Cordillera Green Network ブログ

cordillera.exblog.jp
ブログトップ

映画「クロスロード」撮影コーディネイト日記①―マヨヤオ編

b0128901_22120893.jpg
 2015年、コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)はJICA青年海外協力隊50周年記念映画「クロスロード」の撮影コーディネイトのお手伝いをした。

 50年の間に青年海外協力隊のOB/OGはなんと40,976名にもなるそうで、青年海外協力協会(JOCA)という団体を結成し、情報交換などを行っている。JOCAが協力隊の隊員たちの海外の様々な活動現場でのリアルな日常とその後の人生にその経験がどんな影響を及ぼしたかをテーマに劇映画することになり、50年間で1583人の隊員を受け入れてきたフィリピン(マラウィに次いで2番目に派遣隊員数が多いそう)が撮影ロケ地として選ばれた。

 映画のストーリーではフィリピンに派遣された3人の隊員が主人公。一人は農村開発隊員として世界遺産の棚田の村に派遣、もう一人の女性は助産婦を指導するために病院に赴任、そして主人公のカメラマンは写真の技術を教えるために町の観光省に派遣されたという設定だ。物語は3人がそれぞれの赴任地での出会い、挫折、ジレンマ、ほのかな恋などを通して、人間として成長していく姿と帰国後の人生を描いている。隊員を演じる俳優陣はEXILEの黒木啓司、渡辺大(あの渡辺謙の息子さん、杏ちゃんの兄貴)、ファッション・モデルや女優として世界を舞台に活躍するTAO


b0128901_22134706.jpg

 渡辺大が演ずる農村開発隊員の赴任地がルソン島北部の棚田であるという設定から現地コーディネイトをやってほしいという話が舞い込んだ。農村開発隊員は棚田でドジョウ養殖を指導するという役柄で、バギオ近辺の棚田でロケに敵した地を探したが、やはりお話のモデルとなった現役のドジョウ養殖隊員の赴任地である世界遺産の棚田にはかなわない。



b0128901_22104723.jpg


 マヨヤオは一般によく知られている世界遺産の町・バナウェから断崖絶壁の悪路を3―4時間のところに広がる棚田の村。マニラからバナウェ経由かふもとのイサベラ州経由で陸路15時間はかかる遠隔地だ。山肌に広々と広がる棚田の中には古い伝統的な高床式の家屋がぽつんぽつんと建ち、人々は古来あまり変わらないと思われる素朴な暮らしを営んでいる。マヨヤオの棚田も、もちろんユネスコによって世界遺産に指定されているのだが、なぜか「世界遺産の棚田=(イコール)バナウェ」という先入観がフィリピン人にはもちろん世界からの観光客にも広がっていてとんと観光客が訪れない。


b0128901_22112897.jpg


 ホテルもレストランもないこのマヨヤオでの撮影を、制作班は「やはりこの景色しかない!」と何回かのロケハンのあとで決定した。日本からは25名ほどの撮影隊が来るという。観光客が少ないためほとんど使われていない丘の上に建てられたユースホステルを貸し切り、食材を持ち込んで、日本食を作り、棚田の中でのハードワークに従事する撮影スタッフに供しようということになった。

 バギオに住んでいる料理上手の日本人女性にシェフを依頼し、ロケハンで撮影場所からもっとも近い(といっても車で3時間!!)町の市場とスーパーマーケットで手に入る素材を調べ、足りない食材や調味料をバギオ、そして、制作スタッフに日本から運んでくるように依頼した。ユースホステルのキッチンは、早朝出発の多い撮影班の朝食、棚田周辺でのお弁当仕出し、疲れきって戻ってくるスタッフたちのペコペコの胃袋を満たし、憩いのひと時を与えようという夕食の準備で、撮影現場に勝るとも劣らない忙しさだった。


b0128901_22131052.jpg

 マヨヤオでの撮影は、ボンガン、ポブラシオン、バランバンなどの村人たち、町長、副町長、観光課、開発課、農政課をはじめとする自治体各部署、スタッフの警護を受け持ってくれた地元警察、そしてなによりも青年海外協力隊でこの村に2年間滞在して地道に根気強くドジョウの養殖指導を行ってきた渡辺樹里さんと事業の受益者たちの献身的な協力なしには成り立たなかった。素晴らしい映像を収めたいとの思いからのさまざまな撮影チームからのリクエストにも村人たちは笑顔で応え、協力を惜しまなかった。


b0128901_22144283.jpg

 大型台風の進路がマヨヤオ直撃ときいて青ざめたチームだったが、伝統のシャーマンでもあり村人たちの辛抱の厚い副町長が8羽の地鶏をつぶし、棚田でとれた米から作ったタポイと呼ばれる瓶のどぶろくで撮影の無事と成功を地域の神に祈ってくれたせいか、フィリピン上陸直前で跡形もなく姿を消すという奇跡も起きた。

b0128901_22141527.jpg


 ドジョウ養殖を教える隊員役を演じた渡辺大さんは、草の根で住民の立場に立って指導してきた渡辺樹里さんそのままに、快適とは決して言えないロケ地の環境に愚痴一つこぼさず、地元自治体のカウンターパートである農業省の役人との心通う重要な場面を感動的に演じてくれた。

b0128901_22224030.jpg

 結婚式や歓迎会のシーンでマヨヤオに伝わる歌と踊りを披露するため、イフガオ州国立大学(IFSU)の伝統芸能グループの学生たちが駆けつけてくれ、夜遅くまで練習を重ねてくれた。


b0128901_22124294.jpg
b0128901_22155933.jpg


 撮影監督の長田勇市氏は、ロケハン時からマヨヤオの棚田の美しさに魅了され、一人早朝起きだして朝日の映る棚田の清澄な空気を映像に収めた。また、月夜の幻想的な棚田を捉えるために闇の中を展望のいい丘に向かい撮影を行った。

(長田氏のマヨヤオでの撮影中の写真がこのサイトにあります。http://www.pronews.jp/column/20150804110039.html

b0128901_22370015.jpg

 マヨヤオの撮影だけでお願いしたエキストラは総勢200人近い。地元高校の元校長先生が、大戦で腕を失った長老という難しい役で出演してくれた。まさに、村人たちの力によってなしえたマヨヤオでの撮影だった。

b0128901_22152149.jpg


 映画「クロスロード」では、一流の映像カメラマンによるマヨヤオの棚田のさまざまな表情がみられるはずだ。その美しい景色と、あたたかな人々のこころが、いつまでも続いていくことを願ってやまない。


b0128901_22363149.jpg



[PR]
# by cordillera-green | 2015-11-23 09:25 | 映画「クロスロード」

吉田智久さんの演劇を活用した環境教育ワークショップ

 コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)は、本年度、「マウンテン州における教育職員を対象とした環境指導者養成講座」プロジェクトの3年目を迎えています(地球環境基金助成)。さまざまなアートを活用して、保育園からハイスクールの先生までの幅広い教育関係者に対して、それぞれの教育現場で実践できるような体験型の環境教育ワークショップの手法を指導しています。ファシリテイタ―にはフィリピンのこの分野では第一人者のアーティストをはじめ、日本からもたくさんのアーティストの方にご協力いただいています。

 10月に実施した、演劇を使った環境教育ワークショップのファシリテイタ―として、日本から来てくれた吉田智久さんにワークショップ経験について寄稿いただきました。吉田さん、ほぼ5年ぶりの、コーディリエラ山岳地方での演劇ワークショップでした。

~~~~~~~~~~~~~~~

b0128901_11021764.jpg

10月中旬、フィリピンへの出発を控え、5年振りのCGN環境演劇ワークショップをどのように進めるか、私の頭の中ではシュミレーションが大忙しだった……

……まずこのプログラムのラスト、そしてその成功場面を想像し、そこから逆算をしてみよう。

来年3月に行われるマウンテンプロビンス州バウコ町のお祭りで、各村のハイスクールがその村の環境を題材にした演劇を披露しあう……

というのが、今回のプログラムのラスト。

各村の特色が現れていて、見る人々に興味深い演劇が上演され、作り手にとっても思い出深いものができる……
(すなわちバウコ町の人々が立場はそれぞれも自分たちの環境についてなんだかの思いを巡らせる)

というのが、その成功場面。
とイメージする。

b0128901_10521109.jpg


ちなみに、各ハイスクールの先生(生徒と演劇を製作する予定の先生)が、今回のワークショップ参加者(受講者)。

「各村の特色が……」という部分、題材やストーリーに関しては日本にいる私が教えられるようなことはないが、演劇的に題材やストーリーにアプローチしていく手法を体験してもらうことはできる。

「見る人々に興味深い……」という部分、舞台と客席という劇場構図になれていない(むしろ概念が無い)人が多いというのは5年前の仕事で分かっていたので、そこは諸々仕掛けを用意しておく。

「作り手にとっても思い出深い……」という部分、これの作り方を教えるというのは少し難しい。参加者が各村のハイスクールに帰って私の知らない人たちと作業をするのだから、そこで起こることは想定できない。ただ今回、このワークショップに参加したことが「思い出深い」となれば、その経験こそが思い出深い演劇を作る手法となりうる。
だからこそ、私が一番注意を払うのは、ワークショップの意味や技術や内容の前に、このワークショップの時間内すべてが、なるべく多くの参加者(できれば全員)にとって、退屈でなく、楽しい、興味深いものになっているか……「常に」そうなっているかだ……。

大阪・関空から飛行機で4時間、マニラからバスで5時間、バギオからジープで6時間かけてマウンテンプロビンス州バウコ町へ

b0128901_10580109.jpg

さて、ワークショップが始まった。
参加者が少ないというか、揃ってない。でもそれは想定内。「だるまさんがころんだ」で遊びながら遅刻者を待ちます。
ある程度揃ったところで、まずはお互いを知りあうことからと自己紹介メニュー。「他己紹介」に「尻字」もしました。
午後にはチーム分けして、バウコ町の自然を切り取ったタブローを発表してもらう。これも参加者を知るためのお試しワーク。
「表現の要素」なんて講義もしつつ、初日終了。
皆さま、大人であり先生であられるので、大変お行儀よくワークに参加してくださる。
しかし弾けないのも事実。
初日を終えてのコメントも、皆「楽しかった」「勉強になる」といったありきたりコメント。

b0128901_10493105.jpg


二日目はフィリピン側のファシリテーター、リネットさん&ケネットさんコンビが主導してくれる。
環境についての講義と、学んだことを短い劇にして発表。
三日目は、記憶にアプローチするワークや、仮面をつけての表現トレーニングの体験など。
どのワークも無難にこなしていきます。
しかしながら、3日間のワークで「超」盛り上がるという場面もないのが事実。
盛り上がるのは、何らかの発表をやるとき。

それならばと残り二日は方向転換。
二日間で15分から20分の劇を作っちゃおう。
本番と同じくらいの長さの作品を作ってみちゃおうってしました。
全体を2つのグループに分け作品を製作します。
基本的には、参加者の自作ながら、ファシリテーター陣もグループの中に入り積極的にアドバイス。
私も輪に入り、皆を質問攻めにします。
ストーリー作りで、皆々好き勝手やりたいこと言うのでまとまらないって?
「どんな意見が出てる?」「あなたの意見は?」「具体的に言うと?」
私の質問に答えているうちに、あれれ? 勝手に話がまとまっていきました。
そうなんです。
「それじゃなくてー」なんて人の意見を批評していたら話は進まない。
でも「こうしたい」ということを明確化していくと意外とまとまるものなんです。
稽古は盛り上がり、最終的には両グループ30分近い大作?を発表してくれました。

b0128901_10590162.jpg


即興劇のトレーニングなどにも時間を割き、一応演劇へのアプローチや、表現の基礎知識など予定していたワークはこなしました。
どのワークにも先生方積極的に参加してくださり、優等生なワークショプができました。
あとは演劇の本質に迫れたかどうか?
環境を題材にした演劇が教育となり得るよう、心に響くワークができていたか? 伝わっていたか? 持ち帰ってもらえるか?

最終日の最後のワーク、「全体を振り返っての評価・共有」は、私にその答えをくれました。
その日の先生方のコメントは、ありきたりではなく個性にあふれたものでした。

「体はヘトヘトです。でもなんだか気持ちいい。」ジョエイ先生
「今まで演劇なるものの機会は避けて生きてきたが、今は私たちの町についての作品を早く作ってみたいと思っている。」リザ先生
「今までセミナーというのはウトウトしにいくものだったけど、今回は違って楽しい時間だった。一度も眠くなることはなかった。」ジュディー先生
「私の生徒たちにも、ダルマサンガやカッコーをやらせるのが楽しみです。」エイシー先生
「カンキョー・ホゼン・カツドー」ローデス先生
「私に環境演劇が作れるのか? イエス! 演劇にはNo は無い。」エリザベス先生

b0128901_11000759.jpg

ワークショップのその他の写真はこのWEBアルバムにあります。


●5年前の吉田さんのCGNの活動についての記事。

●吉田智久さんのプロフィール(5年前のデータです)




[PR]
# by cordillera-green | 2015-11-09 11:14 | 環境教育

鉱山開発からの脱却・コーヒー栽培にかける人々~トゥブライのコーヒー栽培地レポート 


 コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)では、2010年からトゥブライ町アンバサダー村のコロス集落で神奈川県のNPOWE21ジャパン」とともに「コーヒーの森づくり」事業を行ってきました。2014年度にはキープ協会の協力を得てお隣のマムヨッド集落にもコーヒーの苗木9500本を植樹しました。アンバサダー村ではその他の集落でもコーヒー栽培が盛んと聞いて、マムヨッド集落から周辺集落に足を延ばしてみました。

 

 アンバサダー村は大変貧しく、人々は現金収入につながる手段を探しています。標高や気候はコーヒー栽培に適した地域なのですが、栽培技術の指導もいきわたっておらず、また、苗木も足りません。古いコーヒーの木もありまずがほとんどが伸び放題。きちんと手入れをし、収穫量を上げられれば現金収入にもつながります。また、収穫したコーヒーチェリーを生豆にするまでの適切な加工方法の指導がされ、加工に必要な機材の支給がされたら、かなりおいしいコーヒーができると思います。


 住民の方々の中には、「コーヒー栽培がお金儲けにいいらしい」とうわさで聞き、少しずつでも自力で苗木をつくり新たに植え始めている人も見られます。「栽培技術指導」「苗木支給」「加工技術指導」「加工資材支給」そして「マーケットにつながる組合などの設立と運営」など、せっかく自力で植え始めたコーヒーが暮らしの向上に役立たせるためにサポートできることは数限りなくあると感じました。

 

 今回の視察を通してわかったのは、この地域全体が抱えている問題が「水」であるということです。とくにアンバサダー村の中でも標高の高い地域の乾季における水不足は深刻です。料理や水浴び、洗濯にも水が足りないのに、とても苗木にあげる水がないというのが現状です。

 水源枯渇の原因は1970年代に稼働していたアンバサダー村のサント・ニーニョ鉱山にあるといわれています。露天掘りで掘り出した金の精錬のために大量の水がいるため、鉱山会社が2キロに及ぶ大きなトンネルを掘ったのです。それ以降、今までの水源が枯れ、水はすべて下方にあったサント・ニーニョに流れ出ることになったそうです。

 鉱山は1980年代前半に廃坑となりましたが、変わってしまった地下水脈は元には戻りません。今でも精錬所のあとには水があふれ、「もったいないから、スイミングプールにしよう」という話も持ち上がっています。以前は劇薬を使って精錬に使っていた貯水施設に水を貯めようというのです。世界一大きいスイミング―ルになること間違いなしです。なんという皮肉。


b0128901_14571806.jpg



 トゥブライ町役場の環境資源省事務所のアブナーさんははっきり言います。

「この町のもっとも深刻な環境問題は、標高の高い地域の深刻な水不足。そして標高の低い地域の水の薬品汚染」

 廃坑になって30年以上がたち、精錬に使われていた薬品の恐ろしさを忘れたのか、また、お金の必要な暮らしが蔓延してきたせいか、再び、小規模の個人採掘があちこちで見られます。中国系といわれる中規模の鉱山開発も始まり、今も集落内の土砂崩れ・地盤沈下に苦しむマムヨッド集落の人は村人全員の署名を集め「いかなる鉱山開発も認めない」という嘆願書を提出しました。


b0128901_14584391.jpg


 この地域でコーヒー事業を行うことには、「鉱山開発に代わる生計手段を提案する」という意義が大きいのです。近年、先住民の人々の暮らしは変わり、現金なしには生活できなくなっています。鉱山開発によって先祖代々の大地を傷つけ水を汚すという、苦渋の決断を先住民族自身がすることなく、生計を成り立たせていくための「最後の望みがコーヒー栽培なのです」(アブナーさん)。


~~~~~~~~~~~~~


以下、今回訪問した集落のコーヒー栽培に関するレポートです。



マムヨッド集落Mamuyodとアンカワイ集落Ancaway

 マムヨッド集落はハルセマ・ハイウエイからコロスに入る道の1本先を右手に入って約30分の集落。78家屋98家族が暮らしています。200910月の台風ぺペンでコロス集落と同じく集落内に大きな土砂崩れが起き、環境資源省(DENR)のMGB事務所により、集落全体が居住には危険との調査結果が出て、コロス集落地近くのタバオ集落に移住を勧められました。政府(DSWD=社会福祉省)のサポートで資材代が各家屋に7万ペソ支給され、全住民が再定住地に家を建設中。しかし、畑がマムヨッド集落にあるため、だれ一人完全に移住はしていま

せん。集落内では地盤沈下があちこちで起きているほか、台風や大雨、長雨の旅に土砂崩れは拡大しているそうです。


b0128901_13443583.jpg

 トリニダードからのジプニーは11便。集落内にカソリックの一団体が14haを所有し、8年くらい前から有機野菜とコーヒー栽培のモデル農場を始めましたが、土壌浸食、土砂崩れが激しく、プロジェクトを中止し今は土地は売りに出ています。カソリックのシスターたちの協力を得て、コーヒーと有機農業で村おこしを!と張り切っていたマムヨッド集落の人にとって、2009年の台風による土砂崩れと土壌浸食・地盤沈下の進行は大きな痛手でした。

 キープ協会とCGNが行った植樹事業の現地パートナーである住民組織のCitio Mamuyod CommunityAssociation(CMCA)のプレジデントのジミーさん

「先祖代々の土地を守るため、できることはなんでもしたい」

「事業で配布された数の苗木では不十分。もっと苗木をサポートしてほしい」

 マムヨッド集落ではこの事業の前から多くの家で家庭用で飲むためのコーヒーの木を家の近くで栽培していました。また、数軒が販売にも回せる本数のコーヒー栽培をしています。もっとも多くのコーヒーの木を育てているのはダンシオさん(97歳)。高齢であるため、精神障害のある二人の息子が収穫や加工を行っているそうです。1962年に植え始めたそうで1000本近いコーヒーの木を育てていると思われますが、手入れはされておらず伸び放題。古い木は若返りなどの手入れが必要と見受けられました。木製の自家製の手動皮むき器(デパルパー)を使って収穫後の加工はしているそうです。


b0128901_13485115.jpg

b0128901_14040986.jpg


 集落の問題は乾季の水不足。隣のアンカワイ集落にある水源林24ヘクタールをマニラの実業家が購入し、近年ほか地域からの移住者に貸しはじめ、森を切り開き野菜畑に転換し始めたそう。

CGNで水源の森を買い取って、コーヒーを植えてくれないか? 24ヘクタールが無理なら1ヘクタールでもいい。あの森が野菜畑になってしまったら、マムヨッドの水は完全に枯渇するだろう」

とジミーさん。

b0128901_13520314.jpg



 マムヨッドのお隣りはたった6家屋(11家族)だけの小さなアンカワイ集落。住民たちはサン・ラモン種のコーヒーを栽培しています。フィリピンのコーヒー会社「Figaro」が仲買人を通じて生豆を買付けに来ていたそうですが、最近は来たり来なかったりでマーケットが安定していないとのこと。


●ロソック集落Los-oc

 アンカワイ集落とナルセブ集落をつなぐ未舗装の道路沿いにある7家屋の小さな集落がロソック。集落の多くを松林に覆われていますが、近年、所有者が切り売りをはじめ、移住者(キブンガンやブギアスの野菜農家)によって野菜畑に転換されつつあります。ロソックの森はトゥブライの貴重な水源であるため、トゥブライ町の環境資源省も阻止に必死ですが、もともと先祖代々の土地を所有していた有力者が個人に販売して私有地となっているため、コントロールが難しいそうです。

 集落内の一等地はバギオの実業家が購入し 以前はバギオの財団「Shongtog Foundation」が有機モデル農場がとして使用していたそうです。しかし、今は稼働しておらず広大なサヨテ畑となっています。手入れがされてないせいか、サヨテにも病気が見られて、もったいないばかり。

 集落の住民は以前から家庭用にコーヒーを裏庭栽培していますが、多くが手入れがされておらず伸び放題でした。

 実はこの集落にはCGNスタッフのレナートの実家があり、そこでは約600本が手入れされて生育中です。レナートの父親は1990年からコーヒーの木を植え始め、少しずつ増やしていったそうです。

ここでも集落全体の問題は水不足。雨水をためて生活用水としているとのことでした。


b0128901_13543507.jpg

b0128901_13553120.jpg


b0128901_14180637.jpg


●サポアン集落Sapoanナルセブ集落Nalseb


 ハルセマ・ハイウエイからマムヨッドに行くのと同じ道を入り、三叉路を右手に入ってからしばらく行くとサポアン。その奥がナルセブです。サポアン、ナルセブとも世帯数は各約80軒。ナルセブは集落内の大きな面積をカトリックの修道院が保有しており、水源として森を保全しています。ナルセブのさらに奥にはラバイLabay集落があり、隣のボコッド町と接しています。

 ここでも多くの住民が裏庭で家庭用のコーヒーを育てているが手入れはされていません。バランガイ役員のモーセスさんの家には新旧約500本のコーヒーの木が栽培されています。昨年は20キロ程生豆を収穫できたそう。ほかにもナルセブ集落では数軒が同じくらいの本数を育てているとのこと。いままで、NGOや政府によるコーヒー関係のプロジェクトが行われたことはなく、住民もコーヒー栽培への関心は余り高くないとのこと。むしろトゥブライではちょっとしたブームになっているレモン栽培に関心を示しているようです。


b0128901_14102685.jpg


 「コーヒーは収穫後、生豆にするまでの作業がとてもたいへん。皮むき機などの機材もないし、あまり本数を増やしても、加工処理ができないかもしれません」とモーセスさん。


●アキキAkikiAquique)集落

 ナルセブへ行く道から支道を下ったところにある15軒ほどの集落です。CGNの元スタッフで現在双子を育てながら州庁舎で働くジョセリンの実家があります。標高が低いため、今回訪問した集落の中で唯一水不足問題がない集落でした。


b0128901_13573836.jpg

アキキ集落ではジョセリンのお母さんともう1軒が家庭用以上の量を収穫できるコーヒーの木を育てているそうです。それぞれ新旧の木を混ぜてそれぞれ500本ほどのコーヒーの木があるとのこと。

「毎年少しずつ苗木を植えているが、収穫後の杵と臼での作業が大変で、実ったチェリーをすべて収穫できないこともあります。皮むき器(デパルパー)がないのでトウモロコシの粉砕機を工夫して使っているが気を付けないと豆がつぶれてしまいます。いい機械がほしい。そうしたらもっとコーヒーの木を植えたいです」


b0128901_14123062.jpg


 


[PR]
# by cordillera-green | 2015-10-07 15:11 | コーヒー

トゥブライのコーヒー産地・ダクラン村とバアヤン村に行ってきました

b0128901_15055727.jpg

コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)はバギオから約1時間のトゥブライ町で、コーヒーのアグロフォレストリー栽培プロジェクトを行っています。アンバサダー村コロス集落に加えて、昨年からはアンボンドラン村とマムヨッド集落でも開始しました。

トゥブライ町ではダクラン村やバアヤン村にもコーヒーの木があると聞いて、町の環境資源オフィスMENROのアブナーさんの案内で訪ねました。

ダクラン村でコーヒー栽培をしているのは、サヤタンSayatan, スヨックSuyoc, バンホBangho, ジャガオJiagao, プミアスPumias, コノコクConocog, ナムダンNamudanなどの集落だそうです。いずれの集落にも昔からコーヒー栽培をしている農家があり、20年以上前に植えたというコーヒーの木がありますが、伸び放題。古い木に加え、最近、コーヒーが収入源となると聞いて、新しく個人で植え始めている農家もあります。


b0128901_15130931.jpg


特にサヤタン集落は、国家緑化プログラムNGP(National Greening Program)の植樹事業で、環境資源省(DENR)からトゥブライ町に割り当てられた100ヘクタールの植林事業地のうち80ヘクタールが位置し、数年前から大々的にコーヒー栽培に乗り出しています。この5年で町の事業で植えられた苗木は36,000本(バアヤン村と合わせて56,000本)。以前からのコーヒーの木と合わせると数年後にはベンゲット有数のコーヒー豆の産地になるかもしれません。

コミュニティ管理の苗木場も作られていて18,000本の苗木を育苗中で、2017年までに移植する予定だそうです。切り花として販売用のアントリウム栽培をしている黒ネットをシェイドとして利用してコーヒー栽培している農家が見受けられました。トゥブライならではの栽培方法です。



b0128901_15113883.jpg

この辺りで古くから生えているコーヒーの品種はほとんどがティピカ。苗木作りの種も、もともとそこにある木からとっているのでティピカ種です。

サヤタン集落のコーヒー栽培農家のリーダー的存在はヴィーナさん。彼女の農園には7000本以上のコーヒー(以前からのもの2000本、新しく植えたもの5180本)が生育中です。息子の一人が日本で働いているとのことでたいへんな親日家。ご主人は他界し、子どもたちはいちばん下の小学生以外は町に出てしまって、二人暮らし。コーヒーの収穫は近所の子供たちを集めて手伝ってもらうとのこと。

とにかく収穫後の皮むきの作業が杵と臼でやらねばならずとても大変だそうです。水洗式で加工しているそうですが、乾季は水不足で水の確保が大きな問題だそうです。

サヤタンには最近、コーヒー栽培農家の団体Sayatan Coffee farmers Association(SACOFA)が設立され、DOLE(労働省)に登録済み。メンバーは108名の中心となっているのもヴィーナさん。MENROのアブナーさんいよると

「たいへんきちんと運営されています。ヴィーナさんのリーダーシップもすばらしい」

とのこと。


b0128901_13094214.jpg

お隣に住むベロニカさんはヴィーナさんの義理の妹さん。彼女の農園にはコーヒーとバナナを中心としたアグロフォレストリー農場で、コーヒーは約1500本を栽培中です。ミミズ堆肥やコンポストピットもあり有機農業をきちんと実践しています。サヤタンではヴィーナさんを含む5軒の農家がTOPFATublay Organic Practitioner Association)のメンバーとなり有機農業を実践しているそうです。


サヤタン村の中心はカパンガンに向かう幹線道路粗衣のバンホBangho集落です。バランガイ・ホールもバンホにあるそうです。幹線道路沿いに住むジェリーさん(男性)の裏庭にも古くからコーヒーの木がありました。本数はわからないが昨年は生豆で約50キロ分のチェリーを収穫したとのこと。ジェリーさんの家の近所のパシータPasitaさん(女性、77歳)の裏庭にもバランガイ・キャプテンだったご主人が植えたコーヒーの木が100本ほどあり、昨年は生豆で50キロ分を収穫したそうです。コーヒーが高値で取引されると聞いて、個人的に今年も息子さんが苗木を植えているそうです。

トゥブライ町は切り花栽培が盛んで、とくにアントリウムが人気です。日陰が必要なアントリウムを育てるためにアルヌスの木を育ててきていて、それがそのままコーヒーのシェイドツリーとして使えるそうです。


バアヤン村はサヤタン村からさらに奥に入ったところにあります。コーヒー栽培は隣接するバウィBawi集落とタカランTacalanで盛んだそうです。バウィの標高は1266m。


b0128901_12551446.jpg

b0128901_13063644.jpg

バウィとタカランもサヤタン同様、国家緑化プログラム(NGP)の対象地。20ヘクタールに15000本のコーヒーの苗木を植樹中だそうです。

多くの家では自宅用のコーヒーの木を庭で栽培していますが、以前から販売用のコーヒーを栽培している農家も5軒ほどあります。バウィ集落でもっとも多くコーヒーの木を育てているのはエルシーさん。昨年の収穫は生豆で200キロ余。古い木に加え、今年もGDPで支給された苗木を1000本植樹したそうです。

収穫時には家族だけでは手が足りず、アルバイトを頼まなくては追いつかないそうで、昨収穫期にはなんと収穫物の50%をアルバイト賃として払わなければならなかったそうです。古いコーヒーの木が剪定や若返りなどの手入れがされておらず、とても背が高くなっていて収穫には木に登るか脚立を使わなくてはならず、そのため収穫はたいへんな重労働。収穫の50%とというたいへん高い割合を支払わなくてはならないそう。

「以前は20%くらいだったはず」

とアブナーさん。

コーヒーの木を育てているのは老人たちが多く、収穫できる木が増えるに従い、収穫期の労働力不足が大きな問題になっていくと思われます。

エルシ―さんはとても杵臼では追いつかず自分で隣町で作られた皮むき器(デパルパー)を購入して使っているそうです


b0128901_13073323.jpg


バウィ集落のお隣りタカラン集落でコーヒー苗木場の管理を中心になってやっているのはバランガイ役員。自宅近くに作った苗木場には8000本の苗木(ティピカ)を育苗中で、水やりなどを行っています。

「乾季の水不足が心配。水が不足すれば生活用水が優先で苗木にやる水はなくなる」

バランガイ役員の個人農園では約250本のコーヒーが生育中。新たに昨年から700本を植えたそう。


b0128901_12515071.jpg


アブナーさんによると

「トゥブライの水問題は深刻。一つは乾季の水不足。標高の高い地域ではどこも水が足りない。

もう一つの水問題は、鉱山で鉱物採掘後の精錬のために使われる薬品による水質汚染」


トゥブライ町のサントニーニョで80年代まで稼働していた鉱山開発会社は、精錬工場で使う大量の水を引くために約2キロのトンネルを掘ったそう。地下水脈の流れが変わったのか、それ以降、高地の水源は多くが枯れたといいます。

廃抗になって30年以上がたち、精錬工場跡は廃墟と化していますが、露天掘りで掘り出した土と薬品を混ぜた大きないコンクリートの池は今もそのまま。トンネルの入口はふさがれているものの工場があったところからは水が噴き出しています。鉱山会社から土地の所有権を取り戻したオーナーは

「スイミングプールを作りたい」。

すぐお隣の高地では水不足で苦しむ人がいるというのになんという皮肉でしょう。

鉱山跡地周辺は金が埋蔵されているため、違法な個人採掘は後を絶たず、水銀、化成シアン物などの劇薬の使用もあるそう。


たった10年しか稼働していなかったサント・ニーニョ鉱山ですが、環境に与えたダメージは恐ろしいものがあります。

30年たった今も遺された水問題は解決されるどころか深刻度を増しているように見受けられます。


b0128901_15163591.jpg


[PR]
# by cordillera-green | 2015-09-20 15:42 | コーヒー

スタディツアーで学んだこと

b0128901_13524108.jpg



 昨年8か月間CGN&TALAのインターンをしてくれた友美さん。帰国後何をしているのかしら? と思っていたら、一時帰国時にたまたま目にした雑誌「ソトコト」の「移住特集ー日本の地方に住んでる」に登場していました。「美の条例」という日本では珍しい景観条例のある漁師町・神奈川県の真鶴町に移住して、夢のゲストハウス・オープンに向けて着々と準備を進めているようです。
 ていねいにていねいに仕事をし、人と付き合い、ちょっとゆっくりだけど、確実に一歩ずつ歩みを進める友美さんには、田舎暮らしがきっとしっくりきているに違いありません。

 そんな友美さんが、バギオ滞在中に立教大学の後輩たちのスタディツアーをアテンドした時のことを、フェイスブックにアップしてくれていましたので転載します。時間がたっても、フィリピンでの経験をその後の考え方や生き方に活かしてくれていて、とてもうれしいです。
 がんばれ友美! 応援していますよ~。

以下転載です。

b0128901_14053051.jpg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

English below
最近のニュースや戦争の話を聞くたびに、フィリピンでの出来事を思い出します。

去年、フィリピンのNGOでインターンをしていた時のこと。
大学生のスタディーツアーに同行する機会がありました。

そのスタディーツアーの訪問先に入っていたのが、第二次世界大戦の時に日本人が進駐したというある村。
なんでもその村で日本兵は多くの村民を殺したらしい。

聞くだけで恐ろしくて自分だけだったら絶対いかないのに、
なんとそのプログラムの中には、戦争体験者の方々との懇親会が入っていました。

今こうして書いていると、ほんとよく行けたなーと思います。

懇親会の場へ行くと、戦争体験者の方々、そしてその子孫だと言われる方々がわたしたちを待っていてくれました。

懇親会は穏やかに進みました。戦争の時に日本軍から習ったという日本語の挨拶や、軍歌を歌ってくれたり。

ああ、和やかにもうこのまま終わればいいな…と思っていたら、日本の学生が
「日本人の子孫がこうしてカバヤンに来ることをどう思いますか?」
と、超ストレートに質問しました。

すると、来てくれた中でも高齢の女性が静かに話し始めました。

「あなたたちが来てくれてとてもうれしく思っています。
日本はJICAが病院を作ってくれたり、こうしてNGOがフィリピンのために活動してくれたりと、たくさんのサポートをしてくれていることに、大変感謝しています。
戦争はもう過去のことです。
わたしたちはあなたたちの祖先のことを、もう許しています。
だから、あなたたちも自分の祖先のことを許してあげてください。
嫌悪というのは何もよいものを生み出しません。
わたしたちは過去のためにではなく、今、そして未来のために生きるべきです」

彼女の話をきいて、二つのことを強く感じました。

一つは、人間は許すことができるということ。

家族や大切な人を殺されるというのは、もしかしたらこの世の中で最も許しがたい行為かもしれません。
それを許すことができる人間がいること。
その事実だけでとても救われた気分になりました。

そしてもう一つは、私たちも先祖を許してもいいのだということ。

フィリピンでも「あなたたちの祖先が昔どんなことしたか知ってるの?」「昔日本兵は、生まれたばかりの赤ちゃんを放りなげてやりに刺して遊んだりしてね…」と、日本兵がしたといういろんな話を聞きましたし、東南アジアの人たちからは必ずと言っていいほど戦争のときの話をされます。

その度になんと答えたらいいのかわからなくて、苦しくて、いつしか戦争をした当時の日本人たちに対して嫌悪感を抱くようになっていました。

でも、このフィリピンでの体験でそうした考えは改めようと思いました。
憎しみや恨みからいいものは生まれない。

もう戦争は起こってしまった。

そしてわたしが戦争に関わった日本人の子孫として生きていかなければいけないことにこれからずっと変わりはない。

だからそれを受け入れて、生きていこうと決めました。

過去からは学び、よりよい今と未来のことを考えて、選択していきたいとおもいます。

と、言っても日々のことに追われて忘れてしまうことも多いので、自分への覚書に。

※写真は訪問したフィリピン、カバヤン。飢餓や病気で亡くなった日本兵の骨が山々に今でもそのまま埋まっているといわれています。



b0128901_14091360.jpg


Recently, I often see and hear news about Japanese security-related bills and war. Every time I saw them, it reminds me some memory in the Phillippines.

I was in the Philippines last year as intern of NGO and had a chance to attend the Japanese university student tour.

One of their visiting places was a municipal called "Kabayan" where Japanese imperial army had been during the WWⅡ. And I heard that they killed many people.

Even just going there sounded very scary for me, but father more, there was a program meeting with people experienced the war.

Now, I cannot believe how I could have decided to go there.

When we entered the meeting room, people experienced the war and their decedents were waiting and welcomed us.
When the meeting was started, they showed how to greet in Japanese and sang the songs what Japanese imperal army taught them for entertaining us.

The meeting had gone very peaceful, so I was just praying "Please just finish in this good mood…"
But, one of Japanese students suddenly asked them how they think about that meeting.
Because the descendants of those who killed their family and friends came and asked them to talk, they could have gotten mad or refused that meeting but they didn't and even very welcomed us.

One of old lady started to answer in a calm way.

“ We are so happy that you came here to visit us in Kabayan. You Japanese try to help us a lot. Like JICA, they built the hospital for us and some NGO like CGN are also working for the Phillippines. We are appriciate for them.
It was past. We forgave your ancestors already, so please forgive your ancestors as well. Hatred cannot produce anything good. We should live for present and future, not the past.”

Her words impressed me a lot and made me realized two things.

First, it is possible for human to forgive.

Losing our family members or precious people by killed must be one of the unforgiven things.

But they said they forgave already.
I was so impressed that there are people like them.

And another one is I should also forgive our ancester.

I realized that I hated our ancestors. I had a strong anger toward them. Wherever I go to abroad especially south east Asia, I hear about our ancestors cruel story. So I hated our ancestors a lot and ashamed that I am their descendent. But I noticed if I keep it, it will not produce anything good.

It was happned already.

And it will never change that I am their decedents whose anseceter was in the war.

Since then, I decided to forgive our ancestors and accept that I am their decedents.

But forgiving doesn't mean forgetting about the past. We should know about the past and learned from it. And live for better present and future.

I am so thankful to the Philippines because If I'm not going to the Phillippines I could have never had a opportunity to know about the war and think how I should live as Japanese.

I miss the Pillippines always.



[PR]
# by cordillera-green | 2015-09-11 14:21 | スタディツアー

「山岳民族の家に泊まろう!」スタディツアー参加者からの体験記が届きました!


CGN主催の夏のスタディツアー「山岳民族の家に泊まろう!」、参加者の大学生MIZUEちゃんから素敵なレポート届きました!

~~~~~~~~~~~~~~~~


8/11から8/19まで、フィリピンに行ってきましたー!
遊びじゃなくて全部勉強です(笑)
世界遺産であるコーディリエラの棚田を見にこないかと学部の先輩に誘われて行ってきたスタディーツアー、学ぶこといっぱいでした!

1日目はほぼほぼ移動の日。マニラ空港から13時頃迎えのバンに乗り、バギオのゲストハウスTALAには20時か21時頃到着。このTALAっていうのが今回ツアーを主催しているNGO、CGNと提携関係にあってフェアトレードで売っているコーヒー豆がお土産用に売っていました!

2日目もほぼ移動(笑)
フィリピンと聞いて思い浮かべる観光地からはどんどん離れ山の方へ。標高が常に1500mあり、高いところで2330m!
バギオを朝出発して、20時頃にバナウェに到着。その日の夜はフィリピンのポークカレーを食べましたが、カレー?カレー炒めみたいな感じでした(笑)



3日目は、バナウェ・ミージュアムとコーディリエラ彫刻ミージュアムに行きました。これは自治体管理ではなく、個人所有とのこと。すごかったです。
バナウェ・ミージュアムではコーディリエラ地方のイフガオ民族についての歴史や衣装、どのように暮らしていたのかを、コーディリエラ彫刻ミージュアムは木の彫刻オンリーで、昔首刈りに使っていた槍や民芸品やライスゴッドというお米の神様がいっぱいありました。
もう圧倒されっぱなし。
その後はまたちょっと移動を挟んで、ハパオにあるゲストハウスに行き荷物を置いて着替え!
天然に湧いている温泉があるとのことで水着に着替えて行ってきました!ぬるかったけど、でも隣に冷たい川が流れてるから交互に入ればあったかく感じるから大丈夫!(笑)
夜はご飯を食べつつアルコール度数80%のジンをもらい…。うん、もういいかな、っていう経験でした。

b0128901_15061156.jpg


4日目は、傾斜のきつい棚田群を登って木彫りの体験。普段何も運動しない反動ですぐ息が切れる…!汗だくで着いた先は、標高が高いせいか涼しくて汗も引きました!
木彫りは、成人するくらいの年頃の男の子が1つの家に泊まって先輩の男の子から技法を教えてもらうという伝統的なもの。そこの人達は10歳とか5歳から木彫りに触れてるからすごい上手い!私もフォークを作ったけどほぼ直してもらいました(笑)
お昼ご飯もそこで食べたあとはそのイフガオの方達のところでホームステイ!
私のお世話になるところは18歳のケネット君とお母さん、そして隣の家のカトリーヌちゃん。向こうの人はみんな英語が話せるのでそれで会話するんだけど、私が英語が話せない(笑)
なんとか拙い英語でコミュニケーション取りつつ、お母さんからコーヒーもらったんだけど、あれ?しょっぱくない?
お母さんは自分のコーヒーを入れながらこっちではこれは薬みたいなものなのっていうから、あ、そうなのね、これはこれで飲めるね、って思ってたらお母さんもしょっぱい!って!ウソだろ!(笑)
ケネット君がコーヒーミルの入れ物を塩入れにしちゃったんだって。これで一気に打ち解けました(笑)

b0128901_15020413.jpg

5日目はホームステイ先で生活。
朝7時に起きて10時にお米の収穫へ。ついでに棚田群をぐるっと見せてもらい、いざ収穫!ってなったらあんたは石垣の近くでいいよ。って。ありがたいです(笑)パラソルさしてもらって、石垣に座り縁の稲を収穫。こっちは片手鎌?ナイフ?で収穫するみたいで、私にも一個貸してくれたんだけど難しい!難しい!なんとか慣れたくらいでおしまい!また棚田をぐるっと回りながら家に帰り、お昼寝してこい。って。甘やかされてるな…。
14時頃ガイドさんたちがちゃんとやってるかの見回りに来てくれて、お母さんが作ってくれたお菓子とカトリーヌちゃんのお父さんが作ったライスワインでわいわい。
そこでガイドさんからアルハラ(笑)をうけてまたダウン。夜ご飯まで寝てしまい、慌てて起きたら今度は近所のマービン&レイラ夫婦が遊びに来てて、パウンディング・ライスを見せてもらいました。杵と臼を使って籾殻が付いたままのお米を打って、玄米に分ける作業なんだけど、杵を打つ力が強くてここでも圧倒。その日はお母さんとカトリーヌちゃんといろんな話をしました。

b0128901_15014156.jpg

b0128901_15082540.jpg

6日目はバギオのTALAに帰る日。8:30に木彫り体験した家に集合だったので、それまではお母さんとケネット君とカトリーヌちゃんと共に日本語とトゥワリ語という現地の言葉を教えあい、泣きそうになりながら集合場所へ。だってすごいシャイなケネット君が「バイバイキヲツケテアイシテル!」って!アイシテルなんていつ覚えたの!ビックリした!
木彫りの家に集合したら、集合写真を撮って険しい棚田の道再び。ここでも汗だくになりながらやっと移動手段のジプニー到着。帰りはジプニーの上に乗りつつ、雨が降ったら中に乗り、行きは曇っててよく見えなかった2330mの地点にも寄り、夜ご飯も食べてTALAには21時か22時に到着。
ホームステイ先は山の中だから料理もかまどで、トイレもカーテンで仕切ってあったんだけど、TALAに戻ってきてフカフカのソファーとベッドとを見てちょっと感動しました(笑)

b0128901_15003951.jpg


7日目は、移動続きで疲れてるだろうとのことで朝はちょっとゆっくりの11時集合。そこからイフガオのホームステイのフィードバックをして話し合い、その後はバギオの市内観光!お昼はJolibeeっていう現地のファストフード店。マックみたいな味でした(笑)
それから、フィリピンがアメリカの植民地時代にアメリカ軍の施設があった場所、キャンプジョンヘイに。このキャンプに関わった偉人10人の頭がつながったトーテムポールや、高級ホテルのロビーで一息ついて今までとはガラッと違う雰囲気。正直前日までとの振り幅が大きすぎて現実味が全くなかったです(笑)
あまりに私たちがゆるっとしていたのかガイドさんから、これから行くパブリック・マーケットはスリが出るから気をつけて!カバンは絶対前に持って、携帯とかはポケットには絶対入れないで!というご忠告。
気を引き締めてそのパブリック・マーケットに。日本でいう商店街みたいなもので、日本円からフィリピンペソに両替する場所もあるし、民芸品を取り扱っている場所もあるし、シルバーアクセサリーを取り扱っている店もあるし、、、とにかく広かった。
その後はセッションロードというメイン通りを歩いてSMっていうショッピングモールへ、着いたら食料品のお土産を買って、目的地別に解散。バーに行って飲む人とSM回る人、その中でもナイトマーケットに行く人と行かないでご飯食べに行く人。SMはこっちでいうイオンみたいなところで何でも揃うけど、うーん、フィリピンで買わなくても、な感じでした。ナイトマーケットが21時からなのでそれまでSMで時間をつぶしてまたセッションロードを歩いてナイトマーケットへ。ナイトマーケットっていうのはパブリックマーケットのちょっとブラック版?
道路を車両立ち入り禁止にしてやるんだけど、出てる品物全部安い!その代わりスリは頻繁に出るし、盗品の携帯が売ってあるのもザラにあるみたい。
スリだけ警戒しつつ、ナイト・マーケットを回ったんだけど、楽しい!
すごくねぎる子と一緒に行ったら2人とも日本人に見えないって(笑)その子は韓国人に、私はフィリピン人に見えるって。どういうこっちゃ!(笑)そりゃ確かにまたちょっと焼けたけども!一緒に行った現地の子からフィリピンと中国のハーフに見えるよ、って言われたけどそれも微妙だからね?(笑)
さんざん楽しんだ後は乗り合いのジプニーに乗ってTALAに帰宅。


b0128901_15094095.jpg


8日目はCGNが植林事業をしているコロス村へ。コーヒーの木の植林を手伝わせてもらったんだけど、山だから足場が悪い。運動神経が悪い私としてはずっとヒヤヒヤでした。お昼は午前中にシメたニワトリ。伝統的な方法で目の前でシメてもらって、私もちょっとやらせてもらったんだけどけっこうショックでした。普段当たり前に使っていた「頂きます」が、重みのある言葉なんだなって実感しました。
その後はCGNの副代表がいる支部へ。副代表はBSUの森林学部の教授なので、フィリピンの森林事情や法律を説明してもらえました!
そのまま教授にBSUの中を見せてもらったり、一緒にHEALTH101というベジタリアンレストランに行ったり、勉強の1日でした!

9日目は遂に最終日!
4:30にTALAを出発してマニラ空港へ!懸念していた渋滞もあんまりなく、10時には空港に到着。ちょっとひと休みしつつみんなで思い出を話してたら、時間になったのでターミナルが移動!その途中でガイドさんとTALAの外部スタッフさんが上を向いて歩こうを歌ってくれてうるっときました。

b0128901_15121727.jpg


飛行機が日本に着いてからはちょっと気が抜けました。久しぶりのご飯とお味噌汁!やっぱり日本が1番だ!(笑)

今回は米米クラブつながりで誘ってもらって日本の農業との違いを探してた9日間だったけど、もちろん違うところはたくさんあったし細かいところは全く違うんだけど、抱えている問題というか本質的なところは同じなんじゃないかとすごく感じた。イフガオの人々は山奥の棚田に住んでいて、いつも新潟の山の田んぼにお世話になって、どっちも若者が都会に流れていて高齢化や過疎化が進んでいてお米を作るだけじゃお金にならなくて…。
もっと勉強しなきゃなってそれはほんとに実感しました。人環なら勉強できているはずのそれの解決法とかも全然思い浮かばなくて、反省。
フィリピンの森林のこととかも少し前の日本にすごく似ていて、フォレスターっていう資格のこととか興味深いこともたくさん知れた。
もっともっと勉強します!

今回お世話になったCGNの代表のまりこさんや息子さんの嵐君、スタッフのレナートさんにリリーさん、ミカちゃんにめいさんやあゆこさんやあいちゃんに、運転手のジュンさんに現地ガイドのジェイソンに、あとは人環の先輩でツアーに誘ってくれたまささん!
それとツアーで一緒だった森林文化アカデミー教授のそーへいさん、兵庫の大学生でそのままインターンシップをする美里さん、同じ人環生のさやかちゃん、みんなみんな感謝です!

とりあえず美里さんのTALAでのインターンが2月までらしいので、それまでにもう1回行きたい!(笑)


b0128901_15130901.jpg


[PR]
# by cordillera-green | 2015-08-27 13:39 | スタディツアー

農業女子の有機農家ホームステイ体験記ーBig Cosmic Farm


 東京は飯田橋のユースホステルのドミトリーでたまたま泊まり合わせた農業女子,水野さんが、その後、カナダの酪農農家での農業研修を経て、はるばるフィリピンはバギオまでCGNを訪ねてきてくれました。なが~~い憂鬱な雨季の真っ最中のなか、イフガオの棚田訪問、CGNのアラビカコーヒーのアグロフォレストリー事業地などを訪問。しかし、残念ながらCGNは現在進行中の有機農業事業がなく、水野さんの「ここで農業体験したい」のご要望にお応えして、ベンゲット州の有機農業を引っ張るリーダーの一人コスミック・ファームCosmic Farmのマルサンさんをご紹介、有機農業ホームステイできることになりました。

「大丈夫かな。日本女子一人で」

と不安げなマルサンさんでしたが、とても楽しい時間を一緒に過ごしたようです。帰国した水野さんからの滞在記です。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


728日から82日まで、有機農業体験をさせてもらいました。

ここでは、有機認証を取得し、伝統的な野菜や、珍しい種類の野菜などを積極的に取り入れて販売しています。

また、ベジタリアンの方向けのランチのデリバリーや、お茶やサプリメントなど、加工品の販売、研修生の受け入れやセミナーの開催など多彩な経営を展開しているのが特徴的です。

オーナーは、とても勉強熱心で、様々な農法を積極的に学び、取り入れています。

常に畑を見回り、野菜の生育具合を見ながら、病害虫の発生の様子や肥料の効果などを確認し、農薬や化学肥料を使わなくてもよい経営ができるよう、最大限の努力をしている姿が印象的でした。

日本の固定種を始め、外国の伝統野菜の栽培にも取り組んでいます。

例えば、日本ではよく山野で見かけるアシタバは、農家さんの地域の山野にはないらしいのですが、健康への効果に着目し、種から育て上げ、お茶やサプリメントにして販売しています。

家族経営で、オーナー夫婦と、子ども達が一緒に働いています。

最初はちょっとシャイな子どもたちでしたが、日本語とイロカノ語の交換学習()を通して、少しずつ打ち解けていきました。

みんなとても働き者で、私たちビジターにもよく気を遣ってくれて、笑顔のすてきな優しい子たちです。大学や専門学校でも、家業に役立つ分野を学んだりと、正に家族一丸となって取り組んでいるんだなあと感じました。

b0128901_13573759.jpg


オーナーは、若い頃はかなり冒険家だったようですが、生まれ育った大地と歴史と、しっかり向き合いながら生きてきた様子が、話していると伝わってくるような人です。

一緒に山を歩きながら、食べられる山野草や、薬草を教えてくれたり、ちょっとミステリアスなその土地に伝わる習慣などを教えてくれました。

また、オーナーの奧さんが作ってくれるごはんは、畑の野菜や山のものが中心で、食事を通して、学ぶようなこともいろいろありました。

例えば、お米をターメリックを使って黄色く染めて食べるのは日本でも見かけますが、こちらでは、ターナティーという豆の青い花を使って、青く染めたお米を食べさせてくれました。ストレスを感じた時に食べると良いらしいです。

最終日は、子どもたちの誕生日パーティーでした。大勢の人を集めて、盛大にお祝いしました。

お母さんは夜も明けない時間から、グラハムケーキという、クラッカーとクリームをサンドした、フィリピンでは一般的なケーキを作ってくれました。子どもたちは、男の子も女の子も皆で協力して、朝早くからたくさんのご馳走を作っていました。

グラハムケーキに、お姉さんが誕生日の子達(78月生まれの合同パーティーだったで)の名前を色付きのクリームで書いていたのですが、その一つに、なんと私たちビジターの名前も入れてくれました。胸がきゅんとする、嬉しいサプライズでした。


b0128901_13572028.jpg

今回の滞在を通して、有機農業に関すること、この地に根差した農法、経営方法など、様々な視点から学ぶ事がたくさんありました。

それだけでなく、この場所で、純粋に一生懸命生きる家族と共に過ごしたことで、何だか言葉には変えられないような、不思議な、素敵な宝物のような気持ちを得た気がします。

それは、私にはちょっと思いがけない宝物で、一体なんなのか、よくわかりませんでした。

日本とは違う文化、環境の国で、少しの時間ですが共に生活させて頂いたことで、生きることの不思議さとか、普遍さとか、違いとか、そういうたくさんの小さな気付きが、かけがえのないものに思えたからかなあ、と、今は思っています。

CosmicFarm の皆さま、本当にお世話になりました。心から感謝と、益々のご清栄を、お祈り申し上げます。

また、今回引き合わせてくれたCGN の皆さま、共に参加してくれたMayさんに、心から御礼申し上げます。



b0128901_13594517.jpg
↑アシタバ


[PR]
# by cordillera-green | 2015-08-25 15:50 | 持続可能な農業

CGN2015年春のスタディツアー報告①プラグ山とミイラの村・カバヤン

b0128901_18223411.jpg

コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)は、2015年春に二つのスタディツアーを実施しました。

2月はクムスタカ・リンクKumsta ka Linkという埼玉県ふじみ野市のNGOと企画したスタディツアーです。クムスタカ・リンクはフィリピン・パンガシナン州での子供たちへの支援や、地元ふじみ野市の福祉ボランティアなど草の根での地域に密着した活動を地道に行っています。ふじみ野市にある文京学院大学の学生さんたちが活動の中心で、大学と地域をつなげて積極的に活動しています。
クムスタカ・リンクが継続している支援先のパンガシナン州マーシン村への訪問だけでなく、ツアーをさらに充実した学びと経験の場にしたいということで、数年前よりクムスタカ・リンクの文京学院の学生さんを対象としたスタディツアーを担当しています。

b0128901_1823375.jpg
今までに、コーヒーのフェアトレードをテーマとしたコーヒー農家でのホームステイ、鉱山開発をテーマとして大企業による開発地域と小規模坑夫たちの暮らし訪問、そして鉱山開発に関わるNGOの活動を学ぶツアーなど、一つのテーマを深く掘り下げるツアーを提案し、実施してきました。
今年はちょっと趣向を変えて、コーディリエラ山岳地方の険しく雄大な自然を学生さんたちに体感してほしいと、フィリピンで2番目に高いプラグ山登山をメインに、ふもとにあるミイラのある村・カバヤンでの伝統文化を学び学生たちと交流する旅を実施しました。

b0128901_18254928.jpg

プラグ山は標高2922メートルで。ミンダナオ島のアパ山に次いでフィリピンで2番目に高い山として知られています。山頂から360度見渡せる雲海が素晴らしく、また、登山ルートの中に、2時間強で山頂まで行けるビギナー向けのルートもあって、マニラのツーリストには人気のスポットです。

b0128901_18245089.jpg
1日の登山者の数が制限されていて予約の必要があること、地元のガイドなしでは登山できないこと、登山口までの公共交通手段があまりないこと、事前申し込み、DENR[環境自然資源省]による事前講習を受けなくてはいけないこと、などで、なかなか日本人の個人のツーリストには行きにくいこともあり、日本人観光客にはほとんど知られていません。今回はCGNのネットワークで準備をし、文京学院大の学生さんのために山頂近くのキャンプでテントで1泊し日の出と雲海を堪能する登山ツアーを実施しました。
ココナツとバナナの国・フィリピンをイメージしていると、テントを張ったキャンプサイトは全く想像を絶する寒さで、軽い気持ちで参加した人たちは凍える思いをしたそうです。しかし、ガイドさんも
「こんなに素晴らしい雲海が見られるのは年に何回もない」
という日の出を見ることができました。
b0128901_18410377.jpg
ふもとのカバヤン町ではに日本でばっちり練習してきた「バスーラ(ゴミ)・レンジャー」を小学校と、高校で披露。TVの○○レンジャーのパロディで「ごみのポイ捨てはいけないよ~~」というショーなんですが、ぴったりピチピチでハデハデの衣装にまず子供たちは呆然としてしまったみたい。
コーディリエラ地方でも珍しいふもとカバヤン町ではミイラの伝統文化もしっかり学んだ充実のスタディツアーです。
b0128901_18394323.jpg

そんなスタディツアーを参加者の学生さんたちが撮った写真展が開催中。
ぜひ行ってみてください。

ふじみ野市立福岡図書館にて
2015年5月19日―25日
https://www.facebook.com/events/1594545980802704/

文京学院大学の学生さんたちは、スタディツアーでの体験をそのままにせず、その後の活動につなげてくれているのがすばらしいと思います。
2年前のコーヒーのフェアトレードをテーマとしたツアーでも生豆を購入していき、いろいろ焙煎方法を学び、今も大学や地域のイベントで出店して販売してくれています。今回の写真展もしかり。
スタディツアーをきっかけとして参加した学生さんたちがグループであっても個人であっても何かアクションにつながった時が一番うれしいですね。
CGN企画の夏のツアーもただ今参加者募集中です。詳細はこちら。

b0128901_18423219.jpg
(写真:藤田潤)

他の写真はCGNのWEBアルバムにもあります。
https://plus.google.com/photos/101439197484450138832/albums/6151619601854293553

[PR]
# by cordillera-green | 2015-05-22 12:20 | スタディツアー

カリンガ州の民話絵本「ルプルパ村の村人と川の生き物たち」 子供たちの泥絵の挿絵で出版

b0128901_11592447.jpg


りそなアジア・オセアニア財団の環境助成を受けて実施した山岳地方の子供たちを対象とした演劇を活用した環境教育ワークショップ事業。演劇ワークショップの過程で収集した民話を環境教育の教材として出版し村の子供たちに配布するという活動も事業に含まれていました。

演劇ワークショップは昨年、カリンガ州ティグラヤン、イフガオ州キアンガン、マウンテン州サバンガンの3カ所で実施し、それぞれの場所でとても興味深い民話に出会い、ワークショップで環境保全を伝える作品を作り、それぞれ発表会をしました。
(ワークショップの様子はこちら
環境教育教材の民話絵本のほうは、いろいろと考えた末、ティグラヤン町で収集した民話の中から「The Lupulupa Villageand River Creatures(ルプルパ村の村人と川の生き物たち)」を選ぶことにしました。ティグラヤン町に暮らす先住民族の民話は一般にはほとんど知られておらず、山奥深い村であるだけに、精霊や自然に生きる生物についての興味深い物語がたくさん残っていました。
 「ルプルパ村の村人と川の生き物たち」には、川に住むウナギとカニのほか、川の生き物たちを痛めつけたことが原因で起こった災害で行方不明になった子供たちを救うために鳥たちも活躍します。川や森に住まう野生動物たちが人間に対して災害という形で復讐し、また、助けにもなるのです。人と自然が近い典型的な先住民族の集落の暮らしをよく表していて、また、命の宿った意思のある野生動物も描かれ、子どもたちの創造力をかき立てるのにぴったりの素材だと思いました。また、この民話には人間でも動物でもない「アングタン」という怪物が登場するのですが、災いを起こす精霊としてティグラヤンの先住民族の間では人々が今も恐れる精霊であり、人の力でコントロールできない超自然的なものとともに暮らす先住民族の村を描いて大変興味深いものでした。
 当初、絵本の挿絵はプロのアーティストに依頼する予定でしたが、描くのが難しい想像上の怪物なども登場することから、民話の生まれた村の子供たちの想像力に任せて描いてもらい、それを挿絵とすることにしました。
 民話のふるさとであるルプルパ村の子供たちに挿絵をお願いすることにし、土を絵の具として描く「ソイル・ペインティング」の手法を使うことにしました。挿絵を制作する手法自体も環境教育の一部ということにしたわけです。2015年1月に再びティグラヤンを訪れ、子供たちに絵本の挿絵をソイル・ペインティングで描いてもらうのためのワークショップを行いました。
完成した絵本は、バギオ市内に住む環境活動家の作家による監修を受け、また、フィリピン大学芸術学部講師の手によってレイアウトされ、コンパクトで美しい絵本となりました。新学期、ティグラヤンのルプルパ村の子供たちにこの本を届けます。子供たちの反応がとても楽しみです。
[PR]
# by cordillera-green | 2015-05-21 11:30 | 環境教育

植林シーズン到来!村人たちと木を植えましょう。 バギオからのお手軽日帰りツアーで植林体験!



b0128901_08554566.jpg


植林は植え替えたばかりの苗木が新しい環境になじんで根を張りすくすく育つためには水やりが必要なのですが、山岳地方の山の村の傾斜の険しい植樹場所で人の手で水をあげるのはまず無理。
そこで、植林シーズンは「雨季」となります。
バギオはそろそろ雨季の始まり。そこで、シェア&ゲストハウスTALAとコーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)で植林体験ツアーを企画しました。
植林したいと思っていたけど、なかなか日本にいたらそんな機会がない!
というみなさん。フィリピンだから、気軽に楽しく植林体験できますよ。
山岳地方の村の人と一緒に植林するので、フィリピンの山の村の普通の暮らしを垣間見るチャンスかも。

お問い合わせ,お申込みはシェア&ゲストハウスTALA 飯島MAYまで。
tala.guesthouse@gmail.com
0999‐697-0197


[PR]
# by cordillera-green | 2015-05-20 09:01 | 植林/アグロフォレストリー