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レアも退院しました

昨日のブログで、ローデスと一緒に交通事故にあったレアのことをご報告するのを忘れていました。ローデスより一足早く退院したそうです。足の骨折がローデスのように複雑なものではなく、ギプスですんだということ。頭の手術の経過を見て退院したとのことです。

いちばん最近アーネルがレアにあったときには、
「ずっとダンターラン(彼女の出身の山の村)にいればよかった。タブックなんかに出てこなければよかった。そうしたら事故にあわなかったのに。。。」といっていたそう。
 20歳の若いお嬢さんが、顔に傷を負い、頭の毛をそって生え際に大きくメスを入れる手術をしなくてならず、足ほうのもちゃんと歩けるようになるか不安、、、、気持ちを切り替えて、大学に戻ろうと思えるようになるには、まだ少し時間がかかることでしょう。

 レアの病院での治療費については最終的にはトラックの運転手が10万ペソ近いお金をすべて払ったそうです。事故の原因は、一方的にトライシクルなのに。
 アーネルに言わせれば、「トラックがそこにいなければ事故はおきなかった」からトラックにも責任があるというカリンガ的な考え方で、あとは、トラック側がトライシクル側と交渉し、どうやって治療費を取り立てるかなのだそうです。
 
 しかし、ローデスの時には、あんなに頼んでもトラックとトライシクルあわせて、6000ペソしか持ってこなかったのになぜ?と思いますが、それも、カリンガならではの状況だそう。レアがカリンガ民族という民族のパシルというに民族グループに属しており、トラックとトライシクルの運転手もやはり、カリンガ民族のどこかの部族に属していたため、これは昔の風習にのっとって、部族対部族の争いに発展する可能性があるというわけです。
 もし、部族間の抗争に発展すると、本人や家族だけでなく、村に住むすべての人が、復讐の対象となりうるわけで、罪のない人たちが巻き添えになる可能性があるというのです。さすがの運転手もそれだけは避けたかったらしく、事が大きくなる前に、借金するかなんかし、レアの分のお金はなんとか持ってきたというわけ。
 ローデスの場合は、山岳民族の出身ではないので、この伝統風習の意識が働かず、言ってしまえば
「まあ、払わなくても殺されはしないだろう」
くらいの気持ちだったと思います。
いや不条理な。
まるで、暴力団間の抗争のようですね。しかし、暴力団でも民間人にはちゃんと賠償するのではないかしら?

いや、恐ろしき社会です。日本がちょっと懐かしい。。。。
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# by cordillera-green | 2008-11-05 16:34 | 奨学金

ローデスさん退院!

 いやいや、長い1ヶ月でした。10月4日にタブックで交通事故にあったローデス。10月30日、なんとか退院にこぎつけました。
 タブックからバギオの病院に移送したのち、10月21日に複雑骨折の足の大手術。固定のために足にステンレスのバーを入れたほか、腰の骨を削って欠けてしまった足の部分に移植するというたいへんな手術でした。
 CGN副代表でベンゲット州立大学森林学部教授のジャン・タクロイ先生が、自分のクラスの学生さんに協力を求めてくれて、CGN奨学生とともに輸血に協力してくれました。手術後も出血が止まらず、血圧がかなり下がって心配しましたが、だいぶ血圧も安定してきて、担当医から退院の許可が出たというわけです。

b0128901_1315789.jpg 手術後4日目から、早くも歩行器で歩く練習を始め、毎日少しずつ歩数を増やし、退院までには50歩ほどを、ものすごくゆっくりですが歩ける(というか動けるという感じですが)ようなっていました。何しろ血圧が低いのと体力が落ちているので、長い時間動けませんが、ローデスは1歩でも多く歩きたいと意欲満々でリハビリに励んでいます。

 さて、退院したローデスの行き先ですが、彼女が住んでいたアパートはすごい急な斜面をどんどん降りていったところにあり(山の町バギオにはそういうところがとても多いのです)、今のような状態では、リハビリで病院に通うにも誰かにオンブしてもらうしかなく、娘さんの仕事場から近い場所に部屋を借りました。新しい生活のスタートです。
 退院の翌日、CGNスタッフがローデスの新居を訪ね、山岳民族の風習にのっとって鶏をつぶし、ローデスの退院、1日も早い回復、新居での新しい人生のスタートを祝いました。やっとローデスの顔に笑顔が戻ってきました。
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 カンパをいただいた皆様、本当にありがとうございました。何よりも新しい人生のスタートを切る心の支えになりました。
 CGNスタッフの中からも、安月給の中から給料の3分の1を快くローデスのためにと差し出してくれるものもいて、目頭が熱くなってしまいました。この国では保険システムはほとんど機能していませんが、こうやって日常生活の中で、いつもいつも人と人とが助け合っていく「心」が保険の代わりなのだなあ、と実感しました。

 とりあえず、ローデスには今年の終わりまでは、ゆっくり休んでくださいということにし、その後については状況を見て相談していくつもりです。また、このブログを通して皆さまに報告させていただきます。
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# by cordillera-green | 2008-11-04 13:19 | CGNスタッフ&オフィス

スタッフの事故 その後

 タブックで事故にあったローデスは、おととい、タブックからバギオのバギオ・ジェネラル・ホスピタルに救急車で移動しました。顔の傷もだいぶ癒え、両手のギプスを自分で引き剥がし(付き添っているカルラが信じられない頑固な患者だ。とあきれていました。でも、元気を取り戻している証拠)、携帯電話でショートメール(TEX)を使えるようになり、友人や知り合いにも自分で連絡をとれるようになりました。精神的にも一時の混乱状態から抜け出し、普通に戻っています。

 問題は左足。昨日、初めて医者からちゃんとレントゲンを見せてもらったそうですが、太もも三ケ所、ひざから下が三ケ所骨折しているようで、手術をしてステンレスのそえ木を入れて固定するしかないそうです。そうしなければ、一生歩けないといわれたそうです。
 不幸中の幸いは、腰の骨に骨折がなかったこと。リハビリはつらく時間がかかるかもしれませんが、歩けるようになるといわれて、気持ちは前向きに動いています。
 「座れるようになったら(まだ身体を起こすことができません)、オフィスに行ってデスクワークだけでもやるから」
アイリーン(未来予想図プロジェクトのパートナーHCRCIの代表)が自分でできるテラピーの仕方を教えてくれるといっているから、習うのだ」
と、回復に向かっての意欲が見え、本当にほっとしています。

 お見舞いに、有機野菜農家の組合「La Top」のオーガニック朝市で買ったトマトとヨーグルト、環境セミナーをやったこともあるカラハン環境センターの無添加グアバ・ジャムと、Cafe By the Ruinのさつまいもパンを持っていきました。

「ああ、今日はオーガニック朝市の日ね」とローデス。
「たんまり野菜を買ってきたのよ。だからお土産のトマト。そのまま食べられるからね。もしかして、レタスとかホウレンソウも食べたい?」と私。
「もちろん!」
 食欲が出てきたのが、何しろ回復の証拠です。おいしいおいしいオーガニック・サラダをたっぷり作って、特性ゴマ・ドレッシングを添えて届けました。
 がんばれ!ローデス。

 また、一緒だった奨学生のレアは、タブックの病院にいますが、意識は戻っています。まだ熱がありますが、先週金曜にお見舞いにいったときには、私の呼びかけにもわずかに反応してくれました。頭を手術していて、顔もまだはれていて、もう気の毒で気の毒で涙が止まりませんでしたが、とりあえず、一命は取り留めたものと解釈しています。

 さて、問題は治療費の支払いです。保険がいきわたっていないこの国では、とりあえずは実費負担。もちろん、酔っ払いのトライシクルの運転手が支払うべきなのですが、もって来たのは2000ペソのみです(トライシクル運転手は貧しいものですが)。今までにかかった費用の5%にもなりません(公立の最も安い施設を使っているにも関わらずです)。費用を払わないとタブックの病院から出られずバギオの病院に移せなかったので、とりあえず、CGNが立て替えました。
 バギオでの手術はかなり大掛かりなものになりそうで、8万ペソ(18万円)くらいはかかるといわれています。とても、一般のフィリピン人が負担できる額ではありません。

 山岳少数民族に属するレアの家族は伝統の風習にのっとって「ブドン」という儀式を行い、賠償請求をするといっています。ローデスは、山岳少数民族ではないので、被害者が治療費を払わない場合は、訴訟を起こさなければなりません。時間がかかりすぎます。

 ローデスが働きながら大学を卒業させてもらったキリスト教施設「Good Sheppard」の寮の同窓生が集って、多少でも治療のためお金を集めようとしてくれているようです。バギオに住むローデスの日本人の友人からも、援助の申し出を受けました。このブログをお読みのローデスの友人の方で、少しでもご協力いただける方がいらっしゃいましたら、CGN反町宛てまでご連絡ください。よろしくお願いいたします。cgn@skyinet.net
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# by cordillera-green | 2008-10-16 10:44 | CGNスタッフ&オフィス

西表島の石垣金星さん

b0128901_10482255.jpg 7月半ばにアーネル・バナサンは、スペイン・サラゴサで行われたEXPOの日本の市民団体の出展するパビリオンに、CGNの環境と農村開発事業を一緒に行っている山梨県のキープ協会を代表して参加してきました。日本のさまざまなNGOや、尺八やアイヌや沖縄などの伝統音楽の演奏者、サックスの梅津和時さん、山根麻衣バンド、スペインギターの名手(日本人)などに混ざって、カリンガ族の民族音楽の演奏や竹楽器作りのワークショップなどを行ってきました。


b0128901_10494780.jpg 独特な文化を伝える先住民族ということで共通するのでしょう。ウタリ協会の秋葉さんと、西表島の石垣金星さんとは、ずいぶん親しくさせていただき、共演の機会もあったようです。石垣さんからは、スペインからの帰国後、アーネルの演奏写真と、フィリピンと西表島のつながりについてのこんなメールもいただきました。(写真はアイヌの儀式に参加するアーネル。後方左から3人目)

※フイリピンと西表の関係について
実は西表の先祖はフィリピンであることは考古学研究で明らかにされています。今から2000年~4000年以前からパラワン、スラウエシ、その他フリピンの島々から渡来したのが西表の私らの先祖なのです。彼らは貝斧(シャコガイの斧)文化を伝えました。ですから私にとってはフリピンとは特別な想いいがあり兄弟姉妹なのです。そして隣の台湾原住民も同じ兄弟姉妹ですね。

※アーネルが持っていた竹の小さな笛がありましたが、びっくりしました。全く同じのが西表にあります。稲作文化にとり大切な笛です。稲作の伝来とともに笛も来た可能性が高いです。

※西表島の南、鹿川遺跡発掘調査をします。唯一南方から移住した人々の村という伝承です(今は廃村)。4000年前の土器、貝斧、石斧が出てきましてね、沖縄考古学の大発見です。たぶん南の島々との関係がより具体的に明らかになると思います。

あれこれと書きましたが、西表のルーツを訪ねるのが私の大きなテーマです。
では又 アーネルへよろしくお伝え下さい。アーネルのしている事は全く正しい事です、沢山の苦労と困難を伴いますが必ず道は希望へと続いています。



そうか、西表とフィリピンはつながっていたのか。これは、いつか必ず、石垣さんのコーディリエラでのコンサートを実現しなくてはならない思い、そんな話を、フィリピン好きの音楽ディレクターのIMAIZUMI氏へのメールで、ついでにちょっと触れたら、今度はこんな返事が。

ななななんですって!! 石垣金星さん!!!???
お会いしたことはないのですが、とても気になっている沖縄アーチストですよ。
そうそう、この人は西表島・祖納の人なんですよね。
なんてたって、私が沖縄復帰の年に訪れたのが、祖納部落。
あまりのカルチャーショックに心臓がとまりそうになり、祖納そしてその隣の星立部落が、沖縄でも最も好きな地になりました。
この二つの部落は当時、生粋の西表人が住む集落でして、それだけにモノホンの沖縄が感じられましたね。
実は、今でこそフィリピンですが、それまでは、ずっと沖縄に通い続け、宮古島を除く全ての島という島を巡ったのであります。
フィリピンの島々も巡ろうと思いましたが、あまりに数が多すぎて早くも断念。

そんで、これが↓私の愛聴盤"真南風"。西表での現地録音です。
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"真南風"の録音エンジニアが森さんという人ね。
それで、この森氏を連れてセブ・カオハガン島に行って、現地の自然音・島民の歌なんかを録って、私が制作したのが、これね↓。

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というお話です。
しかし、沖縄復帰の年に西表の祖納訪問とは、さすがに音楽通のIMAIZUMI氏です。沖縄の音楽が世間で認められるようになるずーーーっと前ですよね。早すぎる。

それにしても、世界は狭い。西表とフィリピンがつながっているように、私たち、人も「縁」でどこかでつながっているのですネエ。実は、アーネルと一緒に何度もツアーをしている日本の音楽ユニット「KURI」も石垣金星さんの友人だそうです。

上の2枚のCD、機会があったらぜひ聞いてみてください。

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後方左から、音楽ディレクターの伊藤氏(ステーション)、真南風・真砂秀朗さん、アーネル、遠藤晶美さん。前方が石垣金星さん。
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# by cordillera-green | 2008-10-11 11:06

スタッフの交通事故

 先週土曜日に、カリンガ・アパヤオ州立大学(KASC)の奨学生たちとのミーティングにカリンガ州タブックに行っていたスタッフのローデスが、奨学生の一人とトライシクル(三輪タクシー)に乗っていてトラックに衝突。二人とも重症で、奨学生のほうは、意識が戻らないまま、おととい手術をして経過を見守っている最中です。ローデスのほうは、左足を骨折。全身を強く打っているようで、顔も大きく腫れ上がっているとのこと。高熱があり、ショック状態で事故の記憶が飛んでしまっているようですが、意識ははっきりしているそうです。

 事故のことを知らせてきたのは、ローデス本人でした。夜の7時くらいに珍しく携帯が鳴り(フィリピンでは、携帯電話はもっぱらテックスと呼ばれるSMS専門に使っている人が多い。通話は一般のフィリピン人には高すぎます)、ローデスから。

「今、病院。いったい何が起こったかわからないが、左足を骨折しているみたい。眞理子さん、わたしをここに送りました?」とわけのわからない電話。
「あなた、奨学生とのミーティングのためにカルラと昨夜バスでタブックに向かったのよ。ミーティングはやったの? カルラはどこなの?」
「カルラが一緒だったの? わからない。本当に何も覚えていない。何が起こったのか」

 ローデスの口調はしっかりと落ち着いた様子でしたが、何かが起こったことは確か。一瞬、頭の中が真っ白になりました。とにかく、誰かを病院に送らなければと思い、奨学生の一人で、タブック在のCGNのボランティア・スタッフでもあるルーディに電話して病院に行ってもらい、交通事故にあったことが判明。病院にはカルラの姿がないということで、その晩、カルラとローデスが泊まることになっていた農業組合のロッジにルーディが行ったら、何も知らないカルラがローデスの帰りを待っていたとのこと。カルラはインターネット・ショップにメールをチェックするために寄り、ローデスたちとは行動を共にしなかったとのことです。ひとまずカルラが無事ということがわかって安堵。

 マイクロ水力発電事業のコーディネイトでパシル(タブックから山に1時間半くらい入ったところ)に行っていたアーネルに病院に駆けつけてもらうため連絡しましたが、携帯の電波が届かないところにいて連絡がつかず。電波が届くところにいた親戚に、アーネルとインターンの松野下さんがいるらしき集落まで伝令を走らせてもらいましたが、いるはずの知り合いの家にはおらず、結局、アーネルと松野下さんが電波のあるところまで戻ってから連絡がつき、闇の中、タブックの病院まで車を走らせてもらいました。

 翌日、警察に行ったアーネルが聞いた話では、「トライシクルの運転手がかなり酔っ払っていて、スピードを上げて2台のトライシクルを追い越した後に、トラックにぶつかったとのこと。トラックのほうはトライシクルの異常な運転に気づいて、ブレーキを踏み、かなりスピードを落とした状態だった」そう。一方的なトライシクル側の過失だそうです。

 タブックの病院は衛生状態もよくないし、設備も整っておらず、CTスキャンさえありません。医者の技術もどの程度のものか疑わしく、できるなら、バギオの病院に移したいのですが、何しろ最低でも8時間はかかります。まだ、動かせる状態ではないので、しばらく様子をみてバギオの病院への輸送を試みる予定です。

 しかし、家から離れた旅先で事故が起こると、この国ではたいへんです。学生で学生証をもちあわせていなければ、身元がわかる証明書などもほとんどの人が持っていないし、携帯電話もプリペイドカード式なので身元がわからない。山の人の場合は、家族に連絡しようにも住所や電話もなく、また、電話があっても電話の通じるエリアが限られているため、伝令が走るしかありません。
 また、病院に運び込まれても、保険制度が行き渡っていないので、お金がなくて治療が受けられないケースも往々にしてあります(事故にあった奨学生の家庭もまったくお金がないので、当座、奨学金ファンドの中から治療費を負担する予定で、できるだけの治療をしてもらっています)。

 万が一何かが起こったことの事を考えると、こういう国ではどうなるかと思うと、背筋が寒い思いをします。ローデスから電話があったときにたまたま一緒にいた日本人ボランティアのJさんも、「日本に帰ろうかな」とちょっと弱気な発言をしていました。

 ローデスは、現在のCGNスタッフの中では、いちばんの古株。2006年に栃木のアジア学院に留学していたほか、CGNのスタッフやゲストのお世話係で、このブログを読んでいる方にも知っている方もいるかと思います。
 病院には、カルラとローデスの大学生のお嬢さんが付き添っているほか、パシルの事業に従事中のアーネル、ルーディ、松野下さんが随時訪問しています。
 皆様もいっしょにローデスと奨学生の1日も早い回復をお祈りいただけるようお願いいたします。
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# by cordillera-green | 2008-10-07 11:24 | CGNスタッフ&オフィス

キープ協会の吉田さんが事業視察にいらっしゃいました

 コーディリエラ山岳地方におけるCGNの環境教育プログラムのほとんどは、山梨県清里のキープ協会と共同で行っています。キープ協会は、歴史ある「清泉寮」、日本のアメリカンフットボール発祥の地、ヤマネの生息地とその保護活動、そしてとろけるようなおいしいソフトクリームなどで知られていますが(http://www.keep.or.jp/)、知る人ぞ知る日本の「環境教育」の啓発・普及の拠点でもあります。
 そのキープ協会が、環境教育分野における経験と知識をフィリピンで地でも生かそうということで、CGNを現地カウンターパートとして2001年に始めたのが、現在まで続く私たちの環境教育プログラムです。
 今も継続中の環境教育セミナーシリーズ「エコ・キャラバン」をはじめ、「エコロジカル・ペインティング・コンペティション」「環境ストーリー・コンテスト」「ユース・エコ・サミット」などのイベントや、環境問題啓発ポスターの制作、山岳部の森林破壊の現状を追ったドキュメンタリービデオ制作、小学生のための環境絵本、高校生のための環境Q&A本出版などなど、さまざまな環境教育活動を5年以上にわたって共同で続けてきました。

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 これら環境教育事業を担当するわれらが親分・キープ協会国際部の吉田さんが、事業の視察と打ち合わせにバギオを訪問されました。吉田さんは、バギオ訪問のたびに、現場で働くスタッフたちの労をねぎらって、CGNスタッフ全員にゴハンをご馳走してくださるのが、いつの間にか恒例に………(すいません、吉田さん)。貧乏NGOゆえ、みなでレストランでご飯を食べることなどほとんどない私たちスタッフには、盆と正月が一度に来たような豪華な夜です!
「いや、食事代は自腹なんだよネエ」といいながら、「でも、フィリピンでみんなが集ってくれて、本当においしそうにご飯を食べてくれるのが楽しみで、働いているようなもんだから」と言ってくださる吉田さん。いつも本当にごちそうさまです! スタッフ一同感謝しております!

 翌日は、今回の「エコ・キャラバン」の開催地、ベンゲット州のサブランへ。サブランは、7月に地域住民の手によって閉鎖されたゴミの集積場があるバギオ市・イリサンのお隣に位置します。バギオ市の中心部から車でわずか30分。バギオ市との往来も頻繁で、もちろんその分ゴミの量も多く、バギオの抱えるゴミ問題が波及するのも時間の問題ということで、今回はマニラから専門のファシリテーターを招待し、ゴミ問題もセミナーのテーマに加えました。

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住民によって閉鎖された
イリサンのゴミ捨て場















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 インターンの松野下さんも、小学6年生を対象に、ゴミ分別ゲームのためのカードなどを手作りし、新たな境地にチャレンジです。さすが、町から近いだけあって、子供たちもすごく活発。手をあげてどんどん発表する子供たちの勢いに、松野下さんのほうのテンションも上がり気味。朝9時から12時過ぎまでぶっ続けの環境クラスなのに、誰一人、集中力を切らすことなくついてきていました。やったね、松野下!


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 先生向けには、授業での環境問題を取り入れたモジュール作りを最終テーマに、マージーさんがいつものように、きめの細かい、そして情熱にあふれたワークショップを展開。コーディリエラ山岳地方の森林の危機的状況をおもなテーマとするJP君は、今回はバギオ市から自転車で現地入り。言動一致で素晴らしい!(私たちももっと身体を動かさねばああ。しかし、坂の多いバギオで、自転車はつらいなあ。)

 ワークショップやセミナーで何時間もしゃべり続けたあとも、「まだ話したりない」とばかりに、車中やレストランで話し続ける、講師陣とCGN環境教育チームのエネルギーと明るさに少々あきれながらも、吉田さんはあたたかいまなざしで私たちの活動を見守って、かつ、数々の貴重なアドバイスを残して、マニラへと向かわれました。申請書の制作をはじめ、大変な助成金の会計報告や、こまごました助成団体との打ち合わせなど、まさに縁の下で私たちの活動を支えてくれているのが吉田さんです。これからも、どうぞよろしくお願いいたします!



 
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# by cordillera-green | 2008-09-30 11:23 | 環境教育

カバヤン村で手織りで生計を立てる女性たち

 私はCGNの活動と並行して、山岳地方の伝統を生かした手工芸品生産を応援する活動も行っています。山岳民族伝統の手仕事を後世に残すと同時に、山岳民族たちに現金収入の機会を与えることを目的としています。
 もともと、日本にいるときからエスニック・グッズ&ファッションが大好き。アジアやアフリカの、素朴で、時にダイナミック、そして繊細な手工芸品を、旅したときに、また、日本のお店でもずいぶん買い求めました。バギオ市に生活の拠点を移し、コーディリエラ地方の山岳民族の手工芸品を目にして、この伝統の技術を山岳民族の生活向上に役立てられないかと思いました。そして始めたのが、「カラバオ・ママ」という名での山岳民族の手作り品のフェアトレードです。
 だんだん、NGO活動のほうが忙しくなってきて、なかなか販路を広げたりする時間がないのが悩みですが、良心的な生産者の方たちと、納期を遅れがちな仕事を温かな目で見守ってくれる日本のフェアトレード・ショップの方々のおかげで、細々と活動を続けています。
 
 今回は、山梨県清里のキープ自然学校から、竹製のお弁当箱とそれを入れる巾着袋のオーダーをいただきました。自然学校のプログラムに参加する子供たちが、キープ協会の素晴らしい自然の中を探索する時に、プラスティック製や発泡スチロールの使い捨てのランチボックスではなくて、自然に帰る素材で手作りされ、かつ繰り返し使うことのできる弁当箱を持っていってほしいという気持ちからのご注文でした。
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オーダーはスケッチブックに描かれたすごく素敵なイラストでいただき、キープ自然学校の職員の方たちの自然や子供たちを思う気持ちがたっぷり詰まっていました。竹で編んだお弁当箱は、ベンゲット州のサブラン郡に、巾着袋のほうはベンゲット州カバヤン郡の生産者にオーダーしました。

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 巾着袋をオーダーしたカバヤンはバギオ市からバスで5時間くらいの山間の小さな村です。ミイラを作る伝統風習と、フィリピンで二番目に高いプラグ山を擁することで知られています。「カバヤン・ウエービング」は、1990年にカバヤンに住む女性たちによって始められました。メンバーは15人(2008年9月現在)、糸を染める段階から全て手作業でハンドバッグや巾着袋、財布、小物入れなどを作り、ベンゲット州の州都ラ・トリニダードやバギオ市、各地でのトレードフェアなどで販売しています。メンバーの女性たちは糸や機械を提供され、家事や子育ての傍ら、自宅で機織や縫い物をしています。
 CGNインターンの松野下さんが、カバヤンを訪問し、カバヤン・ウエービングのメンバーの女性たちにインタビューをしてきてくれました(2008年9月15日)。どういう女性たちが機織りをしているのでしょうか?
 以下は松野下さんからの報告です。



サトニーナ・アティナン(Satunina Atinan)さんb0128901_1840422.jpg 
 サトニーナは現在43歳。15歳で結婚し、7人の子供を育てています。5年前に夫が病死して以来、女手一つで子供たちを育ててきました。毎日裏庭の畑で野菜を育て、家事をこなし、空いた時間を見つけてカバヤン・ウエービングの織物と縫い物の仕事をしています。1ヶ月に29ヤードの反物を5つ織り、3000ペソ(約7000円)の収入を得ています。
「畑仕事が忙しいときは織る量も減りますが、天候に左右される農業よりも、織物は織ればその分だけ収入になるのでなるべく毎日織るようにしています。」

フェ・パダイ(Fe Paday)さんb0128901_184404.jpg フェは現在52歳。7人の子供たちは全員独立し、夫と2人暮らしをしています。子供たちはカバヤンで栽培したトマトやニンジン、カリフラワーなどの野菜を街で売り生計を立てており、夫は日雇いの工事などで収入を得ています。フェはバッグ作りを得意としており一月に7000ペソ(約16,000円)をカバヤン・ウエービングからもらっています。「私には12人の孫がいて、子供や孫たちを少しでも支えたいので、目や腰が痛い日もバッグを縫っています。もっと若い世代にも教えていきたいですね。」

ジェネット・パダイ(Jeanette M Paday)さん
  ジェネット昨年の2007年4月に結婚を機にカバヤンにやってきました。18歳のジェネットと27歳の夫と母親、兄弟夫婦の5人家族です。カバヤンに来てすぐに近所に住む夫の叔母フェ・パダイからカバヤン・ウエービング紹介され、機織りを教わりました。夫は農業や植木業などで収入を得ており、鉱山に行くこともあるそうです。まだ若く、機織りを教わって間もないジェネットを夫も手伝い始め、今では夫も時間がある時に機織りをしています。ジェネット自身も今では28ヤードの織物を2,3日で仕上げるまでに上達しました。「カバヤンに来たばかりのころは何も出来なかったのですが、機織りを教えてもらい、母や夫を少しでも支えることができるので嬉しいです。」
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 彼女たちが作った竹製ランチボックス用の巾着袋は、まもなく完成の予定。
このブログで報告しますので、お楽しみに
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# by cordillera-green | 2008-09-22 18:27 | フェアトレード

マヨヤオ村の子供たちの未来予想図

 サバガンの小学校の子供たちに「未来予想図」を描いてもらったときに、「自分たちの住んでいるコミュニティ(村)がどうなっていたらいいと思う?絵に描いてみてくれる?」と言ったら、みんな、さっさとクレヨンを走らせ始めましたが、出来上がった絵のほとんどはきれいな村の風景画で、人が登場していませんでした。自分も家族も友達も絵の中には現れてこなくて、なんだか、他人事の絵のような気もして、ファシリテーターを務める松野下さんと相談。マヨヤオでは「君たちは将来どうなっていたいと思う?」という感じに聞いてみることにしました。
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 そうしたら、みな、考え込んじゃってぜんぜん絵を描きだせません。その理由をその夜、スタッフたちと話し合ったのですが、
1.自分を含める「人」の絵を今まで描いたことがない。
2.自分の将来像を思い描いたことがない。
3.思い描こうにも村からほとんど出たことがない子供がほとんどで、将来の自分の見本となるような、「こうなりたい」と思うような大人がいない。
4.町の情報を与えてくれるテレビをもっている家庭もほとんどなく、本や雑誌も読んだことがない(学校の図書館に本はまったくありませんでした)。
という意見が出ました。

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 日本では、たいていの大人は職業をもっていて、せっせと忙しく働いているのが当たり前ですが、山の村でお給料をもらえる仕事を持っているのは「学校の先生」「役場の職員」「警察官や軍人」(ほかの地域出身の人が赴任していることが多いです)「郡会議員などの政治家」(でも次回の選挙で落選したら職がありません)「教会の神父や司祭、牧師」くらいのものです。あとは自営業で、村の中心で小さな商店をやっている人とか、集落の一角で「サリサリストア」と呼ばれる小さなよろず屋をやっている人、「トライシクル」というモーターバイクの三輪タクシーを持っている人くらいでしょうか。
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 あとは農業に従事しているわけですが、農業というのは「仕事」ではなくて、自分たちの食べ物を作る日常の作業。私たち日本人が家庭でご飯を作ったり、洗濯したり、掃除したりするのと同じような「家事」みたいなものです。いわば、日本人が「お買い物」に行く代わりに「畑」や「田んぼ」に行くわけですね。だから「農業」が、お金を稼ぐための「仕事」という観念は、町との人的・物質的交流が盛んでないマヨヤオのような村にはありません。(もちろん家族が食べる以上の量が取れたら近所のサリサリストアなどで売ってもいますが、あくまでも余った場合です)。
 で、子供たちに「自分が将来どうなっていたいか」と聞いたら、困っちゃったんですよね。たくさんの子供が大きな家を描き、「何とかお金持ちになって家を建てることを望んでいるのだなあ」と思いました。でも、その家にいる自分や家族は誰一人きちんと描けません。家を建てるためにお金を稼がねばならないという現実があるのですが、そのための手段を想像できず、何かになっている(何か仕事を持っている)「自分」というのを思い描くことができないのだと思います。
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 きっと学校の成績もいいような子は、今自分が学んでいる小学校と、学校の先生になっている自分を描いていました。男の子の何人かは、警察官になって銃を持った自分を描いていてちょっとびっくりしました。(右の絵もその1枚)
 画用紙やクレヨンの寄付をいただいている柏崎の「みんなの未来予想図」プロジェクトのSSさんから今朝届いたメールにはこんなアドバイスがありました。
「絵の方は、第一に沢山の子どもに「夢を持つ」ということをしてほしいと思っています。それも大切な事だと思っています。」
 子供たちに、夢を思い描く「力」を育てていくことをしなくてはいけないと思いました。
 
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# by cordillera-green | 2008-09-19 12:05 | みんなの未来予想図

フィリピンでも安全な野菜を食べたい!作りたい!

 うちにはケーブルテレビが入っていて、いちおう「NHKインターナショナル」というチャンネルは見られます。何とか基本的な日本のニュースはキャッチできるわけ。このところ、中国ギョーザ事件についで、またまた、汚染米と粉ミルクで「食の安全」が大きくクローズアップされているようですね。いったい中国の農業や食品加工の現場はどうなっているのかと背筋が寒くなります。

 今、私たちが山岳地方で行っている環境教育セミナーでは、いろいろなビデオも参加者に見てもらっていますが、日本の農薬による環境汚染を取材した「Japanese Experience in Environmental Pollution: The Light and Shadow of Pesticides(TVE Japan 2006)」というビデオもそのひとつ。シラミ対策で真っ白になるまで振りかけられるDDTの粉の時代から、最近の農薬使用状況まで、戦後の日本農業の農薬使用の歴史が収められています。、「知らないことは恐ろしい」と実感する事実の数々。ビデオでは、日本では、消費者側の「食の安全」に対する関心の高まりから、安全な野菜や米を作る農家と消費者のネットワークが生まれ、農業の現場が変わり始めたといいます。
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 先週末に訪れた棚田の村・マヨヤオで村の人が言っていました。「昔はみんな100歳まで生きたのに、このごろは60歳が寿命だよ」。誰もがうすうす、農薬をはじめとする生活の中に入り込んできた食品添加物や化学製品の恐ろしさを感じ始めています。一大野菜の産地ブギアスの農家では、販売用の野菜を作る畑と、家族用の畑を使い分けているという話も聞きました。消費者以上に野役の被害を直接受けるのは農民たちです。でも、今の野菜栽培で生活が成り立っている限りはやめられない。農家に対する有機農法の指導と同時に、消費者に食の安全性を伝えていく活動も地道に続けていくことが必要です。

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 昨日、フィリピン好きラジオ番組のプロデューサー&ディレクターの今泉氏からメールが来ました。東京池袋のど真ん中で生まれ、小学校から立教という生粋のシティボーイの今泉さん。なのに最近は、八ヶ岳に別宅を構え、野菜作りを楽しんでいるんだそう。シティボーイの気配のカケラも感じられない添付されてきた写真に笑っちゃいました。キャプションは
「食の安全・食糧危機が叫ばれる今、やはり自分の食べる分くらいは自給しないとね」。
 ああ、食の安全を求める消費者のカガミです!
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「3-4日に一度、このくらいの収穫です。でも、一人じゃ消費し切れなくて・・・」
 本当においしそうな野菜!日本にいたら、八ヶ岳に車飛ばしてでも食べに行くのに! 


 
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# by cordillera-green | 2008-09-18 10:30 | 持続可能な農業

イフガオ州の知られざるライステラス(棚田)の村・マヨヤオ

 イフガオ州にバナウエというユネスコに世界危機遺産に指定されている有名な棚田群があります。バナウエには、マニラから直行バスも出ているし、わたしたちCGNの拠点のあるバギオからも直行バスが何本もあってアクセスも比較的容易。また、マルコス政権下に観光振興政策の一環で作られた高級ホテルもあって観光客も多く訪れています。
 でも、実は世界危機遺産に指定されている棚田郡はかなり広い地域に及んでいて、バナウエから、トライシクルで2時間ほどのフンドアン郡や、ミニバスでガタガタ道を3時間ほどの下ったb0128901_11142230.jpgマヨヤオ郡、それに第二次大戦中に山下大将が降伏したことでも知られるキアガン郡にも、すばらしい棚田が広がっています。もちろんこれらの郡の人も「バナウエよりうちの棚田のほうが美しいでしょう?」と、自分たちの棚田を誇りにしています。
 今回の環境教育セミナーの開催地であるマヨヤオも、まさに棚田の村。棚田が村の主役で、人の住む家は、遠慮がちに棚田の合間に控えめにポツンポツンと建っています。草葺き屋根はトタン屋根に姿を変え始めていますが、昔ながらの小さな高床式の伝統家屋がほとんど。村の主役はあくまでもライステラス(棚田)です。
 b0128901_1115208.jpg村の中心にはロッジがひとつと役場の隣に小さな看板があるだけで、どこも観光地らしいところはありませんが、この地に何度もトレッキング&マウンテンバイクのツアー、そして写真撮影のために訪れているJPアリピオ君によると、滝やビューポイントなどなど、1週間では見切れないくらいのすばらしい観光資源に恵まれているとのこと。
(マヨヤオの棚田の写真はJPアリピオ君のMultiplyのGallaryにあるので、ぜひ覗いてみてください)
 昔ながらの素朴な暮らしがずっと続いてきたこの村も、美しい棚田の情報が少しずつ広まり、貧しい住民たちの生活を助けるための救世主として、「観光」にスポットが当たり始めています。目先の収入ばかりを考え、肝心な観光客を惹きつけている自然や棚田の景観を損なうことがないように、「エコツーリズム」という言葉も聞かれ始めました。
 そして、今、この村の抱えているいちばんの環境問題は、なんと「巨大ミミズ」。丈夫な棚田の石積みの壁をものの見事に崩すこのミミズは、10年位前にバランバン村に現れ、どんどん活動エリアを広げ、今ではマヨヤオの棚田全体に広がっているそうです。ミミズ退治のために、薬品をまくようになり、棚田の生き物たちも姿を消し始めています。ドジョウもカエルもトンボも巨大ミミズと一緒に姿を消し、数千年にわたって保たれてきた棚田の生態系が崩れはじめています。
 もともとこの巨大ミミズの数が異常に増えたのも、この地の生態系のサイクルが狂ってしまった証拠です。イフガオ民族が古来伝えてきた森林保護のシステム「ムヨン」も徐々に失われており、棚田の周辺の森は消えかかっています。森を住処にしていた生き物たちも減り、棚田を中心とした地域の生態系のバランスが崩れてしまったのでしょう。 主食の米を生む棚田はとても大事で、だれも壊そうとはしないけど、棚田は棚田だけでは存在し得ないのです。
 「観光ビジネス」と「巨大ミミズ」、この村が直面するふたつの環境問題はずいぶん毛色が違いますが、今、対策に取り組まなければ、取り返しがつかないことでは共通します。解決には、正しい環境保全に対する知識は欠かせません。
 わたしたちの環境教育セミナーツアー「エコ・キャラバン」は、山岳地方の知られざる美しき景観に出会いながら、同時にそれぞれの村の抱えるさまざまな環境問題を目にしながら、山岳地方をめぐっています。
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# by cordillera-green | 2008-09-16 11:21