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「演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ」 ③-演劇ファシリテイタ―・花崎攝さんの視点から

 イフガオの7つの郡(町)から集まった約20名の先生たちとの5日間の聞き書き&演劇ワークショップ。合宿形式で、最終日には移動して、発表会も行うというかなりのハードスケジュール。もともと有能でエネルギッシュな先生たちだったから、夜の時間も使って、なんとか発表に漕ぎ着けたものの、日程的にも内容的にも相当の荒技だった。みなさん、本当におつかれさまでした!

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聞き書きを軸とする演劇ワークショップ

 参加者は音楽や体育担当などの先生も多かったが、中には数学担当で演劇はまったく初めてという人もいた。地元の伝統的な歌や踊り、また地域の歴史などを題材にした様式的な身体表現を中心とする演劇にはみなさん馴染みがある。実際に参加経験あり、さらには指導経験ありの先生もいたが、聞き書きを軸にした演劇を作るのはみんな初めてだった。演劇ワークショップと聞いて、感情表現や身体表現の技術を学べるのかな、というつもりで参加した方も多かったようだ。

 ところが、シアターゲームやエクササイズもおこなうものの、農業をテーマに地元の人にインタビューして聞き書きのテキストを起こすなどするうちに、ちょっと違うぞと戸惑った先生たちもいたようだ。インタビューや聞き書きについては、1日目にCGNインターンのマキさん(青年海外協力隊経験者)や文化人類学の研究をしている日丸さんがCGNインターンのケイくんと紹介してくれたが、聞き書きを演劇作りにつなげることについての説明はしていなかった。冒頭いろいろな人の開会の挨拶があり、これ以上話が続かない方が全体の流れとしていいなと思ったし、はじめに説明しても伝わらなかったかもしれないが、全体像を伝えていなかったのは申し訳なかった。だいぶ後半になってしまったが、聞き書きを起こして演劇の構成を始める段階で、かいつまんで説明した。すると趣旨を理解して、先生たちはますます熱心に取り組んでくれた。

 伝えたのは、今回の演劇ワークショップは高校生たちと行なうことを想定している教育演劇であること、特定の演出家や劇作家はおかず共同制作で作ること、プロセスを大切にすること、農業に関する地元の人たちへのインタビュー(リサーチ)を聞き書きに起こして演劇の軸とすること、また鑑賞のための演劇というだけでなく、むしろ観客とテーマについて語り合い対話することを目的にしていることなどだ。なぜ、聞き書きなのかというあたりの説明が、現場ではちょっと足りなかったかもしれない。インタビューを安易に書き変えたり、聞き手の言葉に置き換えるのではなく、聞き書きを起こすことで、インタビューに応えてくれた地元の人の言葉に寄り添って、その人の言葉や思いに理解を深めること。その上で、編集、構成して、市井に生きる人たちの声や生活の感触、生きる術や知恵を、立ち会ってくれる人(観客)に演劇という形式で伝えたいからだ。

 複数の人の聞き書きをベースにするということは、一人の主人公の物語として演劇が進行するわけではないし、時空間も行ったり来たりする場合がある。いわゆる現代演劇では抵抗感なく行われることも、現代演劇に馴染みがなければ戸惑いも生じる。聞き書きを構成し、場面を形作る過程で、語りに登場する過去の話に場面が移行して、また聞き書きの語りに戻り、さらに別の現在の話が差し挟まれたりすることがある。そういう時に、どうやって時空を移行させるか悩むグループもあった。しかし、アドバイスをもとに動きながら作っていくうちに、次第に、適切な構成や言葉の選び方と、動きの挿入やタイミングの作り方によって、シンプルに伝えることができる方法があるのだと納得できたようだ。

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多言語が飛び交う現場と地元スタッフ

 参加者は日常言語としてトゥワリ、あるいはアヤガンを使用している。アヤンガンを使用している人々はトゥワリを理解できる。しかし、トゥワリ使用者の中にはアヤンガンを理解できない人もいる。他にフィリピンの公用語であるタガログ語やルソン北部で共通語として使われているイロカノ語、そしてワークショップの進行言語は英語。発表もトゥワリとアヤンガンのチャンポンだった。多言語が飛び交っているのだ。

 上記全ての言語ができる人が通訳してくれるとはいえ、正直細部まで、言葉のニュアンスまでは理解できない。そこは現地スタッフを頼りに、全体の流れを優先して、細部まではこだわらずに進行した。発表のビデオから文字起こしをして、さらに翻訳してもらう予定なので、間も無く細部が明らかになるはずだ。

 なんだか無責任なようだが、それが成り立つのは、グループに参加して一緒に作ってくれたジュニア・ファシリテーターの存在あってのことだ。もう6年越しの付き合いになるケビンを始め、ベテランのレマール、聞き書きを軸に演劇を作ったことのあるフェイス、ジェトロビン、地元でリサーチを続けるジェリカ、そしてヘイソン。信頼に値する強力な地元スタッフがいるからこそ、それが成り立つのだ。CGNの長年にわたる環境教育のなかで、確実に人材が育ってきていることを、今回ありありと実感することができた。

 それだから、私は大きな流れを掴んで、参加者のようすをよく見ていれば概ね大丈夫、と思うことができた。あとは、教育省で発表する予定だったので、全体の構成の提案が必要だった。参加者はグループごとの作業に忙しく、全体についてまで考える余裕はなかったからだ。もとより、時間が足りないのは明白なので、特に後半かなりギリギリの作業になり、ジュニア・ファシリテーターのみんなや参加者に無理をお願いすることも多かったが、ジュニア・ファシリテーター主導で、発表に至るプロセス(場当たりと呼ばれる全体の流れや演者の位置関係の確認、当日の舞台の設営含め)を駆け足ながら全てこなすことができた。力をつけて、その力を十二分に発揮してくれたジュニア・ファシリテーターのみんなに敬意を表するとともに大感謝!!!

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イフガオは揺れていた

 素晴らしい棚田の景観を誇るイフガオ。世界農業遺産地域にも指定されているが、農業について語られたのは複雑な現状だった。わずか5日間のワークショップであり、現状の一端が垣間見られたにすぎない。詳細は別の機会に譲るが、労働力不足、ことに若年層の農業離れ、また農業とともにある農耕儀礼とコミュニティの存続の問題、さらにはグローバリズムの浸透に伴う近代農法の導入と収益増加の問題、生態系に関わる環境問題等が浮かび上がってきた。

 はじめに先生たちの口から語られたのは、皮肉なことに、安定した収入が得られる農業以外の専門職につけるようにと、農家でも、子どもたちを学校に送り出してきたということだった。学校教育を受ける目標の一つが、農業からの脱却にあったというのだ。参加した先生たちの中にも、そう言われて育ってきた人がいた。

 一方、近年、イフガオでは先住民の言語や文化を守り受け継ぐために、農業を軸とする先住民文化が小学校でも教えられるようになっている。教科書も作られつつあり、その動きには目をみはるものがある。地域に根ざした固有の文化に価値を置き、その継承が絶えることのないように教育省をあげて取り組もうとしているのだ。

 しかし、同じ地域のイフガオ国立大学の農学部では収益重視の農薬等を使用する近代的な農法が教えられているという。貨幣経済の浸透、さらにグローバリズムに対応して農家としての存続をはかるには、収益を上げることを考えざるをえないという論理だろう。また、インタビューした農学部の学生たちは、個人差もあるが、これまで農業と切っても切れない関係にあった農耕儀礼についての経験や知識は必ずしも高くないようだった。

 世界遺産に登録されたことで、その見事な景観を目当てに、世界中から観光客も訪れるようになっているが、観光で得られる恩恵に浴しているのは一部の人に偏っているという。ゴミなどの環境問題も起こっているが、ゴミに対する意識はむしろ西欧人や日本人の方が高い場合があり、地元の人が意識を向上させてほしいという観光ガイドの話もあった。

 イフガオは揺れている。伝統的な農法を守っている人がおり、稲の固有種も残っている。世界遺産の棚田で取れる米としてブランド化して、より高価格で市場に出すことによって生き残りをはかる動きもある。他方で、農薬の使用や機械化も始まっている。労働力の不足を補い、収益を上げるためだ。ところが、地元の人が、これまでずっと食べてきた地元産の米ではなく、米屋でより安い米を買うという矛盾した事態も生じているという。棚田を支える豊かな水を湛えた灌漑施設は健在だが、一部はコンクリートで固められている。石積みの伝統技術の継承に影響が出るかもしれないが、畦道は歩きやすくなり、修復の手間も減ったに違いない。その是非は単純ではない。現金収入の得やすい野菜への転作、宅地への転売の例もあるようだ。重労働であるというだけでなく、陽に焼けることを気にして農作業を厭う若い世代が多く、英語教育を受けて海外への出稼ぎに出かける人も多い。

 中年以上の先生方やインタビューさせてもらった人たちからは、農業は「way of life」そのものだ、という言葉が何ども語られた。単なる産業や収入源ではなく、農耕儀礼と結びついた固有の文化やコミュニティのあり方と深く結びついた生活そのものだといった意味合いだと思う。先生たちも賛同しながら、でもどうやって若い世代を説得できるのか、名案はないといった風情だった。テレビ、携帯、インターネット、…山深いイフガオでも環境が激変し、グローバリズムの影響から逃れようのない状況だ。日本では、食料自給率が下がり続けるなど、どん詰まりまで一周回った感があって、最近では農業に新たな可能性を見出す若い世代も現れているが、これからのことを思っても決して他人事ではない。


さあ、これからが楽しみ!

 今後、参加者が各学校に帰って、農業に関わるリサーチを行い、聞き書きにまとめて、そこから演劇を立ちあげて発表するには、今回のワークショップで必ずしも十分なことが伝えられたとは言えない。プロセスをかなり端折らざるをえず、経験あるジュニア・ファシリテーターが各グループに入って作業し、過去に何らかの演劇経験を持つ先生がおられたので何とか成立したものの、本来はもう少し時間をとって丁寧にプロセスを辿ることが望ましい。けれども、先生たちは聞き書きを軸とする演劇作りに大きな関心を持ってくださり、テーマである農業の重要性を誰よりも理解しておられる。ちょっと無謀なお願いであるような気もしつつ、演劇作りに正解はないので、彼らなりにどんな発表作品を作ってくださるのか、そこからどんな声が聞こえてくるのか、どういう対話が生まれるのか、今からとても楽しみだ。


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事業期間:20184月~20193

事業地:フィリピン共和国イフガオ州棚田の村々

事業実施団体:

コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN

人間文化機構 総合地球環境学研究所

助成:国際交流基金アジアセンター アジア・文化創造協働助成/ トヨタ財団 国際助成


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by cordillera-green | 2018-05-25 15:31