Cordillera Green Network ブログ

cordillera.exblog.jp
ブログトップ

CGNがシェア&ゲストハウスtalaを始めたワケ

「コーディリエラ・グリーン・ネットワーク」(CGN)は、バギオ市内の観光エリアに、おもに保養のための母子での滞在者、スタディツアー参加の学生などのための、短・中期滞在者向けのシェア&ゲストハウスを2月22日にオープンしました。日本の子供たちと母親の休養と学びの場、日比の相互理解を深める国際交流の場として機能するだけでなく、コーディリエラ先住民族の生活向上と環境保全につながるエコツアーの拠点としての役割を担っていくことを目指します。

シェア&ゲストハウスtalaの概要についてはこちら

Facebookのページはこちら


b0128901_14122828.jpg

なぜ、親子で泊まれるゲストハウス?

●不安をぬぐえない日本の放射能汚染の現状と今後

 2011年の3月11日の東日本大震災から早くも2年が経とうとしています。多くの被災者の人たちが新しい生活のスタートを切った一方で、まだまだ復興への道の厳しさがニュースなどでは報じられています。日本中を震撼させた福島第一原発の事故からも2年。当初取りざたされた放射能汚染をめぐるニュースも新聞の一面を騒がすことがなくなり、一般の人々の意識からは薄れつつあるかのように思われます。しかし、事故の完全終息にはとてつもない時間とお金と労力がかかり、そのめども立っていないのが現状であり、その間に放射能が排出され続けていることなどはインターネットを通して誰もが知り得る情報です。また、空気中の汚染だけでなく、食べ物を通しての内部被ばくの危険があることも広く知られるところです。
 さらに、誰もがもう一度大きな地震が起きた時に福島第一原発がどうなるか、また、日本各地にある54の原発で同じようなことが起きるのではないかと、心のどこかで不安を抱えて生きざるを得ない状況と言えるでしょう。

●不安を抱える日本の母親たちの不安

 なかでも、小さな子供を抱える母親たちの不安は大きいものがあります。放射能の影響をもっとも大きく受けるのが赤ちゃんや幼い子供たちと言われているからです。もっとも放射線量の高い福島の子供たちを政府が移住させるべきだという声が上がっていますが、いまだ日本政府は対策を講じようとはしていません。民間のNPO、市民団体、企業などが福島の子どもたちを救おうと様々な形でのサポートをしていますが、もちろん十分とは言えません。
 不安を抱えているのは福島の家族だけではありません。風向きなどによって高い線量が観測されることもある東日本の家族、汚染された食べ物の流通や瓦礫焼却による内部被ばくを心配する全国の子供のいる家庭と、すべての子供のいる家庭にとって放射能による子どもたちへの健康被害は他人事ではなくなっています。


●少子化が一向に止まらない日本と母親たちの置かれた子育ての状況

少子化が問題とされて久しいですが、この現象に歯止めはかかっておらず、2009年のデータで出生率は1.37。政府は様々な策を講じているよですが、少子化の傾向に歯止めはかかっていません。 最近の、ジェンダーギャップ(経済、政治、学力、健康)の発表(http://memorva.jp/ranking/world/wef_global_gender_gap_report_2012.php)
によると、先進国であるはずの日本は世界135か国中なんと101位だそうです。政府からのサポートもまだまだ充分でなく、社会からの理解も低い日本の母親たちの子育てを巡る状況は、大変厳しいものと言ってもいいでしょう。女性たちが子供を産み、育てるという人間として当たり前の営みを、心から楽しめる環境がなかなか日本では持てないのが現状です。
日本では子育てと仕事の両立がいまだ難しく、子育てはすべて母親の役割という家庭がほとんどです。核家族が多い日本では、祖父母などの子育ての手伝いの手も少なく、特に子供が小さいうちは母親は子育てと家事だけで精一杯の生活を送らざるを得ないのが現状です。子育てが一段落して社会復帰をしたくとも、子育て期間にまったく仕事をしていなかったため母親自身が不安になるだけでなく、社会も働く母親を受け入れる体制が整っているとはとても言えません。


なぜフィリピン・バギオなの?

●子育て天国・フィリピン

 上記のジェンダーギャップに関する調査で、フィリピンは北欧製などに続き8位にあります。わざわざ女性であるということが取りざたされることなく、普通に女性が大統領の地位にある国がフィリピンです。一般社会においても言わずもがな。地方自治体の長、会社の社長、役所の長が女性なのは当たり前です。しかも、フィリピンは世界に名だたる子だくさんな国でもあります。2010年の出生率のデータで3.14人。政府は人口抑制に懸命ですが、アジアの中でも高い出生率を保っています。理由のひとつはカソリック教徒が多く出生コントロールや中絶が禁じられていることもありますが、出産が女性にとって当たり前という社会通念があり休暇後の社会復帰もごく当然のことであり、仕事のためキャリアのために出産をためらう女性などフィリピンではありえません。フィリピン社会は失業率も高く、子育てを手伝う人手に困らないことなどもあると思います。それほど裕福でない家庭でも、ベビーシッターを雇うのは一般です。驚くような安い賃金で、学歴はないかもしれませんが、赤ちゃんのあやしかたや、子供の育て方には天才的な素晴らしいベビーシッターを雇うことができます。

●知られざる保養候補地・フィリピンの軽井沢バギオ市

 フィリピンというと、マニラの暑さと喧騒、外国人を巻き込む事件の絶えない危険な国というイメージが付きまといます。セブ島をはじめとする南の島には、ダイビングを楽しむ人にとっては楽園リゾートして知られていますが、ルソン島北部の豊かな自然、世界文化遺産のイフガオ州の棚田をはじめとする独特の伝統文化を保持するコーディリエラ山岳地方についてはほとんど知られていません。山岳地方の中心・バギオ市は標高1500メートルに位置し、もともとイバロイ族が暮らす小さな村をアメリカ人の保養地として開発した美しい町です。
 バギオ市はおよそ、日本の人が抱くフィリピンのイメージとは違い、松林に囲まれた坂道の町で、人口は約30万人。たくさんの大学がある文教都市でもあります。年間の気温は約22度。7-9月の雨期の雨量多さが悩みの種ですが、年間を通して春や秋のようなおだやかな気候です。海までも車で1時間余と近く、野菜の一大産地でもあり、新鮮な魚や野菜も簡単に手に入ります。
 また、芸術の町としても知られ、私設美術館としてはフィリピンいちであろう「ベンカブ美術館」をはじめ、小さな文化施設も数多くあります。環境保全に関する意識も大変高く、CGNをはじめ様々な分野で環境保全のために活動するNGOや市民グループも多くあり、地元産の有機栽培の野菜を手に入れることも容易です。さらに、マニラに比べると治安が格段に良いこともバギオのよいところとして挙げられます。

 
b0128901_15335228.jpg

バギオで学べることって何? なぜゲストハウスで英語教育?

●英語学習にうってつけのバギオ

 バギオ市の魅力は近年、日本の人にも徐々に知られるようになり、マニラやセブ島がメッカだった日本人経営の英語学校の進出も始まっており、大学を休学して英語を学ぶ学生、一度就職したものの退職しステップアップを目指して英語を学ぶに来る若者などが急激に増えています。
 もともとアメリカ人の保養地として開発されたバギオ市は、今も外国人の居住者が多く、また一大観光地でホテルやレストランなどの観光施設も多く、一般市民でも英語を話します。フィリピンでももっとも英語が通じる町、英語のレベルの高い町がバギオと言われいます。
 日本経済の低迷は長きに及び、就職率の低下も深刻な問題です。英語を間学ぶ学生たちの中にも、一向に景気の回復しない日本ではなく好景気で成長著しいアジアをはじめとする海外で就職の視野に入れ、そのための英語修得を目的としている人が多くなっています。アジアでもっとも英語が通じる国はフィリピンです。


●子供たちの英語の早期教育
 
  日本の将来を考えたときに、国際化が進む中で英語はもはや必須と言えるでしょう。ようやく小学校における英語教育が始まった日本ですが、幼少期から日常生活の中で英語に触れることは、使える英語の習得に大きな助けになるでしょう。また、国際都市・バギオ市でフィリピン人はもちろん、韓国人、アメリカ人、そのほかの国籍の人々に出会うこと、また同じフィリピン人でもさまざまな言語を話す民族に出会うことは、世界の人々の多様性を体感するたいへんいい機会になると思います。

●母親たちと年配者のための英語学習

英語を学びたいのは、就職に役立てたいと思う大学生や転職希望者だけではありません。退職した年配者、子育てに追われる母親たちも同じです。バギオを含むフィリピンの韓国人向け・日本人向けのの英語学校のほとんどはステイ・イン。学校に住み込んで、学食でほかの学生と決まった食事をとり、校内の相部屋、あるいは個室で寝泊まりし、平日は外出禁止というシステムです。子供連れの滞在はできませんし、年配者には若い世代と同じ食事、共同生活に厳しさを感じる人も少なくありません。そういう方たちに、家庭教師という形で、時給制での英語学習をおすすめします。

●英語以外にも学べること

 また、バギオ市から北上したコーディリエラ山岳地方は、第二次世界大戦で最後の激戦地となった地域でたくさんの日本兵が亡くなった場所でもあり、戦後68年がたち戦争の記憶が人々の中で薄れていく中で、二度と戦争を起こさないための検証をする場としても、たくさんの碑や語り継がれたストーリーの残されている地でもあります。特に若い世代には、コーディリエラ地方のそういった歴史を学ぶ機会を持ってほしいと思います。
 他にも、アートの町・バギオならではのアート教室、演劇などを学ぶ機会もあります。
また、環境NGO「コーディリエラ・グリーン・ネットワーク」ならではのプログラムとして、植林、有機農業体験なども可能です。


なぜ、国際交流の場?


●英語だけを学んで帰国する日本の留学生たち。

 バギオの日本人の語学留学生の数はうなぎ上りですが、ステイ・イン制の英語学校では平日の外出が禁じられているところが多く、多くの日本人学生が週末に町中の大型ショッピング・モールSMでに日用必需品の買い出しにいくのが唯一の外出という人が多いようです。せっかくバギオまで足を延ばして英語を学び、数カ月の滞在をしながら、一般のフィリピン人の生活に触れ合う機会もなく、少し足を延ばせば体験できる豊かな自然や文化に触れうこともなく、また、第二次世界大戦の負の歴史の生の傷跡を感じ、平和への希求の気持ちを抱く機会もなく数か月のバギオ滞在を終えて帰国していってしまいます。

●歴史ある日比間の市民レベルの国際交流

 フィリピンは市民運動、NGO活動が盛んな国として古くから知られ、日系のNGOがおもにマニラの貧困地域などで数多く活躍している国です。1965年に開始されたJICA(国際協力事業団)の青年海外協力隊事業における今までの派遣隊員数ではフィリピンはアフリカのマラウィに次いで2位。今までに1512名の青年たちが様々な地域分野で草の根の援助と交流を図ってきたという実績があります。(http://ph.isajijournal.com/general-economics-statistics/11840-jica.html)
フィリピンには常にゴミの山、保険金殺人、セックス・ツアー、フィリピン・パブなどのマイナス・イメージが付きまとう一方で、市民レベルでの草の根の交流は古くからはかられ、双方の文化や価値観に関する理解は浸透しており、日本人にとってはたいへん暮らしやすい国と言えます。

b0128901_15291768.jpg

[PR]
by cordillera-green | 2013-03-03 15:40 | シェア&ゲストハウス tala