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スーパー・オーガニック農家・パットさん

 今年は年明けから日本からの来訪者の多くがコーディリエラ地方の有機農業に関心がある人が多く、何度もバギオやトリニダードの有機農業の世界のパイオニア、パット・アコスタさんの農園を訪ねました。パットさんは、LA TOPという、有機農業者組合の創設者です。ご案内した日本の方は
「こんな農園があるのですね。夢のようだ」
と口をそろえて感心していらっしゃいました。
ちょっと日本でもなかなかお目にかかれない徹底したエコロジカルな素敵な農園です。

有機農業の基本は土づくり。パットさんは家畜のふんを一切使わず、農園内の草取りで出た雑草とEM菌だけで堆肥を作っています。「必要なのはシュレッダーだけです」
WE21のスタディツアー参加者、アジア学院からのインターンのヤス君も熱心にパットさんの話に耳を傾けます。
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本当に見事なレタス。パットさんは9種類のレタスを作っています。
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予約すれば、オーガニックランチもいただけます。
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流山田園プロジェクトの大川晋平さんと、バギオ英語学校協会(BESA)の春日ゆかりさんともパットさんの農園を訪ねました。
BESAのブログに詳しい感動レポートがありますので、読んでみてくださいね。
http://ameblo.jp/besajapan/entry-11186387790.html

パットさんの農園についてのBusiness Mirror紙の記事です(英語)。
http://www.businessmirror.com.ph/home/regions/14735-the-masters-garden-simulating-how-mother-nature-works
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by cordillera-green | 2012-02-29 12:03

Philippines JOCV HIROSHIMA NAGASAKI PEACE CARAVAN にむけて

2012年2月14日にCGNが山本公成さんと一緒に参加させていただいたイフガオ国立大学でのピースキャラバンについて、主催の青年海外協力隊・木村暁代さんの企画趣旨に関する文章です。木村さん、もうすぐ任期を終えて帰国されますが、長崎に戻った後も、ぜひイフガオでの体験を生かして環境教育や平和教育にそのタレントを生かしていってくださいね。そして、フィリピン&コーディリエラ地方&イフガオとの関係も何らかの形でつなげていきましょうね!

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私たち、長崎市、広島市出身者を中心としたフィリピン青年海外協力隊有志は、フィリピン各地で「原爆展」を開催するHIROSHIMA NAGASAKI PEACE CARAVANを立ち上げました。

このプロジェクトを呼びかけるまでに至った、私の極めて個人的な経緯についてここに記したいと思います。

私は2010年3月からフィリピン・北ルソンのイフガオ州に派遣されています。世界遺産の棚田のある静かで美しい場所です。ここの国立大学で学生に日本語を教えたり、文化交流や環境問題について学ぶイベントを企画したりしています。

イフガオ州は、日本軍とアメリカ軍が最後に激戦を繰り広げた場所であり、土地にも人の記憶にも、戦争の爪痕は深く残っています。恥ずかしい事に、私はフィリピンに来るまで陸軍大将「山下奉文」の名前を知りませんでしたが、日本人だと名乗ると、初対面でも戦争の話をされることが多々あります。そして今も現在進行形で日本兵の遺骨採集問題など多くの禍根が存在する、そういう土地です。

山岳少数民族であるイフガオの人々は自分自身のアイディンティティを大切にしていて、自分の住む土地や自然、伝統文化をとても愛しています。その姿に刺激を受けた私は、次第に自分自身のルーツについて考えるようになりました。日本人として、そして長崎の浦上という土地の血を受け継ぐものとして。

66年前、私の祖父は日本陸軍の兵士として、北ルソンで敗戦を迎えました。一年半のマニラでの捕虜生活ののち、故郷長崎に帰った彼を待っていたのは、一面の焼け野原と妻と母の死の知らせでした。その後、祖父は現在の私の祖母と再婚しました。祖母は原爆を生き延びた被爆者です。そして私の母が産まれ、姉と私と弟が産まれました。そうして私がいま、ここにいるわけです。

私は全ての戦争を憎みます。故郷の長崎を破壊し人々を殺戮した原爆を憎みます。
しかし同時に、おそらくあの戦争と原爆投下がなかったらこの世に生まれることのなかった自分の、そして奇しくも青年海外協力隊という日本政府のボランティアとしてイフガオという土地に派遣された自分の運命を見つめたいとも思います。

もうひとつの大きなきっかけは、2011年3月11日に起きた大震災と東京電力福島第一原発の大事故です。津波と放射能汚染という大きな苦しみにさらされている祖国の姿を、遠く異国の地から見つめるのはとても辛いことでした。何もできない自分が歯がゆかったです。今まで放射能や原子力利用のリスクについて、世の中に発信してこなかったことについて、積極的な行動を起こさなかったことについて、自分にも責任があるのではないか、そんな自問自答も生まれました。

そんな中、首都のドミトリーにあった永井隆博士の「長崎の鐘」を読む機会がありました。原爆は天罰だ、と騒がれていた当時の風評に対し「原爆投下は神の摂理だ。犠牲(生贄)になったのは善良なる人々。罪深い私たちは生きて、この世界を立て直す責任があるのだ」と言った博士の言葉に、現在の東北の人々の苦難と悲しみが透けて見え、涙が止まりませんでした。人間の魂の強さ、美しさは、どんな苦難を持っても汚すことはできません。この長崎の精神を世界に伝えたいと思いました。そしてどんなに小さくても、自分がやるべきことをやろう、と決意しました。

青年海外協力隊として、学校で働く青少年活動隊員として、長崎出身者として、フィリピンの子どもたちのために、ここで私ができることはなんだろう、と考えた結果はとてもシンプルなことでした。

日本が経験した原爆や被ばくによる放射線障害の恐ろしさをきちんと伝えること。
フィリピン人と日本人の交流を通して、お互いを知り、平和について語り合う時間を作ること。

今、この瞬間も、世界中で沢山の人々が命を落としています。人間の力ではどうすることもできない自然災害もあります。でも、原子爆弾も原子力発電も、そして戦争も人間の手で選ばれてきたものです。これからの選択ひとつひとつに「当事者」として関わる自覚と決意を持つこと。それが、広島・長崎・福島を経た私たちの、世界中の子どもたちに対する責任であり、最初の一歩だと思います。

どうすれば誰もが安心して暮らせる世の中にできるんだろう。
真の平和とは何なんだろう、戦争がないこと?
答えを急ぐ前に、まず「問い」を皆で探してみようと思います。

この「原爆展」プロジェクトが、フィリピン人、日本人、子ども、大人…年齢、国籍、政治、歴史、さまざまな立場を超えて、平和について、感じ、交わり、語りあえる機会になることを願っています。

21年度4次隊 フィリピン 青少年活動 木村暁代



For the Initiation of the Philippine JOCV Peace Caravan

We are the Japan Overseas Cooperation Volunteers and primarily those from Hiroshima and Nagasaki. We have established Hiroshima- Nagasaki Photo Exhibition Project which will be held in various places in the Philippines.
In this occasion of the first realizatin of such a project, I would like to share my personal experience that led to the organization of the group.
I have been posted to Ifugao, Northern Luzon since March 2010. It is a quiet, beautiful place with rice terraces that is listed as a world heritage. I teach Japanese and make projects concerning Japanese cultural exchange and learning environmental issues.
The province of Ifugao is where Japan and the U.S. fought the final battle. The legacy of the war still live in the memory of the people and land. I am embarrased to tell that I did not know the full name of General Yamashita, but I was told many times about the war once I introduced myself as a Japanese. The family and descendants of those who died there come back to pick up their loved one's remnants still now. Ifugao is such a place.
The people of Ifugao cherishes their identity as indigenous group, loves their traditinal culture, land and nature in which they live. Being among those people made me think of my own roots as a Japanese and a descendant of Urakami, Nagasaki.
66 years ago, my grandfather, who was a Japanese soldier at Northern Luzon, learned that Japan was defeated in the war. What awaited him after a year of life as POW in Manila, was a ruined city and the death of his wife and mother. Later, my grandfather married my grandmother. She was the survivor of the atrocity of the atomic bomb. My mother was born, then so my sister, my brother and I. And here I am today.
I condemn all wars. I condemn the atomic bomb that killed people and destroyed Nagasaki.
However, at the same time, I want to face my fate that I would not have been in the world if there was no war and the bomb, and I have been sent to Ifugao as a government- sponsored volunteer.
The other big event behind the forming of the Caravan is that the great eathquake on March 11, 2011 and the disaster of the Fukushima Daiichi neculear power stations opperated by the Tokyo Electronic Co. It was very hard for me just to look from awar at my country suffering from Tsunami and radiation contamination. I felt helpless that I could do nothing for them. I asked myself if I am also responsible for having not actively informed the society about the risk of radiation and the use of nuclear power.
That was when I read a book, “The bell of Nagasaki”, written by Dr. Takashi Nagai. Against the popular perception then that the Atomic bomb was the heaven's retribution, he wrote that “Atomic bomb was the God's providence. Ordinary good people were scrificed. We, the sinned people, have a responsibility to build this world anew.”
I could not stop my tears rolling down because I felt as if his words convey the suffering and sadness of people in Tohoku. The resilience and beauty of human soul cannot be diminished even in a great suffering. I did think that I want to tell the world the spirit of Nagasaki. I have to do what I should do no matter how small it would be.
What I can do, as a volunteer working at a shool and as a person from Nagasaki, is very simple: which is to tell people the reality of the Atomic bobms and the radiation sickness. Getting to know each other and talk about peace together with the Filipinos.
At this very moment, the people are dying around the world. One of the causes is natural disaster which is beyond human control. However, Atomic bombs, nuclear energy and war are what human kind has chosen. Recognizing that we are responsible to make a choice in each one of those aspects of our life is the first step to take and our responsibility, those of us who experienced Hiroshima, Nagsaki and Fukushima, to the children of the world.
What are the conditions for everyone to live a life in peace?
What is true peace? Absent of a war?
I want to search for questions together with you rather than for given answers.
I hope that this exhibit project will be an opportunity for the Filipinos, Japanese, children, and adults of all nations and age regardless of political historical positions, to feel, interact and talk about peace.


Akiyo Kimura
Representative
Philippine JOCV Peace Caravan

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by cordillera-green | 2012-02-14 10:16 | 戦争

WE21ジャパンのスタディ・ツアー2:コロス集落コーヒー収穫体験!

 WE21ジャパン主催のスタディツアーですので、もちろんプログラムのメインは、事業地のコロス集落訪問です。前回のWE21ジャパンスタッフの方々の視察は、季節外れの台風で土砂が崩れて道が閉鎖、事業地を目前にして訪問をあきらめざるを得ませんでした。今回は復讐戦。災害現場から復興の様子、受益者とのミーティング、シーズン真っ盛りの収穫体験まで盛り沢山なプログラムの訪問となりました。

被災地は2年以上たって今頃、再定住地の建設ラッシュです。51軒がして移住地に家を建てています。
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この日は受益者みんなが集まって堆肥づくりの共同作業の日となっていました。スタディツアーの受け入れ準備で忙しかったリリーがシュレッダーのためのガソリンを忘れて来て、作業は手作業に。それが却ってよかったみたい。みんなで話しながら歌を歌いながら楽しい堆肥作りの作業となりました。
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海田さんも挑戦!
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苗木場も視察
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受益者の方々と和やかな雰囲気の中でミーティング
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CGNの事業担当スタッフとコーヒー農民の方々とともに収穫体験。
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ダミーロさんに収穫したコーヒー豆の皮むきの仕方も教えていただきました。
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すべてのオーガニックファーマーの目標、パット・アコスタさんの有機農園も訪問しました。
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オーガニックランチも満喫!
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2日目のその他の訪問地
‐BSUアグロフォレストリーモデル農場&研究所(アンパシット)にて、コーヒー博物館、収穫後のコーヒーの加工工程などを、所長マカネス氏のご案内で見学。
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by cordillera-green | 2012-02-10 18:01 | スタディツアー

WE21ジャパンのスタディ・ツアー1:アンタモック鉱山訪問 

 ベンゲット州アンバサダーのコロス集落でコーヒーのアグロフォレストリー栽培を通した災害に強いコミュニティ作りを行っているWE21ジャパンのスタディツアーのアテンドを2日間行いました。

 WE21ジャパンが以前からベンゲットの鉱山開発問題に関係した事業を行っているということで、イトゴン・アンタモック地区のプライベート鉱山を訪問。世界情勢の不安定を受け金価格が暴騰していて、アンタモックはさながら”ゴールド・ラッシュ”の様相。山岳地方から次々と仕事のない様々な先住民が移住、あるいは仮の住まいを構え始めていました。私も久々の訪問でしたが、捨て去られたはずの鉱山が何だか活気づいていてビックリでした。

山の村から移住した人たちは、こんな風に仮の住まいを作って共同生活しています。
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勇敢なるWE21ジャパンのスタッフは坑道の中にも足を踏み入れ、彼らの生活を体験。
作業はすべて手で行われます。道具はシンプルな金づちと巨大な釘のみ!
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坑道の入り口。中は真っ暗。頭に懐中電灯をつけて中に入ります。
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09年の台風ぺペンで土砂崩れが起こり大きな被害が出たロアカン村の露天掘りの跡地。
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今も露天掘り跡地の周囲の岩肌から穴を掘って金を採掘しています。
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80年代に閉鎖になった金の精製工場はそのまま放置されています。
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プライベート鉱山から掘り出されたナバと呼ばれる金を含む(かもしれない)土は、こんなシンプルな精製施設に運び込まれてミルにかけられ砂金が取り出されます。
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これが金!
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最近の金の価格は1グラム2200-2500ペソくらいとか。(5000円近い)
先住民族の抗夫たちの収入は、せっせと手作業で掘り起こしたナバにどのくらいの金が含まれているかによるわけで、まさにギャンブルな仕事。でも、たま~~~~に大きな金を掘り当てて一夜にして百万長者になったなんて人もいるらしく(確かめたわけではありません)、職のない先住民族の山で鍛えた力自慢の男性陣は一攫千金を求めて移住し続けています。

ここでの暮らしは、人間として最低限のもの。
それでも、「もしかしたら」の夢を追って毎日暗い坑道でアリのように穴を掘り続けるほうが、ただただ山の村で日々の暮らしのために田んぼ仕事を続けるよりも幸せなのか。
考えさせられるプライベート鉱山訪問です。

1日目のその他の訪問地
‐ランチは第二世界大戦の日本軍爆撃跡が壁にそのまま残るおしゃれでエコなCafe by the Ruinで地元の食材を生かしたカフェごはん
‐セントルイス大学(SLU)内博物館にて、名物キュレーター、アイク・ピクピカン氏の直接解説による博物館ツアー。SLUの民族舞踊団による民族竹楽器によるデモンストレーション演奏とダンス付き!







 
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by cordillera-green | 2012-02-10 17:25 | スタディツアー