土砂崩れの手前で乗客は降ろされ、
      土砂崩れの向こう側まで歩きます。

アトックの一方通行の箇所(バギオから30キロくらい)で、危険なので臨時道路の拡張工事をすると、両側からの車両を止めて、ブルドーザーが動き始めました。なんとそのまま5時間待ち。5時間後に車の通行許可が出たときには、山の村からバギオに向かう車両が優先ということで、反対車線のバギオ側からの車両は3時間も野菜のトラックが一台ずつゆっくり通るのを待つことに。計8時間待って、ようやく再出発です。

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客観的にはこれはまだ道路を開通するべき状態とはいえないと思います。土砂崩れにあった道の状態は危険すぎるし、雨が降ったらすぐにも二次災害が起こるでしょう。しかし、野菜の栽培に生活がかかっている農家にとっては死活問題。すでに新たな台風が北ルソンをうかがっているとの情報も入っていて、数日晴天が続いたこの日を逃したら、野菜を腐らせ、山岳民族の村々が経済難に直面するかもしれないという可能性を考えて、DPWH(Department of Public Works and Highway)も許可を出したのだと思います。

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       ↑ サヨテ畑も土砂で崩れています


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       ↑ 野菜が大きな被害を受け値段は急騰。
         サヨテは1キロ60ペソとかつてない高値。  
         土砂崩れの道を運んでくれるトラックを気長に待つ農民。

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       ↑運搬手段がなくて捨て去られた大根。
    

新たな台風は木曜か金曜には上陸との予測です。
まだバギオでは雨も風もなく、穏やかな夜です。
嵐の前の静けさではないといいのですが。。。

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ちなみに、私はまさか車が8時間も立ち往生するなんて思いもせず、「先に歩いているわん」なんて言ってスタッフのエイプリラとハルセマを歩き始めました。お昼くらいに。しかし、待てども待てども、車は来ず! ほんの30分くらいで車がおいついてくるだろうと思っていたのでジャケットも持たずに歩き始めたため、寒くて寒くて、歩みを止めるわけにも行かず、結局真っ暗になるまでこんな道を歩き続けました。

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停電で真っ暗、いたるところに土砂、霧雨の中の凍えるような寒さ、捨て去られている野菜たち。。。。。
はからずも山の村の人たちの暮らしの厳しさを身をもって体験しました。
運よく、拾ってくれる車が見つかって、次の町・サヤガンまでヒッチハイクし、温かいコーヒーをいただいて、生きていることのありがたさを実感しました。神様、ありがとう。

しかし、こんな姿に変わってしまったハルセマ・ロードが完全にもとの状態に戻るには、いったいどのくらいかかるのでしょうか。

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ハルセマ・ロードか開通する前に、ハルセマが交通止めになった地点から、ツブライのLebeyという村まで大きな大きなリュックを背負って徒歩で!!!救援物資を届けにいったガッツあるCGNボランティア、ジェイソン君の写真レポートもぜひご覧ください。http://ameblo.jp/cordillera/

CGNでは、台風ペペンの山岳地方の被災者に対する義援金を募集しています。
詳しくはこのページをご覧ください。
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by cordillera-green | 2009-10-21 23:05 | 緊急支援

マウンテン州タジャンに救援物資を運搬


待望のハルセマ・ロードが小型車にのみ開通!という知らせを受け、土砂崩れ後、一刻も早く現地に届けようと用意していた救援物資を,マウンテン州タジャンにようやく届けに行ってきました。

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           ↑開通はしましたが、まだまだひどい状態のハルセマ・ロード

土砂崩れの現場は、タジャンのカヤン東バランガイ(村)。10月8日、午後6時半くらいに起こった土砂崩れは一瞬のうちに17軒の家を呑みこみ、28家族、2歳から70歳までの35名の命を奪いました。13軒が一部倒壊し、3人がケガをし、1名が奇跡的に被害からのがれましたが、ショックのため口もきけない状態とのこと。
最後の遺体は土砂崩れから1週間後の15日に発見され、村人が中心の広場に集まり弔いの儀式が行われ、すべての遺体は埋葬されたそうです。村の共同墓地には、新しいお墓がたくさん並んでいました。

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        ↑土砂崩れの現場。下に見えるのが村の中心の広場です。
         コンクリートの家の一部の残骸さえ残っておらず、
   土砂の恐ろしいばかりの勢いが想像できます。


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        ↑変わり果てたタジャン村の姿に呆然とするジャン先生。
          ジャンはタジャンの出身です。

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「想像してください。いつもは子供たちの笑い声が響き渡っていたこの広場に30個以上の棺が並んだのです。土砂崩れのあと、村の人たちは、土砂崩れの現場を来る日も来る日も掘る作業です。大きな村、バギオなど大きな町からの道路は全部不通のため、近隣の村からのボランティアの人たちだけが助っ人でした。それと平行して、山の木を切ってきて棺を作り、そして、今、すべての犠牲者をなんとか埋葬しまし。しかし、私たちには悲しんでいる時間はない。みんな疲れきっています。でも、次の台風が迫っています。生き延びるために、今やらなければならないことはたくさんあります。ごめんなさい。でも、亡くなった人たちのことはあとで悲しみます。」

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      ↑土砂崩れはこの山から起こりました。    
      村に入る道の上方が崩れ、大きな岩がいくつも落ちてきて
      村の中心の広場近くまでを土砂で埋め尽くしました。
      村の人の話しでは、この山のてっぺんに90年代から裂け目ができ、
      毎年少しずつ広がってきているそうです。
      それが土砂崩れの原因ではないかというのが村人たちの見解です。


土砂崩れ現場の上の方に小さく人の姿が見え、カンカンと音が聞こえます。村の人がやっていたのは、今度の雨や台風で、この土砂崩れでむき出しになった岩が落ちてきて、新たな災害を生まないように、手作業で岩を砕く作業です。もっと上方の木が残っている地域で動いている人影は、もっとも大きな、今にも落ちそうな岩にダイナマイトを仕掛けるための穴掘りです。とにかく、これ以上の災害、これ以上の犠牲者を出してはいけない、と村の人たちの砂をかむような作業は続いていました。

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       岩をくだく作業をする人々↑

100人以上が犠牲になったラ・トリニダードのリトル・キブガンの土砂崩れ現場には、100人以上の警察官がものすごい勢いで遺体収容のための作業をしていましたが、タジャンでは、すべて村人と近隣の村人による作業です。フィリピン国軍や警察の姿は見られません。遺体収容の作業には、最後になってマンカヤン町のレパント鉱山会社からボランティアが18人送られてきて、最後の一人の収容に協力してくれたそうです。いわば彼らは採掘のプロです。


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        ↑MPPTC学長と村人のミーティング

町の広場の一角にできていたインフォメーション・センターでは、救援物資の受付と掘り出し作業のための道具の貸し出しがされていました。また、女性たちは土砂崩れ現場で働く人のための炊き出しです。私たちが行った日は日曜。広場の隣の教会ではいつになく長いミサが行われ、そのあとには、地元の大学MPPTC(マウンテン州ポリテクニック・カレッジ)の学長ネビスさんが、村の人を集めてミーティングをおこなっていました。

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             ↑女性たちの炊き出し
    

土砂崩れ直後、バギオ市の私達からの
「何が必要とされているの」
という携帯電話での問いには、まず
「現場で掘り出し作業をする人のための食料」
と返事がありました。
その数日後には
「食料は近隣の町からたくさん届けられてある。水も大丈夫。
今必要なのは、掘り出し作業のためのスコップ、鋤などの道具。そしてお墓のためのセメント」
という返事。
結局、私たちの食料や古着の救援物資は、運搬手段がなく、
遺体収容作業が終わってから届けることになりました。

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            ↑CGNからの救援物資を運ぶ。
            黒板には受取った救援物資のリストが書かれています。

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            ↑インフォメーション・センターの
             掘り出し作業のためのツール(道具)の貸し出しを
             書き込んだ黒板。ツールといってもこんなもんです。

「ほかにNGOなど外部の団体はきましたか?」の問いには、
「昨日、アヤラ財団バギオ支部とバギオのラジオ局が1局」
とのこと。やはり、ここはマニラやバギオからは忘れ去られつつある山岳地方の片隅の小さな村なのです。

「今は何が必要なの?」
という問いに、インフォメーション・センターに集っている村の役員のおじさんたちは、
「壊れた道路の再建、崩れた場所をエコ&メモリアルパークにするための建築費用」
といいます。でも、まだ頭の中が混乱していて、よく考えがまとまらない様子。
しかし、あの急斜面をパークなどにできるのでしょうか?
今後の安全性が保障されているのでしょうか。
「それは、お国の仕事でしょう? 政府は緊急災害対策費用として、国際機関や先進国からかなりの支援を受けるだろうから、それを、ここにも回してもらうように努力をしなくちゃだめよ。これだけの被害があるのだから。それが村役員の仕事でしょう」と私たち。
「まったく政府はあてにならない」と役員のおじさんたち。

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       ↑カヤン西村の村長に状況を訪ねる反町とジャン副代表

さすが、MPPTCのネビスさんの意見はこうです。
「専門の地理学者による調査がまず必要。すでに州政府にリクエストはしました。その上で、この村に危険がなくてこのまま住み続けることが可能かどうか判断しなくてはなりません。もし可能なら、安全に住み続けるには、何が必要か、どうやって環境を維持していったらいいか、環境NGOのあなた方の協力が必要です。落ち着いたらバギオのオフィスを訪ねますね」

やはりMPPTCで働くCGN副代表、ジャン・タクロイ教授の妹リンダさんはこうです。
「毎日この広場に犠牲者が運ばれて、この1週間毎日のようにお葬式。小さな村だから、子供たちの多くが、親戚や友達を亡くしました。まだよく寝られないという子供たちもいます。心は深く傷ついてトラウマに苦しんでいる。次の台風が来ると聞いただけで泣き出す子もいる。中期的、あるいは長期的なリハビリの計画が必要です。子供だけじゃない。大人もそう。今は、やるべきことがたくさんあって、みな、まだ実感がわかない。または、考えないようにしている。でも、これから時間がたち、考える時間ができたときに、みな苦しみます。心のケアをしていかなくてはいけません」
この村のハイスクールの校長先生の一家4人も家族全員なくなっています。子供たちのショックの大きさはうかがい知れます。

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     ↑リンダさん(左端)、ジャン副代表を含めて、今後の救済の方針について相談。

村では、すでに、いろいろな委員会を作って、村復興のための一歩を踏み出そうとしています。ほとんど、村人たちだけの力で。

CGNでは、タジャン村の復興と再建のために、村の人たちが本当に必要としているサポートを続けていきたい考えています。

民間テレビ局GMAのニュース(10月16日付け)では、フィリピン全体で、台風ペペンによる死亡者は419名で、すでにマニラの洪水による死亡者341人を大きく超えています。少なくとも51人がいまだ行方不明。184人がケガ。4,040の家が全倒壊、34,843の家が一部倒壊。
被害受けた人の総数は27州361町と27市の4,585の村で、662,274家族、3,106,978名。15,629家族、74868人が168の避難所で生活しているとのこと。

CGNでは、台風ペペンの被災者のための義援金を募集しています。こちらをご覧ください。
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by cordillera-green | 2009-10-20 20:23 | 緊急支援

台風ペペンの山岳部での被害が次々に明らかに。 取り残されつつある山岳民族の人たち。

 マニラ方面からバギオに続くケノンロードとマルコス・ハイウエイが開通したことで、バギオの住民たちは冷静さを取り戻しています。昨日SMのスーパーマーケットに買出しに行きましたが、「食料が不足するのでは!?」と不安にかられた大半の人たちは、すでにたっぷり食材を買いだめたようで、いつもよりすいているくらいでした。 もちろん、卵などまったくない食材もまだありますし、野菜の値段も高かったですが、前日に比べれば状況は改善。ほぼ、通常の暮らしが戻りつつあるかに見受けられます。

 しかし、お隣のラ・トリニダードから山岳地方に向かうハルセマ・ロードは以前不通。かなりの距離が交通止めで、しかも、道路沿いの土砂崩れはちょっとやそっとで修復できるレベルではないらしく、しかも閉鎖された道路のあちら側は、まだ電気も復旧していないとのこと。たった3台のヘリコプターが、土砂崩れでけがした人たちを山から運び、トリニダードから土砂崩れにあって亡くなった人の遺体を故郷の山の村に運んでいます。

 私のところには、ハルセマ・ロードの不通で町との物流が完全に途絶えている、マンカヤンとブギアスを拠点とするNGO「HCRCI=Heaven of Care Resourece Center」、そして、アトックの地方政府の臨時トリニダード・オフィスとして自宅を開放しているNGO「イヤマンIyaman」から、緊急援助を求めるメールが入ってきていました。
 物流の途絶えたハルセマ・ロードの向こう側は、米をはじめとする深刻な食料不足、また土砂崩れでケガをした人たちに対する治療の薬も不足しているとのこと。ロウソクモなく夜は真っ暗闇です。
 まったくニュースになっていませんが、イヤマンの事業地のアトックのパスドン村でも大規模な土砂崩れが起こり、10軒の一般の家、カソリック教会、バランガイ・ホール、クリニック、学校、6ヘクタールの田んぼが崩れ去ったとのこと。村の人たち約70人で、7人の重症のケガ人を天棒にくくりつけ、徒歩でバギオの病院まで2晩かけて運んできたそうです。ようやく運んできたケガ人の治療のための薬を買うお金もなく、イヤマン代表のクリスティンは、あちらこちら走り回ったらしいですが、どこもかしこも被災者を抱え、CGNに助けを求めにきました。

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ハルセマーロード29km地点で、アトック病院のけが人をバギオ病院に運ぶ人たち。


 


 


 CGNでは、皆様から送っていただいている寄付金の一部を、コミュニティに根ざして地道な活動を長く続けているHCRCIとイヤマンに託すことにしました。HCRCI代表のアイリーンとイヤマン代表のクリスティンとは古くからの知り合いであり、彼女たちの活動には日ごろから敬意を抱いていました。十分信用もできます。
 CGNは副代表のジャン・タクロイBSU教授がマウンテン州タジャンに支援物資をもって向かう予定でいます。ハルセマ・ロードがまだ不通の場合は、イフガオ州のバナウエを通って迂回してでも現地に行きたいとのこと。タジャンでは、すべての犠牲者の遺体が昨日午後に収容されたとのこと。今朝のWEBニュースには、大量の木製の棺が手作りされている写真が掲載されていました。悲しいかな。

 それにしても、フィリピンのメディアは冷たい。すべてはマニラ中心です。バギオからマニラに向かう道路については刻一刻と開通の状況を報道していましたが、山岳民族の村に通じる生命線のハルセマ・ロードについてはほとんど報道しません。パスドン村のように、政府発表やメディアに被害の状況が伝えられていない土砂崩れのケースが山岳地方にはどのくらいあるのでしょうか。

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ハルセマ・ロード31km地点の土砂崩れ。


 




 


 どうやらアロヨ大統領もヘリコプターでおととい13日にバギオに来たらしいですが、804枚の毛布と500の食料パックと170の水用コンテナーと、26家族分の葬式代50万ペソを、ラ・トリニダードのプギスのリトル・キブガンの人たちがの避難所に寄付し、そそくさと次の被災地・パンガシナンのダグパン市に発ったということでした。

 ちなみに、15日付けのローカル日刊紙「Sun Star」によると、コーディリエラ地方の直接の被災者(けが人、家屋の崩壊)の数は、44,698家族、219,447名。約83の避難所が家を失った人と亡くなった人の遺体収容所として稼働中。今のところ確認された亡くなった人の数は251名、確認されたけが人は110名となっています。


 ハルセマ・ロードの完全な復旧には2-3ヶ月かかるのではないかという話も聞きました。弱い立場にある山岳民の人たちが国の救済策から忘れ去られることがないよう願うばかりです。CGNでは、被害にあった山岳民族の人たちが、元の暮らしを取り戻すことができるようになるまで、復旧のために草の根での支援を続けていきたいと思っています。引き続き、復旧のためのご寄付を募集しておりますので、よろしくお願いいたします。
ご寄付の送り先はこちらをご覧ください。

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          ↑バギオ・ジェネラル・ホスピタルに運ばれたパスドン村のケガ人たち。

お見舞いに行ったCGNスタッフの岡田によると全身、骨折、傷、打ち身で見るに絶えない状態だそうです。
病院はケガ人であふれ、手術室も、入院のためのベッドもいっぱい。信じられないような惨状だそうです。
病院を訪ねた岡田の書いた、CGNスタッフブログもご覧ください。


(写真はアトック地方政府の提供です)
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by cordillera-green | 2009-10-15 14:42 | 緊急支援

台風被害の様子

台風ペペンの被害の様子。CGNスタッフの岡田昌子さんもスタッフブログにアップしてくれました。
http://ameblo.jp/cordillera/臨場感あふれるレポート、読んでみてくださいね。

日本のニュースでは、概して扱いは小さいようですが、
こんな風に伝えられているようです。
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2651135/4739469
今朝、下界に続く道の1本、ケノンロードが大型車両以外に、時間制限つきで開通しました。
しかし、まだガソリンを運ぶ大型トラックは入れず、バギオ市長は、水曜まで市内すべての学校の休校を命じました。

救援活動開始、義援金募集のお知らせをして、まもなく、何人かの人たちから支援のお申し出を受けました。
ありがとうございます!
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by cordillera-green | 2009-10-12 21:25 | 緊急支援