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WE21コーヒーの森プロジェクトの参加者①

 コーヒーの森事業の1年目ではコロス集落の10名の住民が参加し、それぞれの土地をアグロフォレストリーのモデル農場と提供してもらっています。これら10名の人たちに、事業担当のフォレスター、リリー・ハミアスがインタビューしました。インタビューを終えたリリーの感想は
「とてもバギオからわずか1時間のところにある集落とは思えません。ほとんど高等教育を受けた人がおらず、子供の死亡率が大変高い。町への交通手段のジプニーも1日1本しかなく交流も少なく、まるで、山奥深い集落のような状況です。人々も閉鎖的で、外の集落の人との交流もたいへん限られており、よそ者に対する警戒心も強く、新しいいことに対しても消極的」
事業開始時にツブライ町の町役場の方に
「コロスで事業を始めるのですか? あそこはなかなか大変だと思いますよ」
と忠告を受けましたが、
「事業を進めていくうちに、その言葉の意味が理解できました」。

そんな閉鎖的な集落が台風で大被害を受け、多くの家が流され、このコーヒーの森事業だけでなく、自治体や教会団体の再定住事業など、住民を災害から守り、暮らしを改善させるための事業がいくつかスタートしました。当初は、住民の方々も、外から突然やってきた人と情報に戸惑い気味。リリーも住民の方たちとのコミュニケーションにかなり苦労していました。
 しかし、事業開始から1年。リリーをはじめ事業にかかわるCGNスタッフやボランティアの熱意に満ちた活動で、今では村の人の信頼も厚く、事業参加への姿勢も大変前向きなものになりました。
 私が、1年目最後の講習会に参加した時も、参加者の熱心な姿に驚きました。1年前とは大きな違いです。

 このブログではリリーのインタビューによって作った事業参加者のプロフィールを何回かに分けて紹介していきます。、海の向こう日本で事業をサポートしてくださっている方にも、パートナー一人一人の顔や暮らしが見えて、きっと面白いと思います。彼らが抱える問題、なぜコロスが、近隣の集落に比べて遅れているのかも、このインタビューでおのずと見えてくることでしょう。
 一人目に紹介するのは、唯一コロス集落でコーヒーを以前から育てていて収穫もあるダミロさん夫婦。この事業でも、自分たちのコーヒー栽培の経験をもとに、コーヒー栽培の暮らし向上に貢献する可能性を説き、事業のリーダーとして引っ張ってくれています。

 インタビューはWE21ジャパンのボランティアの方が翻訳してくださり、WE21ジャパン発行の「コーヒーの森だより」にも掲載されています。


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①マリオ・ダミロ&フェリー・ダミロ
Mario and Feliza Damilo

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 トゥブライ郡のコロスで生まれたマリオさん(71 歳)は、イフガオのキアンガンから来たフェリーさん(56 歳)と1980 年11 月18 日に結婚しました。彼らは3 人の子どもを授かり、そのうち2人はまだ独身で働いており、1人は結婚しました。 子どもたちは高校までを終えましたが、父親の高齢のため、彼らを高等教育に送る余裕はありませんでした。
 マリオさんは1964~1971 年までの7 年間、選挙委員会の事務員として働き、また同時期にトゥブライ郡アコップの農業協同組合のマネージャーとしても働いていました。1969 年と1971 年に、彼はラ・トリニダード(選挙委員会)の事務員と農業協同組合のマネージャーを辞職して、全国鉱山労働組合のもと、サントニーニョ鉱山に入りました。彼は3 年間、組合の代表を、4 年間、理事を務めました。組合は労働者の退職手当てに関して支援することをめざしており、また、会社に対する問題を鉱山労働者が解決するのを支援します。 彼らはまた、緊急に必要な場合に労働者が得られる権利と利益について労働者を支援することもしています。 代表を務めた後、彼は監督として鉱山部に入りましたが、会社がすぐ閉鎖したので1 年間だけしか務めませんでした。会社閉鎖の後の1982 年以来、彼は農家と同時にビジネスマンとして働いています。 彼は豆、スイートピーなどを1 年間交互に植えて、同時に、融資により8 年間だけ続く米の売買の管理を行います。

 奥さんのフェリー・ダミロさんの本業はソーシャル・ワーカーです。学業を終えて、夫のマリオに出会って以来ずっと、コロスで働いていました。 1982 年から現在まで、自治体からの給与により、アンバサダー村の担当者として、彼女はデイケアセンターの子どもたちを教えています。ソーシャル・ワーカーとして働くとともに、彼女はバディアティング・バギティク多目的協同組合の女性議長として2005~2007 年の3 年間、働いていました。 議長の任期後、彼女は2007 年から2009 年のあいだ役員になりました。そして現在まで、融資委員会に入っています。
 1989 年以降、夫婦はコーヒーを植え始めました。 彼らの裏庭には彼らの両親が何年も前に植えたコーヒーがあり、2人はそれらの老いたコーヒーの木に栄養を与え、さらにコーヒーのための土地を拡張しました。 彼らは現在、既に3,000 本のコーヒーの木を持っており、市場での販売も始めています。
 以前、コーヒーは1キロ80~120 ペソで売買されていましたが、コーディリエラ・コーヒー(アラビカ・コーヒー)は需要がでてきたために、欠陥豆の混入が少ないものは値段が150~180 ペソに引き上げられ、A グレードのコーヒーであれば200 ペソで売買されます。この家族は、1 年間で150 キロの欠陥豆の少ないコーヒーを収穫しています。 これは現在までダミロさんが維持している家族の生計手段の1 つです。 彼らにはまだ使用していない広い土地があるので、コーヒーを植える土地をさらに広げたいと思っています。

提案されたコーヒー農園の所在地:
コロス集落バディアティング
土地面積 (㎡): 5,000 ㎡
土地の植生: アルヌス、ベンゲット松、ハト豆


②ネネタ・ペラルタ
Neneta Peralta


彼女は53 歳で、独身です。離婚した兄の子どもたち4 人を養っています。子どもたちの母親は再婚し、夫のもとにまだ2 歳の子どもや小学生の子どもたちを置い、去っていきました。現在、子どもたちのうちの3 人は中学校に通い、1 人は小学校に通っています。ネネタさんの兄は仕事を探すために遠くに行くので、子どもたちのもとを離れなければならなくなりました。そのため、ネネタさんが母親代わりに子どもたちの面倒を見ることになったのです。
 兄が子どもたちのために働きに出ている間、彼女はその子どもたちを養う責任があります。兄が子どもたちへお金や食べ物を送れなかったときには、兄の代わりに彼女がそれをするのです。
 彼女は焼畑農家で、サツマイモとハト豆とカボチャとカッサバなどを自分の家庭で食べるために植えていますが、余ったら集落のなかで売ります。また、裕福な農家の農地での仕事があれば、そこで働きます。
 彼女はすでに植えてある100 本のコーヒー苗を持っていますが、より多くのコーヒーの苗木を植えたいと思っています。 維持のための作業を少なくして、ひんぱんにコーヒー農園に行けるようにするために、彼女は焼畑農場でコーヒーをまとめて栽培するつもりです。

提案されたコーヒー農園の所在地:
土地面積 (㎡): 5,000 ㎡
土地の植物: サツマイモ、カッサバ、ハト豆、アルヌス
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by cordillera-green | 2011-10-01 12:02 | 植林/アグロフォレストリー