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2019年 07月 29日

演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ モノローグ⑦(ラガウェ国立高校エクステンション)

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イフガオ州でこのプロジェクトを始めようとしたときに、イフガオ州の教育省との打ち合わせをし、協力を得ることがまず第一ステップでした。イフガオ州の州都ラガウェ町には立派な教育省の建物があるのですが、なんと休日なしで、だれでも入れるオープンなスペースになっています。朝10時と午後3時には、軽快な音楽がスピーカーから流れ、職員たちはそれに合わせておしりを振ってダンスをすることになっているそうです。

ああ、なんて明るい教育省! 働いている人のほとんどが女性で、イフガオの手織り布で仕立てた鮮やかな制服を誇らしげに身に着け、意気揚々と働いていました。


その敷地の一角に、先住民族教育センターというのがあって、イフガオ独自の伝統文化を取り入れた教育教材の制作とモジュールづくりをしています。

なんと教科書の対象は幼稚園向けから小学校6年生までで、学年ごとにレベルに合わせて作られています。別冊で楽譜付きのイフガオの伝統の歌の本まであります。

制作スタッフは、すでに退職したイフガオ州の元教員たち。骨身を惜しまず、この小さな先住民族センターに集まっては、教科書のドラフトに相談を繰り返しながら赤字を入れていました。さすが、多様性の国、フィリピンです。先住民族や民族語教育を教育に取り入れようという動きは以前からありましたが、州の教育省を上げてここまでやっているのはきっとイフガオだけではないでしょうか?


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私たちのこの演劇プロジェクトのテーマは「楽しい農業」なのです、と話したら、それはもうイフガオ州教育省が推し進めている先住民教育とぴったり合致するということで、イフガオ州教育省は強力なるサポートを約束してくれました。で、当初の予定は一つか二つか多くても3つの学校を対象にしようと思っていたのですが、イフガオ教育省は、もっと対象校を増やしてくれと言います。


イフガオの棚田といえば、まずはバナウエをだれもが思い浮かべます。ユネスコの世界遺産として有名ですから。でも世界遺産の棚田があるのは実はバナウェだけではないのです。キアンガン、マヨヤオ、そしてフンドアン。この4つの町の一部の棚田が世界遺産になっています。一方、このプロジェクトは農業に焦点を絞った「世界農業遺産」の指定地を対象にしています。国連の食糧農業機関(Agriculture Organization of the United Nations (FAO)) が指定する世界農業遺産では、イフガオ州全域の棚田がその対象です。


教育省の熱心なおばさま方は言います

「なんで、なにもかもユネスコ世界遺産の地域だけなの? 不公平でしょう? ここラガウエにだって棚田はあるのよ! 農家の苦労はおんなじよ!」

おっしゃる通りです。そして、教育はだれにでも公平に行き渡るべきです!

というわけで、プロジェクト対象の高校は、普段はあまり脚光を浴びていない(棚田狙いのお客さんが訪れない、ユネスコの棚田景観を守るための事業地でない)、山の中の交通の便の悪い学校、分校、新設校などになったわけです。


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このラガウェ国立高校も、バナウエに向かうクドックCudogという地域に新しくできた高校です。

今回の参加校の中ではいちばん町に近い学校といえるでしょう。

先生もいまのところ寄せ集め的な感じもしなくもない。この学校からは3人も個性的な先生が参加してくれましたが、3人3様でした。ジョナリン先生はヌエバビスカヤ州出身でイフガオの人と結婚して引っ越してきましたが、伝統文化にはまだあまり詳しくありません。イフガオの言葉もわからない。デニス先生はアシプロというキアンガンのお隣にあるカラングーヤ語を話す地域の出身で民族芸能の継承にも熱心。一番若い新米先生のケニーも育ったのはマニラで、あまりイフガオの文化に関心がないみたい。


そんな3人のでこぼこ教員チームは、きっと明らかに生徒たちのパワーに気圧されながら演劇制作をしたのだと思います。

古い農業サイクルの話は聞き書き取材はしたものの、なにひとつ見たことないのがラガウエの町の生徒たちです。

ラガウエの生徒にとっては、ほかの地域に鉱山開発で出稼ぎに行ったり、マニラや海外に働きに行ったりというのがとても身近かなところにあるのだろうなと感じました。また、たぶん山奥ではいまだタブーである「土地を手放す(売る)」という選択が、この辺りでは当たり前になってきているのを感じました。稲作に関しても、商業米の品種が広がり、機械化もかなり進んでいます。若者たちの農業離れも著しいことでしょう。

これからのイフガオの若者たちが解決していかなくてはいけない問題が、ラガウエの生徒達の演劇にはいろいろ盛り込まれていて、もっと深く掘り下げる機会を持ちたいと思いました。どっぷりイフガオではないこの3人の連係プレーだからできた演劇制作だったと思います。





ベン・バリノン

Ben Balinon

私はベン、92歳です。5人兄弟の家族でした。私の父は、伝統にならって家の土地を長男に受け渡しました。生きていくことがとても困難だったため、私は新しい職と土地見つけるために別の場所に移り住みました。下の兄弟たちを支えるために、鉱夫として働きました。その後、故郷に帰ることとし、妻と出会い、家族を持つことにしました。私たちは8人の子どもを授かりましたが、残念なことに、神様はそのうちの2人をお連れになりました。


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アニータ・カプヨ

Anita Capuyo

 私は80歳のアニータ・カプヨです。ジョージという夫がいます。私は四番目の子供です。私たちは小さな田んぼを持っていましたが、父が2番目の子供に譲り、彼は土地を売ってしまいました。田んぼでの作業に、私はすでに多くの問題を感じていました。水不足、鳥やミミズ、そしてネズミによる被害などです。なので、 私は農薬、殺虫剤、除草剤を利用していました。


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ジュリアン・マグリブ

Julian Manglib

私は72歳のジュリアンです。教師を定年退職しました。私の妻はエミリア・マングリブといいます。私たちの年代のものが、田んぼ仕事をしていた時代にはこんなプロセスを踏んで農作業は行われていたものです。

 

1.カヒリムンKahi-Limun
収穫後2ヶ月以上たち、あるいは田んぼの稲わらが枯れ腐っきたら、男性はボロ(なた)、ガウドゥと呼ばれる鋤、デュロンを使用して代かきをする。

 

2.カヒホプナクKahihopnak
農民たちは田んぼの一角を整備し、泥で囲み、泥を平らに整えます。これをホプナカンといいます。

 

3.カヒロバ/カヒルポンKahiloba/kahilupong

女性たちのグループ「ムンーウブmun-uubu」が、こちらの田んぼ、あちらの田んぼと回り、あぜ道(バノンbanong)を整えます。使う道具は、バランヤbalangya’, “オタックotak” そして “ダハグdahagの3つです。ほかの者たちは「ロバloba」よ呼ばれる棚田の壁を手直しし、その傍ら、雑草や薬草、、その他の田んぼに入れて堆肥になるような柔らかい植物を刈ります。

 

4.カヒバノンKahibanong

ヒノンナクhinopnakと呼ばれる苗がが育つの待つ間、農家は田んぼの泥を繰り返し鋤で掘り起こし土を柔らかく,もっとどろどろにします。さらに、それを田んぼの崩れているところに置き修復します。

5.カヒボジェKahiboge
このシーズンになると、優しくヒノンナクhinopnakについた泥を洗い流し、それを束ねてそれぞれが田植えをする田んぼに運んぶのです。

6.カヒカゴトKahikagoko
田んぼ仕事に行くのはまたも女性たちです。注意深く田に入り、水草を抜き、足でそれらを泥に埋め、それらを腐れせ堆肥として稲の生育を助けるように仕向けます。

 

7.カヒトゥルオKahitul-o

収穫期のことを言います。

 

注)今の農家は以下を使っています

A. ガムランに代わって稲刈り鎌

B. 耕す土を細かくし柔らかくするためのロータ

C.籾を茎からはずすための脱穀機

D. 杵臼に代わる精米機


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ペドロ・マアワ

Pedro Maawa

私は72歳のペドロ・マアワです。私たちには息子2人と娘2人の4人の子供がいます。私が子供のころ両親が田んぼ仕事をしていた時のことを思い出しますと

子どもたちは一生懸命両親を手伝おうとしていました。田んぼでは、ミミズ、ゴールデンコホール(外来種のタニシ)、水不足、鳥などの被害がとても厄介でした。先祖たちはこれらを解決するためにチャントや“バキbaki”を唱えたものでした。


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アグネス・ガドイコン

Agines Gad-icon

私は58歳のアグネス・ガドイコンです。8人兄弟の最初の子供です。

最初の子供ということで、伝統風習に従い、父は私にすべての土地をくれました。夫ローレンス・ガドイコンとの間には、4人の子どもがいます。フクボン村で教鞭をとっている子を除いた3人は、すでに結婚しました。農家の生活はたいへん厳しいです。生産量を上げるのには、勤勉であることのみです。田んぼでは、ゴールデンコホール(外来種のタニシ)、キウィットkiwit、生育の悪いコメ、稲を腐らせる“taliktik”という問題がありました。


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*****

  

Ben Balinon

I’m Ben Balinon , I am 92 years of age. Weare five siblings in the family. My father gave our filed to my eldest sibling that is how it supposedly since it was a tradition. Because of hardship of life, I decided to move to another place to look for a work that I can handle.I worked as a miner to help my younger siblings. I planned to go back to the place where I belong and I saw my wife then planned to settle, together with my family. We have eight children, unfortunately, God get back the two of them.



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Anita Capuyo

I’m Anita Capuyo, 80 years old. I have a husband named George Capuyo. I am the fourth child in our family. We have small field that my father gave the second child then he sold it. Within the span of time working in the field, I already witnessed lot of problems in the rice fields. Namely: water shortage, birds, earthworms, and rats.

With all these problems encountered I made use of pesticides, insecticides and weeding.


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Julian Manglib

I’m Julian Manglib, 72 years of age and aretired teacher. I have my wife named Emilia Manglib. During my generation, the following are the chronological processes or working season on the field that I witnessed in working in the fields.

  

1.Kahi-Limun- done during two or more months after harvest time, or when the stalks are withering and rotting. The men used bolos, “gaud” or spade and “dulong”
2.Kahihopnak- The farmers prepare the pun “hopnakan”, a part of the rice field cleaned very well, encircled with mud and levelled.
3.Kahiloba/kahilupong- groups of women “mun-uubu” go from one rice field to another cleaning the “banong” rice paddies. Tools can be use: ‘balangya’, “otak”and “dahag”. Others cleaned on the “loba’ hill wall of the rice field wherein they chop grasses, herbs and other soft plant to be placed on the rice filed toadd as natural fertilizer。

4.Kahibanong-While farmers are waiting for the hinopnak to grow, famers repeatedly step on the mud by pushing it with their spades to make it bit soft and sticky. Then the put them on the damaged or eroded part of the rice field.
5.Kahiboge-This season, farmers gently pull the hinopnak and wash the mud. Then they bundled and carried to their field to plant.

6. Kahikagoko-the women go to work again, carefully going to the rice plant and pulling water weeds and stepping on them into the mud to be rotten and helpfertilize the growing plants.
7. Kahitul-o This is the harvesting time.

 

Note) Farmers now use:

A. sickle(gapas) in place of gumulang

B. Rotor to pulverize and soften plowed soil

C. Portable Thresher to separate the rice grain from the rice stem

D. We have now rice mills in place of mortar and pestle



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Pedro Maawa

I’m Pedro Maawa, 72 years old. We have four children, two boys and two girls. What I observed during our time when our parents are working in the field, their children are trying their best to help their parents. The problems that we encountered were worms, golden “cohol”,shortage of water and birds. Forefathers before tried to perform chant or “baki”to eliminate these problems in the field.


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Agnes Gad-icon

I’m Agnes Gad-icon 58 years old, I am the eldest among the eight children of my parents. Since I am the eldest, my father gave me the family field as accordance to the culture. We have four children in my own family with my husband Lawrence Gad-icon. All of our children got married except one who is teaching in Jucbong. A life of a farmer is too hard.All you need is to be diligent to become productive. In farming, there are problems like: golden “cohol”, “kiwit”, plants that don’t grow, “taliktik” that rotten the rice plants.


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by cordillera-green | 2019-07-29 17:09 | 環境教育


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