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カテゴリ:スタディツアー( 20 )

クムスタカ・リンク・スタディツアー 2018

コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)は1年に何回か、コーディリエラ山岳地方の暮らしや文化を日本のみなさんに体験してもらい、「自分にできること」を考えてもらう機会を作るスタディツアーを企画しています。

埼玉県ふじみ野市に拠点をおく市民団体「クムスタカ・リンク」のスタディツアーもその一つです。「クムスタカ・リンク」は毎年春にふじみ野市会議員の鈴木啓太郎さんと一緒にやってくる大学生たちのグループ。パンガシナン州のマーシン村で障害のある子供たちの支援をしようということで始まった団体だそうですが、活動の幅を広げ、「学校へ行こう!プロジェクト」でフィリピンの子供たちの就学支援なども行っています。

CGNではクムスタカ・リンクのスタディツアー全旅程10日間のうち4日間を担当し、バギオ近郊の先住民の村でのプログラムを提案しています。


なんといっても「クムスタカ・リンク」スタディツアー組の特長は「もったいないレンジャー」。

ゴミをポイしてしがちなフィリピンの子供たちに、

リサイクルできるものはリサイクル!、

使えるものはまだ使おう!、

ほんとのゴミもちゃんとごみ箱に捨てて!、

自分の村をきれいにしよう! 

というメッセージを子供たちに人気の○○レンジャーによるヒーローショーで伝えようという活動です。

ピカピカ、ツルツル、パツパツの衣装も本格的にそろえて、タガログ語で演じます。先輩から後輩に受け継がれ、毎年少しずつ内容を改良しながら、続けてくれている人気のプログラムです。


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↑もったいないレンジャーを披露した後は、トリニダードの高校生と一緒にバナナの葉っぱに用意されたランチを楽しみました。



そして、もう一つ特筆すべきは、クムスタカ・リンクがスタディツアーの参加経験を帰国後に活かすために、きちんと地域で報告会を行い、また参加者全員が経験を振り返って記録集を出版していること。

今年の春のツアーについての力作ニュースレターも完成して、PDFファイルが届きました。

参加者の生徒さんが心を込めて書いた報告集です。


そして、忘れてはいけないのが、クムスタカリンクのみんなが、CGNが山の村で栽培指導しているコーヒーの生豆を仕入れて、自分たちで焙煎し、学内カフェやエコイベントなどで販売してくれていること。ツアーに参加した時だけのサポートではなく、日本でも「自分たちに小さくてもいいからできること」を探して、活動してくれている姿勢には感服です。

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↑スタディツアーではコーヒー栽培農家のお手伝いもしました。



***


以下は、スケジュールの概要です。

今年の参加者はマーシン村からランドン君兄弟4名を加え、14名でした。


【1日目】2/16(金)

午前9:00 パンガシナンにジプニーでお迎え⇒ ラ・ウニオン州バウアンへ移動( 約2時間 )     
早めの昼食
午後パブリック・マーケット見学&食材買い出し
「Villa Himawari Beach & Pool Resort」にて、海辺のクボ(小屋)と着替え用のお部屋をレンタル
・遊泳/ビーチでのんびり/周辺散策など自由行動。
夕食は、BBQを用意。
19:00出発でバギオへ移動(約2時間)
21:30頃 TALA到着
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【2日目】  2/17(土)
午前7:30 朝食 /
9:00 TALA 出発 ⇒ トゥブライ町コロス集落へ移動(約 1.5 時間 )
途中、食材の買い出しに立ち寄り"
・コーヒー農園
・農場案内
・鶏を絞めて農家さんとランチ 
午後
・鉱山開発地域の見学⇒バギオへ移動( 1時間 )"
17:00頃 TALA到着
18:00〜オリエンテーション(CGNの紹介&質疑応答)
19:00〜 夕食をとりながら、映画「クロスロード」鑑賞&感想シェア会
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【3日目】  2/18(日)
6:00 TALA出発 ⇒ Pizza Volanteにて朝食 ⇒イトゴン町へ移動(約40分)                
・フィリピン人と一緒にウラップ山トレッキング(往復約6時間)  
イトゴン町⇒バギオ市(約40分)
17:00頃 TALA到着
・翌日の準備
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【4日目】  2/19(月)
午前7:30 朝食
9:00 TALA 出発 ⇒トリニダードへ移動(約 1 時間 )
トリニダードの高校( Benguet National High School - Puguis Annex. )で高校生たちと、環境教育ワークショップと交流
・もったいないレンジャー
午後⇒バギオ市内へ移動(1時間)
15:00頃 イリリカ アーティストビレッジ前にて解散         
⇒市内自由行動:観光、買い物など  
(案)バギオ博物館、パブリックマーケット 
夜 希望者はナイトマーケットへ(帰りは各自タクシー)
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【5日目】  2/20(火)
帰路へ早朝5:00頃 TALA出発マニラへ


*****

2日目夜にバギオと郊外で撮影された青年海外協力隊50周年記念映画「クロスロード」を鑑賞したのち、宿泊先のゲストハウスTALAでCGNの反町とスタディツアー前半の振り返りを行いました。以下参加者の学生さんたちの声です。


・片柳さん

コーヒー農園では農家の苦労や作業工程を初めて知ることができたし、有機農業への関心が高まった。現在、日本で関わっている畑で活用したいと思う。映画を見て、自分も誰かに影響を与えられる人になろうと思った。


・松雪さん

ツアーで農園のパーマカルチャーの文化に感銘を受けて、自身の夢である保育士になれたら、子どもたちに物を大切にするように教えたいと思った。そして自分たちは幸せだと感じた。


・緒方さん

日本では大学のカフェで働いているので、農園でコーヒー農家の作業行程を知れてよかった。ここでの経験や感じたことを帰ってスタッフに共有したい。現地の生活や風景を映画と自分の目で見ることができてよかった。


・鈴木さん

フィリピンへは何度目かの訪問だったが今回はいつもより辺境の地に訪れて、自分が今までフィリピンを知ったふりをしていたことを思い知った。中途半端な見学や勉強には限界があるのだなということを学んだ。コーヒー農園では、その土地の人や環境と同じ視点で関わることが大事だと感じた。


・佐藤さん

2009年の土砂崩れの事故を村人が予期できた話を聞いて、自然と共に暮らしている人たちの感覚と自分たちは違うのだなと思った。そして、幸せの価値観も違うのだと思った。家族や親戚の繋がりの強さを感じたし、そこを本当に大切にしていることがすごいと思った。映画の中で一つのテーマになっていたボランティアは偽善か否かということは自分もよく考えることがある。例えばマーシー村のゴミ問題を私は気にしているが、現地の子どもたちと自分たちの価値観の違いに苦しんでいる。その問題一つを取ってもどこまで関わるかが難しく、同じ目線になることは難しいと改めて思った。下地がないところに行って一から活動する協力隊はすごいなと思ったし、興味が出た。


・須藤さん

自分は教育について学んでいますが、農園にてアグロフォレスト(パーマカルチャー)のことを聞いて植物を育てることは教育とも似ていると思った。そして日本で関わっているカフェで実際に体験ことを説明ができることが嬉しい。映画では知っていた観光地としてのフィリピンではなく、抱える問題の側面からフィリピンをみることがれた。劇中の「シングルマザーで子供を産むと働けなくなる」という言葉が印象的だった。自分の日本での活動では共働きの家庭の子を対象としているが、フィリピンにも託児所のようなものができたらと思う。


・久保田さん

農園で話を聞いてコミュニティの中で自分たちのことが完結していてかっこいいと思った。災害の時の地域の結びつきの強さに驚き、日本には無くなってきてしまってきているものだなと思った。豊かさについて再考するきっかけになった。


・鈴木啓太郎さん

海が綺麗で、手付かずのビーチに感動した。映画を見るのは3度目だが、反町さんと共に見られてよかったと思う。商業的なところでしょうがないところはあるが、やはりすこし違和感があるのは綺麗にまとまりすぎてしまっているところ。ルポならばもっと違うエンドになっていると思うし、実際に協力隊の人や関係者はそういうことを思いながら見ているのだろうというところまで思いを至らせることができると深みが出ると思う。しかし、協力隊の活動を見直すにはとてもいいきっかけになると思う。経済的な発展もマニラで垣間見て、他の地域との格差の拡大を強く感じた。これからのフィリピンについては、そこをカバーしていく動きがないと今の良さが無くなってしまうと思う。


・加藤さん

環境や農業にはそこまで関心が高くなく詳しくなかったのでとても新鮮だったし、いい経験になった。フィリピンは2回目だが前に訪れた村とは違う村の現状を知れて良かった。日本では福祉の勉強をしているがフィリピンは福祉の格差も大きいと感じる。そこにはお金が大きく関係していると思う。この問題をどうにかしたいなと思った。映画鑑賞では自分のできる範囲で精一杯やることが大切だと感じた。なので、今回車椅子とマットレスを実際に村に持っていけて良かったと思う。


・島村さん

コーヒーは大好きだがコーヒーが何からできているかを初めて知った(笑)。フェアトレードやアグロフォレストリーを実際に見ることができてより理解が深まった。日本では肉片の形でしか見たことがないので、鶏をしめるのを見学できたのは貴重な体験だったと思う。映画の鉱山問題については、綺麗な海や山などのフィリピンのイメージに反してこういった問題もあるのだなと驚いた。来年から社会人なのでこの経験を活かしていきたい。


・ランドンさん

2013年にキブガンで体験したことが蘇った。今日の活動(アグリフォレスト)は2016年に日本で出会った3人の農家たちと同じビジョンだったと思う。CGNの活動やパーマカルチャーの思想はとても難しいが、先進的なことなので色んな人にこの思想が伝わればいいと思う。特に友達の多いマニラやマカティにも。映画はメッセージ性が明確だったので感銘を受けた。


・CJさん

コーヒー農場では全て無駄にしない姿勢やエコシステムが素晴らしいと思った。環境の持続可能性に目を向ける活動に感銘を受けた。自然は誰のものでもなく次世代に残していくものだからだ。また、昔自分が訪れた時とは違って人口が過密で、交通手段に大きな問題をバギオは抱えている。大学の専攻で扱っているマニラの問題だけではなく。他の地方にも様々な問題もあるということに改めて気づいた。映画を見て鉱山地帯での問題にも考えさせられるものがあった。


・マシューさん

コーヒー農園での今日のレクチャーは初めての経験だった。フィリピンの農園のことについて色々知れたし、パーマカルチャーの生きるものと生きてないものを分け隔てなく全体を俯瞰して見るエコシステムに感銘を受けた。映画では鉱山の問題について地方のリアルな問題を知れた。これからそれらの問題が、CGNの活動などを通して改善されることを強く望む。


・ジーノさん

コーヒー農園では体験を通して多くを学べた。私はあのコーヒー農園の農家の姿勢が好きだ。この思想(アグリフォレスト)をみんなが学んでいけば、もっと改善されることがあると思う。映画に関してはフィリピンが持つ問題について考えさせられた。

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by cordillera-green | 2018-06-29 21:59 | スタディツアー

アラビカ・コーヒー収穫ツアーの参加者から感想をいただきました

 コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)が山岳地方各地で行っているコーヒーのアグロフォレストリー(森林農法)による栽培指導事業は、すでに開始から10年以上がたちました。収穫量も増えつつあり、CGNでは収穫後の加工指導のトレーニングも行っています。また、農家が丹精を込めて育ててきたコーヒー豆が適正価格で取引され、確実に農家の収入につながるように、ソーシャル・エンタープライズ部門https://kapitako.jimdo.com/を創設し、日本のフェアトレードショップへの輸出も本格化させています。
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 山奥深い山岳地方の村々から長い旅路を経て、日本やフィリピン国内でCGNの事業地で栽培されたコーヒーをお楽しみいただいている皆さまに、生産地での植樹、収獲、収穫後の加工を体験してもらおうと、CGNでは雨季(日本の6-9月)には植樹ツアーを、収獲期(11月-翌年1月)には収穫体験ツアーを企画しています。
 2017-2018年収穫期には、4回の収穫ツアーを企画し、フィリピン産のコーヒー産地に興味津々の方々にご参加いただきました。
 2018年1月の収穫ツアーにはパナイ島イロイロ市の日系NGO法人「LOOB」のスタッやインターンの方々も参加くださいました。食品加工の世界で活躍され、退職後の現在はLOOBでアドバイザー的な立場で活動されている江原嘉夫氏より、感想とご意見、ご提案をいただきましたので、ご紹介させていただきます。
 たった1日の農園訪問での的確な観察力とご提案、オリジナリティあふれるアイデアには感服です。企業で培った経験や知識を、こんな小さい片田舎のコーヒー農家でも応用して真摯に意見を下さり心より感謝いたします。

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↑真剣にコーヒー選別体験を行う江原氏(手前黄色いTシャツ)


**********
CGN Coffee Harvest Tourに参加して                 

江原嘉夫

 なぜ環境NGOがフェアトレードを営んでいるのか、環境と事業とが結びつく背景が理解できました。

1.フェアトレードの意義(私の理解)
 先住民は貧農で市場に遠路農作物を売りに行っても仲買人に買いたたかれ、不当に利益を搾取されている。
 コーヒー園を営むことで不当な利益をむさぼる仲買人を介さず、最終顧客に近いバイヤーを顧客にした市場に参入し、世界標準のフェアな市場のプレイヤーとなる。
 一方、コーヒー園を営まない農家はサヨテSAYOTEという果物を栽培し、生計を立てている。これらは仲買人に買いたたかれるため、貧しい農家は熱帯雨林を伐採してサヨテ畑にして収量を増やし、生計をたてようとしている。そのため、人口増に伴いサヨテ畑が拡張され熱帯雨林が減少しつつある。
 サヨテはコーヒーよりも安いが年間を通じて収穫することができるため、年に1回の収穫しかできないコーヒーよりも不作時のリスクが小さく済むため、普及が進んでいる実態である。しかしながら、モザイクウィルスによる病気がサヨテに大発生し、サヨテ農家は大打撃を受け、コーヒー農家への転向を希望する者も出始めた。コーヒー農家で生計が建てられれば、大いに期待できる。
 コーヒーの木はシェイドツリーShade treeを必要とし、サヨテよりも森林保全の方向へと向かう。また、フェアトレードでつかんだ顧客であれば不当な利益の搾取もなく、努力の報われる農業への転換が期待できる。
 山間地の若者は学校に行って仕事に就きたいと願っているが、貧農のために学校へ行けない若者がたくさんいる。それらの若者の中には、仲買人に一生買いたたかれる貧農の暮らししかない自らの将来を憂い、希望を失って農薬を飲んで自殺するものが多いという。そんな不当な搾取が人の自己実現機会を奪い、本人に落ち度のない形で不幸な人生に終わっているのであればそれはunfairどころではなく許されないことだ。コーヒー栽培を通じてフェアトレードを行い、その貧困のサイクルを打破すること。ここにフェアトレードの大きな意義があるのだと感じた次第です。

2.コーヒー農園で気づいたこと
1)第一印象
・コーヒーの木が整然と並んでいるのかと思ってたら、さにあらず。ぽつりぽつりと木いちごを取るような感覚で摘み取った。枝の高いところに実がなっていたがなかなか取れない。山形のサクランボのように高いところはおいしいのだろうか? そうでもなさそう…。
 であれば、やはり積極的な剪定とシェードツリーとのハーモニーのとれた整然としたコーヒー畑にしないと狭い面積で採算をとるのは難しいのではなかろうか?
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↑アグロフォレストリーでのコーヒー栽培はシェイドツリーとして植えた木の他、
バナナやかんきつ類、パッションフルーツ、しょうが、パイナップルなど
さまざまな換金作物と一緒に植えられている。

・有機農法のコンポスト作成、木酢の製造など、あらゆる有機農法を実行している。お母さんパワーは凄い。すべてのアイテムをこなしていることにおいて、有機農法十種競技のメダリスト級の実践家ではなかろうか!
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↑コーヒー収穫ツアーのために農園を開放してくれたフェリーさんの農園には
ミミズ堆肥施設も。

2)設備に関して

① デパルパー(果肉除去機)
 デパルパーが貧弱。摩擦の強くかかるところが減りやすいウレタン製?と思われるプラスチックでできているとは! 耐久摩耗性からいって設計センスを疑う。軸の芯だしも適当だ。フィリピン農水省推奨とはフィリピンの農水省もだらしがない。その点、CGNさんが東ティモールの手作りのデパルパーの技術をフィリピン農家に伝えようと、農家さんを連れて研修ツアーを実施した行動力はさすがだなと思いました。もっと生産機械を大事に、そして工夫して改善を重ねることが生産性向上につながると思います。
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↑お世辞にも性能がいいとはいいがたい手回し果肉除去機(デパルパー)

②臼と杵
Dehull(脱穀)と粉砕が臼と杵の手作業とは生産農家なのに生産財が貧弱すぎると思います。この工程の機械はそんなに高価にならないと思うので、忙しい農家さんの時間を人力に使うのはもったいないと思いました。時間がコスト(金銭)である感覚がないのではなかろうか?
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↑江原さんも杵臼による脱穀に挑戦。重労働だ。

③小規模コーヒー農園用のロースター
 中小企業の鉄工所に頼んだらできそうな気もするけど金属素材の機能(熱伝導とバーナーの火にさらされてもさびないこと)であることが求められそう。円筒内にフィンを据え付けて撹拌効率を上げるのもありでしょう。要はロースターの構造や材質の機能をあきらかにすれば、ほかの素材でロースターの設計ができるかもしれません。焼鳥では備長炭の遠赤外の調理が好まれてます。
 電気炉内で遠赤外線でのローストをやったらおいしいコーヒーができるかも…と思いました。
 確か遠赤外焙煎の宣伝文句の焙煎豆を買った記憶があります。新製法でオリジナルなコーヒーを作ってみるのも面白いと思います。電気炉なら温度コントロール(火加減)も簡単で、リリーさんのように熟練工でなくとも再現性良く熱履歴をかけられる気がします。プレミアムコーヒーを狙って従来法をエキスパートレベルで追うのもいいですが、一般受けするオリジナルな製法開発も面白いと思います。
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↑農家さんはパーチメントいう殻付きの状態か、生豆の状態でコーヒーを販売する。
自家用には鍋で辛抱強く焙煎。

 ちなみに私はカッピングでNGでしたが、液のTastingになったときにC(正解)に傾きかけたのも事実です。コーヒー初心者の好みを引き寄せる戦略もありでしょう。日本のお米でも、昔は無洗米はなかった。精米技術の進歩(精米機内でスポンジ粒と一緒に擦って糠を落とす)で無洗米が珍しくなくなりました。むしろ糠を取る手間が省ける分、無洗米が売れてます。洗米の排水負荷がかからない分、環境にやさしい形態となっています。技術革新の賜物でしょう。

④コーヒー豆の粒度をそろえる篩(ふるい)
 ダイソーで百円のバドミントンのラケットを買って篩うのではだめですかね。篩の目を細かくする方向であれば糸をさらに巻き付けて篩を正方形にすることはできると思います。サイズが合えばいいんですがね! ミシュレッジ付きでの篩なら精度は悪くともそのあとの製造工程の手間を考えると一次篩として使ってもよいような気もします。ロースト時の焙煎のばらつきを抑えることが目的なら、焙煎時の豆の撹拌で小さい豆が伝熱面にあまり来ないようにする撹拌邪魔板の設計で粒度分布の許容度を広げることもできないでしょうか?たとえば、円筒底面に小さい豆だけが載るような8mmφくらいのバスケットをつけて観覧車のごとく小さい豆は伝熱面の遠いところまでリフトされて落ちるなんてのもどうかしら?コーヒー好きの機械屋がいたらおもしろいですね。どこかに居そうな気もします。

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↑オレンジ色に熟するグラニカ品種
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↑年末年始の休暇を利用して、日本の二つのフェアトレードショップからも
収穫ツアーにご参加くださいました。





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by cordillera-green | 2018-02-04 15:10 | スタディツアー

立教大学アジア寺子屋 スタディツアー2017の感想文 ③

高田 和季(観光学部交流文化学科2年)

 例年、アジア寺子屋はキャンプ中に様々なアクシデントに見舞われる。今年もそれを覚悟の上だったのだが、幸いにもキャンプ中に致命的な問題が起こったことはなかった。しかしそれは、新人民軍によるマデラ来訪という予期せぬ事態によって、例年通りの活動を余儀なく変更せざるを得なくなった前提での話だ。
 前年度、村でのホームステイを体験した人たちは、例年通りのマデラへ行けなくなったと知って、当然のごとく落胆しただろう。もちろん、私もその一人で、スタディツアーが延長になると聞いた時も、正直、気が乗らなかった。というのも、昨年のスタディツアーは消化不良で終わった点が多かったからだ。もちろん、私のコミュニケーション能力や英語力が招いた部分が多かったものの、全体的に手ごたえを感じることができなかった。 マデラでのホームステイは実りのあるものとなったが、ホームステイでの体験が私にとってかなり新鮮なものだったので、キャンプ後にはステディツアーの印象は自ずとと薄れてしまった。
 しかし、結果から言えば今回のスタディツアーは、大変多くのことを学べたと思う。まず、主な活動場所がバギオだった点で、フィリピンのいろいろな面を垣間見ることができた。私にとってフィリピンはマニラ、そしてマデラの印象しかなかった。そのため、今回バギオに訪れることができたのは、私の中にあるフィリピンの世界観ともいえるものが一気に広がる感覚を覚えた。フィリピンの様々な社会問題を身近で感じることができたことは、特に印象に残っている。
 昨年も孤児院、イントラムロス訪問などを行ったが、実際に孤児たちの境遇を知ることや、戦争の悲惨さを直感的に学ぶことができなかった。しかし、今回はフィリピンの貧困問題のリアルな事実や、鉱山の安全性や環境にかかわる問題を、実際に坑道に潜るなどして肌で感じることができた。そういった点で様々な体験が記憶に鮮やかに残るスタディツアーになったと思う。
 スタディツアーの後半は、ほとんどがカヤンでのホームステイだった。今回のホームステイは、例年のアジア寺子屋のホームステイとは違い、有償でのホームステイとなった。加えて期間も短く、昨年が2週間ほどあったのに対し、今回は5日間だった。結論から言うと、実りのあると思えたスタディツアー前半に対し、ただ村での体験を純粋に楽しんでしまうだけの結果となった。特に重要なはずの、現地の人々とのコミュニケーションにおいて消化不良で終わってしまう結果となった。
 原因はいくつか挙げられる。今回私がホームステイしたのは男兄弟4人とその両親だったのだが、父親が仕事でホームステイ最後の夜まで家に帰ってこなかったこと、長男は日本に滞在していて不在、次男、三男が気難しい年頃だったこと、比較的話しやすい母親と四男にあまり英語が通じなかったことがあり、なかなかコミュニケーションがとりづらかった点がまず要因としてあがるだろう。他にもそうなってしまった要因として、短い期間だったことと、有償でのホームステイだったこと、現地での行動がアジア寺子屋全員で行うアクティビティが多かったこと、二人一組でのホームステイだったことが挙げられる。
 昨年は2週間の無償ホームステイであり、滞在するのは各家庭一人が原則であったため、積極的にコミュニケーションをとろうとする姿勢や、とらざるえを得ないという危機感をもっていた。しかし、今回のホームステイではそのような気持ちが緩んでしまっていた。そして、アクティビティのために日本人同士で集まる時間が多かったため、会話も内輪話のようなものが多かった。しかし、様々な要因があろうとも、他のメンバーの中には5日間という短い期間にもかかわらず、家族と深い関係を築くことができた人もいたので、やはり最大の原因は自身の能力の無さによるところではないかと思う。 

*****


池田智香 (文学部史学科 1年)

 前半は、博物館見学、植林、イバロイ族のコテージでの宿泊、田植え、鉱山開発地域の見学が主な内容だった。その中でも特に印象深い三つについて述べたい。
 一つ目は、イバロイ族のコテージでの宿泊である。日本史に出てくる高床式倉庫を思い起こさせるような、伝統的なイバロイ族のコテージで、イバロイ族やアボンについての話を聞いた。そこで私が強く感じたのは、自分の中に自分が受信したいことと発信したいことのビジョンが全くないことだった。そのため、最後の質問をする時間に何も発言することができなかった。自分自身が情けないとともに、準備不足だと反省した。出発前は、不安な気持ちばかりが先行し、フィリピンについて調べたり、自分がどういったことに興味、関心があるのかを考えることが疎かになっていたと感じる。日本についても、ただ漠然と日本について知って欲しいと思っていただけで、具体性が全くなかった。違う文化を持った人々との交流の中で、自分の中に知りたいことと伝えたいことを持つことは当たり前のことだが、改めて重要なことだと思った。
 二つ目は、田植えである。田植えの後に畑作をもしたのだが、そこで印象的な出来事があった。畑を耕す物が無かった時、アボンの方が即興で竹のシャベルを作ったのだ。まさに、「無いものを数えるのではなく、あるものを数える」という精神が分かる出来事だったと思う。私達は科学や技術の進歩に伴い、どうしても、こういうものが欲しい、あれも欲しいと無いものねだりをする。しかし、あるものを使ってどうにかするという考えを聞き、そういう考えを同時に持つことも必要だと感じた。
 三つ目は、鉱山開発地域の見学である。鉱山問題はスタツア全体を通しても大きな問題だった。私の鉱山のイメージは、「足尾銅山鉱毒事件」でイメージされるような、危険で有害なものというイメージだった。実際にフィリピンの鉱山現場の方も、とても危険なものだと認識していた。また、鉱山開発による環境問題への悪影響についても認識していた。しかし、生活のためにはやむを得ないという意見だった。この問題は難しく、鉱山開発をしなければ、人々の生活は成り行かなくなり、反対に、鉱山開発を続ければ、木の伐採など環境破壊につながってしまう。解決には、雇用、貧困、教育など、多くの要素が改善される必要がある。私はこの鉱山問題の話を聞き、自分の意見はどうかと聞かれた時、どうするべきか明確な答えは分からなかった。
 しかし、私が感じたのは、まずこの問題を「知る」ということが重要なのではないかということだ。知らなければ何もない無だが、知ることによって、少なくともゼロではなくなると思う。その問題について考え、自分は何か行動を取るのか、はたまた取らないのか、それは個人の自由だが、選択する道は開けるのだ。だからこそ、今回スタツアを通じて様々なことを知り、考えることができたのは、自分にとってとても有意義なことだった。今後もその姿勢を続けていけるように努力したい。

 私がスタツア後半を通して特に印象に残っていることを三つに絞って書いていきたいと思う。やはり私にとって一番のイベントはホームステイだった。今回のホームステイは、約 5 日間という期間であるとともに、アジア寺子屋が初めてお世話になる村であったため、予定変更前にも増して、不安や戸惑いが大きかったが、私がお世話になった家庭では CGN の方も一緒だったので、その部分は心強かった。頑張ろうと意気込んで迎えたホームステイ初日だったが、相手の発言の意味が分からず、会話が続かなかったり、恐怖心などから自分からうまくコミュニケーションがとれなかった。そして、そのような状態が毎日続いた。
 しかし、最終日前日の夕食でホストマザーと二人きりになる機会があり、そこで初めて色々な話をすることができた。外国の方と一対一でじっくり話をするのは初めてだったので、緊張したが、ホストファミリーときちんと向き合えた気がして嬉しかった。それと同時に、真摯に私の話に耳を傾け、話を続けようとしてくれる姿勢に、もっと早く自分がコミュニケーションをとれるように行動したかったという後悔の気持ちでいっぱいになり、改めて、英語で自分の意見や気持ちを発信することの難しさ、重要性を痛感した。
 5 日間という短い期間であったが、フィリピンの大自然と美味しいものに囲まれ、不安、緊張、恐怖、孤独感、不甲斐なさ、喜び、感動など、たくさんの感情の中、様々なことを考え、吸収できた時間だった。
 また、学校訪問も印象深い。英語で発表することに加え、想像以上の子供達の数に圧倒され、緊張感で押し潰されそうだったが、無事発表を終えることができ、嬉しかった。今回私達が発表したのは、日本の四季・遺産・宗教・テクノロジーなどのテーマについてだったが、私自身が今後もっと日本について知っていくことの大切さを感じた。
 三つ目は孤児院訪問である。日本にも孤児院はあるが、私は今までテレビなどの画面上でしか目にしたことがなかった。そのため、ドキドキしながら孤児院に向かったが、着いてすぐに子供達が駆けよって来てくれ、その人懐っこさに驚き、一瞬そこが孤児院だと忘れてしまいそうになる自分もいた。しかし、帰宅後に子供達についての話を聞いた時は呆然とした。それは、子供達のキラキラした笑顔からは想像できない現実だった。実際に現場に訪れて子供達と触れあったからこそ、心が大きく動かされ、子供達に対して自分には何ができ、何をしたいのか、深く考えさせられた。
 この他にも、紙すき体験、博物館見学など、スタツア後半を通して、様々な角度から、フィリピンの文化や生活を体験することができた。出発前に、フィリピンに行くか、何度も悩み考えた末の、行くとという決断だったが、その決断は正しかったと今ははっきり言える。自分が知らない世界で、もちろん楽しいことばっかりではなかったが、フィリピンで感じ考えたことは、かけがえのない経験になった。
 スタツア後半を通して、お世話になった多くの方に感謝している。

*****

工藤はるひ(観光学部交流文化学科 1年)

 1日目はバギオ市内にある大学の博物館に行った。博物館には様々な民族の史料が展示されていた。そこで私が知ったことは、民族ごとに言語や習慣、織物の柄などの伝統、つまり文化がかなり異なるということだ。それにより、フィリピンが日本とは違う、多民族国家であることを強く意識した。今、世界ではグローバル化が急激に進んでいる。もちろん、その中にフィリピンも含まれている。そんな中、どうやって自らの文化を守っていくのだろうか。文化は、固定されているものではなく、時代とともに少しずつ変化していきあらわれてくるものだと考えるため、変化を否定するわけではない。しかし、速すぎるグローバル化はその過程をなくす危険性がある。そこで大切なのが、自分たちの文化の素晴らしさに気づかせ、「少しずつの変化」を支えていく活動なのだと思った。
 2 日目は植林をし、イバロイ族の伝統家屋に泊まった。植林について、前日にレナートさんと瞭さんから植林をやる目的、その大変さについて伺った。実際にやってみて、(私たちが手伝わせていただいたのは非常に短い時間であったが)正直、気の遠くなる作業だと感じた。しかし、この活動を続けているのは政府ではなく、一般の方々なのだ。そのとき、そのことについて「すごい……」という感情しかでてこなかった。その後、イバロイ族の家屋でレナートさんからイバロイ族について話をお聞きした。
 そのあと、日本の文化について質問をされた。「なんでもいい」と言われたが、英語で正しく伝えることの怖さ、そもそも自分が伝えようとしていることの知識が正確なのか、自信が出ず、応えることができなかった。とてもショックを受けた。交流文化学科であることもあり、他文化に対する興味関心は強かった。しかし、聞いて終わりで伝えようとしなかったことが失礼なことだと思った。それと同時に日本の文化について学ぼうと思った。
 3日目は田植えと畑仕事をした。一番印象に残っていることは、「竹のシャベル」だ。発想がすごい。私たちにその発想が思いつかないことは、生活している環境の違いだから仕方ない。しかし、私たちと違うものが見えていることが面白いと感じた。今後経済がより発展し、彼らからその発想が消えてしまうとしたら、寂しい。
 4 日目は鉱山地帯へ行った。到着して最初に見た光景が、エメラルドグリーンのきれいな湖だった。その直後にこの湖の色の原因は、青酸カリや水銀などが混ざっているからだと知りとても驚いた。着いたばかりだったが、目に見えてフィリピンの鉱山の深刻さが伝わってきた。その後、鉱山で仕事をしている人の話を伺った。「命の危険が常にあることを知っているのに、なぜ続けるのか」と女性に聞くと「男たちは頑固なの」という答えが返ってきて、そう答えざるを得ない状態、つまり他に仕事がないのだと思った。さらに女性は「鉱山で働いている人は、学校にあまり通えなかった人だ」と教えてくれた。貧困のため、教育にお金がかけられず、学校に通えず、しかし仕事がなく、鉱山で働く。教育を受けられないことが命の危険に直結する可能性がある。
 では、どうすればいいか。簡単にストップと言える問題ではなく、鉱山に関わる人々の今後の生活を考える必要がある。現状、不足しているのは仕事の数だ。仕事になりそうな資源はどこにでもあるだろうが、それを資源だと地元の人が気づくには、他者からの意見が必要であると思う。まずはそれに気が付かせることが大切だと思った。(一日目の話にも繋がる)
 5 日目は、ターニング・ポイントへ行った。到着するとすぐに子どもたちが笑顔で私たちの近くに寄ってきてくれた。初めて会った外国人をすぐに受け入れてくれたことが印象的だった。なぜなら、ターニング・ポイントで暮らしている子たちの中には、大人に何かひどいことをされた子もいるのではないかと思っていたからだ。また、私と同い年の方がいたことも印象的だった。映画「クロスロード」を見た。タツキがボランティアを偽善だという気持ちもわかる。なぜなら上から目線のような気がするからだ。(確かに今の資本社会では経済的に豊かなほうしか豊かでないほうに援助できないと思うが。)
 しかしターニングポイントに来て気が付いたことがある。それは実際に子どもたちと触れ合い、仲良くなることにより素直に「困っているのなら助けたい」という気持ちを持つことが可能だということだ。ボランティアではない。私は友達を助けたい。そう思えるには、まずは相手のことを知ろうとすることが大切なのだと思う。
 Tala に戻った後、子どもたち数人の事情について聞いた。ショッキングな内容だった。どうやってその話をこんなに小さな子どもから聞いたのだろう、今その大人は何をしているのだろう、捕まっているのだろうか、子どもが大きくなった時どうやって自分の事情を受け入れるのだろう、いろいろなことを考えた。しかし、だからといって私は彼女らを「かわいそう」とは思いたくない。普通のかわいい子どもたちなのだ。。
 ホームステイについて。ホームステイを通して一番印象に残っていることは、ご近所さんたちの輪だ。誰かの家にいると、必ず他の家の人たちが遊びに来たり、世間話をしに立ち寄ったり、食べ物のおすそ分けをしに来たりしていた。カヤン村全体が家族のようだった。特にティクラさんの家で昼食を一緒に食べたり、スティッキーライスを作ったり、夕方から夜にかけて歌ったりゲームをしたことはとても温かい思い出である。東京に住んでいると、そのような経験はしたことがないので新鮮だった。「近くに話し相手、遊び相手になる知り合いがいる」環境は、子どももあまり寂しい思いをしないだろうし、何より困った時に助けてもらえるので過ごしやすいと思う。
 ステイ中の植林は、フィリピンへ恩返しだと思いながら行った。すべての作業が終わり、青空の下で食べたバナナはとても美味しかった。小学校での授業は、最初はどうなることかと思ったが、子どもたちの反応が良くてほっとした。初めてのホームステイだったが、あまり緊張することもなく、有意義で特別な日々を過ごせた。急な依頼だったのに受け入れてくれたカヤンの皆さん、そして、なくなりそうだった私たちのキャンプ全てを成り立たせてくれた瞭さんに感謝する。

*主にスタディツアー中の生活について書きます。(かしこまった形ではないです。)
・大学へ向かうためにタクシーで移動していた時の気づき
フィリピーナの顔の系統が様々。東南アジア系はもちろん、東アジア系、インド系、ヨーロッパ系、アフリカ系(私が思うに…)など、グローバルな意味でも多民族国家なのかもしれないと感じた。

・博物館での気づき
大学の博物館で着させてもらった伝統衣装が、南米のペルーやボリビアの伝統衣装と似ていたことが面白かった。

・バギオのマーケットでの気づき
バギオのマーケットは私の想像する The 東南アジアという感じがして魅力的だったのだが、どこの店も同じものをほとんど同じ値段で売っていて「ここで暮らしている人はどうやって店を選んでいるのだろう」と思った。お付き合いが決めてなのだろうか。
・紙幣をぐちゃぐちゃに握りしめている人が多数。
・お店の中で初体験
スーパーや薬局に行ったとき、必ず銃を持った警備員がいて私たちの方を見てきた。「殺されるかも」と本気で思った。万引きを防ぐために店に持ち込んだ荷物をロッカーに預けることも新鮮だった。

・車、運転について
とにかく日本車が多かった。甘いにおいの排気ガスをバンバンだしていた。横断歩道はなかった気がする。運転が雑なのも最初は本当に怖かったが、だんだん楽しくなってきた。

・イバロイ族の伝統家屋にいた女の子たち
初めて違う国の同じくらいの年齢の人と話した。英語で質問はできるが、相手からの質問がよく聞き取れず、答えられないことが申し訳なかった。英語を勉強する糧になった。

・鉱山のあとのプール
若干鉱山の湖と色が似ていた笑。しかし、日本に住んでいても滅多に入らないプールに入れたし、久しぶりにおもいっきり遊べて、とてもいい思い出になった。プールからあがった後は、大人たちのほろ酔い?!タイムで、それまであまり話さなかったリッキー達と話せた。帰りのぎらさん事件もいい思い出だ。

・志村さん宅
紙を一から作ったり、ゴムで版画を作ることは初めてだったので、わくわくしながらゆったりとした楽しい時間を過ごせた。カレーとこんにゃくアイスが絶品だった。

・お気に入りフィリピン料理
なんといっても、パンシット。最強でした。次はルンピア。ビネガーにつけると尚おいしい。ハロハロも店によって様々なのが楽しかった。

・カヤンの星空
数えきれないほどの星が広がっていた。初めての経験に感激。

・深夜寝室に黒い蝶々?と思いきや、コウモリが旋回していた。

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by cordillera-green | 2017-09-11 23:08 | スタディツアー

立教大学アジア寺子屋 スタディツアー2017の感想文 ②

嶋野美帆(観光学部交流文化学科2年)

 スタディツアーの前半は特に1日1日の内容が非常に濃く、本当に多くのことを学び、たくさんの経験が出来た。まず、植林は思った以上に規模が大きく、実際に管理も簡単ではないとのことだった。松の木が育つまでのスパンも長い。しかし、育つまでの手間は非常に多くかかる分、携わる方の思いが強いと感じた。また、植林に参加したことで、その大変さが身に染みてわかったし、植林を行う背景や理由を知ることが出来たのは、意味のあることだったと思う。
 3日目はアボン・ヘリテージホームを訪れた。コーディリエラ地域では、自民族のアイデンティティは強く持ちながら互いに他民族を認め合っているというのが印象的だった。アイデンディディがしっかりと形成されていればいるほど、違う価値観の他者と摩擦が生じやすいとは思うが、それを受容できる社会こそが本来あるべきもののように思えた。一方で、先住民族の暮らしや伝統が消えてきてしまっているのも事実である。このような状況で文化を継承するには、直接的な継承だけでなく、アボンのような施設やボントック博物館などの博物館資料などを介してより多くの人に知ってもらうのが大切だと感じた。伝統的な文化の価値を見直しながら新たな文化の中に取り入れるなどして、暮らしの中に生かしてゆくことも必要だと思う。
 一方で、アボンでイバロイ族についての話を聞いていているなかで、当然興味を持ったり、知りたいと思うけれど、逆に自分たちが日本のことを質問されたときにきちんと答えることが出来なかった。去年感じた反省を今年も同じく感じてしまったのは情けないが、もっと自文化についての知識をつけなければならないと感じた。
 夜はスタッフの方がピニピカンを作ってくれた。そこではブッチャーを初めてみた。少し前まで目の前を歩いていた鶏が丸焼きにされているところは正直衝撃が大きかった。けれどその衝撃の大きさは、自分が普段いかに出来たものに頼って生きているかを感じさせられた。 4日目は田植えとカモーテを植えた。カモーテを植えているとき、スコップがなかった。自分の発想であれば、スコップなどの足りないものがあればすぐ買って解決しようとする。でも村の人達は、近くの竹の木を切って即席でスコップを作ってくれた。手作りのシャベルは使い勝手も良く、なにより村の人が当たり前のように自分の手で作ってくれたことに感動した。
 私たちは何かするとき、より便利なものに頼ろうとする。本当は1つのことをするにも色々な方法があるかもしれないのに少しでも手間を省こうとしてしまう。でも、方法や手段の可能性を考えながら自分の手で作ったほうが絶対に楽しいし、ものに対する気持ちも変わると彼らの姿を見て思った。そして、豊かな自然から生まれたものに結びついて、試行錯誤しながら行われるその過程自体が素敵だと思った。 鉱山に行ったときは、森林伐採によってむき出しになった土や真緑に染まった大きなため池から、社会問題が浮き彫りになっていることがよく分かった。また小規模開発は日本人が始めており、鉱山問題は決して他人事とは思えないと感じた。採掘現場は、酸素が薄くじめじめとした空気で、とても作業が出来るとは思えない環境だった。酸素が薄いため、送風機で酸素を送り込むとはいうものの、大きさが小さくあまり効果がないうえ、工夫は半袖短パンで作業を行う。鉱山採掘で生計を立てる人々の話を聞いていて、リスクが高いがゆえに収入の高い鉱山で、普通のアルバイト感覚で働く工夫たちは、その危険性を深刻にとらえていないようにも見えた。しかし、鉱山開発によって行われた自然破壊をうけて、コミュニティ全体で松の木植樹の義務化を自分たちで決めて行っていた。彼らは、環境破壊を助長していることを意識はしているけれど、生計を立てるにはそこで働くしかないと考えていることがうかがえた。
 資本主義の流れで生活形態がもの中心から現金中心へと変化しているなかで、生計を立てるためには鉱山で働くしか選択肢がないため、そこで働かざるを得ないことも理解できる。かといって、この状況が変わらず維持されてしまえば、問題は一向に解決しない。工夫の安全を確保しかつ環境保護を実現することは、今すぐは難しいと感じた。しかし、鉱山で生計を立てている人々に、そこにある資源の価値に気づいてもらえれば状況改善へ近づけることができる。
 そこで、多くの資源を保有していることを理解してもらうためにも環境教育の必要性を強く感じた。教育によって、鉱山開発による危険性や影響についての正しい理解を促し、更には資源のあるもの探しを行う。そうすることで、時間はかかるかもしれないが、工夫の安全性や一定の生活を確保し、自然の有効活用が出来ると分かった。
 今年2回目のフィリピンで、少しの知識はあると思っていたが、実際には全然知らないことだらけだった。スタディツアーで、まだまだ知らないことが自分にはたくさんあるのだと分かったし、もっと知りたいと思った。
 
 スタディツアーの後半では、Turning Point 訪問、カヤン村でのホームステイ、マリコン、マイニット、ボントックなど多くの場所に足を運び、フィリピンを色んな側面から見ることが出来たと思う。
 まず、カヤンでのホームステイは、6日間と短い期間ではあったが、家族や村の人と過ごしたり、小学校訪問、植林などを行った。家族にカリンガの言語を教わったり、おいしいフィリピン料理をふるまってもらったり、何気ない会話も今となれば懐かしく思う。振り返りのミーティングで印象に残っているのが、ホームステイでは家族のつながりに入ることに意味があるということだ。つながりが強く村全体が家族のようなコミュニティに、その村の一員として受け入れてもらえることや関係を築こうとする姿勢が大事だと思った。
 また、カヤンのホームステイでは、お金を払う形でマデラとは形式が全く違った。形式が違うことで、心持ちも多少違う部分があったと思う。いくらか支払うと、個人的な心持ちとしては家族の好意を返せていないことへの申し訳なさはある程度なくなる気がする。しかしそれによってお金の関係にもなりかねない。無償であれば、お金の関係になる心配はないけれど、どこかで申し訳なさを感じてしまう部分もある。マデラのホームステイでは、無償であることに意味があると思うし、今回カヤンで形式の違うホームステイが出来たことも貴重な経験になったと思う。
 また、去年と今年、どちらの村でも感じたのは、村全体のつながりが非常に強くお互いに助け合って生きているということだ。その空間に自分たちが入って一緒に生活できることが魅力的で温かいな、と思う。ホームステイの後は、マリコンのライステラスや、ボントック、マイニットの温泉など色々な場所を訪れた。ライステラスでのハイキングは、小学校の通学路でもあるというのには驚きだが、道なき道を歩きなが上から見下ろす棚田は壮大な景色だった。また、この他にも豊かな自然に思う存分触れられたのがとても楽しかった。
 なかでも印象に残っているのは、まずカヤンでは、夜に空一面に広がる満天の星を見たことだ。地球が丸いのが目に見えてわかるくらい見渡す限りに星が広がりとても綺麗だった。うまく写真に収められなかったのは残念だが、この景色は忘れられないくらい心に残っている。
 また、ジープニーの上に乗って風を肌に感じながら走ったのがとても気持ち良かった。たまに木の葉っぱがぶつかりそうになるのをよけていくのも楽しかった。たくさんの経験が出来たキャンプで、これからの活動で還元できることとしては、Turning Point への寄付がある。Turning Point の子供たちは想像以上に深刻なバックグラウンドを持っており、彼らの生活費は助成金のみでは賄いきれていないとのことだった。そのため、寄付を通して子供たちの助けに少しでもなれたらと思う。
 また、反町さんが仰っていた、鉱山で働く工夫をはじめとした人々が現金収入を得るためには、そこにある資源をニーズに応じて工夫しながら加工し、ビジネス化することが有効であるという話が印象に残っている。しかし、眠っている資源を、地元住人では当たり前になっているからこそその魅力に気づかず、ないものねだりをしてしまうことがあるかもしれないので、私たちも含めた第三者の視点が活用できると思った。現地の人と違った価値判断を持つ第三者からだからこそあるもの探しができるとも思うし、それによって地元の人の帰属意識も高まり好循環が生まれると思う。
 具体的に自分にできることは見つかっていいないけれど、地域活性に似ている部分があってこの取り組みは面白いと思った。スタツア後半を通して、フィリピンならではの生活や雰囲気のなかで、穏やかでのんびりとした時間を過ごすのが改めて魅力的だと感じた。また、キャンプの中で、今まで知らなかったフィリピンの新しい一面を見られただけではなく、自分では考えられなかったことに気づかされたり、自分の安直な考えから改めて考え直す機会があったことが自分にとって刺激的で本当に良い経験が出来たと感じている。


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安部暢人( 観光学部交流文化学科 2年)

① 前半
 昨年はマニラを訪れ、今回で二回目となるフィリピンキャンプ。昨年は個人的な用事で村へ行けなかったこともあり、スタディツアー係なのに村への関心が勝っていた。直前のマデラキャンプの中止によって、そんな思いも消え去った。今年も 5 日間で帰国かと、昨年のこともあり慣れてしまったためか、あまりショックも受けず、8 月 12 日マニラ発成田行きの航空券を全員分購入しようとした。キャンセル不可の購入ボタンも実は押していた。(生年月日の入力が遅かったためエラー。) 今思えば、あそこで買えていたらどうなっていたのかなと思う。
 フィリピン初日。初 ubertaxi, 初ジョイバス,初バギオと、浮かれながらも無事 TALA に到着することができた。翌日いよいよスタディツアーが始まった。 レナートさんの CGN の活動についての説明を聞き、早速コーディリエラの民族博物館へ向かった。多種多様な民族、かつて使われていた道具、楽器、伝統など、多くのものを展示していたが、当時の率直な感想として、あまり興味深い時間ではなかった。(この考えは後で変わってくる。)みんなが興味深そうに話を聴き、展示物を見ている姿を見て、「自分はあまりこの団体に向いていないのかな」とか、「なんで交流文化学科なんだろう」と考えたりもした。
 翌日は植林を行い、アボンでイバロイ族の伝統的な家に泊まった。その夜、イバロイ族の暮らしなどについて話を聴く機会があった。正確には話し合う機会だったのかな。会が終わった後、全く聞き取れなかった事、日本語では言えることも英語では全く発言できなかった事に対して非常に悔しく感じた。英語の能力がないからどうしようもないと思っていたが、反省会後、まずは聞き取れないなりに、頷いたりして相手に反応を見せることも大事だという事を学んだ。
 その後のスタディツアーでは、相手の発言に対して反応を示すようにみんなで頑張れたと思う。でもやっぱり、聞けない話せないで、返事だけしていることが多いのは、自分は虚しく感じられた。フィリピン人のやさしさに助けられた。西欧ならどうだろうか。日本に帰ってから IELTS の対策をする中で、まだまだ初歩段階ながらも、Listening、speaking の大切さ、難しさを強く感じる。コミュニケーションができれば、フィリピンを今の何倍も知ることができると思う。来年は自分が他のメンバーの意見を代弁できたらなと思う。
 五日目は自分が提案した鉱山を訪れた。鉱山問題のありのままを見て学んだ。今思うことは、環境ももちろん大事だが、やはり問題は労働者の安全だと思う。もし何か起こっても家族は鉱山経営者を訴えて開発をやめさせることはできない。なぜなら多くの家族の生活は鉱山が無ければ成り立たない。日本の水俣病問題をさらに複雑にした状態ともいえる。 代替となる職業を作る、村へ帰り農業をやるなど、実現すれば全てが改善する策も聞いたが、これからさらに発展していくフィリピンには難しい選択肢だと感じた。錬金術ができれば金の価値が薄れてみんなとりあえず村に帰るだろうとも考えたが、ただの妄想に過ぎない。フィリピンより遅れている国では似たような問題がこれからも増え続けてしまうのだろう。

 ② 後半後半は一転時間の流れがゆっくりになった。紙すきをし、カヤンへ行き、ボントックへ行き、他にもいろいろ行き。後半も前半同様多くの事を学んだが、一番感じたことはフィリピン人の良さだと思う。通常のメニューではなく、突然組んでもらったツアー内容だったからこそ、協力してくれるフィリピン人の行動力、器の広さをいつも以上に感じることができたのではないかと思う。見知らぬフィリピン人同士で話すときにまるで知り合いのように話すのが個人的にはお気に入り。
 そして後半になって何より勉強になったのが、多種多様な民族の存在だ。初日の博物館で見たものを違う場所、違う部族で再発見することを通じ、民族が決して過去のものではなく、今も文化を受け継ぎながら共存していることの素晴らしさを感じるようになっていった。
 今年のキャンプはアジ寺の歴史の中で本当に特別だったのだと思う。村へは結局来年の一回しか行けないので、通常のメンバーのように同じ家にまた会いに行くという体験はできない。でも自分は今回のスタディツアーで本当に良かったと思っている。人生でこんなにいろんな経験ができることはそうないと思う。
 個人的な一番の思い出は背泳ぎができるようになったことだ。全く日本では泳げなかったのに、泳げるようになってしまった。もちろん助言のおかげもあるが、何よりあのわがままに使えたプールのおかげだろう。グッドテイストも忘れることはできない。考えたらお腹が鳴った。飯テロだ。帰国して一カ月ちょっとが経過して文章を書いているが、他の国へ行ったり、学校が始まったりしたためか、フィリピンの記憶はまるで夢だったかのように薄れてしまっていた。こうやって振り返りを書くことでまた思い返すことができて良かった。綺麗なことを書くのが嫌いなので本音の振り返りになってしまった。今回のスタディツアーは本当に CGN の皆さんのおかげで体験することができた。吉村さんをはじめ、CGN の皆さん本当にありがとうございました。ラマダンもまじでありがとう。フィリピン料理大好き!(ピニピカンを除く)

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by cordillera-green | 2017-09-11 23:00 | スタディツアー

立教大学アジア寺子屋 スタディツアー2017の感想文 ①

2017年8月、コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)は、立教大学のフィリピン・ホームステイ・サークル「アジア寺子屋(通称”アジ寺”)」のスタディツアーのお手伝いをさせていただきました。アジ寺は毎年フィリピンでホームステイを中心としたスタディツアーを実施していて、CGNも毎年、数日のプログラムを企画させていただいていますが、今年はがっつり18日間の長期間のスタディツアーの受け入れをさせていただきました。CGN側は同じく立教大学を休学してバギオで英語留学とCGNでのインターンをしている吉村瞭が、企画とアテンドを担当しました。ツアーに参加してくれた、アジア寺子屋メンバーから力作の感想文が届きました。アジア寺子屋のご了承を得て、CGNのブログでシェアさせていただきます。アジア寺子屋の皆さま、ありがとうございました。

アジア寺子屋のスタディツアーについてはこちらに詳細があります。

アジア寺子屋スタディツアー その①
アジア寺子屋スタデイツアー その②



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「豊かさ」とは何か・カヤンでのホームステイを通して

高山由衣 (コミュニティ福祉学部コミュニティ政策学科3年)


 私は 2017 年度前半のスタディツアーで「豊かさ」について考えた。今回でフィリピンに来るのは 3回目となったが、毎年フィリピンの人々の暖かさや、豊かな自然に心が温まるし、羨ましなあとさえ思う。貧困の国に行ってみたいという軽い気持ちで行った 1 年目は、自分の生活との違い、日本との違いに素直に驚いた。2 年目、フィリピンの自然や暖かい人々に 2 年目ならではの愛着も湧いてきた。また会いたい、もっと知りたい。そう思えた。今回もまた、場所は違うにせよ、行った先々で出会った人たち、繊細ながらたくましく優しい人たち、豊かな自然を前にして、「あぁ、フィリピンに帰ってきたのだな」と胸がジーンとした。
 1年生の時も、2年生の時も、帰国前にはフィリピンで学んだことや、自分の中で変化した価値観の違いや考えたことを忘れないようにしようと心に決めるが、いざ日本に帰るとその気持ちを忘れてしまっていた。どんなにフィリピンでのシンプルライフが素敵だと感じ、情報に惑わされず他人と助け合って生きていきたいと感じていても、帰国後はいつも通りの日本の生活に順応していく。環境にはなかなか逆らえないものなのだ。人々との強い人間関係、雄大な自然、情報に惑わされない生活、自分の頭で考える力、自然と共に生きる力…このようなものは私たちが欲しくても決して簡単に得ることができるようなものではないと感じた。日本では新しい技術が次々に開発され、数年後にはそれらが私たちの身の周りに当たり前に存在するようになる。私たちは常に、楽に生活できるような便利さ、快適さを追求しているのだ。もちろん、高い技術力を持つことは日本の強みであり、 私はそれを誇りに思っている。しかしながら、ないものにばかり目をつけている私たちは、大切なものを失っているのではないだろうか。
 それは日常のある一場面から考えさせられた。畑を耕している時にある村人が私たちのために竹でスコップを作ってくれたのである。最初はただただ驚いたし、フィリピン人男性の人間としてのたくましさにドキッと胸が高鳴った。しかし、次第に「スコップがないなら作ればいい」という発想が自分の中にはこれっぽっちも存在しなかったことへの疑問や劣等感をも感じていった。日本にいては、「スコップがないならば買いに行こう」この一択ではないだろうか。私たち楽さや便利さを追求するあまりに、人間に本来備わっていた「生きる力」を失っているのではないだろうか。道具がなければ、モノがなければ何もできない。お金がなければ暮らしていけない。情報がなければ不安になり、電気やガスが止まればパニックの嵐である。私たちは日本の技術者や開発者など多くの人々のおかげで便利なものに頼って生きていくことができるが、自分自身がそれらに頼らず生きていく術を失っているし、それらがなくなった時の代償は大きすぎる。
 フィリピンの人たちが技術の代わりに、生きる知恵や自然など多くの資源を持ちながら自然と共存して生きていくのに対し、日本人は自然と一線を置いて生活しているように思えてきた。日本での自分の周りにも、フィリピンには劣るが自然はもちろんある。しかし、自分は自然を意識していないし、関わろうとしない。よって、より身の回りに自然が存在しないように思えているのではないだろうか。自分の生活と自然とが切り離されているのだ。
 1 年生や 2 年生の時に、「フィリピンと日本、どっちが豊かか?」と聞かれたらあまり悩むこともなく「日本」と答えていただろう。何をするにも、どこへ行くにも便利な技術があって、困ったことがあっても大抵は「モノ」や「情報」に頼れば解決するからだ。しかしそれは「経済」というフィールドで貨幣価値のもとでしか見てこなかったからである。今は、日本とフィリピンで「豊かさ」は比べることができないのだと思っている。日本には多くの技術、フィリピンには豊かな資源があり、どちらも素晴らしいものであり、それらを天秤にかけることはできないからである。
 「豊か」について考える人が 10 人いれば答えも 10 通りあるかもしれない。その人が何に重きを置くかによって変わるからである。その基準は自分で決めることができる。今回のスタディツアーで私は自分なりの「豊かさ」について考えた。「豊かさ」とは、いかにもとあるものを大事にできるかではないだろうか。近くにあるものこそ、目につかなくなってくる。自分たちの良さに気が付かないこともある。日本でもフィリピンでも、他の国でも今ある美しい自然を壊してビルを建てる、モノを作る、街を切り開いていく…このスタディツアーでも自然を切り崩し鉱山開発を進めていくのを目で見た。そんな時、一歩踏みとどまりたい。壊してしまった物を治すのは難しい。無くてもいいものを求めるばかりに、大事なものを失ってしまっては元も子もない。フィリピンでも日本でも、無い物探しをするのではなく、あるものを大事にし、それを最大限に生かしていきたい。
 また、フィリピンにありふれている、目に見えない人と人との強いつながりや深い愛情を持つ心も私にとって豊かさには不可欠な要素であると感じている。私はそのフィリピンならではの「豊かさ」を大事にしてほしいし、そのために自分ができることがあるならばやりたい。
 私たち「アジア寺子屋」のフィリピンキャンプの主な活動はホームステイである。去年までは北ルソンのキリノ州マデラにホームステイをしたが、今年はご縁がありCGNさんや多くのフィリピン人のご協力のもと、今まで行ったことがなかった多くの場所を訪れることができた。さらにカヤンではホームステイを行うことができた。フィリピンの色んな場所を知ることができて楽しかったし、訪れた場所すべてに独自の雰囲気が漂っていて驚いた。カヤンを知りマデラを知る、マデラを知りカヤンを知るというように1つの場所を知るにしても他の場所を知っておくが必要であるということを再認識した。
 
 今回は初めての村で、今までとは違うホームステイを経験してみて自分たちの活動を見直す良い機会にもなったように感じている。考えたことや感じたことを忘れないうちにここに書いていきたいと思う。最初は正直、マデラに行けないことが残念だなという気持ちが1番強く、マイナスな感情が強かった。しかし、実際にカヤンに着く楽しみの気持ちが一番強くなった。緑が多く、空も広い。歩いているとすぐにパイナップルやマンゴーの木を発見した。今までバギオにいて涼しかったが、バスから降りると日差しが強くバギオと比べると蒸し暑かった。
 どんな家にホームステイができるのだろう、どんな人々との出会いがあるのだろうなどと想像を膨らませながらホストファミリーを待った。私のホストファミリーはパパとママと兄弟3の5人。少し家族紹介をしようと思う。1番上のお兄さんは日本語もよく知っていて、フィリピンの文化や彼自身のこともよく教えてくれた。2番目のお兄さんは、ハンサムで日本についての関心が人一倍強かった。日本のアニメが好きで、日本のアニメを見て日本文化を勉強しているらしい。普段、兄2人はバギオにいて週末は帰ってきているが、ステイ期間はママと妹のクレアが面倒を見てくれて、常に私たちのそばにいてくれた。
 最初は妹のクレアもシャイなのかと思ったが、明るくて楽しい女の子だった。彼女とフィリピンのこと、カヤンのこと、日本のこと、学校の話、結婚やこれからのこと、家族のことなど他愛もない話をよくしたことは大切な思い出である。ママはお料理上手で家族思いなのがたった数日間でも伝わってきた。パパはバイクが好きで、バイクを上手に乗りこなしている。夜は近所の人とお酒を飲んでいて家にいることは多くなかったが、家にいるときはよく話しかけてくれた。カヤンでは家族の絆の深さを感じた。これは以前ホームステイをしたマデラにも共通していた。
 私は日本では、父母、そして兄の 4 人家族である。平日の夜はだいたい一人でご飯を食べ、土日も母と二人か、集まったとしても父母と自分の3人で食卓を囲む。クリスマスやお正月などのイベントも友達と過ごすことが多く、年々家族と過ごす時間が減っている。それに比べて、マデラでも、カヤンでも食卓は家族全員で囲むことが多かった。今日あったことや他愛のない話をしながら食卓を囲み、毎週日曜日は家族と一緒に礼拝に行き、クリスマスは毎年家族とお祝いすると言っていた。
 家族だけではない。たった数日間であったが、村全体でのコミュニティの強さを感じた。日本で、地域のコミュニティの強さを感じたことは今までない。自分は小学 1 年生の時から同じアパートに住んでいるが、近所の人の顔もよく知らない。時々引っ越しで人が入れ変わり、時々家を出るタイミングがあれば挨拶をする程度である。カヤンでの地域のコミュニティのつながりの強さは、日常の些細な出来事から感じることができた。
 ある日の朝、近所の家のママが慣れた様子で家の庭まで入ってきた。彼女は私の家のママに「おはよー」という感じで挨拶をした後、カラマンシーの木に登りいくつか収穫した。私がママに「うちの木だよね?」と尋ねると「そうよ」というだけで、ただ笑顔で見ていた。その後、彼女たちは楽しそうに会話をし、話し終えた後彼女は家に帰っていた。
 日本では他人の家に勝手に入って果物を収穫するなんて信じられない話であろう。そんなことをしたら泥棒だと訴えられてしまうかもしれない。家族の中と外とには大きな隔たりがある。しかし、カヤンでは家は違ったとしても、地域の人たちとの強い信頼関係が築けている。だからこそ、このような出来事が日常に起こるのだと思う。
 また、日本人メンバーと今日食べた食事についての話をしているときに、献立が1、2 品被ることがよくあった。その時はただ偶然被っていただけかもしれないと思っていたが、この村なら、近所で食材を分け合ったり、物々交換をしていたりするのではないかとも考えていた。
 後から聞いたことには、やはり収穫した農作物の交換も普通に行われているようだ。私が見た、近所の家のママがカラマンシーを収穫する様子も日常的な出来事だったのだろう。おすそ分け、物々交換の文化の暖かさに触れた気がした。しようと思っても簡単にできるものではないからだ。それには長年培った信頼関係が必要であるからである。
 さらに、村で定期的に開催されるスポーツ大会も結束力の強さに影響を与えているのだろうと思った。年齢関係なく男女も混ざってスポーツをしたり応援したりする姿を見て、この村に何があっても、皆は助け合って支え合って生きていけると確信した。私たちも少し参加して、一緒にスポーツをすることで結束力が高まるということを体感することができた。体を動かすと楽しいし、人との距離も自然に縮まるからである。
 次に考えたのは私たちとカヤンの人々との関係性についてだ。私たち「アジア寺子屋」は今までホームステイ先では無償で受け入れていただいていた。しかし、今回は一日に 500 ペソをお支払いし、受け入れていただく形となった。最初はこのこと自体に違和感を持っていた。自分はお金を払ってステイをしたことはなかったが、「お金を払わないことで相手と関係性を築けるように努力ができるのではないか」「お金を介する関係性ではなく、家族のような関係になりたい」「直接お金を払ってしまってはゲストのようになってしまいそう」などと考え、お金を直接的に渡さないことを選択してきた。しかし、実質お金はかかっているのであるから、お金を払うことは何もおかしくない。
 振り返りミーティングの時に「無償で受け入れてもらうこと」「お金をお支払いすること」について話し合うことがあった。メンバー内の意見で「実際にお金がかかっているのだから、お金を払うことはむしろ普通であり、払いたい」という意見や「払わないこそ、気を使わずにお互い必死になれる、相手もそう接してくれるのではないか」という意見やその逆の意見など、多くの意見が出た。どの意見も説得力があり、自分も感じていた感情であった。私としては、罪悪感をなくし、自分が楽になるためだけにお金を払うのはお互いにとってもよくないことであると思ったが、「お金を払わないこと」に関して私たちは考えすぎなのかもしれない、とも思うようになった。確かに、お金を払わない方が家族になろうと必死になれるかもしれないし、暖かい、強い信頼関係を築けるのかもしれない。相手を理解しようと一生懸命になれることもあるのかもしれない。
 しかし、私が 1 年生の時はお金を家族に直接払っていないが、いつまでもゲスト気分が抜けなかった。対照的に、今年はお金を払って受け入れていただいたが、後輩がたった2日間で村の人々ととても強い絆を築いていた。私は気が付いた。結局は勇気なのだということを。お金を払う払わない関係なしに、自分をさらけ出す勇気、相手に一歩近づく勇気、お互いを理解しようとする愛があれば、私たちが求めている家族のような温かい関係性を築くことができるのだなと初めて知ることができた。
 たった数日間であったが、村としての自分のホストファミリーと共に楽しい時間を過ごすことができ、急であったのに受け入れてくださったことに感謝の気持ちでいっぱいである。村の人たちと集まってゲームをしたり、歌を歌ったり、一緒にご飯を食べた日のことはこれからも忘れないだろう。いつもと場所は違ったが、いつもとは違う観点で多くのことを考えることができたし、大切な家族や仲間がカヤンにできた。この経験は、私たちのこれからの活動を考えていく上で強いヒントを与えてくれるだろうと思う。今はCGNのスタッフさん、カヤンに住んでいる人たちへ「SALAMAT PO」の気持ちでいっぱいである。これからも人々とのつながりや関係性の作り方、つなげ方、深め方、について考えることから逃げたくない。全員で向き合おう。


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「1回休み」を意義あるものに
金子聖奈(文学部日本文学専修 3 年 )

 マニラのニノイ・アキノ国際空港に到着したのは、例年と異なる真っ昼間。そして、いつものターミナル3と異なるターミナル1。今年は、出始めから完全にイレギュラーな隊であった。そんななかでのスタディツアー。本来ならば8月 11 日までの5日間の予定だったが、急遽お願いして 24 日まで引き延ばしていただいた。インターンの𠮷村さんには、感謝の念が尽きない。
 さて、スタディツアーのなかで印象的だったのは、初日に訪れた博物館や、植林後に訪れた Suvani’s Avon Heritage Home で、フィリピンの伝統文化に触れられたことである。フィリピンはキリスト教国家であることはもはや自明であるが、伝統的な宗教観のなかには日本と似た、アニミズム的な信仰形態があったことが印象的だった。そして、一神教であるキリスト教と、あらゆるものに神を見出す伝統的な多神教が現代は共存していることに、強い関心を抱いた。 西洋で生まれたキリスト教がフィリピンで布教され、それが一般的になっても、土壌にある信仰心に日本と共通のものがあるということに感動したし、あんなに豊かな自然に恵まれていたらあらゆるものに神を見出すのは、そりゃあ当然だよな、という気もした。
 また、サトウキビの抽出方法が、7 月に沖縄で見たそれと全く同じことに大変驚いた。フィリピンではカラバオ、沖縄では馬を用いる点だけ違うが、基本的な構造は全く同じである。いつその抽出方法が考案されたのかわからないが、同じアジア人として、生きる術の根源的な共通点を感じた(もともと沖縄は本土とは異なる国家、異なる生活形態だということは脇に置いて…)。
 そんなふうにフィリピンの伝統的な生活スタイルや、それを支える大自然への感動を思ったが、植林や鉱山開発現場の見学のときには、その大自然が失われつつあるということ、フィリピンが直面する環境破壊問題を改めて深刻な問題だと思い知った。鉱山開発現場で特に印象的だったのは、実際にそこで働いている人々と会話した内容である。2 年前のスタディツアーではそういった機会がなかったので、生々しい声が聞けたことをありがたく思う。私が話した人は 25 歳で、15 歳のときからイトゴンの鉱山で働いているという。続けるのか?と聞いたら「続ける」と。「怖くないのか?」と聞いたら「もちろん怖い。しかしリスクは承知の上だ」と言っていて、なんだかすごく悲しくなった。そんな自分を危険な状態にさらしているとわかっているのにやめられない生活を目の前にして、自分にできることは何かあるのだろうか……と無力感に苛まれた。ただ、フィリピンの鉱山開発には日本やアメリカも深く関係していたというのだから責任感さえ感じる。自分ひとりが背負ったところでどうにもならないのだが。もし自分にできるのなら、現在所属している NPO 法人ブリッジ・フォー・ピースの拡大事業として、フィリピンの山奥にあるものをアイデアを駆使して販売し、地元でその産業を回転させていくといったことができないだろうか?と考えた。資金面や人手の面でも壁は厚いが、将来的に事業を立ち上げる方向で恩返しすることも視野にいれようと思った。そのような視座を与えてくれた反町真理子さんに心から感謝している。
 スタディツアー後半には、孤児院の訪問、紙漉き体験、カヤンでのホームステイ、手織りの見学など、様々な体験をすることができた。孤児院の訪問は2回目であるが、そこで何と、2年前の訪問を覚えていてくれた子がいて、胸が熱くなった。2年前、私は孤児院で本当にたくさんのことを学ばせてもらった。当時1年生だった私は、直接エリーさんにお話を伺って、どのようにして孤児院の子供たちの心の傷を癒すのか、とか、不躾な質問を遠慮なくしてしまったが、たくさんの時間を割いて答えてくれた。そして、エリーさんは彼女の大切な「娘」であるエリザベスと私をバディにした。エリザベスは当時 11 歳でまだ幼さがあり、爪をよく噛んでいたし、初めて会ったとき、私に向ける鋭い視線はとても懐疑的だった。しかし、交流を続けていたら、書道教室のプログラムで「ありがとう」と日本語で一生懸命書いたものをプレゼントしてくれた。心の傷、キリスト教の愛、フィリピンの社会問題など、さまざまな問題が混沌としているのを感じて、とても印象深い出来事だったのである。
 2 年経ってエリザベスは、誇張でもなく私のことをすぐに分かってくれた。(私も当然エリザベスのことはすぐに分かった!)13 歳になった彼女は、ずっと孤児院の幼い子どもの面倒を見続けていた。赤ん坊を抱いて、ごはんをあげたりあやしたりしていた。とても立派なお姉さんになっていて、Turning Point でたくさんの愛を受けてのびのびと成長したことが感じられた。2 年前の書道作品は、階下の部屋にかざってあると言って、ジョイという同年代くらいの女の子が当時の作品をわざわざ持って来て見せてくれた。こんなに明るくて愛にあふれた空間であったが、その直後に反町さんや職員の方から聞いた子供たちの背景は、衝撃が走るほど暗く悲しいものだった。また、孤児院運営の厳しさも聞いた。私は、Turning Point という場所があの子供たちの居場所なのだから、それを守るために何かできることがあるのならやりたい、できそうだ、と思った。
アジア寺子屋は、「ボランティア団体」になることを疎んじている嫌いがあると思う。そして、「ボランティア団体ではない」ということを団体の色として掲げていることも事実である。物資やお金の支援をすることは、目に見えるかたちで軽率に物事を解決しているにすぎないというような考え方があるような気がする。たしかに「支援」というと、立場に上下ができてしまう印象も受ける。が、私の感覚でいえば「支援」などというものではなく、友人への「贈り物」または感謝のしるしなのだ。
カヤンでのホームステイもまた意義深いものだった。有償ということがアジア寺子屋メンバーにとっては大きなファクターであっただろう。印象としてはカヤンのほうがマデラよりも経済的に豊かに見えた。就寝時間もカヤンのほうが遅い。しかし、マデラに似ている箇所も多くある。たとえば村のコミュニティの結束力だ。最終日の土曜日にはバナナの葉でくるんだ「スティッキーライス」を村人総出で大量にこしらえたが、それはどうやらティクラさんと私の家の親戚が亡くなり、その葬儀に持っていくためだそうだ。亡くなった人や葬儀に参列するティクラさん、ママ・エルマとは血縁関係のない村人も当然いただろうに、そんな人でもみんなでこしらえる。無償の助け合いが当然のように行われていることを目の当たりにし、こういった結束はマデラと変わらなく、素晴らしいと改めて感じた。
ホームステイ体験ができたのは、本当に意義深いものだったと感じている。とくに一年生にとって、マデラに行けなかった悔しさはあるものの来年以降マデラでホームステイをする基盤や指標ができたのは良かったのではないかと思っている。無理なスケジュールのなか、カヤンでのホームステイを実現させてくれた吉村さん、リリーさん、シェーンさんに感謝の念が尽きない。
家族との交流については、正直最初のほうは「今年で最後だし、一週間だし、マデラのように続くわけじゃなくて、きっともう会わないし」といった邪念があり、受け入れる側もお金をもらって受け入れていることもあってか、距離感がマデラとは違って難しかった(いや、マデラではお金を払わないからこその距離感のむずかしさがもちろんあるのだが)。カヤンのホームステイを定義するなら、私の個人的な感想では「家族になる」ということではないような気がした。どちらかというと、文字通り「お金を払ってホームステイ体験をさせてもらう」というためのホームステイ。
また、小学校授業をうまくやらねば、という明確な目的意識がうまれたので、家族との関係性をあれこれ悩むよりもそちらに意識がむいてしまったきらいがある。「小学校授業のためのホームステイ」になってしまわないかと、TALAでも高山と話して全体の雰囲気に注意するようにしたし、自分でも意識はしていた。しかしやはり、マデラのように3年間、という前提がなく、相手も我々にあまり興味があるように見えない……家に帰っても人がいない……となると、最初からあきらめ気味になってしまった。
しかし、ここで後輩の工藤と一緒だったことで意識が変わったように思える。彼女にとって初めてのフィリピン、初めてのホームステイである。積極的に家族と関わるようにしていたし、自分の甘えた心に鞭打たれ、背筋が伸びる思いがした。自然と、家族との会話が増えた。ほかのメンバーのなかには、日本人同士で話してしまって反省したという箇所も見られたが、私たちの場合は2人で協力して(私が工藤に触発されて?)家族と関わることができたので、良い方向に働いたと考えている。最終日の夜には、工藤とハヤシライス風の煮込みを作った。そのときに、次はいつでも、CGN の仲介なしに来て良いということを言ってくれたのは心から嬉しかった。ビジネスの関係から始まっても、そうじゃないところで繋がりができるのは人間として繋がれたということだと思う。家族には本当に感謝している。
アジ寺の本来のキャンプ、本来のホームステイは「1回休み」になったわけだが、それによって自分たちのホームステイを対象化・相対化することができたのは今回の旅の収穫だ。相対化するというのはそのままの意味で、どちらが良いかを吟味することではない。自分たちがやってきたことを絶対化しない、ということだ。無償のメリット、デメリットを有償だった今回と重ね合わせて十分検討できる。有償/無償という切り口だけでなく、単発(1回)/長期的(3回)かという切り口でも考えられるだろう。自分たち本来の活動(マデラでのホームステイ)しかしてこないなかで、その意味を問うのはあまりにも無謀だった。答えが出ないのも当然だ。有償のホームステイを経験できたことで、自分たちのマデラでの活動を相対化して俯瞰的に見ることができたと思う。それは、フィリピンとの関係がややマンネリ化していた、行けることが当たり前で感謝の気持ちも薄れていた(と思っているのは私だけ?)アジア寺子屋の流れに、よい薬となったのではないかと思う。 今年学んだことを踏まえて、これからマデラとどう関わっていくか、どう向き合っていくかを考えるのは後輩たちが主役だが、今年の体験はよい判断材料として参照できるのではないかと思う。
さて、そういう経緯でカヤンでのホームステイを通して、私なりに 3 年間問い続けたことの答えが出た。アジ寺なら一度は悩むのではないか?「家族って何だろう、家族になるってどういうことだろう」という問いである。それは今回の有償のホームステイを経験したから分かったのかもしれない。つまり自分の答えは、フィリピンの山奥でもうひとつの家族に出会うということは、金銭のやりとりの介入なしに、村のコミュニティの、無償の助け合いの関係に組み込んでもらえるということだと思う。「家族」というと、そのホストファミリーのみとどう家族のような関係を築くかに志向が傾きがちだ。
しかし、フィリピンの村では村全体が家族のように、他人の子供でも面倒を見るし、互いに親戚関係のように信頼しあっている。「ただいま」といえるもうひとつの家族に出会う、というアジア寺子屋のキャッチフレーズは良くも悪くもメンバーを悩ませる。そして私は、「愛」とか「絆」とか、そういったフワッとした実体のない言葉で形容することに違和感を持っていた。そんな中で、批判もあるかもしれないが自分なりの一つの答えが出せたことにはひとつの3年間の完成形を感じる。
たとえばナヨンでは、私が熱を出したときに名前も知らない近所のご婦人が心配してお見舞いに来てくれた。たとえばマデラでは、私がイゴロット語で近所の家の人に「こんばんは」を言っただけで、知らない人にまで「セナが Gawis ai lavi って言ってた!」という話題が伝わっていた。無償でこの素晴らしいコミュニティのなかに入れてもらえることが、村の一員として迎えてもらっていることであり、家族になるということ、その場所に足をつけて生きていく一員になることだ、と私は3年間問い続けたことの答えとして、最後に締めくくって終わりたい。

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by cordillera-green | 2017-09-11 22:26 | スタディツアー

カトリック教会グループのフィリピン・ツアー報告

 2016年2月の頭に、カトリックの伊藤幸史司祭と信徒の方々がフィリピンを訪れました。コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)では、イトゴンの鉱山開発地域、コーヒー農園などをご案内しました。参加者の方々がとても素敵な体験レポートを冊子にしてくださいました。オンラインで読めますので、ぜひ!






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by cordillera-green | 2016-08-30 13:35 | スタディツアー

水牛と山岳民族の”循環する暮らし”ツアー旅日記

2016年2月に加藤大吾さん率いる都留環境フォーラムと協同で企画・催行した「水牛と山岳民族の”循環する暮らし”~フィリピン山岳地方でホームステイの旅~」は、思わぬハプニングが続出しましたが、タフで心優しい19歳から74歳までの素敵な参加者の方々のおかげで無事楽しい旅を終えました。

参加者の一人で、町の大学で教鞭をとりながら、都留市で農業を始めたという山田浩子さんが、旅の一部始終をご自身のブログ「農天気な暮らしはじめました!」にアップしてくださりました。すばらしい観察力と考察力で、あの小さな村での1週間を11の章に分けてまとめてくださいました。

浩子さん、ありがとうございます!


。。。。。。。。。。。



①精霊の村

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-133.html

②伝える

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-134.html

③田しごと

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-135.html

④法事

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-142.html

⑤夜の宴

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-139.html

⑥脱穀

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-138.html

⑦助け合い

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-140.html

⑧Money is...

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-141.html

⑨Home

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-143.html

⑩旅の仲間

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-144.html

⑪変える人

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-145.html

番外編

http://noutenkinakurashi.blog.fc2.com/blog-entry-146.html


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by cordillera-green | 2016-04-14 19:36 | スタディツアー

2016年春の水牛と山岳民族の”循環する暮らし”スタディツアーのチラシ配布中です!

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水牛と山岳民族の”循環する暮らし”

~フィリピン山岳地方でホームステイの旅~
(マニラ集合・解散)


旅行日程:2016 年2月23日(火)~3月1日(火)7泊8日
訪問&滞在先:フィリピン バギオ市/マウンテン州マリコン村&マイニット村
ツアー料金:68,000円(マニラ集合&解散のため、航空運賃は含まれていません) 

※バギオ市での滞在を延長しての英語学校「ストーリーシェア」での留学も特別料金で受け付けています。詳細はお問い合わせください。
募集対象:学生、社会人、お子様連れ、どんな方でも歓迎です!
最少催行人数:6名 
※都留環境フォーラム代表・加藤大吾が同行します。
※バギオ市滞在の方のバギオからの参加も受け付けています。
主催:都留環境フォーラム 
http://www.teforum.org/
 Cordillera Green Network(フィリピンの環境NGO)
http://cordigreen.jimdo.com/
協力:ストーリーシェア バギオ校
http://baguio.storyshare.jp

お問い合わせ先:
NPO法人都留環境フォーラム 
TEL:0554-46-0039
402-0046 山梨県都留市十日市場1531-2
daihyo@teforum.org

日程詳細は以下をご覧ください。


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by cordillera-green | 2016-01-16 18:56 | スタディツアー

水牛と山岳民族の”循環する暮らし” ツアー 日程の詳細です

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水牛と山岳民族の循環する暮らし

~フィリピン山岳地方でホームステイの旅~

(マニラ集合・解散)

旅行日程:2016 223日(火)~31日(火)78

訪問&滞在先:フィリピン バギオ市/マウンテン州マリコン村&マイニット村

ツアー料金:68,000円(マニラ集合&解散のため、航空運賃は含まれていません) 

※バギオ市での滞在を延長しての英語学校「ストーリーシェア」での留学も特別料金で受け付けています。詳細はお問い合わせください。

募集対象:学生、社会人、お子様連れ、どんな方でも歓迎です!

最少催行人数:6名 

※都留環境フォーラム代表・加藤大吾が同行します。

※バギオ市滞在の方のバギオからの参加も受け付けています。

主催:都留環境フォーラム 

http://www.teforum.org/

 Cordillera Green Network(フィリピンの環境NGO

http://cordigreen.jimdo.com/

協力:ストーリーシェア バギオ校

http://baguio.storyshare.jp


お問い合わせ先:

NPO法人都留環境フォーラム 

TEL:0554-46-0039

402-0046 山梨県都留市十日市場1531-2

daihyo@teforum.org
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訪問&滞在地の紹介

●バギオBaguio

北ルソンの代表的な町です。標高1500メートルの高地にあって年間を通してたいへん涼しいため、アメリカ軍人の避暑地として開発されました。政治家や芸能人などのお金持ちが避暑のための別荘をもち、フィリピンの人にとってはあこがれの観光地です。最近は、英語を学ぶ日本人留学生も増えています。たくさんの大学があり、山岳民族を含むほかの地域からの学生も多く、若く活気にあふれる街です。先住民の暮らすコーディリエラ山岳地方への入口でもあります。

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●マリコン村Maligcong

バギオからバスで6時間ほど山岳地方に入ったマウンテン州の州都ボントクから1時間ほど山を登ったところにある棚田の村です。観光客でにぎわうバナウエの棚田の壁が土でできているのに対して、マリコンの棚田の壁は石で造られています。棚田の美しさはバナウエ以上といわれています。ボントク族と呼ばれる先住民族が暮らし、今でも棚田の農耕サイクルに合わせたたくさんの儀礼が継承されています。


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●マイニット村Mainit

マイニットとはフィリピン語で「熱い!」という意味。その名の通り、村のいたるところから温泉が湧きだしています。古くから村人は朝、田んぼ仕事に行く前と、帰ってきてからの1日2回温泉に入る習慣があり、村のあちこちに浴場がありました。地獄谷のように村のあちこちから湧き出す温泉は山岳地方でも珍しく、わざわざやってくるツーリストのためにゲストハウスも数軒あります。最近、住民による小規模金採掘がはじまり、問題になっています。


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フィリピン側ツアー受け入れ団体:


環境NGO「コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(Cordillera Green Network =CGN

2001年にルソン島北部のバギオ市に設立されたフィリピンの環境NGO。代表は日本人の反町真理子。山岳地方の環境保全活動を行いながら、環境に負荷を与えない方法で先住民族の暮らしの改善のために活動しています。植林、有機農業指導、大学生のための奨学金サポート、環境教育とともに、先住民族の自立のためのコーヒーの森林農法(アグロフォレストリー)による栽培指導とフェアトレードのサポートを行っています。

ホームページ http://cordigreen.jimdo.com/

ブログ http://cordillera.exblog.jp/


協力団体:

ストーリーシェア バギオ校

自然に囲まれた環境の中で、集中して学べるのがフィリピンの英語学校の草分け的な存在の「ストーリーシェアのバギオ校」です。メソッドのこだわったカリキュラムと、質の高い講師陣が評判です。 バギオには英語しか話せない校舎と、日本語も使える校舎の2校があり、生徒さんの希望で選ぶことができます。今回のツアー参加者の方は、授業料を2週間まで5%。それ以上は10%の割引としてくれることになりました。ツアー後に英語留学をご希望の方は最終日の翌日、火曜日からの授業をスタートできます。ツアー前の留学も可能ですので、お問い合わせください。

ストーリーシェア バギオ校 http://baguio.storyshare.jp

料金表 http://baguio.storyshare.jp/price/





企画意図:

 電気、水、エネルギー(ガス)などが当たり前にあり、インターネットで即時に世界中のあらゆる情報が入手でき、24時間コンビニに行けば暮らしに必要なたいていのものが手に入る日本は、世界一、便利で清潔で安全な国でしょう。一方で、日本では、人間が本来持ち合わせているはずの「生きる力」「生き抜く意思」「生き残るため知恵」が失われつつあるといえるかもしれません。

 フィリピンのルソン島北部の先住民族が暮らす山岳地方(コーディリエラ地方と呼ばれています)は、道路や電気などのインフラ整備がいまだ行き届いていないところも多く、いまも先住民族である多くの住民が稲作を中心とした自給自足に近い生活を営んでいます。自分たちの食べるものは自分たちで育て、あるいは採取し、家は自分たちで作り、家族で頼り合い、ときには迷惑をかけあい、祭りや冠婚葬祭の際にはコミュニティで協力し合って行うことで成り立っている山岳民族の「村社会」は、“お金”という基準で考えれば間違いなく“貧しい暮らし”ですが、日本の今の暮らしにはない「工夫」と「シェア(共有)」に満ち、「笑い」にあふれ、一人一人が「幸福感」を実感できる社会であるともいえます。

しかし当の先住民族たちは、日本のような便利な暮らしにあこがれ、身近にある自然やコミュニティのつながりを犠牲として“お金”という基準における“豊かさ”を目指しています。豊かな森を焼いて商業野菜栽培のための畑地に転換したり、危険な薬品を使う小規模鉱山開発や水資源開発に「イエス」をいうコミュニティも増え続けています。

 このツアーでは、参加者が山岳民族の自然とコミュニティに根差したシンプルな暮らしを体験し、人間が本来もっている「力」を見つめ直すきっかけとするとともに、日本人として地球レベルの環境破壊に対してできる小さな行動の「種」を探します。




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by cordillera-green | 2016-01-07 20:38 | スタディツアー

水牛と山岳民族の ”循環する暮らし~フィリピン山岳地方でホームステイの旅~


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水牛と山岳民族の ”循環する暮らし”     
~フィリピン山岳地方でホームステイの旅~ 

電気や石油は必要最低限で家畜や伝統的な知恵を存分に使う暮らし。
今や最先端と呼べる自然の仕組みに寄り添ったシンプルな先住民族の暮らし。
私たちにとって、何を大切にすべきか?を感じさせてくれるでしょう。

日程:2016 年2月23日(火)~3月1日(火)7泊8日
滞在先:フィリピン バギオ市、マリコン村&マイニット村    
※温泉と棚田の村。農耕サイクルに合わせた儀礼が継承されています。
ツアー料金:68,000円(マニラ集合解散、航空運賃等別)     
※滞在延長して英語留学も特別料金で受付
内容:先住民族の家にホームステイ、棚田を水牛で耕して田植え、小学校訪問、伝統的な暮らしぶり、電気を必要としないで暮らす。
募集対象:学生、社会人、親子
最少催行人数:6名募集締切:20016年2月19日(火)
主催:都留環境フォーラム ※代表・加藤大吾が同行   
Cordillera Green Network(フィリピンの環境NGO)
協力:英語学校ストーリーシェア、マリコン村教会

参照:はたらく馬協会 http://working-horse-as-jp.jimdo.com   
CGN http://cordigreen.jimdo.com/

申込先:NPO法人都留環境フォーラム    
402-0046 山梨県都留市十日市場1531-2    
TEL:0554-46-0039  
daihyo@teforum.org


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by cordillera-green | 2015-12-30 00:29 | スタディツアー