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映画「クロスロード」撮影コーディネイト日記④―番外編 脚本家・福間正浩さん



映画「クロスロード」の脚本を担当した福間正浩さんは、青年海外協力隊でセネガルに赴任経験がある。だからこそ、赴任地での隊員の葛藤をリアルに描けたのだろう。公開を前にフェイスブックにポストした福間さんのボランティアについての記事をご本人の許可を得て転載。

福間さんの「クロスロード」についてのインタビューはこちらで。

http://www.joca.or.jp/eiga/news/20151110_02.html


~~~~~~~~~~~~~~~~~


明日28日から、脚本を担当した映画「クロスロード」が公開されます。

―――バックパックを背負い、世界を渡り歩いていた若い頃…。
20歳の私は、ナイロビの安宿で、沈没していました。

ある日、ケニア北部のトゥルカナという難民キャンプを通過して来た旅人が、ドミトリーに来て、開口一番言いました。
「酷いモノを見て来た」と。

難民キャンプには、白人のNGO医療ボランティアが入っていたのですが、週末になると、空腹と病気に苦しむ難民を横目に、ビール片手にディスコ大会をしていた、と言うのです。

「ボランティアの実態なんて、結局、そんなもんなんだよなあ!」
義憤に満ちた彼は、吐き捨てるように言いました。

世間知らずだった20歳の私も、同じように「結局、そんなもんなんだ」と、世の中の裏側を「見た気」になったものでした。

―――時は流れ、私の考えは、変わって行きました。

「ボランティア」と「ぶりっ子」は、似ていると思います。

合コンで、皆の靴を揃えたり、料理を取り分けたりする子は、女子仲間の目の敵になります。
「あの子、女同士だと何もしない癖に、男の前だと、イイ子ぶって! それを見抜けない男も、バッカじゃないの!」

でも、男にとっちゃ、その子が普段どうしてるかとか、どういう意図があるのかなんて、全く関係ありません。

ただただ、彼女の行動が助かるし、「私は男の前でも、ありのまま」と、何もしない子より、遥かに有り難いのです。

また、例えば、自分が足が不自由な老人で、電車に乗ったら、席が空いてなくて、目の前に若い男が座っていたとします。

その男は、普段は、「わざわざ、あてつけがましく、俺の前に立ってンじゃねーよ! マジ、ムカつく!」などと内心思いながら、スマホをいじって、老人に気が付かないフリをするような男です。

でも、たまたま隣に彼女がいて、「イイ人」に思われたいが為だけに、席を譲ったとします。
それでも、体がキツイ自分にとっては、とても有り難く、感謝すると思うんです。

―――要するに、人は必ずしも「善意」や「優しさ」という気持ちによってのみ救われる訳ではない。 「偽善」に救われる事もある。

が、一方には、異様に「気持ち」を重視する人もいます。
「善意原理主義」と言うか…。

そういう人達にとっては、前述のボランティアなんて、「悲惨な境遇にいる難民の気持ちを考えない」とんでもない奴ら、という事になります。

でも、彼ら(彼女ら)は、何不自由ない先進国の生活から、志願してアフリカの僻地に来ていて、それだけで、相当なストレスな訳です。

そのストレスを抱えた上で、飢餓と病気に悩む人と「同じ目線」になろうと、ロクな物も食べず、フラフラになって活動する事が、正解なのか?

しっかり栄養と休養をとり、時には酒を飲んでバカ騒ぎして、心身共に万全の状態で活動するのと、どちらが難民にとって、望ましいか?

少なくとも、私が難民だったら、「気持ちはいらないから、しっかりした状態で、俺や俺の家族を助けてくれ」と思います。

―――ナイロビから10年後。 
自分が青年海外協力隊に、ボランティアとして参加していました。

協力隊も、よく「税金の無駄遣い」とか、批判に晒される組織です。

隊員に対しても、「結局」「協力隊に行く奴なんか」「現実逃避して来た奴と、偽善者と、新興宗教みたいに世界平和を唱える、ちょっとズレてる奴らの集まり」みたいな偏見を持ってる人が、少なくありません。

ただ、思うんです。 
仮に、ホントにそうだとしたら、何が問題なんだろうって。

私は、東京の一部上場企業から、ニューヨークではウェイター、イスラエルのキブツ(集団農場)でのオレンジ狩りまで、様々な場所で働いて来ました。

その中で、唯一言える事は、どんな組織にも、表沙汰に出来ない暗部があるし、どんな人にも、墓場まで持って行きたい秘密がある、という事です。

だから、例え汚い部分があったとしても、それは「結局、〇〇じゃないか!」と決めつける「結論」ではなく、「前提条件」
―――つまり、それを受け入れた上でのスタートラインに過ぎないんじゃないのだろうか?

私なんかデジタルな人間なんで、協力隊に参加した人の、動機や気持ちの問題なんか、どーでもいいと思っています。

どーせ、人は本当は何を考えてるかなんて、誰にも見えないのだから。 
でも、行動は、目に見える。

偽善だろうが、邪悪な欲望があろうが、誰かが、その行動によって助かれば、結果オーライで、いいんじゃないだろうか?
少なくとも、何もしないよりは。

―――「これは、『蜘蛛の糸』なんだ」などと、スーパー身の程知らずな事を考えながら、脚本を書いていました。

『蜘蛛の糸』の主人公は、強盗・殺人と悪行の限りを尽くし、地獄に堕ちる。

でも、たった一度だけ、蜘蛛の命を助けた事があって、釈迦が、天界に続く蜘蛛の糸を垂らしてやる、という御存知の話です。

芥川龍之介はデフォルメしてるけど、我々は皆、多かれ少なかれ罪を背負っている訳で、主人公は、我々自身なのです。

例え偽善だとしても、自分の行動で誰かが救われれば、いつかは目の前に蜘蛛の糸が降りて来て、自分も救われるかもしれない。

その糸は、突然切れて、苦い終わりを迎えるかもしれないけれど……

そういう映画になればいいなあ、って思ってたけど、自分で書いてて、ハードル上げ過ぎました…。
芥川の足元にも及ばないけど、「そんな感じ」ってコトで(笑)

―――テレビで、この映画の予告編、殆ど観た事ないでしょ?
そう、予算無いんです。


皆さんだけが、頼りです。御覧になって頂ければ、嬉しいです。
宣伝して頂けると、尚、嬉しいです m(__)m
http://crossroads.toeiad.co.jp/


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by cordillera-green | 2015-11-27 15:07 | 映画「クロスロード」

映画「クロスロード」撮影コーディネイト日記③―バギオ俳優編

 映画のロケ地がマヨヤオに加えバギオとその周辺になると決まり、主演のアローディア(コスプレ界の大スター)以外のフィリピン人出演俳優もおもにバギオをベースにしている俳優にしようという話になった(7000の島からなるフィリピンでは地域によって人の顔が違う)。避暑地であるバギオは多くの有名俳優が別荘を持っているし、マニラで活躍していた俳優でバギオの生活環境の良さに惹かれて引っ越してきた人もいる。有名な美術家を輩出してきたことで知られる文化の町・バギオであるが、知られざる名優たちがひそかに暮らしているというのもまたバギオの知られざる顔だ。

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↑バギオいちの観光名所ザ・マンションでの撮影


 コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)は、10年以上前から先住民族の村々で演劇を使った環境教育ワークショップを行ってきた。ファシリテイタ―として、そういった俳優たちにも協力を仰いできた。今回の「クロスロード」に出演の俳優選びには、そういった活動で培ってきたネットワークが大きく役立った。

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↑長田勇市氏のFBページより

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↑右から3人目がフェルディ(写真はフェイスブック「クロスロード」ページより)


 渡辺大が演じる世界遺産の棚田に赴任した農村開発隊員のカウンターパートの農政課職員・マニー役には、フェルディ・バラナグ。フィリピン大学バギオ校で演劇を専攻し、卒業後も主に舞台で俳優や演出家として活躍してきた。フィリピン大学創立100周年記念の演劇制作でも演出を担当するなどの実力派。最近はドキュメンタリー映像作家としても活動し、国内外で数多くの賞を受賞している。2009年にCGNが演劇ワークショップをマヨヤオの高校で行ったときに、ファシリテイターとしてお願いしたのがフェルディだった。そして、そのとき彼が滞在させてもらっていたタパイさんの家が、今回の映画でも農政課職員の家として登場した。


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↑一番右がハンジョン

 黒木啓司(EXILE)が演じるカメラマン沢田が赴任する観光省の同僚を演じたのはハンジョン・カプーノ。5歳の時に今泉光司監督の「アボン―小さな家」で初映画出演。父親が舞台俳優・演出家であったこともあり、小学校卒業後はバギオ市立ハイスクールでパフォーマンス芸術を専攻し、俳優としての英才教育を受けた。大学はバギオの名門カソリック大学、セント・ルイス大学(SLU)で心理学を専攻。フィリピン国内でもトップクラスの劇団といわれる「Tanghalan SLU」に所属し、中心的俳優として舞台に立った。本映画出演後、6月に大学を卒業。将来は映画監督にも挑戦したいというハンジョン。今後の活躍が楽しみな若手俳優だ。



 黒木啓司が演じるカメラマン沢田の上司を演じたのはカルロ・アルトモンテ。ハリウッドで知られていた某有名女優の血を引く舞台俳優。俳優一家で育ったため、オーディションでは「子供のころから演技とともに育った」「僕は学校にいっていない。大事なことは皆ステージで学んだ」と堂々と話したカルロ。拠点としていたマニラから子供たちの教育のために治安のいいバギオに引っ越し、「Open Space」という市民劇団を主宰している。イタリア人の血の混じったハンサムな風貌、堂々とした体格、さすがの血筋か放つオーラもただものではない。撮影ではまったく危なげのない演技でスタッフをうならせた。


 台本を読ませてもらった時から、この役を演じられる女優をバギオで探すのは難しいかもしれないと思ったのが、アローディア演ずるアンジェラの友人・シンディ役。鉱山での作業シーン、出産シーンなどがあり、かなりの演技力が必要と思われた。考えていたマニラ・ベースの女優さんのスケジュールが合わず、フィリピン大学在学中に劇団に所属して演劇を志し、卒業後はCGNの演劇を使った環境教育ワークショップ事業のスタッフをして働いていたカルラに声をかけた。2011年にCGNが主催した先住民族青少年による劇団「アナク・ディ・カビリガンAanak diKabilingna」の日本公演を行ったときも、スタッフと連れて行ったはずのカルラは、リハーサルを見ているといてもたってもいられなかったようで演出家に頼みこんで舞台に立った。いまでこそ女優を仕事にはしていないが、心から「演技」愛するカルラである。

オーディションでのカルラに、すずき監督は「貧しい女性の役柄だが、彼女に清潔感があって、観客の共感を呼ぶだろう」と見事にこの難しい役を射止めた。

 TAO演ずる助産婦にサポートされながら不正出産をするシーンでのカルラの演技は圧巻だった。「現役の女優でないなんて信じられない」と演出スタッフ。演技が終わって宿に戻っての夕食で、スタッフに味噌汁をよそう謙虚な姿勢も好感をもたれた。映画や舞台産業のないバギオだが、大好きな演技の機会が増えていくことを願う。


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↑笑顔のかわいいケリー君(写真はフェイスブック「クロスロード」ページより)

 もっとも人選に苦労したのが、黒木演ずるカメラマン沢田が市場で出会った貧しい少年・ノエル。バギオでオーディションを行い20名以上のかわいい子供たちが集まったが、今一つ決め手に欠けた。CGNが昨年、マウンテン州カヤン村での劇団ア・ラ・プラスの演出家&俳優である杉山剛志氏の演劇ワークショップ開催のお手伝いをしたときに、才能を発揮した参加者の少年のことを思い出した。今年2月に同じ村で現代美術家・梅田哲也氏のパフォーマンス作品の制作をした時も少年は参加者リストには入っていなかったが、会場の小学校講堂の窓から興味深げに覗き込んでいて、特別に参加してもらうことにしたら実に楽しそうにパフォーマンスの輪に加わっていた。

 カヤン村はオーディションをしていたバギオ市から車で5時間の穏やかな棚田の村だ。ロケハンとオーディションのために来比していた監督とスタッフの滞在期間はあと1日だったが、カヤン村の知り合いに頼んでテストが終わったばかりという少年を5時間かけて連れてきてもらった。ほかの子供たちへのオーディションでは一言も口を挟まなった撮影監督の長田勇市氏が

「この子にしよう。全然違うよ。顔が。表情が」

とコメントして、あっという間にノエル役は彼に決まった。

 少年=ケリー君の家は、映画の中の少年そのままに貧しい。両親は別居していてお金を稼ぎために母親は町で英語の家庭教師の仕事をし、父親は鉱山で抗夫として働いている。14歳のケリー君は二人の弟と一人の妹をみて子供たちだけで暮らしていた。栄養が足りていないせいかちょうど役柄の11歳くらいにしか見えない。両親からの仕送りがないこともあり、ケリー君は弟妹を食べさせ、学校で必要なものを買うために村で力仕事を手伝って学校にいけない日もある。映画の中のノエルに自分を重ねることも彼には容易だった

 映画が大好きというケリー君。渡された台本を繰り返し読みこんで、役柄のイメージを明確に描いて撮影現場に現れた。ときにすずき監督に「僕はこういうふうに演技したい」と意見さえ述べた。すずき監督もていねいに彼の意見に耳を傾けてくれた。

 ケリー君にとってこの映画出演の経験は決して忘れられない経験となっただろう。撮影終了後、「映画できたらDVDちょうだいね」と、無邪気に笑ってまたまた5時間かけて弟妹たちの待つ村に帰ったケリー君。手にした出演料から、ずっとほしかった携帯電話を買ってとてもうれしそうにしていた。

「残ったお金はとっておいて兄弟の学校に必要なものと食べ物にするよ」

そんなケリー君のことを「クロスロード」プロデューサーの香月氏に話したところ、CGNがやっている奨学金プログラムを通してケリー君の学費をサポートしてくれると申し出てくれた。新学期が始まり、ケリー君から香月氏あてにイラスト入りのかわいいお礼の手紙が届いた。

「僕は学校を出たら軍隊の特殊部隊に入るのが夢です。でも、アーティストとしていつでも僕が必要だったら、声をかけてね。いつでも行くよ」

アクション映画が大好きなケリー君らしい夢。軍や警察は山奥の村では男子にとってはほとんど唯一の安定収入を得られる仕事でもある。彼の夢に新しい選択肢が加わった。

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 ケリー君演ずるノエルの8年後の青年役には、カリンガ州バルバラン出身のカート・フェルナンデスを推薦した。CGNが主催してきた演劇を活用した環境教育ワークショップにほぼ皆勤賞で、ワークショップ参加者による劇団「アナク・ディ・カビリガン」でおいつも素晴らしい集中力で中心的な役を演じてきた。なによりも同じ役柄の子供時代を演じる役のケリー君と同じく山岳地方の山奥深い村の出身の先住民(カリンガ族)でどこか似た雰囲気があった。

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↑長田勇市のFBページより

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↑カートが主役の「犬」を演じたアナク・ディ・カビリガンの舞台
(2014年マニラTIUシアター)


 CGNの環境ワークショップへの参加をきっかけに演技の面白さに目覚めた俳優たちはほかにも何人か小さな役で出演した。スタッフとしても大活躍してくれたロジャー・フェデリコ。マヨヤオの食堂の定員を演じたベントール・ガナド。マヨヤオでの隊員の歓迎会と結婚式のシーンでイフガオの民族衣装でダンスと歌を披露してくれたのはイフガオ州国立大学(IFSU)でのワークショップに参加したヘイゾン・プマール、レスター・バロットなどの本場のイフガオの踊り手たち。

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 映像では見られないが、撮影を陰で支えたのは撮影現場でコミュニティとの交渉を辛抱強く行ってくれたフィリピン人コーディネイターたちだ。山岳地方の隅々まで自然と文化を知り尽くし撮影コーディネイト、文化人類学者の調査、ツアーガイドなどとして世界中の来訪者から引っ張りだこのルエル・ビムヤッグ。金庫番のジェネビブ・ゴメス、ドキュメンタリー撮影経験から鉱山開発地域での難しいコーディネイトを担当してくれたジックス・ゲレロ。本物の坑夫エキストラ探しに奔走してくれたCGNの運転手・フレディ・ドンガン。病院シーンでのコーディネイトを担当したCGNスタッフ、リリー・ハミアス。結婚式シーンのコーディネイト担当のCGNスタッフ、レナート・ギリンゲン。

 マヨヤオでのドジョウ養殖シーンの撮影に使う、本物のドジョウ準備・運搬を協力隊員の渡辺樹里さんとともにしてくれたジェイソン・タグユングン。英語の通じない日本人美術スタッフと悪戦苦闘しながらきめ細かいアシストをしてくれたマレン・ロシート。バギオを代表する映画監督でもありフィリピンならではの生活をセットにフルに表現した美術マーティン・マサダオ。マニラベースでありながらコーディリエラ山岳地方の文化をこよなく愛し、山岳地方での映画撮影に多く参加している衣装担当のマルタ・ラヴィーナ。マヨヤオで撮影隊のために料理の腕を振るった平嶋美和。臨機応変に日本人撮影隊とフィリピン人俳優・スタッフとの通訳とアローディアのアテンドをこなした加藤将広。誰一人一度も遅刻しせずエキストラとしても快く撮影に参加してくれたドライバー陣。。。。すべての人の名前を上げきれないが、青年協力隊員たちの世界各国での活動そのままに、日本人とフィリピン人の俳優・スタッフが手に手を携えてこそ、フィリピンでの撮影を成し遂げることができた。すべての関わってくれた人に感謝!


映画「クロスロード」予告編映像はこちら。

https://www.youtube.com/watch?v=0z8YyrxgGtk


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↑フィリピン側美術スタッフ マーティンとマルタ

(長田勇市氏のFBページより)

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↑シェア&ゲストハウスTALAでも撮影された。

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↑協力隊員・渡辺樹里、ルエル・ビムヤッグ、
プロデューサー・香月秀之、助監督・出射均

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↑ほとんど1ヶ月間、家をあけっぱなしだったが
不平一つ言わず協力してくれたキッズたちよ。ありがとう~


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by cordillera-green | 2015-11-27 12:00 | 映画「クロスロード」

映画「クロスロード」撮影コーディネイト日記②―鉱山開発編

 当初、「クロスロード」のフィリピンでのロケは、前回のブログで紹介したマヨヤオの撮影以外の部分をマニラのスラム街で行う予定だった。私とコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)がコーディネイトを担当する予定だったのはコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)の事業地であったイフガオ州のマヨヤオ町での撮影のみ。
 ところが、撮影日程が限られている中で、治安に対する不安や、渋滞による遅延などが問題となり、急きょマニラで撮影予定だった箇所もバギオ周辺地に移せないかという相談があった。バギオとマニラとは町の規模が違い、抱えている社会問題は違う。当初の台本のままでロケ地を探すのは難しいと話した。

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↑バギオの市場での撮影(写真はフェイスブック「クロスロード」ページより)

 監督と助監督が2月のマヨヤオでのロケハン時に帰国の予定を変更してバギオで撮影が可能かどうかを確認するために、バギオでロケハンを行うことになった。マニラのゴミ捨て場のようなスラム街はないかと聞かれて、庶民の暮らしの中心である市場を訪ねた。ストリートでレジ袋を売る子供たちに声をかけ、うちに連れて行ってくれないか聞いた。「いいよ!」と明るく答えた子供たちは、バギオや山岳民族の出身でなくミンダナオ島の出身。仕事を探して家族と一緒にバギオにたどり着き、母親は市場の路上で野菜を売っている。子供たちも母親を助けるためにわずかでも金を稼ごうと、市場の買い物客の荷物もち、タクシー探しなどをする。悪びれることなく「たまにはスリもするよ」という。学校には行っていない。
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↑バギオの市場での撮影(写真はフェイスブック「クロスロード」ページより)

 連れて行ってもらった彼らの家があるエリアは、路地が入り組み雑然としていたが、マニラのスラム街のような危険や荒んだ感じはない。子供の家族が借りているというアパートも、最低限だろうが家賃を払って貧しくともなんとか暮らしを成り立たせている気配があった。台本にある悲壮感は感じられない。 
 すずき監督に貧困問題がそれほど深刻でないとしたらバギオの社会問題は何か? と聞かれた。都市化が進むバギオでは、マニラにある社会問題のすべてがあるだろうが、そのスケールはマニラには及ばない。映像に捉えた時のインパクトもマニラでの撮影にはどう頑張っても追いつかない。
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 マニラから車で6-8時間の山頂にある人口30万人の中都市・バギオ、2000メートル級の山々が連なるさまざまな先住民族が暮らすコーディリエラ山岳地方ならではの、今直面するもっとも深刻な社会問題、そして環境問題は鉱山開発問題だ。
 コーディリエラ山岳地方には金、銀、銅など豊かな鉱物資源が眠っている。先住民族は古来、金を少量掘り出し、装飾品などにしてきたといわれるが、400余年にわたりフィリピンを植民地としてきたスペインがこの金に目を付けて、金鉱探しの旅をした道が今も山岳地方の山奥深くに残っている。100年以上前には、商業的採掘を目的に米国資本でフィリピン初といわれる大会社による鉱山会社がバギオのお隣のイトゴンにできた。バギオは、高地にある避暑地としてアメリカ占領時代に開発されたといわれているが、同時に近隣の鉱山開発によって経済的な発展を支えられてきたのである。戦前から続く3つの大鉱山会社が今もバギオ周辺で採掘を続けている。 
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↑閉山となった鉱山跡

 中小の鉱山採掘会社は80年代の頭に金の暴落で多くが閉山を余儀なくされた。環境問題など話題に上ることがなかった当時、鉱山会社は露天掘りによって切り崩した山や土砂、劇薬を使った精錬所の排水がたまった池、金を取り出した後の汚染された土壌をそのままに去った。山岳地方には、コメはもちろん野菜を育てることさえできない汚染された土地だけが残され、今もその復旧ができずにいるコミュニティがいくつもある。

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↑サント・ニーニョ鉱山の精錬所施設あと

 以前は棚田での稲作を中心とした自給自足に近い暮らしを営んできた先住民族たちだったが、近年、現金なしには暮らしていけない生活形態に変わりつつある。鉱山開発会社が去って廃墟と化していた地域で、会社が使っていた坑道や新たに自ら手で掘った小さな坑道で手作業で金を掘る仕事は、まともに教育を受けていない先住民族の若い男たちにも体一つでできる仕事だ。さまざまな民族の男たちがグループで廃坑となった鉱山開発地域にやってきて簡易なバラックのような家を建て、毎日ヘッドライトとペットボトルの水を腰に真っ暗な坑道に入っていく。金が入った岩に当たるかどうかはまさに運次第。掘り当てたという男が豪華な新車や大きな家を建て、そのうわさが広がり、廃坑にやってくる先住民の男たちは後を絶たない。
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↑手間に転がるのは金の精錬に使うシアン化ナトリウムの入っていた缶(日本製)

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 掘り当てた金を含んだ岩を精錬し金を取り出すために、簡易な精錬所も次々とできた。どこで手に入れるのか、そこで金精錬のために使用しているのは水銀やシアン化ナトリウムなどの劇薬だ。もちろん排水は垂れ流し。雨期が始まる最初の雨の日には下流の川や池で一斉に魚が浮くと聞いた。坑夫たちが飲用している水が安全であるはずがない。水浴びの水にも不足する。坑道での作業は大雨による鉄砲水や感電などで危険と隣り合わせ。死者が出ることもあるが、うわさで伝わるだけで表立たったニュースになることもほとんどない。
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↑小さな精錬所

 働く坑夫たちも、危険を承知の上である。劇薬使用による環境汚染などかまっている場合ではない。もちろん自身の健康もあとまわし。とりあえず田舎にいる家族に渡す金がほしい、あるいは、田舎の家族・親戚に自慢できる金で買った「もの」がほしい。

「盗むよりいい」と坑夫の一人が言った。
「少なくともここで俺らは自分の体を使って金(カネ)を稼いでいる」

「ポケットマイナー」と呼ばれる鉱山開発地域に住まう個人採掘に携わる抗夫達の暮らしにはマニラのスラム街とはまた違う、哀しい暮らしがあった。
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↑Gold Panningと呼ばれる鉱山地域の川などで行われる砂金採り。
坑道には女性が入ることは禁じられていて、女性は坑道には入らず、砂金採りに従事する。

 映画「クロスロード」に私たち環境NGOが関わるのであれば、撮影関係の制作プロダクションがでいない環境NGOだからこそできる関わり方をしたいと思っていた。ここルソン島北部で青年海外協力隊員の若者たちにたくさん会ってきた。映画「クロスロード」に登場する3人の隊員同様に、コミュニティの発展に大きな功績を残すには力不足な人も確かにいたが、会ったすべての若者たちの「気持ち」は全員とても熱いものだった。多くの隊員が地域の人に温かく受け入れられ、第二次大戦中の「残虐極まりない日本人像」とは違う新しい日本人の印象を確実にフィリピンの人の間に残していっている。この50年にどれだけの協力隊員が世界の国々で汗と涙を流し、その「想い」をその地に刻んできただろう。協力隊50周年記念の映画だからこそ、「50周年。やったね。よかった。頑張った。おめでとう」だけの映画ではなく、協力隊員たちの想いそのままに、より良き世界のために、現実社会でのリアルな問題提起があってもいいかもしれないと思った。すずき監督を鉱山開発地域に案内したのはそんな思いからだ。
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↑Tailing Pondと呼ばれる、金を取り出した後の廃棄物を流してできた池。
異様なエメラルド・グリーンをしている。

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↑撮影に使わせてっもらった坑道の入り口

 数週間後にロケハンを反映して書き直された台本では、主人公のカメラマン澤田がようやく見つけ出した「撮りたい」対象として鉱山開発地域の先住民族の人と暮らしがあった。
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ベンゲット州の鉱山開発についての記事(英語)と写真

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by cordillera-green | 2015-11-25 09:37 | 映画「クロスロード」

映画「クロスロード」撮影コーディネイト日記①―マヨヤオ編

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 2015年、コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)はJICA青年海外協力隊50周年記念映画「クロスロード」の撮影コーディネイトのお手伝いをした。

 50年の間に青年海外協力隊のOB/OGはなんと40,976名にもなるそうで、青年海外協力協会(JOCA)という団体を結成し、情報交換などを行っている。JOCAが協力隊の隊員たちの海外の様々な活動現場でのリアルな日常とその後の人生にその経験がどんな影響を及ぼしたかをテーマに劇映画することになり、50年間で1583人の隊員を受け入れてきたフィリピン(マラウィに次いで2番目に派遣隊員数が多いそう)が撮影ロケ地として選ばれた。

 映画のストーリーではフィリピンに派遣された3人の隊員が主人公。一人は農村開発隊員として世界遺産の棚田の村に派遣、もう一人の女性は助産婦を指導するために病院に赴任、そして主人公のカメラマンは写真の技術を教えるために町の観光省に派遣されたという設定だ。物語は3人がそれぞれの赴任地での出会い、挫折、ジレンマ、ほのかな恋などを通して、人間として成長していく姿と帰国後の人生を描いている。隊員を演じる俳優陣はEXILEの黒木啓司、渡辺大(あの渡辺謙の息子さん、杏ちゃんの兄貴)、ファッション・モデルや女優として世界を舞台に活躍するTAO


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 渡辺大が演ずる農村開発隊員の赴任地がルソン島北部の棚田であるという設定から現地コーディネイトをやってほしいという話が舞い込んだ。農村開発隊員は棚田でドジョウ養殖を指導するという役柄で、バギオ近辺の棚田でロケに敵した地を探したが、やはりお話のモデルとなった現役のドジョウ養殖隊員の赴任地である世界遺産の棚田にはかなわない。



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 マヨヤオは一般によく知られている世界遺産の町・バナウェから断崖絶壁の悪路を3―4時間のところに広がる棚田の村。マニラからバナウェ経由かふもとのイサベラ州経由で陸路15時間はかかる遠隔地だ。山肌に広々と広がる棚田の中には古い伝統的な高床式の家屋がぽつんぽつんと建ち、人々は古来あまり変わらないと思われる素朴な暮らしを営んでいる。マヨヤオの棚田も、もちろんユネスコによって世界遺産に指定されているのだが、なぜか「世界遺産の棚田=(イコール)バナウェ」という先入観がフィリピン人にはもちろん世界からの観光客にも広がっていてとんと観光客が訪れない。


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 ホテルもレストランもないこのマヨヤオでの撮影を、制作班は「やはりこの景色しかない!」と何回かのロケハンのあとで決定した。日本からは25名ほどの撮影隊が来るという。観光客が少ないためほとんど使われていない丘の上に建てられたユースホステルを貸し切り、食材を持ち込んで、日本食を作り、棚田の中でのハードワークに従事する撮影スタッフに供しようということになった。

 バギオに住んでいる料理上手の日本人女性にシェフを依頼し、ロケハンで撮影場所からもっとも近い(といっても車で3時間!!)町の市場とスーパーマーケットで手に入る素材を調べ、足りない食材や調味料をバギオ、そして、制作スタッフに日本から運んでくるように依頼した。ユースホステルのキッチンは、早朝出発の多い撮影班の朝食、棚田周辺でのお弁当仕出し、疲れきって戻ってくるスタッフたちのペコペコの胃袋を満たし、憩いのひと時を与えようという夕食の準備で、撮影現場に勝るとも劣らない忙しさだった。


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 マヨヤオでの撮影は、ボンガン、ポブラシオン、バランバンなどの村人たち、町長、副町長、観光課、開発課、農政課をはじめとする自治体各部署、スタッフの警護を受け持ってくれた地元警察、そしてなによりも青年海外協力隊でこの村に2年間滞在して地道に根気強くドジョウの養殖指導を行ってきた渡辺樹里さんと事業の受益者たちの献身的な協力なしには成り立たなかった。素晴らしい映像を収めたいとの思いからのさまざまな撮影チームからのリクエストにも村人たちは笑顔で応え、協力を惜しまなかった。


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 大型台風の進路がマヨヤオ直撃ときいて青ざめたチームだったが、伝統のシャーマンでもあり村人たちの辛抱の厚い副町長が8羽の地鶏をつぶし、棚田でとれた米から作ったタポイと呼ばれる瓶のどぶろくで撮影の無事と成功を地域の神に祈ってくれたせいか、フィリピン上陸直前で跡形もなく姿を消すという奇跡も起きた。

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 ドジョウ養殖を教える隊員役を演じた渡辺大さんは、草の根で住民の立場に立って指導してきた渡辺樹里さんそのままに、快適とは決して言えないロケ地の環境に愚痴一つこぼさず、地元自治体のカウンターパートである農業省の役人との心通う重要な場面を感動的に演じてくれた。

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 結婚式や歓迎会のシーンでマヨヤオに伝わる歌と踊りを披露するため、イフガオ州国立大学(IFSU)の伝統芸能グループの学生たちが駆けつけてくれ、夜遅くまで練習を重ねてくれた。


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 撮影監督の長田勇市氏は、ロケハン時からマヨヤオの棚田の美しさに魅了され、一人早朝起きだして朝日の映る棚田の清澄な空気を映像に収めた。また、月夜の幻想的な棚田を捉えるために闇の中を展望のいい丘に向かい撮影を行った。

(長田氏のマヨヤオでの撮影中の写真がこのサイトにあります。http://www.pronews.jp/column/20150804110039.html

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 マヨヤオの撮影だけでお願いしたエキストラは総勢200人近い。地元高校の元校長先生が、大戦で腕を失った長老という難しい役で出演してくれた。まさに、村人たちの力によってなしえたマヨヤオでの撮影だった。

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 映画「クロスロード」では、一流の映像カメラマンによるマヨヤオの棚田のさまざまな表情がみられるはずだ。その美しい景色と、あたたかな人々のこころが、いつまでも続いていくことを願ってやまない。


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by cordillera-green | 2015-11-23 09:25 | 映画「クロスロード」

吉田智久さんの演劇を活用した環境教育ワークショップ

 コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)は、本年度、「マウンテン州における教育職員を対象とした環境指導者養成講座」プロジェクトの3年目を迎えています(地球環境基金助成)。さまざまなアートを活用して、保育園からハイスクールの先生までの幅広い教育関係者に対して、それぞれの教育現場で実践できるような体験型の環境教育ワークショップの手法を指導しています。ファシリテイタ―にはフィリピンのこの分野では第一人者のアーティストをはじめ、日本からもたくさんのアーティストの方にご協力いただいています。

 10月に実施した、演劇を使った環境教育ワークショップのファシリテイタ―として、日本から来てくれた吉田智久さんにワークショップ経験について寄稿いただきました。吉田さん、ほぼ5年ぶりの、コーディリエラ山岳地方での演劇ワークショップでした。

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10月中旬、フィリピンへの出発を控え、5年振りのCGN環境演劇ワークショップをどのように進めるか、私の頭の中ではシュミレーションが大忙しだった……

……まずこのプログラムのラスト、そしてその成功場面を想像し、そこから逆算をしてみよう。

来年3月に行われるマウンテンプロビンス州バウコ町のお祭りで、各村のハイスクールがその村の環境を題材にした演劇を披露しあう……

というのが、今回のプログラムのラスト。

各村の特色が現れていて、見る人々に興味深い演劇が上演され、作り手にとっても思い出深いものができる……
(すなわちバウコ町の人々が立場はそれぞれも自分たちの環境についてなんだかの思いを巡らせる)

というのが、その成功場面。
とイメージする。

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ちなみに、各ハイスクールの先生(生徒と演劇を製作する予定の先生)が、今回のワークショップ参加者(受講者)。

「各村の特色が……」という部分、題材やストーリーに関しては日本にいる私が教えられるようなことはないが、演劇的に題材やストーリーにアプローチしていく手法を体験してもらうことはできる。

「見る人々に興味深い……」という部分、舞台と客席という劇場構図になれていない(むしろ概念が無い)人が多いというのは5年前の仕事で分かっていたので、そこは諸々仕掛けを用意しておく。

「作り手にとっても思い出深い……」という部分、これの作り方を教えるというのは少し難しい。参加者が各村のハイスクールに帰って私の知らない人たちと作業をするのだから、そこで起こることは想定できない。ただ今回、このワークショップに参加したことが「思い出深い」となれば、その経験こそが思い出深い演劇を作る手法となりうる。
だからこそ、私が一番注意を払うのは、ワークショップの意味や技術や内容の前に、このワークショップの時間内すべてが、なるべく多くの参加者(できれば全員)にとって、退屈でなく、楽しい、興味深いものになっているか……「常に」そうなっているかだ……。

大阪・関空から飛行機で4時間、マニラからバスで5時間、バギオからジープで6時間かけてマウンテンプロビンス州バウコ町へ

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さて、ワークショップが始まった。
参加者が少ないというか、揃ってない。でもそれは想定内。「だるまさんがころんだ」で遊びながら遅刻者を待ちます。
ある程度揃ったところで、まずはお互いを知りあうことからと自己紹介メニュー。「他己紹介」に「尻字」もしました。
午後にはチーム分けして、バウコ町の自然を切り取ったタブローを発表してもらう。これも参加者を知るためのお試しワーク。
「表現の要素」なんて講義もしつつ、初日終了。
皆さま、大人であり先生であられるので、大変お行儀よくワークに参加してくださる。
しかし弾けないのも事実。
初日を終えてのコメントも、皆「楽しかった」「勉強になる」といったありきたりコメント。

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二日目はフィリピン側のファシリテーター、リネットさん&ケネットさんコンビが主導してくれる。
環境についての講義と、学んだことを短い劇にして発表。
三日目は、記憶にアプローチするワークや、仮面をつけての表現トレーニングの体験など。
どのワークも無難にこなしていきます。
しかしながら、3日間のワークで「超」盛り上がるという場面もないのが事実。
盛り上がるのは、何らかの発表をやるとき。

それならばと残り二日は方向転換。
二日間で15分から20分の劇を作っちゃおう。
本番と同じくらいの長さの作品を作ってみちゃおうってしました。
全体を2つのグループに分け作品を製作します。
基本的には、参加者の自作ながら、ファシリテーター陣もグループの中に入り積極的にアドバイス。
私も輪に入り、皆を質問攻めにします。
ストーリー作りで、皆々好き勝手やりたいこと言うのでまとまらないって?
「どんな意見が出てる?」「あなたの意見は?」「具体的に言うと?」
私の質問に答えているうちに、あれれ? 勝手に話がまとまっていきました。
そうなんです。
「それじゃなくてー」なんて人の意見を批評していたら話は進まない。
でも「こうしたい」ということを明確化していくと意外とまとまるものなんです。
稽古は盛り上がり、最終的には両グループ30分近い大作?を発表してくれました。

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即興劇のトレーニングなどにも時間を割き、一応演劇へのアプローチや、表現の基礎知識など予定していたワークはこなしました。
どのワークにも先生方積極的に参加してくださり、優等生なワークショプができました。
あとは演劇の本質に迫れたかどうか?
環境を題材にした演劇が教育となり得るよう、心に響くワークができていたか? 伝わっていたか? 持ち帰ってもらえるか?

最終日の最後のワーク、「全体を振り返っての評価・共有」は、私にその答えをくれました。
その日の先生方のコメントは、ありきたりではなく個性にあふれたものでした。

「体はヘトヘトです。でもなんだか気持ちいい。」ジョエイ先生
「今まで演劇なるものの機会は避けて生きてきたが、今は私たちの町についての作品を早く作ってみたいと思っている。」リザ先生
「今までセミナーというのはウトウトしにいくものだったけど、今回は違って楽しい時間だった。一度も眠くなることはなかった。」ジュディー先生
「私の生徒たちにも、ダルマサンガやカッコーをやらせるのが楽しみです。」エイシー先生
「カンキョー・ホゼン・カツドー」ローデス先生
「私に環境演劇が作れるのか? イエス! 演劇にはNo は無い。」エリザベス先生

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ワークショップのその他の写真はこのWEBアルバムにあります。


●5年前の吉田さんのCGNの活動についての記事。

●吉田智久さんのプロフィール(5年前のデータです)




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by cordillera-green | 2015-11-09 11:14 | 環境教育