人気ブログランキング |

Cordillera Green Network ブログ

cordillera.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:環境教育( 70 )


2019年 07月 29日

演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ⑧ バナウエ国立高校

b0128901_21051001.jpg

b0128901_21050878.jpg
b0128901_21050726.jpg
b0128901_21050574.jpg

バナウエ国立高校なんていうから、バナウエの真ん中にある高校かと思ったら、マヨヤオに向かう道のマヨヤオに入る手前すぐのところ、ドゥクリガンDucliganというところにあるのが、この高校です。マヨヤオ代表トゥラエド高校とは目と鼻の先。でも、行政区域はバナウエ町とマヨヤオ町と分かれています。スネークリバーの愛称で蛇のように蛇行する川の景観とその川沿いの棚田で知られているのがドゥクリガンです。その川の蛇行具合がとてもよく背景幕に描かれていました。
高校は、これでもかというくらい石段を下りて行ったところにあって、帰るのが憂鬱になります。でも、この道を生徒たちは毎朝晩、元気に通っているのだあなあとおもったら弱音を吐いてはいられません。
携帯電話も電波が通じないという、今の世の中では「天国」みたいなところで、ゆえに連絡はうまくつかない苦労もプロジェクト中にはありました。
それゆえにか、モノローグ原稿の提出もなく、残念ながらこのブログでモノローグを記録として残せませんでした。
担当だったヒルダ先生は、ドゥクリガンの出身。このあたりのことは何でも知っている重鎮です。学校ではフィリピン語の先生で、演劇担当の先生は別にいたのだそうですが、たまたまラガウェの教育省に行ったときにこのプロジェクトの話を聞いて「私を参加させて!」とむりやりリストに入れてもらったそうです。さすがに文系の先生。文章を書くのはお得意いでさらりとこなし、課題も誰よりも完璧なのを先に出してくれました。
たぶん地域につながる民話や物語もたくさん知っているはず(人柱の話怖かったあ)。そんなお話もいつか聞いてみたいです。
(ああでもモノローグが。。。)

というわけで、ビデオ映像と写真での報告となります。





by cordillera-green | 2019-07-29 19:09 | 環境教育
2019年 07月 29日

演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ モノローグ⑦(ラガウェ国立高校エクステンション)

b0128901_18171661.jpg


イフガオ州でこのプロジェクトを始めようとしたときに、イフガオ州の教育省との打ち合わせをし、協力を得ることがまず第一ステップでした。イフガオ州の州都ラガウェ町には立派な教育省の建物があるのですが、なんと休日なしで、だれでも入れるオープンなスペースになっています。朝10時と午後3時には、軽快な音楽がスピーカーから流れ、職員たちはそれに合わせておしりを振ってダンスをすることになっているそうです。

ああ、なんて明るい教育省! 働いている人のほとんどが女性で、イフガオの手織り布で仕立てた鮮やかな制服を誇らしげに身に着け、意気揚々と働いていました。


その敷地の一角に、先住民族教育センターというのがあって、イフガオ独自の伝統文化を取り入れた教育教材の制作とモジュールづくりをしています。

なんと教科書の対象は幼稚園向けから小学校6年生までで、学年ごとにレベルに合わせて作られています。別冊で楽譜付きのイフガオの伝統の歌の本まであります。

制作スタッフは、すでに退職したイフガオ州の元教員たち。骨身を惜しまず、この小さな先住民族センターに集まっては、教科書のドラフトに相談を繰り返しながら赤字を入れていました。さすが、多様性の国、フィリピンです。先住民族や民族語教育を教育に取り入れようという動きは以前からありましたが、州の教育省を上げてここまでやっているのはきっとイフガオだけではないでしょうか?


b0128901_18175138.jpg


私たちのこの演劇プロジェクトのテーマは「楽しい農業」なのです、と話したら、それはもうイフガオ州教育省が推し進めている先住民教育とぴったり合致するということで、イフガオ州教育省は強力なるサポートを約束してくれました。で、当初の予定は一つか二つか多くても3つの学校を対象にしようと思っていたのですが、イフガオ教育省は、もっと対象校を増やしてくれと言います。


イフガオの棚田といえば、まずはバナウエをだれもが思い浮かべます。ユネスコの世界遺産として有名ですから。でも世界遺産の棚田があるのは実はバナウェだけではないのです。キアンガン、マヨヤオ、そしてフンドアン。この4つの町の一部の棚田が世界遺産になっています。一方、このプロジェクトは農業に焦点を絞った「世界農業遺産」の指定地を対象にしています。国連の食糧農業機関(Agriculture Organization of the United Nations (FAO)) が指定する世界農業遺産では、イフガオ州全域の棚田がその対象です。


教育省の熱心なおばさま方は言います

「なんで、なにもかもユネスコ世界遺産の地域だけなの? 不公平でしょう? ここラガウエにだって棚田はあるのよ! 農家の苦労はおんなじよ!」

おっしゃる通りです。そして、教育はだれにでも公平に行き渡るべきです!

というわけで、プロジェクト対象の高校は、普段はあまり脚光を浴びていない(棚田狙いのお客さんが訪れない、ユネスコの棚田景観を守るための事業地でない)、山の中の交通の便の悪い学校、分校、新設校などになったわけです。


b0128901_18183622.jpg


このラガウェ国立高校も、バナウエに向かうクドックCudogという地域に新しくできた高校です。

今回の参加校の中ではいちばん町に近い学校といえるでしょう。

先生もいまのところ寄せ集め的な感じもしなくもない。この学校からは3人も個性的な先生が参加してくれましたが、3人3様でした。ジョナリン先生はヌエバビスカヤ州出身でイフガオの人と結婚して引っ越してきましたが、伝統文化にはまだあまり詳しくありません。イフガオの言葉もわからない。デニス先生はアシプロというキアンガンのお隣にあるカラングーヤ語を話す地域の出身で民族芸能の継承にも熱心。一番若い新米先生のケニーも育ったのはマニラで、あまりイフガオの文化に関心がないみたい。


そんな3人のでこぼこ教員チームは、きっと明らかに生徒たちのパワーに気圧されながら演劇制作をしたのだと思います。

古い農業サイクルの話は聞き書き取材はしたものの、なにひとつ見たことないのがラガウエの町の生徒たちです。

ラガウエの生徒にとっては、ほかの地域に鉱山開発で出稼ぎに行ったり、マニラや海外に働きに行ったりというのがとても身近かなところにあるのだろうなと感じました。また、たぶん山奥ではいまだタブーである「土地を手放す(売る)」という選択が、この辺りでは当たり前になってきているのを感じました。稲作に関しても、商業米の品種が広がり、機械化もかなり進んでいます。若者たちの農業離れも著しいことでしょう。

これからのイフガオの若者たちが解決していかなくてはいけない問題が、ラガウエの生徒達の演劇にはいろいろ盛り込まれていて、もっと深く掘り下げる機会を持ちたいと思いました。どっぷりイフガオではないこの3人の連係プレーだからできた演劇制作だったと思います。





ベン・バリノン

Ben Balinon

私はベン、92歳です。5人兄弟の家族でした。私の父は、伝統にならって家の土地を長男に受け渡しました。生きていくことがとても困難だったため、私は新しい職と土地見つけるために別の場所に移り住みました。下の兄弟たちを支えるために、鉱夫として働きました。その後、故郷に帰ることとし、妻と出会い、家族を持つことにしました。私たちは8人の子どもを授かりましたが、残念なことに、神様はそのうちの2人をお連れになりました。


b0128901_18192673.jpg


アニータ・カプヨ

Anita Capuyo

 私は80歳のアニータ・カプヨです。ジョージという夫がいます。私は四番目の子供です。私たちは小さな田んぼを持っていましたが、父が2番目の子供に譲り、彼は土地を売ってしまいました。田んぼでの作業に、私はすでに多くの問題を感じていました。水不足、鳥やミミズ、そしてネズミによる被害などです。なので、 私は農薬、殺虫剤、除草剤を利用していました。


b0128901_18211247.jpg



ジュリアン・マグリブ

Julian Manglib

私は72歳のジュリアンです。教師を定年退職しました。私の妻はエミリア・マングリブといいます。私たちの年代のものが、田んぼ仕事をしていた時代にはこんなプロセスを踏んで農作業は行われていたものです。

 

1.カヒリムンKahi-Limun
収穫後2ヶ月以上たち、あるいは田んぼの稲わらが枯れ腐っきたら、男性はボロ(なた)、ガウドゥと呼ばれる鋤、デュロンを使用して代かきをする。

 

2.カヒホプナクKahihopnak
農民たちは田んぼの一角を整備し、泥で囲み、泥を平らに整えます。これをホプナカンといいます。

 

3.カヒロバ/カヒルポンKahiloba/kahilupong

女性たちのグループ「ムンーウブmun-uubu」が、こちらの田んぼ、あちらの田んぼと回り、あぜ道(バノンbanong)を整えます。使う道具は、バランヤbalangya’, “オタックotak” そして “ダハグdahagの3つです。ほかの者たちは「ロバloba」よ呼ばれる棚田の壁を手直しし、その傍ら、雑草や薬草、、その他の田んぼに入れて堆肥になるような柔らかい植物を刈ります。

 

4.カヒバノンKahibanong

ヒノンナクhinopnakと呼ばれる苗がが育つの待つ間、農家は田んぼの泥を繰り返し鋤で掘り起こし土を柔らかく,もっとどろどろにします。さらに、それを田んぼの崩れているところに置き修復します。

5.カヒボジェKahiboge
このシーズンになると、優しくヒノンナクhinopnakについた泥を洗い流し、それを束ねてそれぞれが田植えをする田んぼに運んぶのです。

6.カヒカゴトKahikagoko
田んぼ仕事に行くのはまたも女性たちです。注意深く田に入り、水草を抜き、足でそれらを泥に埋め、それらを腐れせ堆肥として稲の生育を助けるように仕向けます。

 

7.カヒトゥルオKahitul-o

収穫期のことを言います。

 

注)今の農家は以下を使っています

A. ガムランに代わって稲刈り鎌

B. 耕す土を細かくし柔らかくするためのロータ

C.籾を茎からはずすための脱穀機

D. 杵臼に代わる精米機


b0128901_18215290.jpg

 

 


ペドロ・マアワ

Pedro Maawa

私は72歳のペドロ・マアワです。私たちには息子2人と娘2人の4人の子供がいます。私が子供のころ両親が田んぼ仕事をしていた時のことを思い出しますと

子どもたちは一生懸命両親を手伝おうとしていました。田んぼでは、ミミズ、ゴールデンコホール(外来種のタニシ)、水不足、鳥などの被害がとても厄介でした。先祖たちはこれらを解決するためにチャントや“バキbaki”を唱えたものでした。


b0128901_18232083.jpg

 

アグネス・ガドイコン

Agines Gad-icon

私は58歳のアグネス・ガドイコンです。8人兄弟の最初の子供です。

最初の子供ということで、伝統風習に従い、父は私にすべての土地をくれました。夫ローレンス・ガドイコンとの間には、4人の子どもがいます。フクボン村で教鞭をとっている子を除いた3人は、すでに結婚しました。農家の生活はたいへん厳しいです。生産量を上げるのには、勤勉であることのみです。田んぼでは、ゴールデンコホール(外来種のタニシ)、キウィットkiwit、生育の悪いコメ、稲を腐らせる“taliktik”という問題がありました。


b0128901_18235610.jpg

 


*****

  

Ben Balinon

I’m Ben Balinon , I am 92 years of age. Weare five siblings in the family. My father gave our filed to my eldest sibling that is how it supposedly since it was a tradition. Because of hardship of life, I decided to move to another place to look for a work that I can handle.I worked as a miner to help my younger siblings. I planned to go back to the place where I belong and I saw my wife then planned to settle, together with my family. We have eight children, unfortunately, God get back the two of them.



b0128901_18244819.jpg

 

Anita Capuyo

I’m Anita Capuyo, 80 years old. I have a husband named George Capuyo. I am the fourth child in our family. We have small field that my father gave the second child then he sold it. Within the span of time working in the field, I already witnessed lot of problems in the rice fields. Namely: water shortage, birds, earthworms, and rats.

With all these problems encountered I made use of pesticides, insecticides and weeding.


b0128901_18261394.jpg



Julian Manglib

I’m Julian Manglib, 72 years of age and aretired teacher. I have my wife named Emilia Manglib. During my generation, the following are the chronological processes or working season on the field that I witnessed in working in the fields.

  

1.Kahi-Limun- done during two or more months after harvest time, or when the stalks are withering and rotting. The men used bolos, “gaud” or spade and “dulong”
2.Kahihopnak- The farmers prepare the pun “hopnakan”, a part of the rice field cleaned very well, encircled with mud and levelled.
3.Kahiloba/kahilupong- groups of women “mun-uubu” go from one rice field to another cleaning the “banong” rice paddies. Tools can be use: ‘balangya’, “otak”and “dahag”. Others cleaned on the “loba’ hill wall of the rice field wherein they chop grasses, herbs and other soft plant to be placed on the rice filed toadd as natural fertilizer。

4.Kahibanong-While farmers are waiting for the hinopnak to grow, famers repeatedly step on the mud by pushing it with their spades to make it bit soft and sticky. Then the put them on the damaged or eroded part of the rice field.
5.Kahiboge-This season, farmers gently pull the hinopnak and wash the mud. Then they bundled and carried to their field to plant.

6. Kahikagoko-the women go to work again, carefully going to the rice plant and pulling water weeds and stepping on them into the mud to be rotten and helpfertilize the growing plants.
7. Kahitul-o This is the harvesting time.

 

Note) Farmers now use:

A. sickle(gapas) in place of gumulang

B. Rotor to pulverize and soften plowed soil

C. Portable Thresher to separate the rice grain from the rice stem

D. We have now rice mills in place of mortar and pestle



b0128901_18272895.jpg

 

Pedro Maawa

I’m Pedro Maawa, 72 years old. We have four children, two boys and two girls. What I observed during our time when our parents are working in the field, their children are trying their best to help their parents. The problems that we encountered were worms, golden “cohol”,shortage of water and birds. Forefathers before tried to perform chant or “baki”to eliminate these problems in the field.


b0128901_18280959.jpg

 

 

Agnes Gad-icon

I’m Agnes Gad-icon 58 years old, I am the eldest among the eight children of my parents. Since I am the eldest, my father gave me the family field as accordance to the culture. We have four children in my own family with my husband Lawrence Gad-icon. All of our children got married except one who is teaching in Jucbong. A life of a farmer is too hard.All you need is to be diligent to become productive. In farming, there are problems like: golden “cohol”, “kiwit”, plants that don’t grow, “taliktik” that rotten the rice plants.


b0128901_18284377.jpg





by cordillera-green | 2019-07-29 17:09 | 環境教育
2019年 07月 25日

演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ モノローグ⑥(ハピッド国立高校-ラムット)

b0128901_23565557.jpg
ハピッド国立高校のあるラムットは、低地の穀倉地ヌエバ・ビスカヤ州からラムット川を渡ってイフガオ州に入って最初の町です。山は少なく、険しい山と棚田のイメージのイフガオの中では異質な地理条件です。農家の人たちの生計手段は、トウモロコシ栽培、家畜の放牧、ティラピアの養殖などで、稲作は少ないようです。


ハピッド国立高校でこのプロジェクトを担当したベネリンは、美しい棚田の町マヨヤオのバランバン村の出身です。CGNが2009-2010年くらいにバランバン村の中学校で演劇のワークショップをやった時に、ベネリンの弟のヘイゾンが参加し、最年少ながら素晴らしい体の動きでファシリテイターとスタッフを魅了しました。2011年にCGNがさまざまな先住民族の高校生たちの混成チームで日本に演劇公演と環境教育ワークショップのために行ったときに、最年少で選抜されて参加したのがヘイゾンでした。

兄弟が多く貧しい農家の家庭の出身だったため、CGNは大学に行きたいというヘイゾンに奨学金サポートを始めました。姉のベネリンも優秀で向学心にあふれている教員志望ということで、CGNは姉のベネリンの大学の授業料のサポートもしました。ベネリンは無事教員試験をパスし、本当は故郷のマヨヤオで教員になりたかったそうですが、空きがあったラムットのハピッド高校で夢の高校教員生活を始めています。


イフガオ州教育省にこの演劇プロジェクト受益者となる高校を上げてもらったときに、実はハピッド高校は入っていませんでした。同じイフガオといっても大きく3つの言語があり、とくにアヤガン語を英語に訳してファシリテイターに伝えてくれる人がワークショップでは必要と思い、CGN奨学生だったベネリンに通訳できてもらったのですが、ワークショップ会場でベネリンはあっという間に通訳より演ずるほうに夢中になり、いつの間にか参加者の中心になっていました。

2018年10月の上田市の街中演劇祭の参加メンバーにも選ばれて、弟に次いで日本訪問も果たしました。夢に向かってベストを尽くし、確実に一歩ずつ歩んでいく誠実な姿勢は、イフガオでのワークショップから上田の公演での演技まで、すべてのステップで彼女の個性として輝いていました。










ジェリー・ブワイ

Jerry Buway

私はジェリー・ブワイです。農家であると同時に、牧草地で牛を飼育しています。牛が逃げていないことを確認するために、日に3回フェンスを確認しなければなりません。

私たち経験した問題は、牛が牧草地から脱走し、他の人の作物を荒らしたことです。そうなったら、私たちは牛が荒らしたものを弁償しなくてはならないのです、ほかの牧草地では牛がいなくなってしまい、どこにも見つからなかったということもありました。



b0128901_23574169.jpg

ロシータ・ブラユンガン

Rosita Blayungan

 私はロシータ・ブラユンガンです。いま59歳ですが29歳の頃より「バンカグ」と呼ばれるトウモロコシ栽培をしています。幼少期の頃から親にくっついて畑仕事をしていました。結婚してからもずっと農業で生計を立てています。

 私たちが実践している伝統的な文化に“ウブフUbfu”というものがあります。ウブフとは、人々がお互いに植え付けや収穫といった畑仕事をお金という報酬なしで助け合うというものです。誰かが手伝ってくれたらそのお返しにまた手伝うという伝統的な文化です。

 トウモロコシ栽培は、リスクのあるギャンブルのような仕事です。儲かるか損をするかわかりません。長い間の農業経験から、植え付け、収穫、マーケティングそれぞれの分野で問題を経験してきました。

 問題の一つは、何週間も雨が降らないこと、そしてネズミが作物を食べてしまうことで、収穫が減ることです。収穫が少量だと利益が減り、植え付けのために買い入れた借金返済が滞ります。台風が来た時は、収穫前のトウモロコシが破壊されました。このような出来事があっても私たちの家族は何とか生き延び、子どもを学校に送ることができています。どんなにたいへんでも私たちにはトウモロコシ栽培が生計手段なので、植え続けていくしかないのです。

b0128901_23581630.jpg

ベン・ブウェイ

Ben Buway

私はベン・ブウェイです。現在は45歳で30年間、稲作と「カイギン」や「マンウマ」と呼ばれる焼き畑に従事してきました。

私の長女は豆や白菜などの野菜栽培をしています。

稲作はたいへんが、実際のところは私たちの主食供給してくれています。

一般的な問題の一つはティカグと呼ばれる干ばつの被害に遭うことです。雨が降るのをただ待つしかないのです。

なぜなら、水を供給するための灌漑施設がないからです。

そんなわけで、収穫は少ししかありませんでした。

時々雨が降らない時は、稲ではなくバナナを植えたり、日常生活に必要なものを得るために、焼き畑をします。

もう1つの問題は私たちの稲に被害を及ぼす「ファヒクリ」というタニシやキウィット、その他の昆虫などです。

以前は有機肥料を使っていましたが、今では「アボノ=化学肥料」と農薬を使うようになっています。

焼き畑をしている私たちのもとに、村の代表と農業省、環境資源省のスタッフがやってきて、「アボノ=化学肥料」や農具、苗木を支給してくれたことがありました。収穫が終わった後には、植樹をするようにということでした。


b0128901_23590187.jpg


Jerry Buway

I am Jerry Buway, a farmer and at the sametime, I am raising cattle or cow in our pasture. I have to visit and check the fences three times in a day to make sure that our cattle did not escape.

The problems we had experienced was when our cattle went out the pasture; and destroyed the plants of other people. Sowe are responsible to change anything that was destroyed by our cattle. In some pasture area, cattles just disappear and nowhere to be found.


Rosita Blayungan

I AM Rosita Bulayungan, 59 years old and I’ve been farming “bankag” or planting corn for 29 years, since childhood, I used to go with my parents in the farm working until now that I’m married we still do farming as our source of income.

One tradition that we practice is the “ubfu”where in people will come to help in the farm to plant and harvest without wage. In return, we will also go and help them when they will perform “ubfu”.

Planting corn is like gambling that you have to take risk. It’s either you gain or you lose. With the years of experience in farming there were common issues and problems we encountered during the planting, harvesting and selling.

One problem was drought weeks without rain will wither the plant and mice eat the plants and the result is little harvest.In little harvest means a few to sell and not enough money to pay debt that was borrowed as capital in planting. When there were typhoons, it destroys the corns which are not yet ready for harvesting. With all these incidents, my family was able to survive and able to send our children to school and no matter how difficult, we will still plant corn for it is the source of our livelihood.


b0128901_23593437.jpg

Ben Buway

I am Ben Buway, 45 years old and almost 30 years in doing rice farming including “kaingin” or called “man uma”.

My eldest daughter is into gardening like planting beans, petchay and others.

Planting rice is hard but it actually sustains our basic needs.

One common problem I encountered is drought or what we call “tikag”, because I’ll just wait for the rain.

Moreover, there is no irrigation to supply us water.

Therefore, we have a few harvests.

Sometimes when there is no rain, I will not plant rice but banana or we go for kaingin to sustain our daily needs.

Another problem is the snails “fahikur”, “kiwit”and other insects which destroy our rice plants.

We had been using organic fertilizer before but at present we are using “abono”and chemical spray.

There was a time when our “barabgay” Chairman and staff from DOA and DENR came to distribute “abono”, tools used in farming and even seedlings for us who do kaingin to plant after the harvest or what we called “tree planting”.


b0128901_00003010.jpg



by cordillera-green | 2019-07-25 23:13 | 環境教育
2019年 07月 25日

演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ モノローグ⑤(カバ国立高校-ラガウェ)

b0128901_22150342.jpg
イフガオの州都ラガウェ町からは二つの高校が最後の発表まで参加しました。そのうちの一つカバ国立高校は、橋のたもとから、川沿いに未舗装の美しい道をどんどん行ったところにありました。ラガウェは「町」のイメージが強かったのですが、その思い込みを覆す、携帯の電波さえ入らない美しい村でした。さらにその奥にも、ラガウェの最初にできた国立高校ANAVSがあり、道がなくてオートバイでないといけないと聞いて、イフガオの奥の深さに感じ入りました。


カバ国立高校のこのプロジェクトの担当はアンブルース先生。見た目からまじめな堅物かと思いきや、いつも新鮮で独創的なアイデアにあふれている隠れアーティストでした。

背景幕ワークショップでは、ほかのすべてのが学校が美しい風景を描こうとした中、雨季で濁流の流れる茶色い川と、それに閉口した「開発」の象徴である「道路」を描きました。そして昔あったけど、いまは失われているコーヒーの木の小さく赤い実を描いた山に描き、どこよりも問題意識が高く、個性的な背景幕となりました。


アンブルース先生は聞き書きのテーマにも独創性がありました。新たな生計手段として可能性がないかを探るためのコーヒー栽培についての歴史、そして、ほぼ失われてしまった「イパッド」という儀礼についてです。未来と過去。二つの聞き書き要素をどう一つの演劇に盛り込むかは大きなチャレンジになりました。


アンブルース先生は10月に上田街中演劇祭に参加した時の参加者に選ばれ、俳優としての能力も開花していました。いつでもどこでも頼りになる、アンブルース先生でした。



ジェラルド・バロック

Geraldo Baloc

私はジェラルド・バロック。カバ出身です。この地で生まれ、66歳になった今もまだここで暮らしています。

もともと、田んぼは土地や農園を持つ人々が生計を立てるためのものでした。

不幸にも農地を持っていない人は、生きていくために「カインギン」とよばれる焼き畑をしたり、山を切り開いて作物を植えるしかありませんでした。中には、生活のために地豚や鶏を飼育して売ってお金を稼ぐ人もいました。そのころは、1セントでさえとても価値のあるお金だったのです。

幸運にも、私たちはそれほど広くはないものの、家族に収入をもたらしてくれる土地がありました。広大な水田を持っている人は、収穫された稲を売って学費を賄っていました。

(情報提供:ロサ・タグイナイ、イスザー・ホンナグ、ロサリン・ブッチコン、他卒業生)

コーヒーの出現によって、カバでは新たに教育を受けて卒業できる道ができたと言えるでしょう。以前は、農作業ついていえば、年間を通して体系的で良い方法を実践していましたと言えるでしょう。しかし、「ピングキタン」という収穫までに7ヶ月かかる品種を栽培していたため年に一度しか収穫できなかったのです。田植えの前後に行う農作業の工程は年に一度の収穫を得るために行われていたということになります。

毎年の農作業においてまず行うのは、地域の皆に声をかけ田んぼに水を引く灌漑を掃除することでした。地域の触れ役がアンパリで大きな声でこう呼びかけました。

「皆よ!こっちに来て水を確保するために働こう!」

灌漑で作業した後は「ムンウブフ」で農作業がはじまります。

これは水田の草刈り、稲の種を蒔き育てる、収穫するときなどに、他人に手伝いをたのみ、その代わりにお返しに手伝ってくれ人を助け、簡単に早く仕事を終えるという風習です。

私たちの村には、「ファドチャン」という素晴らしい風習もあります。

新しい夫婦のどちらかが自分の両親からの相続でなく相手方の土地を相続することにしたとき、両親は子供が相続した土地の収穫の際に3頭の豚をつぶして働き手たちに食事を提供するというものです。家族や親戚は、その相続が上手くいったことを示すために、稲の収穫を手伝いに行くのです。


b0128901_22175857.jpg


セシリア・エム・マエ

Cecilia M.Maeng

私はセシリア・エム・ムンタード・マエンといいます。

私はイフガオ州ラガウェ町カバ村パヌガアン集落で生まれ育ちました。

話によると、ゴメス氏がラガウェの町長になるまでは、カバではコーヒーを育てていませんでした。ゴメス氏はカバ住民に道や家を建設する労働者として働く代わりに。コーヒーの木を植えることをすすめました。彼に従った人々には、バシリオ・ブマヒット氏、エリアス・ディマルナット氏、ジェイムズ・ディミアング氏ほか数人がいました。

私が思い出せる限りでは、私が子供の頃には、すでに地元にコーヒーがあったと思います。

私の学費を含む私たち家族の生活は、コーヒーによっておおいに助けられていました。私の家族はそれほど多くのコーヒーの木を持っていませんでしたが、それでもコーヒーからえた収入は大きな助けでした。私の母は。コーヒーの売買の仕事に従事してしました。

Sheborrowed money as a capital from buyers like Francisco “Ticco” Pumihit Sr. andAlfredo Tayaban.

母は、フランシスコ・ティッコ・プミヒット氏やアルフレード・タヤバン氏のような買手から元金として現金を借りたそうです。収益は私や兄弟の学費など、家族に必要なものに充てられました。

子供たちとコーヒー農園に行き、こうもりがチェリーを食べた後に地面に残していったコーヒー豆を拾いに行ったこともあります。

私たちは、コーヒー栽培が生活を支えることができなくなるまで、コーヒーからの恩恵を享受していました。私が見たところ、コーヒー生産が衰退したのは、ある時突然コーヒーがつけるチェリーの量が減り、その後、コーヒーの実が全く取れなくなったことにあると言えます。そのため、カバの人々の中にコーヒーの木を切り、代わりにほかの木を植えた人がいました。


b0128901_22170950.jpg

ジョナサン・タグイナイ

JonathanTaguinay

私はジョナサン・タグイナイ、42歳です。妻のシャーリー・バロックとの間には4人の子供を授かりました。


実は、私たちはイパッドの儀礼に精通していないので、他の高齢の方々について伺いました。

話を伺うと、人々がイパッドを行う理由に以下の3つが挙げられると分かりました。

1つ目は、神にその恩恵を感謝するためです。以前は「マンガガミッド」と呼ばれていました。2つ目は、特に子供を授かれない人が神に子供を授かれるようお願いするためです。最後はお腹の中の子供が無事に生まれ生きていけるように神のご加護を求めるためです。

イパッドそのものが行われている間は、日暮れになると男性の長老(ムンファイ)が集まって明け方までファトンまたはファイと呼ばれるものを執り行います。

明け方、鶏が鳴くころ、この長老たちは家族がファトンを行う理由について話をしあいます。これをムンリウリワと呼びます。その後、昼食のごちそうを準備するために3匹の豚を絞めます。ごちそうの豚を茹でている間、マムッラグと呼ばれる行事のプログラムが始まります。それは銅鑼の音を合図に、年長者がライスワインの壺を開けワインを飲むことを皮切りに始まります。カップルがイフガオの伝統舞踊を踊り始め、望む人はその踊りに加わります。踊りは午前中から昼食の時間まで続きます。踊りが続いてている間、知恵のあるものによってゴパ(おまじない、呪文のようなもの)が唱えられます。ゴパは対象者の家の四隅で、さらなる祝福がそのカップルと家族のために訪れるように唱えられるものなのです。

イパッドを行ったのは、たくさんの加護をいただいた神に真の感謝を表するためです。具体的には3つの異なった場所に水田を購入することができたこと、妻に正規の仕事与えてくださったことなどでした。私たちはこのような多くのご加護がもたらされるとは思っていませんでした。ですから考えて感謝の意を表するためにいパッドを行うことにしたのです。

イパッドが行われる前に、私は長老達を読んで日取りを決めたり必要なものを確認したりしました。行事が行われる日になると、長老達は集い、物語を交換し合いました(ウググッド)。一方、私たち残りのメンバーは、ジェームズ神父に従って感謝のミサを行いました。ウググッドとミサが終わると、私たちは夜の休憩を取り、翌日はリウリワを行う代わりに有志の男性達が豚を絞めました。午前中は、この行事のためにフェスティバル・ダンスを踊りました。私と妻が踊りをリードし、残りのメンバーはそれに続いて踊りました。そのイベントには町長、副知事、町の役員たち、親戚や近所の人も参加しました。私たちが踊っている間、ジュアニトとディオニシオはそれぞれ各2回ゴパを唱えました。いくつかの踊りの後、待ちに待った栄養満点の昼食の時が来た時がを告げられたのでした。


b0128901_22185155.jpg

Geraldo Baloc

I am your Uncle Geraldo BalocSr.I am a native of Caba.I was born in this place and I still live here, now,that I reach the age of 66.

Originally, the rice fields were the source of livelihood for those who had land and agricultural property. For those who were less fortunate who had no farm lands, they resort to kaingin system or mountain clearing and planting to survive.

For some,they fed and sold native pigs and chicken for their living and to have money for a single centavo was so valuable during that time.

Fortunately, we had a not so vast field that served as our economical resource. For some who had vast rice field, they sold their rice produce to finance schooling.

  To mention a few: Rosa Taguinay,Esther Honnag, and Rosaline Butticon and others who had finished their education.

  Then the emergence of coffee paved the way to education for the next Cava graduates. Before, we practiced a systematic and generous way throughout the year when it comes to field of work. But when it comes to harvesting, we only did it annually because we planted ‘pingkitan’, a rice variety, which took seven months to be harvested. The process of work before and after planting took the folks to harvest annually.

The first step to start our annual field work was to call for the community to clear irritations leading to the rice fields. A community crier bellowed at Ampali to herald, “Brothers!Come, let us go and work for our water supply!”

After working on the irrigation,‘Mun-ubfu’ took place. It is a practice wherein one asked help from others for field work like weeding in paddies, growing and planting rice seedlings, and harvesting to be paid off in the same manner in order to have many workers for light and fast work.

Another amazing practice that our folks did was the ‘Fadchang’.This happens when a first party of a new couple would decide to honor the other party’s inheritance in lieu from their parents, the first party’s parents will provide three pigs to be butchered for viand of people who will be doing the harvest for the inherited field of the second party.The family and relatives of the first party would go and helpingthe harvesting of palay to prove that they can really manage to work on that inheritance.


b0128901_22273505.jpg

CeciliaM. Maeng


I am Cecilia M. Muntaad Maeng. I was born and grew in Panugaan, Caba, Lagawe, Ifugao.

According to stories, coffee was not grown in Caba until Gomez became the Mayor of Lagawe,years ago.

He was able to encourage folks in Caba to plant coffee instead of working as laborer in the construction like roads and houses. Those who followed him includes Mr. Basilio Bumahit, Mr. Ellias Dimmalnat, Mr James Dimmi-ang to name a few.

As far as I can remember, there was coffee already when I was growing up.It gave a great help to our family,including my schooling. The family where I belong do not really have any coffee plantation but even then I benefited from it at large. My mother engaged in the buy and sell of coffee.

She borrowed money as a capital from buyers like Francisco “Ticco” Pumihit Sr. and Alfredo Tayaban.

Gains were used for the family needs including my studies and so with my siblings.

One thing that I did, I went with the children of those who have coffee plantation to pick fallen coffee cherries chewed by bats placed on the ground.

It’s been a while that we have enjoyed the help from coffee until the time came that it doesn’t suffice the family needs as before. Based from my observation, I attribute the reason for the downfall of coffee to the very sudden diminished fruit-bearing capacity and worst no fruit at all, because of that some people in Caba cut their coffee plants and replaced it with trees.

b0128901_22281413.jpg
Jonathan Taguinay

I am Jonathan Taguinay, 42 years old, the husband of Shirly Baloc and we are blessed with four children.

We are not actually well-versed with the Ipad practice thus, we inquired from other older people about it. We came to know that there are three reasons why people do this Ipad. The reasons are the following: first, to give thanks of God for His blessings which in earlier times is termed as “Mangagamid”; second, is to ask blessings of children from God particularly for those who can’t bear children and the last is to ask blessings protection for the unborn baby to be born and be alive as well.

During the Ipad itself, the menelders (munfai) come together in the evening of the set date to perform the fatong/fai until early dawn.

At early dawn or when the cocks crow, these elders chat (munliwliwa) the reasons of the family for doing such. After which, three pigs are butchered in preparation for the viand come lunch time.

While the pork viand boils, the program for the affair called mamullug start as an elder opens the jar of wine and had a drink for himself and at the sound of the gongs, the couple will lead the Ifugao dance and those present and who like to dance join them. The dancing goes on mud-morning continues before lunch. While the dance is going on, the gopah (similar to oration) is done by a knowledgeable person.

The oration is in four trance to signify the four corners of the house of the celebrants and for more blessings for them and their family.

We, the ipad celebrants did this because we sincerely liked to thank God for his many blessings to us, for being able to buy rice field in three different locations and for granting permanent job for my wife, these in particular. We did not expect that much to be blessed with such but it happened so we thought and decided to perform this Ipad as a form of thanksgiving.

Before the Ipad was to be performed, I called the elders so we could settle the date and the materials needed. During the event of the set date, the elders came together and exchanged/related stories (ug-ugud) while the rest of us had our thanks giving service led by father James___. When the ug-ugud and the service were over, we had the night’s rest and the following morning instead of performing liwliwa,the volunteer men butchered the pigs.At mid-morning, we performed the festive dance for the affair, I and my wife led the dance and the rest followed. Present during the occasion were the Municipal Mayor, the Vice-Governor, other officials, relatives and neighbors. As we danced, Uncle Juanito and Uncle Dionisio performed the gopa one after the other twice each time. After a few more dances, announcements were given that we enjoyably had our nutritious lunch.

b0128901_22291906.jpg



by cordillera-green | 2019-07-25 21:40 | 環境教育
2019年 07月 25日

演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ モノローグ④(ティノック国立高校)


b0128901_19003839.jpg
ティノックはイフガオ州とベンゲット州の境界にある町です。フンドアンやキアンガン町よりも奥にあり、ベンゲット州のブギアスという野菜の一大産地に隣接しています。同じイフガオ州のフンドアンやキアンガンからの道路が整備されるより先に、ブギアスからの道路のほうが先に開通しました。話される言語も、カラングーヤ語といって、フンドアンやキアンガンで話されているトゥワリ語とは違います。
そんな事情もあるのでしょう。近代化の過程で、強くベンゲット州の影響を受けてきて、ベンゲットで盛んな野菜栽培を踏襲し、多くの農家がすでに稲作をやめ野菜畑に転換しています。役場のある中心部から見る限り、棚田は全く見られません。見渡す限りの野菜畑になっていました。

聞き書きによって演劇を制作した8つの高校の中でも、ティノック国立高校が扱ったテーマは、棚田での伝統の稲作をテーマに据えたところが多かったほかの地域とは一線を画していました。野菜栽培地としては、まだ、新しく、ベンゲットのほかの野菜産地のように顕著な農薬被害や土壌流出などはまだ実感していないようですが、そういった「影」が見え隠れしているのがうかがえました。現金収入が必要な暮らしに移行するなかで捨てざるを得なかった「伝統農法による稲作とそれに伴う農耕儀礼に対する郷愁のようなもものも、生徒たちがインタビューをした年配者の心の中にはあったに違いません。その葛藤などもうかがい知れる演劇作品となりました。
野菜栽培によって潤い始めたコミュニティの勢いも演劇や演ずる生徒たちにもあって、外部者の私たちが、一概に伝統をおもじることだけを良しとするわけにはいかないことを感じました。
事業の共催者として全面的にサポートしてくれた、イフガオ州の教育省にいちばん評判がよかったのはこのティノック国立高校の演劇作品でした。現在の問題を盛り込み、一番リアリティがあるものだという評価でした。


*****



*****


ヘンリー・バラバル

Henry Balabal


米作りをする上で一番初めにすることは、苗床の準備です。その3日後には苗床に種を蒔きます。発芽して育ったら田植えの準備が整ったことになります。1か月後には、草むしりをします。稲が実ってきたら、稲をついばんでしまう鳥を追い払うためのカカシも準備します。

米作りのサイクルは6ヶ月を要するため、一年に一度しか収穫できません。以前はある決まった儀礼が取り行われており、その一例としては、田植えの前に夫婦たちは寝室を別にしてプドゥング(田んぼに生えている葦のようなロノと呼ばれる植物の茎 でつくったもの)を供えます。稲田の準備をし終えると、クルピと呼ばれる米の豊作を祈る儀礼をします。収穫の時期には、農家は鶏を絞め、ライスワインを用意して、人々が収穫作業をしている間に感謝の儀礼を行います。

 今日では稲作の経済状況が厳しく、野菜づくりが人々の本業となっています。米の収穫が一年に一度となると、米農家は家族を養っていくことが厳しく、不測の出来事があった場合それを乗り越えることが困難だからです。一方、野菜農家は野菜の種類によっては2、3ヶ月で収穫が可能であり、一年に3、4回収穫することができます。

野菜栽培について必要なことは以下の通りです。

1.草むしりをすること。

2.苗床を準備すること。

3.種を植えること。

4.水源の管理。

5.作物がいい状態で育っているかを常に確認する。

この5つです。野菜栽培では農家が苗を植える前に儀礼をすることは稀です。野菜の豊作とそれが高価格で売れることを願って祈るだけの人もいます。

野菜栽培で必要なものは、肥料とする大量の鶏糞と、野菜を食べてしまう害虫を追い払うための多種多様な農薬、作付けのための種、農薬をまくためのスプレー機器、そして野菜畑にまく水です。野菜栽培のデメリットといえば収穫しても低価格でしか売れず、次の栽培のための資材を買うお金が足りなくて借金につながることがあることです。

今日では野菜栽培は稲作より容易で、1ヘクタールの土地を耕す必要があったとしても技術の進歩により楽に耕すことができるのです。


b0128901_19012977.jpg


ジョセフ バランギ

Joseph Balangui


 9人の子供がいて、生活の糧として米づくりを行なっています。稲作においてすることといえば、まずは3か月の間に、あぜ道を整備しゴールデン・コホールというタニシを取り除きハプナックと呼ばれる苗床の準備に取り掛かります。その後、種まき(バガイ)のためにあぜ道の準備をします。田植えのあとは、収穫の時期まではずっと小鳥などから稲を守ります。

 キリスト教が普及する以前は、苗を植える前の段階であるバガイの期間にある決まった儀礼が執り行われていました。もしスズメなどの小鳥がいれば、昔はカカシを使って追い払っていましたが、今では「クルク」と呼ばれる網を使って捕まえます。

私が稲作のみをしている理由は、野菜栽培で使われる農薬の匂いに我慢ならなかったからです。野菜栽培は稼ぎにはなりますが、日々の食糧にはなりません。一方で稲作であれば、主食である米を日常の食卓に提供できるため、稲作のほうがいいと思っています。

稲作の知識を守っていく方法の一つとして、若い世代に今の農法を実際にやって見せて協働していくことが挙げられます。すでにいくつかその事例があり、「ウッブ」と呼ばれる多忙期に行われる習慣では、忙しい時期に助けてもらった人はそのお返しの手伝いを行います。

b0128901_19025532.jpg


エドウィン・ブタタ

Edwin Butata


 多くの農民たちは農業より収穫高の高い野菜栽培を好んでいると気づきました。今となってはもう多くは稲作を行なっていません。それはもちろん農民たちがより多くの収入を野菜栽培から得られるためです。野菜農家として、私たちは野菜を売って商業米やご馳走すらも買えるため、腹を空かせることはありません。私も収入源としては、稲作よりは野菜栽培のうほうがいいと思います。なので、今では稲田を転作して野菜畑にしました。

 使用する農薬について健康被害のことは特に考慮しておらず、私たちが気にするのは育てている作物への影響のみで、農薬によって病害虫から作物を守り成長促進につながることが大切だと考えます。

 田植えの前には儀式が行われてきました。例えば、「ペクデル」は、病害虫や他のあらゆる作物にとって害のある物質を駆除するための儀式です。ただ、多くの野菜農家たちはそういったものに関心がないため、野菜栽培ではあまり実践されません。収穫の際や野菜を販売して高い収入が得られた時、利益の分け前を配る前に鶏を潰して行うささやかな儀式の文化は残っています。収穫期間中は、「ウッボ」という繁忙期の助け合いの習慣もあり、それをすることで作業を容易に素早く終えることができます。

私が思うに、良い灌漑技術を有する農家は稲作をするべきだと考えます。そうすれば私たちはそのいくらかのコメでライスワインを作って飲むことができるからです。でも、私たちの多くは一年に3、4回も収穫ができる野菜栽培の方が稲作より魅力的だと感じているのです。

 野菜栽培を学ぶ学生へのアドバイスとしては、両親を助けることも大事ですが、学期中は必ず学校に通うべきです。

野菜栽培においてまずしなくてはならないことは、草むしりをしに行き、そして耕し苗床を準備し種まきをしていくことです。その苗が成長すれば、収穫まで除草を続けて必要があれば農薬を散布することも必要です。

b0128901_19034806.jpg


*****


Henry Balabal

First thing to do in farming is to prepare the seed bed then after three days, you may now put the seeds on the rice seed bed, if the seed grows it is now ready for plantation, after 1 month, you are going to remove the weeds, if the grains are ripe, you are going to prepare the scarecrows to drive away the maya birds that eats the grains. The agricultural rice cycles take 6 months that is why they only harvest only once a year. There are certain rituals that they perform before, examples are: before they plant, the couples will not sleep to get her and they will put a pudding (a runo stalk posted on the rice field). After the bagay. they will perform the kulpi (a ritual done so that the rice will grow robustly). During harvest, they will butcher a chicken and bring out rice wine for the thanksgiving ritual to be performed while the other people are harvesting. Today gardening is their occupation because of the economic status,in farming, you will only harvest once a year and a farmer cannot produce the needs of his family if it’s only once a year, if crisis arises it is difficult to overcome it. Gardening, you can harvest after 2-4 months depending on the kind of vegetable that you planted and because of that you can harvest 3-4 times a year. The things to do in the gardening are the following: 1. You will remove the weeds 2. Prepare the seed beds 3. Plant the seeds 4. Maintain the water source 5. Always check the plants if they are growing in good condition.In gardening, not all gardeners perform a ritual before they plant, some just hope and pray that they will have a good harvest and a good price for their product. The things that you will need in gardening are a lot of chicken dung for fertilizers, different kinds of pesticides to drive away the pests that eat the vegetables, the seeds that you will plant, spray equipment and water to supply the garden. The disadvantage of gardening is when you will harvest and there is a low price, you will be in debt because you will not be able to pay all the materials that you will use for the next plantation. Today gardening is easier than farming because you can use some technologies to prepare the land even if you will need to prepare a hectare of land.

b0128901_19043960.jpg


Joseph Balangui

He has 9 kids and he has been doing rice planting as a way of life. In farming the things that you will do is to clean first the paddies and remove the golden cohoal then prepare the rice seed bed (hapnak) for 3 months, after that,prepare the rice paddies for the sowing (bagay), after the plantation, you are going to guard the plantation away from the maya birds until the harvest time.Before Christianity, there are certain rituals to be done before were performed during the bagay before they plant the seedlings. If there are maya birds, they use scarecrow to drive them away but now they use “kuruk”, a net to catch them.The reason why he focused on rice planting is because he can’t tolerate smelling the chemicals used in gardening. He prefers rice planting because he can provide rice for their daily meal, in gardening they can have money but they can’t produce their meal. One way for people to preserve their knowledge in farming is to have cooperation to demonstrate the ways on how to do farming tothe younger generation. There are practices such ubbu (it is a service rendered during heavy work and the person helped needs to render service in return).

b0128901_19053037.jpg


Edwin Butata

Mostly,as we observe us the farmers prefer gardening than farming because gardening,you can harvest more. That is the reason why we don’t do rice planting already and of course it is because in gardening you can have a bigger income. We as gardeners do not starve because if we sell the vegetables, we can buy commercial rice and even viand. I prefer gardening than rice planting as our source of income that’s why we now turned the rice fields into gardens for vegetables. In terms of the chemicals that we use, we don’t often consider the effects of it in our health because what we consider is the effect of it in our plants so that it will protect the plants from the pests and any insects and will allow them to grow robustly. He agree that there are rituals being perform before in rice planting such as “pekdel”this is a ritual to drive away the pests and any harmful substance that will harm their plants but those rituals were not often applied in gardening because some of the gardeners are not into it. There is culture that we do when we harvest, when we already sell the vegetables and had a good income, we will butcher a chicken and perform a small ritual before we divide the money. During harvesting, we do ubbo (it is a service rendered during heavy work and the person helped needs to render service in return) so that the work will be done easily and fast. But for me,those who have a good irrigation, they should plant rice so that we can have some to make for rice wine and have something to drink. We prefer gardening because we harvest 3-4 times a year and rice planting. My advice to the students who do gardening is, they can help their parents but during schooldays, they must attend to school. The things that you do in gardening is first,you go and remove the weed, cultivate and prepare the seed bed then you plant the seeds. If they already grow, maintain removing the weeds and spray some chemicals if needed until it is ready for harvest.

b0128901_19064400.jpg



by cordillera-green | 2019-07-25 17:11 | 環境教育
2019年 07月 24日

演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ モノローグ③(トゥラエド国立高校)

〈トゥラエド国立高校(マヨヤオ)〉

〈TULAED NATIONAL HIGH SCHOOL〉

b0128901_18321127.jpg


マヨヤオは、イフガオ州にいくつかある言語のうちのひとつアヤガン語を母語とする人々が住んでいる地域です。アヤガン語はイフガオ州で最も多くの人が話す言語トゥワリ語とは、まったく違った言語です。アヤガン語圏も世界遺産、世界農業遺産に指定された素晴らしい棚田がありますが、言語だけでなく、伝統の農耕儀礼、衣装、伝統家屋のスタイルなども、トゥワリ語圏のものとは違います。トゥラエド国立高校は、観光客の多いバナウェからマヨヤオの中止部に向かう途中にあります。バナウエ町とマヨヤオ町の境に近い谷にあります。

演劇プロジェクト担当のロウェナ先生は地元出身。先生なのに常に口の中にビンロウの実(モマ)を含んでもぐもぐしていて、最初はちょっとびっくりしました。最初に行った教員向けのワークショップでは、演劇に関心がないようで、やる気が見られず、ふうっとワークショップの最中に姿を消してしまったりしてやきもきしていました。学校を訪れたときも、もうどうしていいかわからない。できたらこの担当から逃げたい!という感じでした。ところが、背景幕を描くワークショップに参加した時に様子が一変します。指導に来てくれたアーティストの小池芽英子さんに、次々と自分たちのコミュニティにある森、自分が描きたい森のイメージを伝えます。「どうやったらそんな森が描けるか教えてちょうだい!」。

芽英子さんも、先生の要望に応えようと必死。こうかしら?ああかしら? 先生の思い描いている森の暗さはこんな感じかしら? 植物はこんな風に勢いよく絡まっているかしら? と試行錯誤で背景幕に取り掛かりました。ワークショップの2日間で、背景幕は完成までは至りませんでしたが、発表会の時に先生たちが仕上げて持ってきた背景幕はそれはそれは素晴らしいもので、アッと声を上げそうになりました。

ロウェナ先生、「私が死んだときは、この背景幕で包んでちょうだいね」(伝統的には遺体に巻く柄の手織りの布が決まっていて、それで遺体を包む)なんて冗談まで言っていました。


〈トゥラエド国立高校(マヨヤオ)〉

〈TULAED NATIONAL HIGH SCHOOL〉


アネット・チャラジチャジ

ANNET CHALAJCHAJ


私はアネット・チャラジャ、45 歳です。現在はトゥラエド小学校の教員です。

私は農家の人と結婚し6人の学校に通っている子供たちにも恵まれました。

マヨヤオ生まれで両親とも農民です。

私にとって農業は非常に重要です。

なぜなら、農業は私たちの遠い先祖の日常生活の糧でありましたが、今の世代でもこの地域では何も変わっていません。

多くの家庭が日常生活の主な糧として、農業に頼っているのです。


私の子ども時代、私は田んぼで両親が日々の暮らしに必要な食料を調達するために懸命に働くのを見ていました。

ですから、私は子供のころから土曜日や祝日は、田んぼで雑草を抜いたり、田植えをしたり、稲刈りをしたり、米の収穫を手伝ったりしてきました。

田んぼで働くことは容易なことではありません。

雨が降ろうと日差しが厳しかろうと、逃げも隠れもできません。

田んぼでの重労働からなんとか逃げたいと、当時の私は勉強に全力を注いでいました。

今では私の経歴は成功と言っていいと思います。

でも、田んぼで働く喜びが私の心の中にあるので、私は農業を続けています。

放課後や土曜日など、田んぼに行って働く時間がないと私は病んでしまいます。


私は家庭を持ち、収入が家族を支えるには不十分だったときに農業の重要性に気づきました。

そして両親が私に委ねてくれた田んぼを維持し続けています。

私はいつも自分の子供たちに、今やっている農業を愛し、実践し、宝とすることを常に奨励しています。

土曜日や祝日には、たとえ子供たちが不満を言おうが、いつも子供たちを田んぼに連れて行きます。


以前は田んぼはきれいで米を育てるのに十分な水がありましたが、今は違います。

私たちの土地では森林破壊や、食料生産やや収入源となるカインギン(焼畑)を拡大したために十分な水がありません。

刈り取れる稲穂の数は以前とはかなり違っています。

もし以前は100束の稲を田んぼのあるから収穫できていたとしたら、

今は同じところから二分の一かそれより少ないです。


たくさんの理由が考えられますが、

理由の1つは、土壌の天然ミネラルを減少させる無機肥料の使用です。

また、いくつかの怠惰な農家は、作物に化学物質を撒いています。

それが土壌浸食を引き起こしています。

他にはゴールデンタニシ、ネズミ、他の外来種生物の増加といった原因があります。

おそらく気候変動も原因の一つです。

なぜなら、豪雨が長く続くことで土壌がゆるみ、それが土砂崩れをひき起こしていることが観察されます。

また、長期間の極端に暑い夏も見て取れます。

これらは私の地域が経験している農業に関する問題です。


b0128901_18331098.jpg


オスカー・オメハン

OSCAR OMEHANG

私はオスカー・オメハンです。75歳で4人の子供がいます。子供達はすでに結婚しそれぞれ所帯を持っています。実は私はかつて「ムンバキ」(農耕儀礼や冠婚葬祭を執り行うシャーマンのようなひと)だったのですが、事情があってやめました。

かつてマヨヤオが現代化する以前、私たちの先祖は、田んぼで働いている間やその前後に、多くの儀礼のプロセス、方法、信仰を行っていました。


「トンノング」は、常にほかの誰よりも先に田植え、収穫などの作業始める人を言います。

まず、「トンノング」は稲の茎を取り分け、それぞれを束ねます。その後、儀礼に使うために少なくとも3羽の鶏が必要になります。そして、束ねた稲の茎を手にして、田んぼの水に直接沈めます。そして、稲の茎の束を沈めたところにタイガーグラスを置きます。その後、雄鶏を捕まえて水田の脇に置きます。ネズミや鶏は直接稲を食べないと信じているからです。

「トンノング」はこの作業をやり終えた後、家で過ごさなければならず、決して家事雑用を行ってはいけません。このことを「ンギリン」と呼びます。「トンノング」がこの作業を終えたのち、ほかの田んぼの持ち主たちも同じ作業をすることができます。

何日かたったのち、田んぼに沈めた稲から芽生えた苗が植えることのできる状態であるかを確認します。人々は皆で相談し、一緒にその作業を行います。

その後、「トンノング」が誰よりも先に田植えをしなければなりません。しかし田植えの前に、儀礼のために一羽の鶏が必要になります。「ムンフニ」は2羽の鶏を捕まえ儀礼を行う責任者のことです。この儀礼をおこなえば、稲はよく健康に育つと信じられてます。

「トンノング」が田植えがおえたのちに、他の人も田植えをすることが許されます。全ての苗を植え終わると、みな3日間は自分たちの家で過ごします。


時が経ち稲が育つと、それぞれが責任を持って田んぼの不要な雑草を取り除きます。この作業を、「ムンフォグワン」と呼びます。他の人にお手伝いを頼むこともできますが、代わりに協力してくれた人の作業も手伝います。これを「ウブフ」と呼びます。この雑草抜きの作業を行うと、稲はよく育ち、ネズミも稲を食べません。最初にこの仕事を行わなければならない人は「トモナ」と呼ばれています。

稲の収穫期になると、人々は収穫のためのライスワインを作らなければなりません。収穫の前に、「トンノング」が「ムンバキ」と一緒に鶏を絞め、いくつかの儀礼を行います。「トンノング」の収穫では、最初に刈り取った稲を女性がバッグに入れ家に持って帰ります。そのあとは、だれでも刈った稲を持ち帰ることができるのです。「トンノング」がコミュニティの人たちの手助けのもとで稲を刈り終えた後、そのほかの人々はそれに続いて収穫を行います。収穫が終わると人々は収穫した稲を米蔵に収める前にまた儀礼を行うのです。

b0128901_18345632.jpg

b0128901_18340822.jpg


ANNET CHALAJCHAJ

I’m Annet Chalajchaj currently teaching at Tulaed Elementary School, 45 years old, married to a farmer and blessed with 6 children who are still attending school. I am a native of Mayoyao and grown up to a farmer family. Both of my parents were farmers.

For me agriculture is very important because ever since it is the main source of the daily living of our forefathers who had gone and until this generation , nothing change likewise in our place that most families still depend on agriculture as the main source of their daily living.

During my childhoods, I saw how my parents worked hard in the field just to sustain our daily needs that is why since childhood I used to help my parents work in the fields to clean grasses, plant rice, weeding the fields and harvesting rice during Saturdays and holidays.

Working in the field is not easy because rain or shine no retreat, no surrender. At my early I was challenged to do my very best to my study because of the hardship I’d encountered in working in the field. Even now that I’m successful in my career, I continued to do farming because it reign already in my vein the joy of working in the field.

I felt sick if I’ll not find time to go and work in the field when I have a vacant time even after class or during Saturdays.

I realized the importance of agriculture when I had a family and my income is not enough to sustain my family and continued to maintain the field that my parents entrusted to me.

I always encourage my kids also to love,practice and treasure agriculture which they were doing now.

During Saturdays and holidays I alway sbring them with me in the field even sometimes they hesitate or complain incoming.

Before I observed that the fields are clean and had plenty of water to sustain the rice in the fields but now, there is no enough water due to deforestation or “kaingin” system practices in our place as another alternative source of food or income for farmers who have no fields.

For the number of bundles reaped, it is very different now than before. If before they reaped 100 bundles in a portion of rice field now, it was divided into two or even fewer due to many reasons.

Maybe one reason is the usage of inorganic fertilizer that causes to lessen of the natural mineral of the soil.

Next is that some lazy farmer’s uses chemicals for Spraying the plant that causes soil erosion. Another is the golden “cohol”, rats and other kinds of foreign pests.

Maybe climate change is also one because Ihad observed how it continued to rain hard that loosen the soil that may cause erosion and even the long-time orange of extreme hot summer season.



b0128901_18345632.jpg

OSCAR OMEHANG

I’m Oscar Omehang, 75 years old with 4 children and have their own family now.

Actually I was once a “mumbaki” before but then something happened so I stopped.

In the past, before Mayoyao hasn’t been modernized, our fore fathers have lots of ritual processes, ways and beliefs before, during and after they do their works in the field.

The “tumnong” a person should always be the first to plant, harvest and do the work before others can.

The tumnong then gets the rice stalks then divide and bundled each.

After that, they needed to get at least 3 chicken to be used for the ritual.

Then, they are going to get the bundle rice stalks and sink it directly to the water in the rice fields.

When(then??) the person is going to put tiger grass in the rice fields where they sank the bundled rice stalks.

After that, they are going to get a rooster‘s father then place it into the side of the rice field.

They did it in belief that rats and chickens will not directly eat the rice plant.

After the “tunong” was done in working,they should stay in the house and no one should do chores, they call it as “ngilin”.

When the “tumnong” was done, other person who has rice fields is allowed to do the same work.

After how many days, they are going to check and see the rice stalks grains they sunk in the water if it is already ready to be planted.

The people talked to each other so they will all together do the work.

After doing the work, the “tumnong” should be the first to plant it before others.

But, before planting the rice, they needed to get a chicken for the ritual.

The “munfuni” a person who is responsible in doing rituals gets the two chickens and do the ritual.

They do it in belief that rice will grow healthier.

After the “tumnong” is done working and planting, other people are already allowed to plant rice field too.

After all was done planting, all of the people will stay in their hoes for three days.

As month pass by and the plant has already grown, each person has the responsibility to remove the unnecessary grass on the field.

They called it “munfogwang”.

They are allowed to seek help from others butas an exchange they will also help them to work in their field and this they call it “ubfu”.

They needed the unnecessary grass so that the plant will grow better and so that rats can’t eat it.

The first person who always should do the work is the “tumona”.

When the rice is ready to be harvested, the people need to make rice wine for the harvest.

Before they will harvest, the “tumonong”will butcher chicken and perform some ritual but with a “mumbaki”.

During harvest of the “tumnong”, the first to bundle of reaped rice the woman will put on her bag and brought home first before the other bundles of rice brought home and can done by anybody.

After the “tumnog” is done reaping the rice fields with the help of the community, other people can follow harvesting also and if reaping time is over, they will perform another ritual before they will put on the rice bundles in the rice granary.


b0128901_18362152.jpg




by cordillera-green | 2019-07-24 19:38 | 環境教育
2019年 07月 24日

演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ モノローグ②(キアンガン国立高校)

b0128901_16011159.jpg
20185-10月に行った「演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ―青少年を対象とする環境問題をテーマとした演劇交流事業」(共催:総合地球環境学研究所/シアター&アーツうえだ、助成:国際交流基金アジアセンター文化創造協働助成/トヨタ財団国際助成)では、イフガオ州の8つの高校で、農業をテーマとした聞き書きをベースに演劇作品の制作が行われました。ラガウェ町のドン・ボスコ高校で831日に行った発表会では、それぞれの地域の特色を鮮明に映し出した8つの作品を、高校生たちが精いっぱいのエネルギーで演じてくれました。

 演劇制作の過程で行われた、村の名人や長老たちへの聞き書きインタビューは、それぞれ地域の言葉で行いました。ですから、発表のときの演劇も、民族色・地方色の強い、いろいろな言語が飛び交う発表会となりました。

 イベント後に各学校からはステージで使ったモノローグ台本の英語版を提出してもらい、日本語に翻訳しました。またステージでのモノローグテキストのため聞き書き内容をすべて盛り込んでいるわけではありませんが、イフガオの州の農業の現状をダイレクトに反映した興味深い内容となっています。




アグリピナ・マランタ(女性)

Mrs. Agripina Malanta

私はあなたらのおばあさん、アグリピナ・マランタ91歳です。私らは1948年にここバギゲにやってきました。私らが田んぼ仕事を始めたころには、最初にやったのは草刈り、あぜ道づくり、石の壁のお掃除だったね。それから苗床の用意。雑草と稲刈りのあとに田んぼに残した枯れた稲わらは、堆肥として役立てた。

苗が育って植え替えできる大きさまで育ったら、今度は田んぼの用意をしなきゃいけない。

村のみんなで田植えを終えたら”カルピ(Kulpi)”と呼ばれる儀式をやるのだよ。この儀式をすると稲を食べてしまう野ネズミや虫から稲を守ってくれるって信じられているのさ。

稲が実るのが間近になったら、村人たちはライスワインの支度を始める。収穫の時の儀礼や、収穫の時に稲刈りの手伝いに来てくれる村人たちに飲んでもらうためさ。

米を貯えておく倉を持っている人たちはそこで儀式をしないといけない。倉を持っていない人は家でやる。刈った稲は”Batawill”という木の棒の両端に引っ掛けて家に運ぶ。


以前は 人々が患う病は腰痛だけだったよ。それが今ではそりゃたくさんの病気があるね。田んぼで使う農薬や煙がいけないのだね。きっと。ほかにもいまじゃあ困った問題が子供たちに起こっているじゃないか。昔は自分らが食べるために米は自分らで搗いた。ところがこの頃は、あっちこっちに精米機があってそれで精米しちゃっている。おかげで病気が蔓延だ。


昔ももちろん食べ物がなかったりお金がなかったりしたさ。でも、今の子供らに比べたら幸せだった気がするな。今の子らはおやつやらなんやらのためにお金渡さなきゃ、学校行かなかったりする。

昔の田仕事もそうさ。お金かける必要なんてなかった。それでも仕事は終わったよ。村の人たちはみんなが仕事を終えるまで、お互い助け合うってことを知っていたからね。Ubbuっていうのがこの助け合いのことさ。


いまじゃ、あれだね。ガソリンや農薬を買い、人を雇うやら、その人らに飯を食わせるやら、おやつを出すやらで、お金がなくちゃあ、農業だってできないご時世さ。

*


クリスピン・タヤバン(男性)

Mr. Crispin Tayaban

 私は、クリスピン•タヤバン、68歳です。以前は田んぼ仕事をしていましたが、祖父を介護するため、田んぼはやめてしまいました。

 田んぼの仕事は田植えのための準備”キワングKiwang”から始まります。私たちははじめに用水路を整備し、草取りをはじめます。田んぼでお互いを助け合うことを”ウブ”と言います。

 種まきのための苗床の準備が始まり、草取りが続き、あぜ道を作り、そして代掻きをします。そして、苗床で育てた苗を抜いて苗を用意し、いよいよ田植えが始まります。伝統にのっとり、まず豊かな家系のものが田植えをはじめ、他の家族はそのあとに続いて田植えを始めるのです。

 田んぼの仕事をやっているときに遭遇した問題は、棚田の石の壁やあぜ道の浸食、害虫やネズミによる稲が被害を受けるといったことでしたね。これらの問題は”クルピKulpi”と呼ばれる儀礼を執り行うことで防ぐことができました。“クルピ”以外にも、穀物が実り出すころ”フリンHulin”と呼ばれる儀式が行われます。この儀式は、作物を食べてしまうネズミを追い払うために行われます。まず、ネズミが行くようなところにパリパルPalipal(竹の民族楽器)を投げます。そして、そのpalipalを村の別の人に拾ってもらい川の方向に投げます。そうするとネズミはそこには行かないといわれています。もう一つの儀式があります。それは”ティコムTikom”と呼ばれる儀礼で、稲を食べるマヤの鳥の口をふさぐというものです。

 以前は田んぼ仕事に問題はありませんでした。なぜなら、たくさんの木があり十分な水をもたらしてくれていたからです。しかし、いまでは山々での木々の伐採によって水の供給が問題となっています。

 私からのあなたたち子供世代への助言として、たとえ学校に通おうと私たちの文化である田んぼを維持するために、田仕事の方法を学ぶ必要があります


*

マーク・バランヤン(男性)

Mr. Mark Balaniyan

 私はマーク・バラニヤン、33歳です。子どもが一人います。私は高校を卒業し、TESDAで職業訓練コースを受けました。海外への出稼ぎのための溶接試験を終えました。出稼ぎ期間は2年と定められているので、フィリピンに戻ってきました。二度と海外に働きに行くつもりはありません。

 帰国してから、私は父がわたしに教えてくれた田んぼ仕事に戻ろうと決めました。父はすでにだいぶ体が弱っていますが、それでもずっと田んぼの手入れをよくするように教えてくれました。両親とともに田んぼへ足を運び続けてきましたので、私は田んぼ仕事の工程を学べたのです。

 私の世代の弟や妹ともいえる学校に通っているあなた方若者たちへの私のアドバイスとしては、ぜひとも、学校に行ってほしいと思っています。もしそのコースを終えなかったらその後の生活がとても大変なものになるでしょう。しかしながら、私たちイフガオの伝統的な農法をどうか忘れないでほしいとも願っているのです。

***

b0128901_16022516.jpg

Mrs. Agripina Malanta

   Iamyour grandmother Agripina Malanta, 91 years old. We came here in Banguigein1948. When we started farming, the first thing to do is weeding, constructthe rice paddies and clean the stone walls.Then prepare the seedbed. Thenthe grasses and rice stock that were rotten will serve as fertilizers ofthe plants. When the seedlings are ready for planting, the rice field shouldhave been prepared.

   When everybodyin the community finished planting, they perform a ritual called kulpi.This ritual believed to protect the plants from rodentsand insects that would destroy the plants while growing robustly. The moment therice grains are about to ripen, the community people will prepare the rice wineto be used during the ritual and to be drunk by the harvesters and the communitypeople. Those who have rice granary will perform the ritual there, while thosewho do not havewill do it in their homes. The “page” is brought home throughthe “batawil” a wooden stick use to carry the “palay” at both sides.

Before the ailment that could be felt by people was backpain, while today there are many kinds of sickness as aresult from whatpesticides and smoke of farm implement can give.

Another factor is about the life of children it is difficulttoday because before we pound rice for food and it won’t give ailment whiletoday it is very easy because rice mills are found everywhere but then it givesside effects. Before also even there is meagre food and money, we were happy ascompared to children today that they can’t goto school if you don’t give themmoney for snacks and other things. Just like farming before that we don’t needto spend much of money and work is finished because the community people have anunderstanding to help one another called “ubbu”until work is done. Today wecan’t farm if we don’t have money to spend for gasoline, pesticides, labor andfood and snacks.

*

Mr. CrispinTayaban

I am Crispin Tayaban, 68 years old,my work before is farmingbut now I stop farming because I will take care of my grandfather.

Work in the field will start on land preparation “kiwang”. Wefirst prepare the water system then weeding starts.Helping one another in thefield will “ubbu”. The preparation of seedbeds for sowing grains will start thenweeding will follow and construction of rice paddies followed by cultivation.Then, uprooting of seedlings for planting was prepared so that planting willbegin. The rich family will start the rice planting first before others as theculture dictates.

I have noted that some of the problems I encountered whilefarming was the following like erosion of stonewalls and paddies, rice plantswere attacked by pests and rats. These problem scould be controlled byperforming the ritual called “kulpi” in order to prevent the stated problems.Aside from the performance on the ‘kulpi” when the grains are already coming outanother ritual called “hulin” is performed to drive away the rats fromdestroying the plants by throwing all the instruments used to a place where therats will go and these instruments must be taken by other people in thecommunity and throw to the direction towards the rivers so the rats will gothere. There is another ritual which is the “tikom” which will shut off themouth of the Maya bird to eat the “palay”.

Before farming was not a problem because there were plenty ofwater brought about by plenty of trees but today water supply is a problem dueto cutting of trees in the mountain.

My advice to you children is that evenyou are going toschool you have to learn how to farm so that our culture in farming willcontinue.

*

Mr. Mark Balaniyan

I am Mark Balaniyan 33 years old with one child. I finishedmy high school and continued vocational course in TESDA. I finished welding asmy passes going abroad. My contract was only for two years so I need to comeback to the Philippines and never go back.

I decided to go back on farming and apply what my father hadtaught me. My father told me to continue taking good care of our field since heis not strong anymore to work in the rice field. Since then, I had been going tothe rice field with my parents through it I was able to learn the process offarming.

My advice is for you my brother and sisters to go to schoolbecause you see if you do not finish a course then life is so difficult, butthis I warn you please do not forget our Ifugao culture of farming.



by cordillera-green | 2019-07-24 16:33 | 環境教育
2019年 07月 24日

演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ モノローグ①(フンドアン・バンバン国立高校)

  

b0128901_16041807.jpg
2018年5-10月に行った「演劇ワークショップでアジアの農村をつなぐ―青少年を対象とする環境問題をテーマとした演劇交流事業」(共催:総合地球環境学研究所/シアター&アーツうえだ、助成:国際交流基金アジアセンター文化創造協働助成/トヨタ財団国際助成)では、イフガオ州の8つの高校で、農業をテーマとした聞き書きをベースに演劇作品の制作が行われました。ラガウェ町のドン・ボスコ高校で8月31日に行った発表会では、それぞれの地域の特色を鮮明に映し出した8つの作品を、高校生たちが精いっぱいのエネルギーで演じてくれました。


 イフガオ州にはおもに3つの民族語(トゥワリ語、アヤガン語、カラングーヤ語)が家庭やコミュニティで話され、町部では違う民族の人が共通語として北ルソンのメジャー言語であるイロカノ語やフィリピンの国語であるタガログ語でコミュニケーションをとっています。そして、学校では幼稚園から国語以外の授業はすべて英語で行わています。

 演劇制作の過程で行われた、村の名人や長老たちへの聞き書きインタビューは、それぞれ地域の言葉で行いました。ですから、発表のときの演劇も、民族色・地方色の強い、いろいろな言語が飛び交う発表会となりました。


 イベント後に各学校からはステージで使ったモノローグ台本の英語版を提出してもらい、日本語に翻訳しましたので、以下に掲載します。8校分とかなりたくさんあり、またステージでのモノローグテキストのため聞き書き内容をすべて盛り込んでいるわけではありませんが、イフガオの州の農業の現状をダイレクトに反映した興味深い内容となっています。


*****




ホセ・クルヒ・ピナイアン(男性)

KAGAWAD JOSE CULHI PINAY-AN

 私はホセ、68歳です。アーリンダという妻がおり、フンドアン町のダユコンに住んでいます。私の母はハパオ出身で、父はバアン出身です。両親はともに農家でした。

 私は子供のころ両親の田仕事を手伝っていました。バノンでの穴を掘って泥魚を集めたときのことは忘れられません。

 のちに私たち家族はハパオ村からバンバン村のポロド集落へ移り住みました。祖父(“アプ”あるいは”ビノルタン”とよばれています)の姉の一人に田んぼをもらったので、その地に長い間定住したのです。彼女が田んぼを母に譲ってくれたおかげで、私たちはその田んぼを耕すことができました。カハイアニ(kahiani)のときに、収穫を手伝いにきてくれたのはハパオ村の人たちでした。

 私が田んぼで働き始めたのはボロド集落ですが、それ以前から私の父はガウド(Gaud)と呼ばれる農具の使い方を教えてくれていました。高校生になるまで私は両親の手伝いをいつもしていました。

 ハイスクール(中学)の頃、父は私に木彫りを教えてくれました。私は木彫りに興味があったのですぐに覚えました。ハイスクール3年生の頃にはすでに木彫りの手わざを身に着け、自分の手でお金を稼ぐことができました。

 父の稼ぎでは不十分だったので、妹の教育費を稼いで家計を助けようと決めました。妹は商学部を卒業し、バギオで働き始めました。妹が仕事についたことで3人の妹たちが大学を卒業するまで教育費に関しては、妹が支える責任がありました。

 

 私は結婚した時に、兄弟とは別々に住み自分の家庭を築きました。私には5人の娘と2人の息子がいます。木彫りと農業の収入から生計を得ることができました。こうして私はお金を稼ぎ、子供たちの、とくに教育のためにお金を稼いできたのです。 今では7人の子供のうち5人は自分の仕事があります。一番下の子はまだ学校に通っています。時々、妻が木彫りを手伝ってくれます。一番上の子も木彫りを手伝ってくれるので仕事が楽になりました。

 子供たちが小さかった頃は、息子たちを森に連れて行き、木彫りに使う木を一緒に探しました。娘たちは田んぼに連れて行き一緒に働きました。しかし、一番下の子と次に幼い子はいまだ連れて行ったことがありません。

 私たちの一番上の子が結婚した時、祖父母からいただいた田んぼを譲りました。収穫期になると、手伝いにヌグルナンの人々が来てくれます。

 私は2009年に木彫りをやめました。というのも、2010年に村の議員に立候補するつもりだったからです。私は当選して議員になり村の人々のために貢献しています。村の議員になっても、妻を手伝って“law-ang”と呼ばれる草取りや、田んぼを耕す作業を行います。

 公務員として、私は会議などに出席する責任を果たしています。

 実はうれしいことに、私は仕事にたいする献身的な姿勢と1日も休まず仕事に従事したことで感謝状をいただいたのですよ。私が活動しているシニア組織の功績によって、フンドアン町はこの地方で第一位になりました。そして、フンドアン町政府は88件もの奨学金受益者を追加することができたのです。

 私はシニア組織の代表を務めると同時に、バンバン高校とヌンポリア小学校とフンドアン小学校の教育委員会のメンバーも務めています。



ピナイアン氏からの聞き書きまとめ

「稲作の慣習、課題、農業サイクル」 

From Mr. Pinay-an statements

ThePractices, issues and Cycle of Rice Production


 ホセ・ピナイアン氏によると稲作には以下のような作業がある。

 「ロカLoka」、「ビノンオBinong-oh」または「ブブボンbububon」、「イパタンipatang」、「プンガブタンpungabutan・バノンbanong・ピプギルpipgir」(田んぼを整えきれいにする)、「イトノッドitunod,クルピkulpih」(コオロギやネズミを田んぼから追い払う)、そしてムンフン/イホナトMunhu-un/ihon-at,「 ムンリットmunlit」、さらに「ムンガブットMungabut」(稲を食べる害虫を取って田んぼをきれいにする)、「ブムンガbumunga」(大量のマヤ(小鳥)が稲を食べてしまわないように、いくらかの稲を取ってウピッ“up-uppigを立てる)、「ムンキワMunkiwa」(「ムンアニmun-ani」のためにライスワインを作る)、「ハリグノプhaligunop」(人々が飲むためにライスワインを作る)。

 ピナイアン氏は、「カヒアニkahi-ani」の間は、野菜ではなく肉(鶏肉か豚肉)しか食べてはいけないと力説する。「カヒアニ」の間は、他にも「カヒウKahiw」「マンギンガmangingaまたはムンユユmunyuyu」という作業もある。まだ収穫されていない稲が残っていれば収穫を続ける。これを「マングデュル・マングデュルmangudurmangudur」と呼ぶ。そして刈った稲を束ねる作業ブトックbutokの報酬として「ムンバクルmunbakle」を受け取る人がいる。

収穫が終わると、次は田んぼの雑草を取り除く作業「ムンラムンmunlamun」を行い、そして「カヒパタンkahipatang」(一般的に次に植える苗の準備をするために行う)を行う。

 「ラムンlamun」は、発芽や、マヤ(すずめ)被害を別にして、土壌におきる問題のことだ。

ピナイアン氏によると、これは肥料過多によって生じるという。解決策は以下の通り。

まず、田んぼの水を抜き乾燥させる。田んぼを乾燥させた後、土を再び掘り返すと(ラフグlahug)、ユユyuyu(ドジョウ)が姿を見せる。そして、田んぼを田植えができる状態になる。

ピナイアン氏によると、すべての農家にとって「コホルkohol」「キウィットkiwit」は、田んぼに被害をもたらす最も重大な問題である。

ほかにも、稲作を人力で行うことをしない人がいることが問題だ。農家の中には田んぼで働くのを怠る人もいる。しかし、政府の職員は米が供給されさえすればよいと思っている。

 

 ピナイアン氏は農家が近代的な技術を使いすぎることが農家に新たな問題を生んでいるのではないかと指摘した。しかし、ときに豊作であったとしても、そのマーケティングにおいては貧しさから脱却できていないのである。


デイジー・ヨグヨグ(女性)

MRS. Disy Yogyog

私はデイジー・ヨグヨグ、42歳で4人の子供がいます。

私は幼い頃、田んぼで農作業をしていました。

私は満月が出ているほど夜遅くであっても、お金を稼ぐために種まきをしました。

学校に通い始めると、土日や祝日に田んぼでの農作業をしていました。

私がハイスクール(中学)に入学すると、父は鶏を飼育し始めました。

在学中に、私は国立イフガオ州大学の奨学金に応募しました。

私は奨学金をもらうために試験を受け、合格しました。学校の奨学金制度によると、学校側が学生に高校で職業として農業に従事する能力があるかを見極めるために、奨学金の受給予定者は5日間の実習科目の受講を受けなければ行けませんでした。私は幸運にもその実習科目が免除になり、授業料免除と手当の付いた奨学金を受給することができたのです。

奨学生として大学に通い始めてからも、週末はバガバグ(ヌエバ・ビスカヤ州)で野菜を売ったり、ドンボスコ高等学校でバナナチップスを売ったりして働きました。

私は大学で勉強を続け、農業技術科学の学士コースを優等で卒業しました。

フンドゥアンの地方自治体政府に雇用されてからも、休日や祝日には夫と畑で農作業を行っているので、まだ私は農家であると言えるでしょう。私たちには幸運にも勤勉な子供達がいて、農作業を手伝ってくれます。特に長男はとてもよく働いてくれます。

全家庭に向けての私からのアドバイスは、自分たちで消費するための食糧を植えることです。

保存料が多く入った食べ物を買うのは避けるべきです。

親世代は棚田を守るために、農業にも従事すべきです。

イサベル・ラクバワン

Isabel B. Lacbawan

私はイサベラ・ラクワバン、68歳。12人の兄弟姉妹の3番目です。

若い時は祖母を手伝って、田んぼ仕事や焼き畑でのサツモイモの植え付けを手伝ったものです。

10歳の時にはもう仲間たちとウブUbbuと呼ばれる田んぼ仕事に参加しました。

お昼時には小川で葉っぱを石ケンにして水浴びしたものです。

小学校の時、兄弟姉妹が多くて両親が私たちみんなを学校に通わせられないということで、私は先生のうちにお世話になることになりました。小学校6年を卒業した後、私はラガウエのドンボスコ・ハイスクール(中学校)で勉強を続けることになりました。とても授業料が高い学校です。私は学校の食堂でパンを売ってお小遣いを稼ぎました。

ハイスクールを卒業した後、私は勇敢にもカレッジで看護コースを取ることにしてバギオへと向かいました。しかし、シスターから手紙が届き、ラガウエのセント・ルイス・カレッジでワーキング・スチューデントとして受け入れてくれるということでした。私はそこでカレッジを終えたのです。

私はとても恵まれています。卒業と同時にアバタン町で仕事を得ることができました。そこで7年近く教鞭をとり、そのあとイマキュレイト・コンセプション・スクールに移って1年間教えました。

最初の子供を出産したのち、教職を離れました。夫はフンドアン町の町長となり、私は人々によってバランガイ・キャプテン(村長)に選出されました。バランガイ・キャプテンの任期を終えたあと、私は副町長に選出され1年間その職に就きました。

私は田仕事に特別の思いがあります。ですから副町長をやめてから現在に至るまでフルタイムの農家となりました。私は田んぼで働くことを楽しんでいます。レクリエーションでもありますし、毎日いただく食糧を生産することでもあるのです。余分に獲れた米は子供たちにも分けているのですよ。

教会の活動メンバーとして、キリスト教グループのサポートで、「バンバン、ゴデ、ポロッド・オーガニゼーション(BAGOPO)」という団体の設立をすることができました。

ほかのインタビュー対象の人も言っているように、「農業はもっとも誇るべき職業の一つです。なぜなら、農業はこの国の屋台骨であるからです」。

農家は大学やカレッジを卒業している必要はありません。

農家はコミュニティ(共同体)の普通の住民たちです。

先祖代々教わってきたことを、子供たちや次世代に受け継いでいく人たちです。

田んぼでの農作業から学んだことを実践します。ですから、化学肥料を使わない有機農業が受け継がれているのです。有機農業は、田んぼの雑草にアゾラAzola(Kuliolip)と言われる水草を混ぜて作る堆肥によって行われています。老人たちは今の若い世代よりも長寿をまっとうできているのは、そのおかげなんですよ。

田んぼでの作業は退屈で骨の折れる仕事です。農民はいつでも働き者で、賢くて、そして、強靭でなくてはなりません。その農家の働きが常に食卓の食べものを安全とし、日々を豊かなものとしているのです。

しかし、このごろの若い農民たちは、有機栽培が骨が折れるといってお手軽に収入を得ようと、有機でない肥料、除虫剤、農薬を使っています。

ミレニアル世代と呼ばれる2000年以降に生まれた子供たち、とくに教育をうけた子供たちは、土を触るのを疎みます。その結果、耕作放棄をされ荒れ果てた田んぼがあるのですよ。

いったい私たちはどういう民族なのでしたっけ? 

次世代にいったい何を残せるのでしょうか?


b0128901_16051403.jpg




******

(英語版・現地語原本)

Mr. Jose Culhi Pinay-an


I am Jose Culhi Pinay-an, 68 yearsold, married to Mrs. Erlinda Binlingan, residing at Dayyucong. Poblacion,Hungduan. My mother is from Hapao, Hungduan while my father is from Baang and they were both a farmer.

  When I was a child, I helped my parents work in the fields. One thing I can’t forget on those days was digging andcollecting of mudfishes in the Banong. From Hapao, we transferred to Polod, asitio of Bangbang. It was there where we settled down for so long because of the fields given by one of the sister of my “Apu” or the ‘Binoltan”. Shetransferred it to my mother so it’s where we practiced working together. During the Kahi-ani the ones who came to harvest were the people of Hapao.

It was here I started to work in the field, but before hand my father taught me how to use the “gaud”. I continued to help them until high school. When I was in high school, father taught me howto do wood carving. I immediately learned because this is one of my interests.Since I was in the third year I knew already hoe to do manual work. I can able to earn money for my own allowance. And because the money that my father earned was not enough for us, I better decided to help earned money for the education of my sister who finished a Commerce course, now she is working in Baguio.

Because my sister had her own work already, she was the responsible of financing the education of our three younger ones, until they graduated in college. The time I got married, we lived separately and built up my own family. I have seven children, females and twomales. I got our living room from my wood carving and farming. It is where I earned money to sustain the needs of my children especially their education. Now,at least five of them have their own work, while the last child is still studying. Sometimes, my wife helped me finish my engraving the carvings. Even my first child helps us in the wood carving that makes our work easier with my wife.

During my childhood days children,usually brought the boy with me to the forest to get logs that I use in woodcarving. While the girls also went to the rice field to work; only two younger ones did not yet experience working in the field.

When our eldest got married, we transferred to her the fields we received from my grandparents. During the harvest season, the people who helped them were from Nunggulunnan .I stopped carving wood in the year 2009 because I planes to run for barangay Kagawad in2010. I won and until now I’m serving my people. Even I am a barangay council;I still go to work in the field to help my wife during “law-ang” or weeding and preparing the fields.

As a public servant, I observed my responsibility to attend meeting or sessions. In Fact, I received a certificate of awards for having a complete attendance, in recognition to my dedication inwork related and an award from the region of certificate of appreciation for complete attendance. This made the Hugduan municipality as number one in region because of my dedication in my service in the senior organization; the Hungduan Municipal Office gave an additional 88 slots of scholarships. Aside from being the Senior Citizen President, I am also a member of Committee on Education in the following schools: Bangbang National High School. Nunpolia and Hungduan,Elementary Central School.

*


From Mr. Pinay-an statements

“The Practices, issues and Cycle of Rice Production”


Mr. Jose Pinay-an says that there are practicesd one during the rice production such as: “Loka”” Binong-oh” or “bububon”,“ipatang”, “pungabutan, banong, pirpgir” (scrape it to look good) “itunod,kulpih” (it is done to avoid crickets and rat away from the fields), “Munhu-un/ihon-at, munliit”and “mungabut” (cleaning and clearing the field ( away from rice-eating pests),“bumunga” (getting a few stalk to be put to “up-uppig” (because the problemhere is that the huge number Maya bird-eating rice), “Munkiwa” (rice wine making for the “mun-ani”), “haligunop” (make rice wine for the people todrink).

He also stressed that it is notallowed vegetable to be as the viand during the “kahi-ani”, but only meat(Chicken or pork).

There are other practices to observe like” kahiw”, “manginga or munyuyu” during “kahi ani”. When there are still left rice were not harvested, they continue harvesting but it termed as“mangudur mangudur”, and there were people who will earned “munbakle” with the use of bundled rice “botok” as wages.

After harvesting, next cycle which was“munlamun” is weeding the fields and then, the “kahipatang”, (generally theterm given to the presentation of the rice seedlings to plant again). During“lamun” weeding.

Aside from the problem of budding orcalled Maya, soil is also a one. According to him, this is because ofover-fertilizers. The solution here is that, they let the fields dry up awayfrom water. Then after drying the tilt the soil again “lahug” and there were“yuyu” around. Then, they set the fields ready to plant.

The most problem of all the farmers is the” kohol and kiwit”, according to Mr. Pinay-an.

Other problems like the use o fmanpower that effects, the rice production. Some farmers are lazy to work in the fields. While the government employee’s hope only for rice supply. He also stated because of the over-use of application of modern technology that adds tothe problems of farmers, but sometimes, even the farmers harvested a lot and yet marketing is very poor.


*

Mrs. Daisy Yogyog


I am Daisy Yogyog, 42 years old with 4 children. Since I was young, I worked in the rice fields. I experienced sowing seedlings even if it’s very late especially during full moon just to earn money. When I started going to school, I worked in the rice fields during Saturdays, Sundays, and holidays. My father started raising chickens when I entered high school. At that time, I was offered a scholarship in Ifugao State University. I took the test for scholarship and passed. However, the policy of the school for the scholarship is to undergo a 5-day practicum for them to assess if the student is capable of taking vocational agriculture in high school. I was lucky because I passed the practicum and was able to avail of the scholarship which consistsof free tuition fee and allowance. Even if I was a scholar, I still worked during weekends by selling vegetable in Bagabag [Nueva Vizcaya] and supplied banana chips in Don Bosco High School.

I continued my studies in college and finished Bachelor of Science in Agricultural Technology as Cum Laude. Even if Iwas already employed in the local government unit of Hungduan, I can say that Iam still a farmer because I still work my husband in the farm during weekends and holidays. We are very lucky because we have industrious children who join us in the farm work especially our eldest son. My advice to every household isto plant food for their consumption. They should avoid buying foods with high preservatives. Parents should also engage in farming for the preservation of rice terraces.


in Tuwali

Haon soi daisy Yogyog 42 di toon ku waday opatan imbabalek. Nanipod hi kaungak ya nakikie yak hi payo. Pinadas kun nakikontrata an mun tunod uray mahdom karkaru nu full moon. Hidin mun man skulak moya um umeyak metlang hi payo ngem nusabadu, domingo ken summer. Hidin highschool ak ya inrugin mon da ama an munlako manok tan waday nangi offer hischolarship di agriculture ot eyak maki test ot pumasaak. Oha an patakaran diIFSU an bago ma avail nan scholarship ya wada nan 5 days practicum an I conductdi school ta tigon da nu kayan di ohan studante an mangala agriculture.Nagasatak te pinmasaak hinan practicum hiyanan na avail ku nan free tuition feewith allowance. Uray hi oha ak an scholar ya wake ta maid di klase karu nansabado ken domingoo on nun kompra ak ni nating ta ek ilaku Bagabag, Supplier dibanan chips hi Don Bosco High School.

Intuloy kun nan skwila hi kolihiyo ot magraduate ak hi Bachelor in Agriculturl Technology as Comlaude. Uray h oha ak anempleyado di LGU Hungduan ya maibagak an ohaak damma bo an farmer te wake tasabado, domingo ken holiday on imme kami payo ken garden ki lakay. Nagasat kami te nunka aanus nan imbabale mete makiki e da habal karkaru nan panguluwan an imbale mi lalaki. Hay Ma Iadvice ku ya every household kuma on mun tanom for food consumption ta iwasanan e gumatang hinan makan an dakol preservatives na. Another is parents should encourage to engage in farming fot the reservation of rice terraces.


*

Mr. Isabel B. Lacbawan


I am Isabel B. Lacbawan 68 year sold and the third from the 12 children. When I was young, I used to help my grandmother in the field and in the kaingin to plant camote. At age 10, I engaged in farming called “ubbu” with peers. During lunch, we took a bath in the brook using leaves as our soap. During my elementary years with our number,our parents cannot afford sending us to school, so I stayed in one of my teachers.After grade 6, I went to Don Bosco, Lagawe to continue my high school. With such high amount of tuition fee, I sold bread of the school canteen and it was there here I earned my allowance. After high school, I was so ambitious to take nursing as my course in college, so I joined weaving in Baguio; but a Nun wrote me that I can be a working student at Saint Luis College, Lagawe and it was there where I finished a college degree. I was so lucky because after graduation, I was offered a job at Abatan, so I taught there for almost seven years, and then transferred at the immaculate Conception School for 1 year. After giving birth to my first child, I went on leave until I resigned in teaching. My husband then won as the mayor in Hungduan and I was the choice of the people to be the baranga ycaptain. After my term as barangay captain, I was elected as the vice mayor for one year.

Because of my passion is farming, I worked as full-time farmer after my one-year term as vice mayo until at present. I enjoyed working in the farm because farming to me is are creation and it serves as source of our daily consumption. I even distributes some to my children while sell the rests. As an active member of our chapel,and with the help of the farm first by the vicariate, I was able to organize the Bangbang, Gode, Polod Organization (BAGOPO).

Quoted from our informant,“farming is one of the most prestigious occupations since it is the backbone of the nation. Farmers need not to be degree holder or college graduate. But they were the simple folks in the community”. They were taught by their great, great grandparents and were transferred to their children from one generation to another. They learn the activities in the farm by example. They tilted their land using organic farming instead ofi norganic fertilizer. Organic farming is done by composting, whatever weeds in the farm together with Azola (kuliplip). With these reasons that life of the old are longer than the present generation.

Working in the farm is tedious and laborious hence a farmer has to be industrious, intelligent and strong. Healways makes the day fruitful in order to have food on the table “food security”.

Today, however, young farmer wanted instant income, so they make used of inorganic fertilizers, insecticides and pesticides since organic farming is laborious. Millennials today are lazy to soil their hands specially to educated ones. As a result, rice farms are being abandoned and uncultivated but, who we are today and how will be in the next generation?



by cordillera-green | 2019-07-24 15:11 | 環境教育
2018年 08月 12日

聞き書きをベースとした演劇ワークショップ参加者③ ≪その他≫

CLARIBELB. HABILING (45)

フンドアン国立高校(フンドゥアン町ハパオ)

Hungduan National High School /Hapao


b0128901_23011390.jpg

自己紹介

私は公立の高等学校の先生として約16年間働いています。

幼少期の頃から、イフガオの様々な文化や伝統、慣例をならうために、家族やコミュニティの中でその場に立ち会ってきました。このような経験と身に付けた先住知識が私を理解と感謝の念、独特で美しい価値観、心構えとコミュニティが持つ技の会得へと導いてくれました。

 しかしながら、私が得たこれらの先住の知識と技の多くを私は子供たちに伝えられていないことに気がつきました。私は近い将来、子供たちにこのような慣例が軽視され完全に忘れられることを恐れています。

農業との関わり

イフガオの農民は土地の準備から、草や害虫の処理と維持管理、土壌の肥沃管理、水の管理、収穫とその記録といった様々な農業慣例において幅広い知識を持っています。彼らは最高の収穫を達成させるために従ってきた専門的な方法を持っていました。

 これらの慣例は正式に学校では学びませんが、次の世代へと口頭で伝えられてきました。それは大人の男女のみならず、全ての年代において行われてきました。

 彼らの農産物の例として挙げられるのが、米、芋(camote)、野菜、魚、家畜といったものたちです。

コミュニティの問題

 最近は多くの若い人たちは、より現代習慣や科学技術慣れ親しむことでコミュニティの中で学識のある人となることを求めており、文化に対する意識はなくなり、作業習慣とそれに関する技を得られなくなっている。この場合それは、次世代には先住の知識と技が消え去ってしまうかもしれないという警告を意味している。

期待すること

 私がこのプロジェクトに期待することは、先住の知識や技、習慣を先生たちの学校のレッスンにおいていかに結びつけ教え込むかを指導してもらうことと、演劇芸術を生徒たちに知識を伝えるための多くの策略の中の一つとして利用させることを期待しています。

【ワークショップ後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: Yes.

はい。

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: Yes. I enjoyed the monologue part.

モノローグの部分が楽しかったです。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: The production is realistic for it isresearched based.

聞き書きをベースにしているので、演劇の内容がとても現実的でした。

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: Its hard for me tosacrifice my time just to attend this workshop.

このワークショップに参加する時間を取るのがとても難しかったです。

Q5: What could be your challenges if you try thiskind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: Time, Finance.

時間とお金の確保

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: Creative art workshop / Costume make up/ Silhouette

クリエイティブなワークショップ、衣装づくり、 影絵

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: There should be follow up asustainability at their project.

持続的にフォローアップが必要なプロジェクトだと思う。

***

ANNABELG. GUINDAYAN (27)

アサンプション・アカデミー(マヨヤオ町)

Assumption Academy /Mayoyao


b0128901_23023350.jpg


自己紹介

私はマヨヤオ町のアサンプション・アカデミーで数学を教えています。

農業との関わり

農作業についていうと、両親が農家である家庭で育ったけれども、多くの知識は持っていません。また私の母は、もし私が田んぼに行ったら頭が鈍くなるという観念を持っていたため、いつも私に勉強に専念するように言っていました。週末もまた、両親と田んぼに行く代わりに私は弟や妹たちの面倒を見ていました。

コミュニティの問題

・化学合成の肥料や殺虫剤の過剰な使用

“Fungru“

・不作法なゴミの分別

期待すること

このトレーニングを経て、農業の楽しさをより感謝できるようになること

【ワークショップ後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: I have experienced theater workshopduring my high school and college days.

高校と大学時代に行ったことがあります。

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: I enjoyed much. I enjoyed all of theparlor games, clay making, tableau and the almost all of the activities that wehave done for the duration of the workshop.

シアターゲーム、claymaking、タブローなど、ワークショップ期間中に行った全ての行程が楽しかったです。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: Interesting and challenging.

興味深く、挑戦の場でした。

ワークショップで難しかったことはありますか?

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: Character making for me in a hard talk.

キャラクターをつくりあげるのが難しかったです。

Q5: What could be your challenges if youtry this kind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: No answer

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: Yes, I would love too.

もちろん参加したいです。

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: No answer.

***

MARYJANE D. DULNUAN (48)

キアンガン国立高校アネックス

Kiangan National High School -Annex/Kiangan


b0128901_23033755.jpg

自己紹介

私は現在イフガオ州キアンガンにあるキアンガン国立高校のエクステンションであるムンガヤンMungayang校で教師をしています。2005年から2016年まではイフガオ州アギナルドAguinaldoにあるアギナルド国立高校で教えていました。2016年の6月から今に至るまでキキアンガン国立高エクステンションでの任務についており、数学とそのほか、道徳?(Education appreciation/ Edukasyong pagpapahalaga)や体育といった教科を教えています。

農業との関わり

 私は大規模でシンプルな農業に携わっています。私たちの家庭は12人兄弟で、両親共に農家ですが、私たちの土地ではなく借地で行っています。

 私が小学生から高校生の頃、私たちはいつも焼畑へ行き両親の草刈りを手伝っていました。私たちの両親は生き延びるために畑作業を教えてくれましたが、教育を優先すべきものとしていました。

【ワークショップ後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: None.

ありません。

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: Yes, all parts especially the tableau.

全て楽しかったですが、特にタブローがよかったです。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: I feel happy, because through thiseducational theater, I came to know the meaning of Dumupag and it is significance.

教育演劇を通してDumupagの意味を知れてとても満足しています。

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: Lack of basic knowledge in theater.

基本的な演劇の知識が足りず難しかったです。

Q5: What could be your challenges if youtry this kind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: Finance and moral support from thecollogue and community.

課題はお金と同僚や周りからのサポートが足りないことです。

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: Yes, basic knowledge on theater.

演劇の基本的な知識を知れるワークショップをしてほしい。

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: Venue may near the each other.

会場を参加者の近くにしてほしい。

***


LYNETTE D. LIWAYAN (29)

イフガオ・アカデミー(キアンガン町)

IFUGAO Academy/Kiangan


b0128901_23114562.jpg
b0128901_00433096.jpg

【ワークショップ後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: Yes.

はい。

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: Yes. (I enjoyed most ) the part of theworkshop that I enjoyed the most are the games.

シアターゲームがいちばん楽しかったです。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: Interview based theater for me is atedious thing to do. Though on the other hand it is also good because data /information that will be / are big portrayed are more accurate and morerealistic.

私にとって聞き書きベースの演劇は退屈でした。しかし、インタビューの情報によって、より現実的により正確な描写を表現できるのはいいことだと思いました。

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: I had difficulties in leading my groupbecause not all of us are participative and cooperative at first.

最初は、全員が協力的だったわけではないのでこのグループを引っ張るのが難しかったです。

Q5: What could be your challenges if youtry this kind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: If I would try this workshop in myschool, I think it will have difficulty in finding participants who are very willingto form and exert extra time.

学校でこのワークショップをするとなると、時間を割いて自発的に参加してくれる生徒を見つけるのが難しいです。

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: Yes, I will attend if there could beanother workshop given that the workshop is focused on the theatrical skills.

演劇の技術に焦点をあてたワークショップに次は参加したいです。

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: No answer

***

MICHAEL JOSHUA C. HACYABON (23)

Immaculate Conception School

Municipality: MAYOYAO



b0128901_22545543.jpg

【ワークショップ後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: Yes.

はい

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: Yes, all the parts of this workshopespecially the interview and games.

インタビューとシアターゲームがいちばん印象的でした。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: Excellent it made me feel that there isa need to use theater to preserve the culture and, to educate the younggenerations through such activities.

演劇を通して、若者に文化を守る意味を教育することが必要であると感じました。

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: Lack of time and many indirect anddirect acting directors.

時間と演劇を指導する人が足りません。

Q5: What could be your challenges if youtry this kind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: Support from the school and community.Passive participation of students.

コミュニティや学校からのサポートと積極的な生徒が課題です。

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: Yes, the realities of life thatchallenges childrens education. Community and environmentalawareness that can lead to culture preservation for the younger generation.

コミュニティで、若い世代に文化保全を提唱できると気づけた。

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: Longer days of workshop. Basic theaternot focused on the interview (Gathering information)

長期間のワークショップを行って欲しい。また、インタビューではなく基礎的な演劇に焦点をあててほしい。

***

Hayson val Pummar (23)

Municipality: MAYOYAO

Ifugao State University

b0128901_23124737.jpg

【ワークショップ後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: Yes.

はい。

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: Yes. Everything became I learned much ofthis workshop.

全てが自分の学びになりました。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: Challenging and interesting.

興味深く、自分にとって挑戦の場となりました。

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: No answer

Q5: What could be your challenges if you trythis kind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: Participant, past, present and futureyoung generation.

参加者の確保

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: Yes, materials, funds, lighting andvideography.

資材、資金、照明、映像

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: None

***

ANALIZA JOY T. PINKIHAN (35)

イフガオ文化遺産事務所勤務(ラガウェ)

IfugaoCultural Heritage Office ICHO /

アギナルドAguinaldo出身


b0128901_23151032.jpg

自己紹介

私はイフガオ州のアギナルドAguinaldo 出身です。現在はイフガオ文化遺産事務所Ifugao Cultural HeritageOffice(ICHO)で働いています。

農業との関わり

私の農業経験について話すと、私は両親共に農家の家庭に生まれました。私が子供の頃、一日中腰を曲げてでも母は私に田植えの仕方を教えてくれました。私にはそれが楽しくて、さらにgamulang(収穫に使う刃物)を使った収穫法についても教わりました。

コミュニティの問題

・化学肥料の使用が土壌の水捌けの良さと肥沃さを悪くすると知られていること

・伝統的な有機栽培から、水と土壌に悪影響をもたらす無機栽培への移り変わり

期待すること

この演劇ワークショップを経て、イフガオの農業的慣例についてより多くのことを知り、農業の重要性を正しく理解すること

【ワークショップ後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: No, this is my first time.

今回初めて演劇ワークショップに参加しました。

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: Yes, I really enjoyed the workshopspecially in the tableau and the different activities.

タブローや他のアクティビティも印象的でとても楽しかったです。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: I felt educational theater as veryinteresting.

教育演劇はとても興味深いなと感じました。

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: No answer

Q5: What could be your challenges if youtry this kind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: No answer

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: Sure, I like to focus on educational andculture.

もちろん参加したいです。教育と文化を中心に興味があります。

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: No answer.


***

JONALENE C. HANGDAAN

ゴハン国立高校(バナウェ)

Gohang National High School, Banaue


b0128901_23171808.jpg

【ワークショップ後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: No. This is my first time.

今回が初めてです。

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: I enjoyed much this workshop especiallyon the interview part, the monologue and the ice breakers as well.

とても楽しかったです。特に、インタビュー、モノローグ、アイスブレイクが印象的でした。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: It’s great, this is somewhat aninnovative approach in today’s educational setting. We did not just learn theculture, but we visited and witnessed first hard the different practice andtourism sites.

今日の教育現場において教育演劇は革新的なアプローチだと思います。私たちは文化こそ学びませんでしたが、実際に観光地となっている場所を訪れ目で見て、実戦的に学びました。

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: The fact that this is my first time, Istruggled in almost all the parts but I was able to manage it.

初めての演劇だったので、どれももがきながらの挑戦でしたが、自分の力で乗り切ることができました。

Q5: What could be your challenges if youtry this kind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: Funds, resource persons, paraphernalia

資金、人材、設備

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: Lighting and some offer upgradedapproaches

照明、グレードアップした教育演劇のアプローチ方法

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: Make the most of the time and ifpossible make the schedule longer.

可能であればもっと長い期間行ってほしい。






by cordillera-green | 2018-08-12 22:51 | 環境教育
2018年 08月 12日

聞き書きをベースとした演劇ワークショップ参加者②≪ラガウェ編≫

JEOMARN. PIHNUTON (24)

SJS→AYAGAN National Agricultural Vocational High school(ANAVHS), Lagawe

b0128901_23200199.jpg

自己紹介

私はBSE社会学科の卒業生です。セント・メリーSaint Mary’s大学で社会教育学の修士試験を終え、できれば今年学位をとれるようにと現在論文を書いているところです。他のイフガオ州住民が農家であるのと同じように、私の両親も農業をやっています。私たちの最重要課題といえば、経済の安定性です。それは、今兄弟のうち9人がまだ学校に行っていることからして、私の家族がいつも直面している問題です。それが、私の両親が今も農業に従事している大きな理由です。

農業との関わり

私が現世に生きる中、私の愛する村で見てきた農業的慣例の1つが「Ubbu(助け合いのシステム)」です。私の村の人々は、それが皆が持つべき友情や兄弟愛を深めることから、ミレニアル世代にも引き継がれ行われるべきであると信じてきたため、今もその農法が行われています。

コミュニティの問題

私のコミュニティが持つ農業の問題の一つは若者の農業への関心の薄れです。特に学業において上手くいっていない人たちは彼らの土地を耕す代わりに建設工事の仕事を選んでしまいます。

期待すること

私はこのワークショップが特にイフガオの文化や伝統において先生のアドボカシーに卓越する打開策として役立つことを高く期待しています。


【ワークショップ終了後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: No.

いいえ。

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: Yes, especially on the interview and themonologue.

特に印象的だったのはインタビューとモノローグです。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: It is an innovation that needs to beknown and practice especially in school.

演劇ワークショップはとても革新的で、特に学校では知る必要があり、また練習すべきだと思います。

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: The emotion test since I cannot expressmy emotions without words.

自分の感情を言葉なしで表現するのに苦労しました。

Q5: What could be your challenges if youtry this kind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: funds, venue, and facilitators

資金、会場、ファシリテーター

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: Lightings and projectors

照明、投影

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: None


***

JENELYNL. CUTIYOG(28)

ラガウェ国立高校エクステンション

Lagawe National High School Ext. /Lagawe

b0128901_23212187.jpg

自己紹介

 私はヌエバビスカヤ州のVillaverde出身です。旧姓はJENELYN FERRER LAZADE HAILINGです。ヌエバビスカヤ州のセントメリーSaint Mary’s大学を卒業し、2009年にイフガオに移り、2016年まで私立校で教師をしていました。最近はラガウェ国立高校に勤め、MAPEH(Music, Arts, Physical Education, and Healthが1つにまとまった科目)を教えています。

 家庭のことについては、私はイフガオ出身者と結婚し、彼らの習慣や文化に適応すること、主には彼らの方言を理解し話すことに少し時間を要しました。

農業との関わり

 農業において私が思う1つの問題は、商業目的の農家と低地へ移住する農家が増えたことで、「INAWON」という名で知られているイフガオ原産の米を植える農家数が減っていることです。

コミュニティの問題

 コミュニティの問題については、子供による儀礼での歌の演奏や祝祭の文化行事への参加やといったイフガオ州民の文化的慣例について学ぶ若者の数が減っていることが挙げられます。私からみると、イフガオの最近の若者は主に科学技術に惹かれ、自分自身のことを優先したり重視したりするように思います。

期待すること

 このアクティビティを通して、豊かなイフガオ文化を保護する方法を学ぶことを期待しています。


【ワークショップ終了後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: No.

いいえ。

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: Yes, I enjoyed the interview, thedifferent activities that the facilitators introduced. The discussion andlecture about theater. The emotion test activity.

インタビュー、ファシリテーターによる様々なアクティビティ、感情テスト、演劇についての議論が楽しかったです。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: Educational theater is an effective wayto portray the current issues shared by the people in a community.

教育演劇は、コミュニティにおける現代問題を共有するのに効果的な方法だと思います。

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: 1. Basic theater skills was notintroduced earlier.

2.Theres no time frame of each activity.

1. 演劇の基礎的な知識が紹介されなかった。

2. 各パートの時間が足りなかった。

Q5: What could be your challenges if youtry this kind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: 1. Lack participation of the students.

 2. Lack of facilitators to give or manage the workshop

1. 生徒の参加者

2. ワークショップを進行する人の不足

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: Yes, I will attend. If there will be aworkshop, again I would like to deal with theatrical skills.

次回は演技指導を扱ったワークショップに参加したいです。

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: More allotted days for the workshop sothat all the necessary knowledge and skills about theater will be imparted tothe participants without rushing everything.

もっと長期間のワークショップを開催することで、十分に演劇に必要な知識や技術を参加者が、吸収することができると思います。


***

DENNIS B. PAGAL (35)

ラガウェ国立高校 メイン(ラガウェ)

Lagawe NHS-Main /Lagawe

b0128901_23240360.jpg

自己紹介

私(Dennisという名)はギリシャ神話の中で神のワインまたは知恵として知られ、私の家族の名前(Pagal)はタガログ語で「hard work on our activities」を意味します。

私はアシプロAsipuloとヒンギョンHingyonの混血で、西ラガウエのポブラシオンPoblacion West Lagaweに住んでいます。国立イフガオ州大学Ifugao State Universityの政治学部を卒業し、教育単位の履修証明を持っています。そして教師免許試験を受け、合格しました。この職業を持って、私は代理教員とSEF(Special Education Fund)としてMAPEH(Music, Arts, Physical Education, and Healthが1つにまとまった科目)9ヶ月教えることができました。

 私の家族との日常生活の中で、HanglulaoTuwaliとしての暮らし方を経験しました。私が経験した問題は、少数の人にしか通じない私のHanglulao訛りに対するいじめです。さらに両親の名であるPagalをもじり「MacapagalMaca=you come)」と呼ばれるいやがらせを受けていました。

 私たちの中で恐怖をもたらすゲートウェイドラッグ(酒やタバコ、有機溶剤、脱法ドラッグ、大麻などの乱用薬物)の中毒は、私たちの家族に起こったことでもあり、彼らが家に帰って叫んだり、一緒に戦ったりすると、私たちはどうしたらいいかわかりません。治療が難しい病気であることから、彼らの人生はすぐに崩壊されていき、財政的な影響を及ぼしました。

農業との関わり

イフガオの人々の土地では、農業が彼らの生き方を最もよく定義するものとなっています。それは、もしあなたが農業を駄目にしたら、彼らの暮らしも駄目にすることになると言えるほど強い結びつきがあります。だから彼らは農業に重要性を見出しました。信条と習慣は発展し、彼らの中で生きるシステムとなりました。その1つとして「Kulpi」が苗を生長させるため、田植えのあとに休むコミュニティの場所で町の祝祭時に行われてきました。コミュニティでは、人々が一緒に陽気になって騒ぎ、ライスワインを飲み、Liwliwa(詠歌)とBartungと共に楽しみます。


【ワークショップ終了後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: A little bit in the past.

過去に少しだけ参加したことがあります。

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: Yes, I enjoyed the workshop the gamesand the internalization part that put on the now which I am used to it.

シアターゲームとインターナリゼーションには慣れ、とても楽しめました。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: Educational theater is new to me thatway it should have been presented to us to have a better understanding. Butwith regards to what I can say is it can groups the audience awareness andemotions to be fully.

教育演劇は私にとっては新鮮なもので、よくよく物事を理解する手法を示してくれました。

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: The integration of monologue to thescene to have a story or play.

モノローグを調整し、ひとつのストーリーにするのが難しかったです。

Q5: What could be your challenges if youtry this kind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: The willingness ofstudents not wearing nature attire especially MED.

Students worried direct and location.

  ・言語と場所の問題が心配です

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: Yes, with starting right. How to attackthe stage theater production.

ぜひ参加したいです。演劇のステージでどのように取り組めばいいか知りたいです。

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: -The workshop and the housing in thesame location

-House rule

家とワークショップが行われる場所を同じにしてほしい。

規律


***


AMBROCIOB. ALAGA JR. (40)

カバ国立高校(ラガウェ町)

CABA National High School /Lagawe


b0128901_23371962.jpg

自己紹介

 私には75%のアヤガンAyangan族の血と25%のトゥワリTuwali族の血が流れています。私の父方の祖父はラガウェのブルナイBurnay出身であり、一方祖母はラガウェのカバCaba出身です。私の母方については、祖父と祖母の出身地は異なりますが共にアヤガン族であり、祖父はラガウェのポンハルPonghal出身、祖母はキアンガン町のボログBolog出身です。私の両親は双方共に、生活のための最高の供給源である農業を通して育てられました。そのようなことと相まって、「baki(長老たちによる儀礼)」を経ることが子供の世話をする伝統的な方法とされています。しかしながら、私は12人以上もの兄弟の末っ子であるため、「baki」の経験はあまりなく、代わりにキリスト教信仰の関わりが多かったです。

 私の姉たちは私の人格形成や勉強において責任を負うものと認識していたため、私は成長期のほとんどを彼女たちと過ごしました。私は動物科学の学士号をとり、バイブル・スクール(子供達のための休日の教会内学校)へトレーニングのために通い、その後約10年教会で働きました。それを優先しながらも、Philippine Campus Crusade for Christと一緒に奉仕活動を行っていました。共に時間を過ごすこと、説教、指導、カウンセリング、祈りを通して彼らに対応するというのが主な仕事でした。

 わたしは資格を取るためいくつかの教育専門科目を修了した後に教員採用試験を受け、合格しました。20135月には教員[1]の永久職を約束されました。私の初めての教育省との関わりは、私がカバ国立高校に移る前の20158月から今までの間にゴハン国立高校Gohang National High Schoolで試験的に行われたイフガオのためのIPEducation(先住民教育) がきっかけでした。

農業との関わり

 イフガオのカリスマ的な棚田群が最もよく知られており、世界8番目の驚異である「Ifugao Rice Terraces」と一般的に名づけられています。他のイフガオの人々や土地の描写でよく知られているのは、特有の家屋、独特のダンスや習慣、男性のライフサイクルにおける様々な慣例がそうですが、それらを1つにつなげたものこそが農業的慣例です。

 Payo(土地)はイフガオの中で最も大切にされている遺産です。生活と食物(sustenance)は稲作によって巡っています。農業のサイクルの中では本当にほんのわずかな活動しかないけれど、イフガオの暮らし方に影響を与えている儀式や祭式と関わる生活で溢れています。主な活動は4つに分けられ、次の農業サイクルを受け持っています。

1)耕したり腐らせるために草をとったりするなどの土地の準備

2)田植え/移植

3)発育

4)収穫

 現代における田んぼ(payo)での全ての仕事は「ムヨン・システムmuyung system」として知られるムヨンでの仕事である。これは農業サイクルの中でも棚田の全ての仕事が終わってからでもいつでもできることである。それは棚田への水の供給の維持において絶対に必要な慣例であることを意味している。

コミュニティの問題

 種まきの情報、対立の和解、祝賀会・お祭り、コミュニティ開発

期待すること

演劇における固有の知識を共有し、変わりゆく世界において農業の変わらない重要性をよく伝え合うこと


【ワークショップ終了後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: No.

いいえ。

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: Yes. Interview and doing / preparing themonologue also the putting together of the data collected into tableau andscene.

インタビュー、モノローグの制作、また情報を持ち寄りひとつのシーンまたタブローしていくのが楽しかったです。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: For me it is a breath of fresh air as itwas contrasted with the traditional / director ledtheater. It is not plainly appearing to the emotions but to some ratherauthentic honest and real.

今回のワークショップは、私にとって伝統的な演劇の指導方法と異なり、とても新鮮なものでした。感情を素直に表に出せませんでしたが、ときに心から正直に感情表現できました。

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: No answer

Q5: What could be your challenges if youtry this kind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: No answer

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: No answer

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: No answer

***


KENNY M. MONAYAO (22)

ドン・ボスコ高校

DONBASGO High School/Lagawe

b0128901_23280620.jpg


【ワークショップ終了後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: Yes.

はい。

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: Yes, the part where, enjoyed most wasthe emotional projection.

感情投影がいちばん楽しかったです。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: I feel being abandoned because theintervention of modern aspect to the agriculture is so hopeless.

現代的な農業への干渉が絶望的で、私は見捨てられたように感じました。

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: Constructing the scenes

シーンを組み立てるのが難しかったです。

Q5: What could be your challenges if youtry this kind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: materials, funds, participants, venue

資材、資金、参加者、会場を用意するのが難しい。

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: Screenplay, Lighting, makeup,videography

脚本、照明、扮装、映像

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: No answer

***


ReginaB. Dupingay(49)

Municipality: LAGAWE

AYAGAN National Agricultural VocationalHigh school

b0128901_23360865.jpg

【ワークショップ終了後のアンケート】

Q1: Have you experienced a theater workshopbefore?

演劇ワークショップにこれまで参加したことはありますか?

A: No.

いいえ。

Q2: Did you enjoy this workshop? Which partof workshop did you enjoy?

今回の演劇ワークショップは楽しかったですか?特に楽しかった部分はなんですか?

A: Yes, specially in making thetableau.

タブローの制作がいちばん楽しかったです。

Q3: What did you feel about educationaltheater (an interview-based theater)?

聞き書き教育演劇をどのように感じましたか?

A: Happy.

幸せでした。

Q4: What were difficulties during theworkshop?

ワークショップで難しかったことはありますか?

A: We have different ideas and each onewants to inject their idea and it is there where we were confused and we are onrevising that is why we can hardly finish the story.

参加者それぞれ様々なアイディアを持っており、またその意見を反映したいという思いが強く、ストーリーが混乱しまた修正などを加えながら進めるのが難しかったです。

Q5: What could be your challenges if youtry this kind of workshop at your school?

もし学校でこのようなワークショップを自分で行うとしたら、どのような課題があると思いますか?

A: Lack of time because we are dismiss fiveoclock in the afternoon and most of the students go home for theylive quite for from the school.

学校から家が遠い生徒は17時に下校するため、演劇制作の時間が足りない。

Q6: Would you attend it if we organize sucha theater workshop, again? (What kind of content would you like us to deal within it?)

またこのような機会があったら参加しますか?

A: Yes, but (before) we need to reviewfirst the basic about theater.

参加したいですが、まずは今回の演劇の批評をする必要があると思います。

Q7: Other comments / recommendation

その他のコメントやアドバイス

A: The venue should be near the billetingso that if there are lapses we can cope up. I as a first timer, I did notundergo the basic of theater and I can hardly adjust.

会場を宿泊場所と近いほうがより時間を演劇に当てられると思います。私は今回の参加が初めてだったので、演劇の基礎知識がなくところどころ理解するのが大変でした。

b0128901_00394424.jpg




by cordillera-green | 2018-08-12 22:35 | 環境教育